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NHKスペシャル 『戦後ゼロ年 東京ブラックホール』が映しだした世界

 NHKスペシャル20日夜放映の「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945―1946」は、敗戦直後の占領下の東京の庶民生活と政商らの動きを追ったドラマ形式のドキュメンタリーである。米軍空襲で廃虚と化した東京を撮影したアメリカのフィルムやCIA機密文書から、これまで覆われていた「ヤミの世界」を映し出し、現在につながる戦後社会の原点を照射するというふれ込みである。

 

 今年の8・15終戦記念日にリストラにあい失業したタケシ(山田孝之)が、やけ酒をあおり意識を失うなかで、復員兵であった祖父の手招きで、焼け跡の東京にタイムスリップし、占領直後の1年間を追体験するという手法で描いている。

 

 100回をこえる空襲で25万人を焼き殺され、市街地の半分を失った東京は焼け野原となり、市街地の五割を失った。GHQは攻撃を避けた皇居周辺の丸の内ビル、帝国ホテルなどを接収し、第一生命ビルに司令部を置いた。また、水洗トイレのある資産家の邸宅を真っ先に接収し将校の住宅にした。東京宝塚劇場を米兵専用のミュージカル劇場「アーニー・パイル劇場」にとって替えた。

 

 

廃墟と化した東京の街を見つめるタケシと祖父(番組の一場面)

 米軍のカラー・フィルムは、米兵専用の売春施設(RAA)の様子もとらえていた。これは、警視総監に陣頭指揮をさせ、大蔵省に3300万円を出させて設置したものである。ちなみに、占領経費はすべて日本の経費で396億円、当時の国家予算の3分の1を占めた。

 

 フィルムは、東京の庶民が防空壕やガード下、土管をねぐらにし、バラック生活で飢えをしのぎ、子どもたちが靴磨きで稼ぐ姿、「浮浪児の刈り込み」で檻(おり)に入れる様子もとらえていた。その一方で、占領米軍とその家族の贅沢三昧な生活を映し出す。空腹の都民が群がる闇市の名物「残飯シチュー」は、占領軍が食べ残し捨てたものをゴッタ煮にしたもので、タバコの吸い殻も混じっている。都民が毎月100人餓死するなかで、占領軍とその家族は食堂付き専用列車で熱海や箱根を往き来する。

 

 当時、日本軍の隠匿物資が各地で発見されたことをセンセーショナルに報じられた。しかし、闇市では米軍のヤミ物資とともに、それらが大量に横流しされた。そして、それに手を染めて財を成す者が培養された。六本木や銀座には、無法者が跋扈(ばっこ)し支配する「東京租界」が生まれた。

 

 アメリカの歴史学者ジョン・ダワーがインタビューに登場し、「500万人の復員兵の多くが病気で苦しんでいる時期に、政府役人、警察、資産家たちが軍需物資を横領した。国家ぐるみの悪質な犯罪だ」と語った。それは、占領下の「国家ぐるみ」の犯罪であった。それは、GHQが東京都の都市計画による復興を妨害し、闇市を野放しにしたことにはっきり暴露されている。そうして、そこでマフィアや右翼、後の政商たちを暗躍させ、新しい植民地的なビジネスの源泉にしたことも浮かび上がった。

 

 また、CIAの機密文書から、「占領軍の諜報機関がソビエトや中国の情報を入手するために一部の戦犯容疑者を利用する秘密工作を行っていた」ことも明らかとなった。旧大本営参謀や右翼要人らが変わり身早くCIAの手先となり、スパイ活動や密輸に手を染めていたことも浮き彫りにされた。その第1号が、マッカーサーを厚木で出迎えた有末精三陸軍中将であり、「有末の働きかけで大本営の参謀が次次にスカウトされた」ことも。

 

 日本軍の特務機関に雇われていた児玉誉士夫もCIAに日本軍の情報を提供してそのエージェントとなった。児玉は戦時中に中国で手に入れた金やダイヤモンドなどを政治家や右翼団体にばらまき、フィクサーとしての地位を築いていった。

 

 番組はこれと関連して、後の総理大臣田中角栄が土木建設業者として、東京の米軍家族の住宅「ワシントンハイツ」(当時180億円)の建設で莫大な財を成したことにふれ、「政府土建業界は潤ったが、財政は逼迫した」と結んだ。それは、その後今日にいたる利権がらみの「大型ハコモノ」事業に巨額の資金を投じる一方で、福祉や社会保障には「財源がない」と冷酷に切り捨てる政治の出発でもあった。同時に、児玉誉士夫や政商、丸紅などがからんだロッキード疑獄事件の源流が、占領期に形成されていたことをはっきり示すものとなった。

 

 占領下のプレスコード(新聞統制)では米兵と女性との関係についての報道を禁じる一方で、アメリカ本国では『ライフ』誌が、「皇居前には田舎から出てきた娘がたくさんいる。英語を教えチョコレートをやれば、どうにでもなる」と記事を書く状況であった。

 

 ドラマではタケシが、占領軍にくっつけば「サンドイッチが食べられ、ビールやコーヒーが飲める」との誘いで、占領軍専用ダンスホールのバンド演奏に加わるなかで、腐敗したモラルなき世界を肌身に焼き付けていく。番組は、高度成長期にテレビの娯楽番組を支えた渡辺プロなどのエンターテインメント産業が、こうした「占領軍を慰安するショービジネス」に起源を持つことを明らかにした。そして、江利チエミや幸村いづみ、クレージーキャッツなどをあげて、そこから「戦後の大衆文化を担う人材が生まれた」とした。テレビを媒介にした戦後の退廃文化は、まさに占領期の植民地的文化が増幅されてきたものである。

 

 ドラマは「東京ゼロ年のブラックホール」から現在に帰り着いたタケシが、賑やかな東京の街角をながめ、「あの頃、なりふり構わずがむしゃらに生き抜いた人がいたから東京の今がある」ことに思いをいたすなか、「東京ブギウギ」の切ない歌声が生気を削ぐような響きで流れて、幕を閉じる。それは、職を失い将来の展望を見出せないタケシの心情と重なるものである。

 

 アメリカが東京空襲で幾十万の人人を虫けらのように殺して首都を制圧し、大多数の人人が衣食住に苦しむのをよそ目に、日本の冨を収奪して享楽生活を楽しんでいた事実はかき消すことなどできない。当時「がむしゃらに生き抜いた人」たちのほとんどがそれを憎悪し、胸底の深い怒りを束ねて、占領軍に媚びを売り国民を犠牲にしておこぼれに与ろうとする為政者らの乞食根性を暴露してたたかった。

 

 そのことは番組でも、やむにやまれぬ思いで食料メーデーに参加する人人の素朴な思いと表情にあらわれていた。それは今、全国で渦巻く売国と腐敗、貧困と戦争の政治からの脱却を求める世論に直接つながっている。「東京租界」の実態をあばく真の意味は、その「ブラックホール」にたじろぐことではなく、戦後七二年の対米隷属の屈辱をはらすことにある。そうしてこそタケシのような境遇に置かれてきた広範な人人が結束し、力強く前進する糧とすることができるだろう。 (一)

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