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広島こども図書館の移転問題から考える「まちの図書館化」計画  日本図書館協会図書館の自由委員会委員長・西河内靖泰氏に聞く

西河内靖泰氏

 広島市は、「こども図書館」「中央図書館」「映像文化ライブラリー」を集約し、広島駅前の商業施設エールエールA館へ移転する計画を昨年11月にうち出した。これに対して、子どもの図書に関わる図書館ボランティアや児童文学の関係者などを中心に、図書館の移転に反対する署名活動が起こった。さらに、市の一方的なやり方に疑問を提起し、市民みずからがこの問題を議論しようとするとりくみをすすめる「広島のシビックプライド(市民力)を考える会」などの運動も起きている。そこで、広島市に在住する元・広島女学院大学の図書館学教員で公益社団法人日本図書館協会・図書館の自由委員会委員長の西河内靖泰氏(元・滋賀県多賀町立図書館長、現・山口大学人文学部非常勤講師)に、この問題をどうとらえているかを聞いた。また、図書館サービスの立て直しや図書館づくり、さらにはまちづくりの実践に関わってきた立場から、平和文化都市・広島としての図書館やまちづくりのあり方についてどう考えるのか、そしてコロナ時代における公共図書館が具体的にどうあるべきかなどについて、話を聞いてみた。

 

広島こども図書館(広島市中区基町)

こども図書館の歴史から考える

 

 広島市中区基町の広島中央公園内にある「広島市こども図書館」(前身は「広島市児童図書館」)は、日本国内で戦後はじめてサービス対象を子どもに特化してつくられた図書館である。アメリカの南カリフォルニア県人会からの児童図書館建設費の寄付により1953年に独立館(1949年に広島市立浅野図書館〈現・中央図書館〉に併設で開館)の「広島市児童図書館」として開館した。

 

 明治期以降、広島県からは多くの県民がハワイに移民として渡航し、ハワイのアメリカ併合以降、アメリカ本土への移民が増加した。1910年にアメリカで「広島県人会」が発足している。その「広島県人会」が原爆投下後の故郷の惨状に心を痛め、「打ちひしがれている広島の子どもたちに本を読んで欲しい」と図書寄贈のための寄付を集めたもので、その申し出に対して、当時の濱井信三・広島市長が「それなら、図書の寄贈ではなくて子どものための図書館(「広島市児童文化図書館」)の建設への寄付にしてもらいたい」と依頼したとの記録が残っている。設計は当時、平和記念資料館も手がけた建築家・丹下健三氏である。

 

 児童図書館は老朽化により1978(昭和53)年に閉館し、1980(昭和55)年に旧館とほぼ同じ場所にプラネタリウムを持った「広島市こども文化科学館」との併設で、「広島市こども図書館」が開館した。当時も、中央図書館と児童図書館を一緒に集約するという計画もあったが、反対の声も大きく、検討の結果、単独で残すことになった。私の手元には、1977(昭和52)年10月に広島市児童図書館が策定した『児童文化センター 児童図書館の将来計画(案)』がある。それを見ると、図書館員たちが図書館の専門家として、広島市全体の図書館のビジョンなども含めて議論していることがわかる。

 

 戦後間もない広島市で、なぜ濱井市長は、県人会からの寄付申し出に、図書ではなく子どものための図書館という施設の提案をしたのだろう。市長の真意を知る由もないが、残された資料から類推してみると、その思いが見えてくるような気がする。原爆攻撃で一瞬のうちに広島という都市は、都市機能を徹底的に破壊されるという壊滅的な被害を受けた。多くの人びとが殺傷され、都市だけではなく、社会でのつながり、人のつながりも破壊された。そこから立ち上がって再生の道をすすもうとするとき、やはり未来を支えていくのは今ここにいる子どもたちだという思いが、彼にはあったのではないだろうか。

 

 その象徴として、子どものための独立した図書館という施設の持つ意義を、平和都市・広島として再生しようとする、広島の未来を見たのではないかと思えてならない。丹下の「広島平和公園計画」にあった、子どものためのさまざまな施設と通じるものがあるのではないか。

 

 軍都・廣島を平和都市・広島として変身させ発展させていくために、それを担うのは今の大人たち以上に、未来を引き継いでいく子どもたちの力が大きい。どうしても必要となってくるはずの力は、豊富で多様な本から受けとめ吸収していく読書が大切であり、それに裏付けられた感性と知性とが、この広島を、日本を、再生させるとの思いがあったのではないかとみるのは考えすぎだろうか。

 

 そう考えると、市長が図書ではなく、それを置き提供する施設を単独でつくるための寄付にしてほしいとしたことに納得がいくように思う。

 

1972(昭和47)年当時の広島こども図書館(広島市公文書館蔵)

子どものための図書館の意味

 

 11年前の東日本大震災のとき、震災直後の4月から岩手県滝沢村(現在・滝沢市)では、沿岸部に移動図書館を走らせていた。そして、7月からは「シャンティ国際ボランティア会(SVA)」が岩手県陸前高田市、大船渡市、大槌町、山田町で、移動図書館車の活動をスタートさせた。災害直後で本を読む余裕などないという意見もあるが、実は何もかもが破壊されて苦しんでいるときにこそ、一冊の本が心の支えになってくれると、これまでのさまざまな実践が明らかにしてくれている。

 

 本という存在は、人間の知恵の塊であり、そこには過去の人たちが、未来の人たちに役立ててほしいと願ったことが示されているからだ。そして、本はいつの時代でも、子どもたちにもっとも大きな影響を与えるものとして身近にいる。子どもたちは、自然にさまざまな場面で本に親しみ、先人の知恵を身に付けていく。大人は、子どもたちに読書を強いるのではなく、本の魅力を伝え読書の世界に誘うために、サポートしていくことが基本なのだ。本と自由に接することができる環境のもとで、子どもたちは自分の関心や興味をいだいていき、好きなものを読むようになっていくのである。

 

 「こども図書館」は、あくまで子どもが主人公だ。ところが市が提示した新図書館の計画のコンセプトでは、駅前の施設に入ることのメリットが「家族で利用しやすいように」とか、「誰もが使いやすい場所だから」とある。それは、移動が容易である大人の発想(車を運転して移動する)であって、大人より移動に制約と困難さのともなう子どもの視点に立っていない。子どものための施設は何よりも、安全で子どもたちが自由に行け過ごせるところでなければならない。広島駅前が、その環境にふさわしいところだといい切れるのだろうか。

 

 今の場所に、「こども図書館」が存在している意味をもっと考えるべきではないか。図書館サービスの主体である子どもたちの立場や視点にたって、図書館のあり様を考えてほしい。そもそもが、今後の図書館のあり方を徹底的に論議し、市民にとってよりよい図書館サービスの実現のためのアクションプランを示すことが、図書館を所管する市当局の仕事のはずだと思う。広島市の図書館のサービスシステムの中核としてその機能を十分に果たすためには、中央図書館がどこにあるべきかという視点があるはずだ。それと今回の駅前の商業施設への移転とどうつながるのだろうか。

 

 それでも、中央図書館はどこにあるべきとは決めつけないが、子どものための図書館は駅前商業施設への移転はどうかと思わざるを得ない。公共図書館の位置付けを、人を集めて「賑わい創出」を実現する施設という考え方がよく行政当局からうち出される。図書館は多くの人が利用する施設ではあるが、そもそもの役割は人びとに資料や情報を提供するのが役割であり、まちの「賑わい」を「創出」させるのは第一義ではない。ましてや子どものための図書館は、子どもが落ち着いて利用できることが大切な施設とされており、断じて人を集めるための「賑わい創出」の施設ではない。たくさんの子どもたちを集める大規模な図書館ではなく、小さな子どもたちから中・高校生まで、気楽に使える身近な図書館こそがふさわしいのである。

 

 今回の「こども図書館」の移転問題に関して、私なりに提案するとすれば、「中央図書館」「こども図書館」「映像ライブラリー」の集約ではなくて、「こども図書館」「青少年センター」「こども文化科学館」を集約するほうがよいと思う。現在地で、子どものための施設の拠点として建て替え、市内の公民館図書室も図書館サービスシステム内に完全に位置づけ、自動貸出機や利用者端末を置き「こども図書館」の分室として活用する。車を持たない子どもたち、お年寄りや障害者がより身近で本を借りられる環境が普通にあることが大切ではないか。大規模集約型の図書館ではなく、分散型の図書館をつくる。
 それはウィズコロナの社会での新たな図書館のあり方ではないだろうか。

 

ウィズコロナの図書館のあり方

 

 私は2020年5月の長周新聞紙上で、コロナ禍の公共図書館のあり方について次のように提案した。

 

 「コロナ禍を経験した私たちは、思い切って発想の転換をしてもいいのではないかと思っています。図書館には人が集まります。そのことに着目して、公共図書館をあたかも人を呼び込む集客施設ととらえ、そうした方向で図書館をつくっているところも少なくありません。図書館のそこに行かなければ本が借りられないというシステムは、今の状況下では欠点となっているのです」「ただ人をたくさん集める大規模な図書館ではなく、地域に身近な図書館を増やし、自分の住む地域でもっと気軽に利用できる環境にしていくべきではないでしょうか。移動図書館とつなげて、いろいろなサービスポイントで、予約した本を受けとれるサービスなど、(大規模集約型ではない)分散型のシステムでのサービスを増やしていくことを目指してもいいのではないでしょうか。それは『暮らしのなかに図書館を』という原点に、立ち返るということでもあります」「まちづくりのあり方もそうです。郊外型の大規模なショッピングセンターではなくて、地域の小さな商店で必要なものを手に入れて持ち帰るシステム、地域の商店街の復権です。これからの世界は、大規模な形ではなくて、地域に根ざした小規模のシステム、それぞれの地域でつながった地域内での循環が大切だということをこのコロナ禍が教えてくれました。『もっと自分の身の回りに目をとめなさい』という、神様からの教示かもしれません。もっと、地域を大事にして、大規模なイベントや観光業での“にぎわい創出”とか“まちづくり”という発想は切り替えていきませんか、ということでしょう。これも、地域に根ざすという本来のまちづくりの原点に立ち返るということだと思います」。

 

 私の提案は、図書館だけではなくて、これからのまちづくりのあり方を示している。その提案は、今思いついたものではなく、ずっと私が地域で図書館と関わりながら実践してきたなかで、いい続けてきたことだ。

 

「まちの図書館化」ということ

 

 1990年代の終わりごろから、私は仕事の名刺に「あなたのまちを図書館に」というスローガンを刷っていた。自分たちが住んでいる“まち”(行政区分の町ではなく、生活の場という意味の“まち”)で図書館が持つ機能を地域全体で有効に使おうという提案だ。そのことを、私は「まちの図書館化」と呼んでいた。ノンフィクション作家の佐野眞一さんと私とのラジオでのトーク(NHKラジオ深夜便~サンデートーク「図書館の新しい波」2001年10月7日放送)で、私は次のように話している。

 

 「“まち”の図書館化と私はいっているんです」「図書館というものを一つの固定されたものというふうに考えない」「いろんな地域の場所に端末を置いて、その端末で蔵書の情報を検索する。あるいは自分の家からアクセスできるように、インターネット上で公開するというサービスが始まった。それで、届け先も、単に図書館に取りに来いというのではなくて、様々な地域の施設、公共施設はいっぱいありますから、そういう公共施設で受け取れる。あるいは普通の商店だとかコンビニだとか、銭湯や郵便局だとか、そういうとこでも扱えるようにする」(佐野眞一著『だれが「本」を殺すのか 延長戦PART-2』プレジデント社、2002年4月、p2 2 2-p2 2 3)

 

 私は、東京都荒川区立図書館に約18年間、勤務した。このトークは、荒川の図書館員の時のことだ。ここで、公共施設だけではなく、カフェでも郵便局でもコンビニや銭湯などの民間施設にも図書館機能を広げていくことを提案していた。ふらっと行けば、そこで本が借りられることを。まちのなかにある、既存にある公共や民間を問わずさまざまな施設を使って、図書館機能をまち全体に拡大していく。それを目指していた。

 

 目指したところまで、現実的には実現できたとはいえないが、荒川での最後のころ(14~15年前のことだ)、図書館の地域館以外にあった分室(図書サービスステーション)の運営(ショッピングセンター内の空き店舗の後にできたもの)や準備(商店街の空き店舗を改装)に関わった。狭いスペースではあったが、ここでは、子どもの本や雑誌、実用書を置き、くつろげるスペースもあり、図書館で予約した本を受けとれるようにしていた。地域にこんな施設がいっぱいあったほうが、特に子どもたちにはいいとあらためて思ったものだ。

 

広島市は「まちの図書館化」をめざしていた

 

 広島市の図書館は、『「まちの図書館化」をめざして~21世紀広島市図書館計画の提言』(21世紀広島市図書館計画検討委員会)と銘打った提言を2002年12月に出している。この提言の「はじめに」に委員長の田村俊作氏(当時・慶応義塾大学教授、現・石川県立図書館長)は次のように書いている。

 

 「本委員会は、広島市図書館が目指すべき施策の基本テーマとして『まちの図書館化』を提言する。/『まちの図書館化』とは、図書館サービスを市民生活のいたるところに行き渡らせ、市民の誰もが、いつでも、どこでも図書館サービスを活用することができる仕組みをつくることである。/これにより、『出会う』『つなぐ』『ふれあう』『支えあう』という図書館の基本的在り方を広島市において実現する。/『まちの図書館化』を具体化し、きめ細かなサービスの機能の実現を図るため、330万冊の豊富な資料群の構築とその管理体制の確立、インターネットの活用や分館の計画的配置などのサービスの実現、中央図書館の再整備とサービスの高度化など10の目標を設定し、その施策例を示した」「今後、この提言が具体化され、『まちの図書館化』が実現して、広島市民の生活を豊かにし、全国や世界に誇りうる知的なまちとして、広島市が21世紀を通じてさらに発展していくことを切に願うものである」(広島市の図書館のホームページから今でも読むことができる)

 

 私がいい始めたことが、この広島の地で基本テーマとして提言に使われていたことに、驚きながら感謝している。ここに着目していただけたのかと。でも、そうすると、今回の移転問題との整合性がどうなっているんだろうと考えこんでしまう。

 

 あらためてこの「まちの図書館化」という考え方から見てみると、今回の商業施設エールエールA館への移転という計画は、明らかに違う。「まちの図書館化」は、まち全体で図書館の機能を体現していくのであって、繁華街や駅前の大規模施設に図書館が入って、たくさんのお客さんを集めることが目的ではない。JR広島駅前という好アクセスの立地であることや、バリアフリー化された大型商業施設であるという移転の理由は、「まちの図書館化」とは、逆の発想だ。いつの間に、広島市は宗旨替えしたのだろうか。

 

 それに、「にぎわい創出」というコンセプトは、コロナ禍のこの時期に及んでは、もはや古い。図書館は人が集まる「にぎわい創出」の交流施設という見方ではなく、それより、図書館の機能を地域全体に分散してしまい、身近なネットワークのつながりで、暮らしのなかで普通に利用できる空間をたくさんつくることが、今は必要になっているものと思う。極端なことをいえば、大型商業施設に置くというのであれば、図書館はデパート(エールエールA館)ではなく、スーパー(ゆめタウン)に置いたほうが、日常的に行く場所ということからより意味があるのではないだろうか。

 

「まちづくり」から「まちづかい」へ発想変えよう

 

 「まちの図書館化」という考え方には、既存の公共や民間を問わずさまざまな施設を使って、まち全体を「図書館として使おう」ということだ。それは、図書館のサービス機能を地域に全域化するということで、移動図書館もこの発想にある。ともすればこの国での「まちづくり」といえば、既存のまちの景観や施設をとり壊して、新たな施設が建てられ地域が積み上げてきた風景とは異質なものになっているところが少なくない。これが、果たして「まちづくり」なのだろうか。既存のものを、活用・再生する発想があってよいのではないか。それを、私は「まちづかい」とよんできた。

 

 この国では、建物が古くなれば壊して新しいものをつくってしまうのが普通だが、ヨーロッパに行けば、もとの建物を壊すことなく改造してそのまま使い続けている風景を見ることが多い。それが、必ずしも悪いことだとはいわないが、まだ十分使える施設がとり壊される事態や、歴史が積み重ねてきた風景が消え去ってしまうことで、どこのまちとも分からないところになってしまいかねない。それで本当にいいのだろうか。

 

 今回の広島市の計画では、新築ではなく既存施設を改築して移転するとしている。既存の施設を改築して、図書館として使おうとすることは悪くない。既存の施設を活用して、まちのいたるところに、図書館機能を持っているスポットが増えることは、私自身が望んでいたことだ。でも、交通至便な大型商業施設の店子が出ていった後のフロアを改築して、人をたくさん集めることを主たる目的とした図書館をつくるという、今回の広島市の計画は、明らかにその発想とは違っている。私が望んできたことは、地域で幅広く図書館機能が発揮されることだ。そのことがこの計画案にはどこにも見られない。

 

被爆建物である広島陸軍被服支廠倉庫(広島市南区)

 駅前商業施設への移転計画が発表されたとき、書庫は“どうするんだ”との声もあったという。資料の保存が十分できるだけのスペースが示されているとは見えなかったからだ。普通に考えれば、書庫についての方針や計画がないはずがない。駅前施設ではとうてい十分に書庫を確保できないとわかるから、話題になる。私ですら、酒の席で書庫のアイデアを語った。広島という意味を考えると、今、広島市南区の旧陸軍被服廠を活用して、そこを保存書庫にしたらどうだろうかというものだ。

 

 基本的には貸出はしない郷土資料や平和関係の資料を保管して、市民に公開して調査・研究・学習に役立つように活用すればよいのではないか。

 

「まち」のビジョンが見えない

 

 今の広島市政を見ていると、この広島をどんな「まち」にしていこうかというビジョンが見えてこない。そのためなのか、ともすれば、声の大きなところ、力のあるところに施策の重点がいっているのではと感じられる。市当局にそのつもりはないとは思うが、今回の図書館移転計画は図書館のことが本義ではなく、大型商業施設を運営する赤字の第三セクターの救済のためと受けとられたことは確かである。そうでないというなら、明確なビジョンが計画提示と同時に示されるはずであろう。本来であれば、平和文化都市・広島の図書館として、どのようなサービスを提供するのかというビジョンがあったうえで、図書館の配置位置、規模や館内の配置などは決まっていくはずなのだから、この時点で示すことができないわけはない。

 

 きつい言い方になるが、そもそも図書館としてきちんと決めておかなければならないことについては、まったく中身がないので、計画発表時点で示せなかったのではないか。「場所や規模は上で決める。具体的なことは、後は現場で決めてくれ」と、発想が逆転してしまっているのだ。判断や決定するところに、図書館に関する専門知識や信念を持っている人がいないから、おかしくなってしまう。私は元行政職員であったから、それはそれで仕方のない面もあることは理解する。現場に直接関わってない者にわかるはずはなく、荷が重いのは確かだからだ。だから、ものを知った市民に「あれっ」と思われてしまう。

 

 広島市の図書館は、広島市の外郭団体の財団への指定管理による運営であり、図書館の現場に図書館の未来を示す計画や提言を決定する権限はない。現場としては、「自分たちとしては市当局が決めたことにしたがって、現場でするしかない」というのが、正直な実態なのだろう。でも、それで仕方ないと済ませてしまっていていいのだろうか。

 

 図書館の運営に民間委託や指定管理方式を導入してきた結果、図書館に関する専門知識やミッションをもった人材が現実に育たない環境になってしまった。公共施設の運営を他に委ねていくということは、そういうことなのだ。かつては、全国の図書館には、現場の豊富な経験や知識があり、さまざまな実践にとりくんでいた図書館員がいた。その人たちは、自ら、図書館のあり方や未来についても考え示そうとしてきた。

 

 でも、今や行政当局に自らプランやアイデアを出すことのできる専門知識を持った職員がいなくなり、コンサルタントに頼り切ることになっている現実が増えている。コンサルタントを使うこと自体をいけないとはいわないが、行政側に現場について通じたしっかりした人材がいないと、どのような結果になるのだろうか、心配の根は尽きない。

 

平和都市・広島の図書館はどうあるべきか

 

 図書館の役割には、平和をつくることにあると、私は思っている。それは図書館の揺らぐことのない使命でもある。「平和が大事」「戦争に反対」とただ唱えているだけで平和はやってこない。私たちの生活のなかにある差別や偏見、そして貧困などのさまざまな問題を解決していくための手段を持たなければ、平和にはいつまでたっても近づけない。恨みや憎しみがあったらやり返すというのでは、戦争や争いごとはいつまで経ってもくり返される。その問題を解決していくのは、やはり知性と教養であって、市民が本気で学び続けることなのだ。

 

 戦後間もない広島市で、何のために全国ではじめての子どもの独立の図書館をつくったのか、先人によって築かれた歴史やその思いを今、あらためて私たちは学ばなければならない。平和文化都市・広島の未来を考えたとき、「こども図書館」という先駆的な財産を大切にすべきではないか。広島が築き上げてきた誇りをいまここで投げ捨てていいのかという問いに、私たちは誠実に答えなければならない。

 

 少し俗っぽい言い方にはなるが、不動産業界では、図書館の近くの物件は高く売れるそうである。よい図書館は人びとを惹きつける。歴史を持つ広島の「こども図書館」の存在は、子育て世代にとって魅力ではある。都市の魅力発信ではないか。たまに行く駅前大型商業施設の中に押し込むのと、日常的に行くことのできる中央公園で独立した「こども図書館」を維持するのと、どちらのほうが子どもにとって魅力的なのだろうか。そのことを考えて、図書館を使って、図書の魅力を発信しようという意識を持ってほしいものだ。

 

図書館を支えるのは市民

 

 私はこども図書館を本気で残そうと思えば、ただ反対といっているだけでは難しいと思う。初代「こども図書館」が、その建設費の8割が寄付により建てられたとの歴史から学ぶとしたら、市民からの寄付も使って「こども図書館」の存続の意思を示すべきではないか。今風に言えば、クラウドファンディングによって、市民の意思を示すことだ。署名で反対の意思を示すことに意味がないとはいわないが、市民の側からその意思を明らかに示す具体的な動きとしては、市民意思が明確で効果的な方法がクラウドファンディングという手法だ。目標額をここで示すことはしないが、それなりに意味を持つ目標額を掲げて、それが達成できれば、「こども図書館」の存続を強く望む市民意思が示されたということになる。達成しなかったら、それもまた市民の意思だということだ。どのような結果になるのか、市民の力を信じることだと思う。かつて資金難にあった広島球団への支援としてはじまった「たる募金」の歴史もあるのだから。

 

 図書館は、自分が住んでいる人たちのコミュニティのものだ。自分が住んでいる自治体の図書館を大事にして、それをよくしていく義務が住民にはある。その意識がなくてただ消費するだけの利用者である限り、自分が住む地域の図書館はちっともよくならない。地域の図書館を支えているのはそこに生活している住民だからだ。図書館は、地域にとって基本的な知的コンテンツなのだから、その存在こそが大事であり、自治体もしっかりと意識しないとならないのである。

 

 最終的に「こども図書館」や「中央図書館」「映像文化ライブラリー」の場所がどこに決まるのかが問題の本質ではない。市民にとって、もっともいい図書館の存在とは何か。そして、本当に広島市が子どもたちの未来のために、子ども主体の図書館サービスを保障できるのか、市民と行政がともに考え論議し実践していくか、そのことが問われているのが、今回の問題の本質だと思う。

(おわり)

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