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武力衝突ではなく平和を実現せよ 2018年原水爆禁止8・6広島集会

集会後のデモ行進。子どもたちは『序』(峠三吉の詩)を群読して歩いた

 アメリカによる原爆投下から73年目を迎えた広島で、2018年原水爆禁止広島集会(主催・原水爆禁止全国実行委員会)が開かれた。この間、中区袋町のひと・まちプラザでは第17回広島「原爆と戦争展」が、広島平和公園では街頭「原爆と戦争展」が、また5日には同展会場で被爆者、学生、教師などが集った全国交流会が開かれるなど、原爆と戦争展を中心にして、平和を希求する人人による深い交流が連日おこなわれてきた。6日の集会にはそれらの人人が結集し、原爆・戦争の真実を広島・長崎から発信し、命をかけて体験を継承する被爆者・戦争体験者とともに、戦争をおしとどめ、平和な日本社会を構築するために奮闘する決意を確認しあった。

 

 初めに全参加者で黙祷をおこなったのち、事務局の川村なおみ氏が基調報告を提案した。川村氏は、朝鮮戦争が勃発した1950年、占領下の広島で二度と原爆を使わせないスローガンを掲げた原水爆禁止運動が始まって以来、広島の地から原爆・戦争の悲惨さ、平和の尊さを全国・世界に発信してきた被爆市民の努力によって、原爆・戦争を許さない世論が世界に広がっているとのべた。昨年には核兵器禁止条約の制定、さらに今年には緊張状態にあった朝鮮半島で、南北会談と史上初となった米朝会談までおこなわれ、朝鮮戦争終結に向けた流れが動き出していると報告した。

 

 しかし、唯一の被爆国である日本が、そうした世界の動きから孤立してアメリカに付き従い、核兵器禁止条約の制定に反対し、南北朝鮮の平和的関係の構築に向けた動きからも孤立し、戦争ができる国作りに奔走していること、一方で国内の被災者の困難な状況は放置し続けている「安全保障」の欺瞞を指摘した。そして、原水爆禁止運動、広島・長崎市民の本当の思いを全国・世界に広げていくことで、一握りの戦争挑発者を縛り付け、日本と世界を急速に変えることができると訴えた。

 

 続いて、劇団はぐるま座が、峠三吉の「すべての声は訴える」「墓標」、峠三吉の編さんした子どもたちの原爆詩集『原子雲の下より』から「無題」「弟」を朗読した。

 

 発言に移り、最初に原爆展を成功させる広島の会の眞木淳治氏が登壇した。73年前に広島・長崎に投下された原爆は、一瞬にして多数の人人を焼き尽くし、生き残った人人も放射能の影響で次次と命を失ったこと、「このような大きな犠牲と苦しみは絶対にくり返してはならない」として、自身は14歳のときに被爆し、生死の境をさまよいながら生きてきたとのべた。第2回「原爆と戦争展」で初めて体験を語って以来、15年間にわたって語り部をしてきたこと、平和を脅かす動きもあるなかで、全国から来た親子連れ、若者、教師、研究者、留学生、外国人など、さまざまな人に体験を語り、熱心な姿勢に力を得て活動してきたとのべた。「このような出会いを大切にし、世界の方方とつながれば必ず世界平和に繋がると確信している。1日1日を大事にし、1年でも長く、1人でも多くの人に語りかけ、平和の大切さ、戦争反対、核兵器廃絶を訴えていく」と力をこめてのべた。

 

 下関原爆被害者の会の河野睦氏は、14歳のときに下関空襲で焼け出され、親類を頼って行った広島で被爆した体験を語った。自身は大きな石碑の陰にいて助かったが、練兵場の日向にいた1年生の女の子たちはひどいやけどを負った。家まで帰る道で見たのは地獄のような光景で、倒れた人をどうすることもできなかった。戦後、被爆者はひどい差別のなかで苦しんだが、それに屈することなくたたかいながら生きてきたこと、「二度とあのような思いを若い世代にさせないために被爆体験を語り継ぐ」ことを使命に活動してきたと語り、今も学校に体験を語りに行くたびに一生懸命に聞く子どもたちの姿に励まされることや、下関から始まった原爆展が若い世代の支えのなかで発展していることへの喜びを語った。「私たちも命ある限り語り続けていきたい」との決意に大きな拍手が送られた。

 

広島に学ぶ小中高生平和の旅の子どもたちの発表

 

 ここで、「広島に学ぶ小中高生平和の旅」の総勢70名が登壇した。被爆体験を学んだ感想を発表し、峠三吉の詩「序」を群読し、「青い空は」を合唱した。さらに引率で参加している教師や母親も意見を発表した。広島市の20代の小学校教師は祖父母が被爆者であることを明かし「祖母の被爆体験をたくさん聞いて、これから受け継いでいきたいと思う。祖母がどんな気持ちで被爆してから今まで生きてきたのか、まだまだ知らないことばかりだが、事実と祖母の思いを受け継いで、広島で子どもたちと一緒に考えていきたい」と語った。

 

 原爆と戦争展でスタッフとして活動している広島の大学生は、広島大学の学生有志による「原爆と戦争展」のとりくみを報告した。ポスターを作成し、地域の商店や学校に赴いて参観を呼びかけ、6日間で600人の参観があり、大変盛況だったことを喜びを込めて語った。今、周辺の大学でも学生グループが原爆や戦争について発信する活動を始めており、「次の世代を担う私たちがしっかりと交流し、相乗効果でお互いの活動をさらに発展させていければと思う」と力強くのべた。

 

 続いて、73年前の沖縄戦当時、激戦地の軍の野戦病院で傷病兵の看護にあたった元白梅学徒隊の中山きく氏からのメッセージを、教え子の比嘉利津子氏が代読した。

 

 沖縄の源河朝陽氏は、辺野古新基地建設をめぐる沖縄県民のたたかいを報告。安倍政府が沖縄県民の反対世論を踏みにじり、権力・金力を総動員した謀略選挙をしかけるなどあらゆる手段で強硬に新基地建設を進めようとするなかで、沖縄県内では辺野古新基地建設の賛否を問う「『辺野古』県民投票の会」が発足し、新しい動きが勢いをもって広がり、2カ月で10万1000筆を突破したことを報告した。73年前の大戦で県民大量殺戮をおこない土地を奪った米軍に対する激しい怒りが根底にあるとのべ、沖縄と本土の人人が団結して真の独立と平和な社会の実現を目指して奮闘していこうと呼びかけた。

 

 山口県萩市の安井誠治氏は、防衛省が配備を計画するイージス・アショアをめぐり、萩地域の地元住民による反対が高まり、地域あげての運動として広がっていることを熱を込めて報告した。首長への申し入れも連続的におこなわれ、防衛相による説明会は配備計画の撤回を求める場となり、適地調査の入札を延期せざるをえない状況に追い込んでいることを報告した。中山間地域を守ってきた住民の切実な思いや、数千億円もの血税を軍備ではなく被災地の復旧・復興に使うことを求める声が圧倒しているとのべ、地域住民とともに奮闘する決意をのべた。

 

外国人参加者に通訳する大学生

 原爆展キャラバン隊を担ってきた鈴木彰氏は、平和公園で原爆と戦争展をおこなうなかでの海外の参観者の反響を報告した。世界各国で核兵器廃絶に向けたとりくみが広がるなかで、広島・長崎の被爆体験への関心が高まっており、パネルの内容への衝撃があいついでいる。海外の参観者が自国の教育で学んだこととはまったく違う、または学んでこなかった被爆の真実に触れることで、アメリカの原爆投下が戦争終結には必要なかった事実を知り、より共感を示していくとのべた。「市民の体験に根ざし、ありのままの体験を具体的に繋いでいけば、戦争を起こす者や、それに加担する者が浮き彫りになり、平和のために何と戦うのかをより明確に示すことができる」「大学生をはじめとしてスタッフとも協力し、今後も世界中の人人の役に立つ活動を目指して努力していきたい」とのべた。

 

 最後に広島の高校生が平場から発言。自身の曾祖父が広島・長崎で医者として被爆者の救護活動をおこない、その体験を祖母から聞いてきたこと、「怖い」としか思わなかった自分が、犠牲者を「可哀想」という祖母の言葉によって考えるようになり、原爆と戦争展に出会ったことでその思いを自分の中だけに閉じ込めていてはいけないと思い展示の手伝いを始めたとのべた。「僕たちは戦争や原爆などの悲しい歴史に耳を傾け、次の世代に伝えていくことが大事だと思う」と堂堂とのべ、会場は大きな拍手に包まれた。

 

 発言の最後に集会宣言【別掲】が読み上げられ、採択された。

 

 集会後には集会参加者全員でデモ行進をおこなった。子どもたちから被爆者・戦争体験者までが一つになり峠三吉の「序」などを群読し、シュプレヒコールをおこなった。沿道では広島市民が拍手をしたり一緒に拳をあげながら声援を送り、飛び込み参加も例年になく多かった。「自分も小学2年のときに被爆した。電車に乗っていて助かったが両親が爆死して孤児になった。原爆は絶対にいけない。暑いが頑張ってほしい」と語る被爆者、「毎年このデモを見ている。だんだんと被爆者がいなくなるなかで体験を伝えていくことが必要だと証言の研修会にも参加をはじめたところだ」という被爆2世、店から出てきた商店主が手を振る姿や、興味深く映像におさめる外国人の姿もあった。終着点の原爆ドームで被爆74年に向け各地で奮闘することを誓い合って散会した。

 

※集会での発言詳細はこちら

 

 

集会宣言

 

 73年前のうだるような暑さの8月6日、この広島の地は一瞬にして地獄絵図と化しました。広島で数万人の命を奪った米軍は、3日後には長崎に種類の違うプルトニウム型原爆を投下し、今日に至るまで生き残った人人の身体と心に深い傷跡を残しています。十数万人もの無辜の非戦闘員に向かって原爆を投げつけたのは、後にも先にもアメリカ一国だけです。その犠牲になったのは世界のなかでも広島・長崎のほかになく、日本はその頭上に核兵器を投げつけられた唯一の民族です。

 

 1950年、朝鮮戦争のさなかにアメリカが3度目の原爆使用を唱えるなか、占領下の戒厳令状態にあった広島の地から声を上げ、原水爆禁止運動の突破口を開いたのが峠三吉をはじめとした先達たちでした。以後、世界に向かって原爆の凄惨な体験とともに、いかなる人種や民族の頭上にも、2度とこのような残虐な殺戮兵器を投げつけることを許してはならないとの意志を、帰らなかった父や母、苦しんで死んでいった弟や妹たちの声なき声として訴えてきました。体験者が高齢化するなかで、私たちはこの被爆地の思いを全国、世界に届け、野蛮で愚かな戦争をくり返させないために発信し続けなければなりません。なぜなら、原爆を投下した者は謝罪も反省もなく、いまもって核のボタンを持ち歩きながら、世界中の戦争や紛争に首を突っ込んでいるからです。

 

 戦後73年目の今年、米国が誇示してきた軍事力、経済力にも綻びが見え始めたもとで、世界は多極化に向かい、朝鮮半島では南北が朝鮮戦争終結に向けて舵を切り、史上初の米朝会談の実現までこぎつけました。同じ民族が大国の都合によって分断され、睨み合うのではなく、対話を通じて平和的関係を築いていく、拳を振り上げるのではなく、手を握って東アジアの情勢を動かし始めたことは、主権なき対米従属が続く日本社会にも大きな変化をもたらす歴史的な一歩といえます。なぜなら、冷戦から続く東アジアを巡る安全保障体制、すなわち武力衝突の危険性すらはらんだ対立関係が、根本から覆る可能性を秘めているからです。

 

 日本国内では昨年来、「北朝鮮からミサイルが飛んでくる」といって、政府がJアラートを鳴らし、私たち国民に頭を抱えて伏せる訓練をさせていました。そのような非科学的で、まるで竹槍訓練もどきともいうべき対処法では国民の声明を守れないことは、広島・長崎の経験を見るまでもなく明らかなことです。まして原発を54基も抱えながらミサイル合戦の丁々発止をくり広げる神経は、とてもまともなものとはいえません。「ミサイルが飛んでくる」ことを前提にする国ではなく、ミサイルなど飛んでこない国にする、アジアの近隣諸国と平和的な関係を切り結ぶ努力をすることこそ、国民の安全を保障する道であり、被爆国としての尊厳を貫く道です。しかしアメリカを忖度する安倍政府は、危機を煽ったあげくミサイル迎撃システム、イージス・アショアを売りつけられ、ロッキードをはじめとした軍需産業に貢ぐとともに、日本をアメリカの核攻撃基地として提供し続けています。

 

 今年7月、西日本の広範な地域が、集中豪雨による前代未聞の災害に見舞われました。「国民の生命と財産を守る」という統治の責務を果たすのであれば、「戦争ができる国」にすることよりも、真っ先に困っている被災地の復興に全力を傾けることが先決です。震災から7年がたつ東北でも8万人、2年がたつ熊本でも4万人もの人人が仮設住宅に閉じ込められたまま放置されています。目の前で困っている国民に冷淡な為政者が叫ぶ「安全保障」とは、誰から誰を守るものなのかを問わざるを得ません。武力衝突云々の前に、まずは自然災害から国民の安全を保障するという当たり前の統治を実現させることこそ急務です。

 

 かつての大戦で多大な犠牲を払った痛恨の経験のうえに、平和主義の国是は貫かれてきました。核兵器禁止条約をはじめとする世界的な核戦争阻止の機運が高まり、互いの主権を尊重し、平和なアジアや世界を築く国際連帯の強化が求められています。植民地従属国として戦争の火種を振りまく破滅的な道を進むのではなく、今こそ全広島、そして長崎、沖縄をはじめとした声なき声を束ね、平和と独立を求める国民的な力を結集し、共通の目標に向かって世界の人人との連帯を広げるときです。

 

★被爆者、戦争体験者の新鮮な怒りを若い世代、全国、世界に広げよう
★原水爆の製造、貯蔵、使用の禁止
★アメリカは広島、長崎への原爆投下を謝罪せよ
★アメリカは核も基地も持って帰れ
★原爆製造工場である原発をすべて廃止せよ
★唯一の被爆国として、核戦争阻止の国際的連帯の輪を広げよう

 

 地下に眠る幾十万原爆犠牲者の魂に誓って、右宣言します。

 

 2018年8月6日   2018年原水爆禁止広島集会

 

原爆と戦争展で、被爆者を囲んで体験を聞く参観者(6日)

連日、外国人が多く参観している平和公園での街頭原爆展(5日)

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