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『ただいま療養中:原発事故で被曝した申立人のがん病状記』 小笠原和彦・著

 千葉県松戸市に住んでいた著者・小笠原和彦氏は、福島原発事故から11年経った2022年7月20日、ちょうど77歳の誕生日に医師から血液がんの一種である多発性骨髄腫だと宣告された。

 

 実は2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故当時、松戸市を含め、近隣の流山市、我孫子市、柏市、野田市、鎌ヶ谷市など東葛地域と呼ばれている一帯は、原発から放出された放射性物質のホットスポットとなった。同年3月15日に発生したプルーム(放射性雲)によって放射性物質は東葛地域に運ばれ、雨によってここに沈着したのだ。

 

 松戸市は2011年12月、放射線物質汚染対処特措法によって「汚染状況重点調査地域」に指定された。年間の被曝線量が1ミリシーベルト以上の地域を指し、チェルノブイリ事故での汚染地域と同等だ。

 

 小笠原氏が松戸市の常盤西総合病院に入院すると、そこには多くのがん患者が入院していた。とくに血液内科を受診する患者が近年急増していると看護師や医師がのべている。病院で知り合った60代のタクシー運転手は大腸がんだといったが、彼は松戸市役所近くの小根本に住んでいた。小根本は、当時とくに線量が高く、初期のピーク時の放射線量は1時間当たり1・772マイクロシーベルトもあって、福島県の南相馬とほぼ同じだった。

 

 さらに100万人に1、2人しか発症しないといわれる小児甲状腺がんの子どもが、東葛地域だけで3人も出た。それをきっかけに小笠原氏は被曝地を訪ね、健康被害を調べて本を出版したが、今度は彼自身ががん患者となったのだ。

 

 調べてみると、著者の家の周囲200㍍以内に、原発事故後にがんを発症した人が5人いたという。自治会役員のSさんは前立腺がんを発症して総合病院の外来を受診しているし、Mさんの妻は最近、骨髄異形成症候群で急死したが、「妻は畑を借りて家庭菜園をやっていたので被曝した可能性がある」と夫がいう。

 

 こうしたことに注目した著者が、原発事故への怒りや健康被害の苦しみ、医者や看護師や苦しみをともにする患者とのやりとりを生き生きと記録したのがこの本だ。

 

原因裁定求める会を発足

 

 著者ががんを宣告されてから1年半後の2023年12月27日、元東京都環境局の職員で長く公害を担当し、現在も環境問題にとりくんでいる藤原寿和氏が中心になり「福島原発事故被害放射能毒・化学毒の原因裁定を求める会」が発足した。その後、著者は申請人の一人に名を連ねた。

 

 会の目的は、福島原発事故とがんなどの罹患の因果関係を明らかにし、放射能汚染(テルル化学毒と放射能毒の複合汚染による内部・外部被曝)によると思われる健康被害について、その発生責任と被害に対する救済措置をとらせることだ。そのために会は、原発事故は環境基本法が定める公害だとの認識のもと、それを国に認めさせるために、公害等調整委員会へ原因裁定の申し立てをし、昨年3月10日に受理された。現在、審理中である。

 

 すでに福島原発事故後、つくば気象研究所などで採取されたセシウムボールと呼ばれる微小粒子中に、放射性物質のヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムなどの他に、放射能毒と化学毒を有するテルルが混入していることが明らかになっている。

 

 会の代表は小児科医の山田真氏で、かつて10回にわたり、福島で健康相談会を実施している。会を科学の面から支えるのが、工学博士で環境学の学者である京都精華大学名誉教授の山田國廣氏で、同位元素テルルに詳しい。

 

 また、会の申請人の一人・安齋徹氏は、放射線量の高かった飯舘村に留まった人だが、彼の家のまわりから白血病患者が多数出ており、近所の高校生が急性骨髄性白血病で亡くなったという。もう一人の申請人である大越良二氏(福島市庄野)も甲状腺がんを発症している。庄野地区148世帯で、甲状腺疾患が7人出ており、うち3人が甲状腺がんの手術後、肺に転移して死亡している。

 

全原発廃止まで闘う 著者の遺志継ぎ

 

 著者は、以上のことをこの本の後半で詳しく紹介している。著者自身、福島で現地調査をおこなったとき、福島県立医科大学が原発事故で被曝した人の治療をおこなっていることを取材している。化学者で『放射能と人体』の著者である落合栄一郎氏も、福島県立医科大学や南相馬市立総合病院の患者を調査して、原発事故が原因と思われる各種のがんや疾患が事故後に増えていると報告している。

 

 これらは原発事故の責任を負う東京電力や国がひた隠しにする事実である。現在、3・11子ども甲状腺がん裁判が注目を集め、支援者を広げているが、この会のとりくみももっと注目されてよい。

 

 なお、著者の小笠原和彦氏は今年1月26日に死去した。会は「私たちは小笠原和彦さんのことを忘れません! 私たちは東京電力および国が原発事故被害、放射能毒・化学毒の複合汚染による影響を認めて賠償責任を認め、すべての原発の廃止を見届けるまで、たたかい続けます」と呼びかけている。

 

 (風媒社発行、四六判・232ページ、定価1600円+税)

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