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自民党圧勝劇のカラクリ 連合や宗教票もすべて糾合 「選挙行く人」の中で票の大移動 半年前から820万票増加

(2026年2月13日付掲載)

衆院選の開票センターで当選者の名前に花を付ける高市首相(9日)

【本紙記者座談会】 高市政権が奇襲で仕掛けた解散総選挙は憲政史上最大の自民党一人勝ちという結果に終わった。自民党が獲得した議席は小泉郵政劇場を上回る316議席で、維新も含めた与党が衆議院の3分の2以上を占めることになった。この選挙を振り返って、結果から何がわかるのか記者たちで論議してみた。

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  投票率は56・26%と前回をわずかに上回った程度だった。北国では寒波も押し寄せるとんでもない悪条件のなかで実施された選挙だったが、全体としては大きく崩れることはなかった。むしろ増えたというのは驚異的でもある。しかしいえることは、相変わらず「選挙に行く人々のなかで争われた選挙だった」ということだ。4~5割は投票所に足を運んでおらず、残りの半分の国民すなわち支持政党が明確にある人々や選挙に動員される団体組織に属している人々、政治的関心がある人々のなかにおける票の移動や離合集散が結果となって反映された。

 

 そして実感の伴わない自民党圧勝という結果に終わった。小選挙区制度を利用した選挙テクニックといっても一人勝ちし過ぎであり、やり過ぎである。政治構造としては支配の支柱にもなるガス抜き装置としての野党の存在もあって、まるで対立しているかのように世間を欺瞞してきたのに、支柱が倒れて今度は自民党は一本立ちを余儀なくされる。大所帯で全面的に矢面に立たされることにもなる。一本立ちは一本立ちで単純に頭数が多いからといって「安泰」とはならない。

 

 B 短期日で抜き打ちのようにおこなわれた選挙で、結果からわかることは立憲民主及び野党の解体劇が実行されたということだ。明らかに野党殲滅を意図した解散総選挙だった。最大野党がゴタゴタしている隙をついて、その支持母体だった組織も実はちゃっかりと自民党に取り込み、「選挙に行く人々」のなかにおける票の移動操作によって、自民党は比例では僅か半年前の参院選(2025年7月)比で820万票も積み増して2100万票を獲得し、前回比(2024年衆院選)118議席増の316議席という史上最多のボロ勝ちをした。奇襲というが用意周到に準備していたと思わせる結果でもある。

 

 郵政選挙での自民党の比例票は2588万票、そのさいの獲得議席は296なので、得票としては当時より少ないものの議席数だけは過去最多となった。自民党の比例票はこの20年近く1700万~1900万票台を推移してきたが、昨年の参院選、一昨年の衆院選では石破自民党から引き剥がす動きが顕在化し、極右側が参政党に流れたり、石破降ろしの圧力攻勢として数百万票単位で組織票が逃げる動きを見せていた。企業団体、宗教等々、あらゆる組織の寄せ集めで自民党は議席を固めてきたわけで、それぞれの業界団体の組織票がどの程度あるのかは数字としても出ているはずだ。それこそ統一教会に支援をお願いしたらどの程度の得票増になるかなど。その差し繰りなどいかようにもなるのだ。

 

 石破降ろしのために剥がした部分を今回の選挙では自民党に戻すと同時に、野党解体のどさくさに紛れてプラスアルファで組織票が自民党に上乗せされた。それがこの結果だ。何度もいうように「選挙に行く人々」のなかで起こった出来事なのだ。浮動票とか無党派がごっそりと高市人気で沸いたという現象ではない。生活実感としても高市人気など見たこともないし、「早苗ちゃんガンバレ!」という声はほとんど聞かない。せいぜいAIでひねり出したフェイク動画等々で空気を作ろうとしたに過ぎない。こういうのは空気とか支持率、人気というのではなくて「選挙に行く人々」の組織的な動きとして見なすのが自然だ。参院選との比較ではあるが、僅か半年で820万票が自民党に向かった。その要因はなにか? だ。いわゆる「高市人気」というものではない。そんなものは表向きの目くらましであって、舞台裏で何が起こっていたのか? だ。

 

  渦中に記者座談会でも分析してきたが、結果は想像以上に自民党の一人勝ちだった。二大政党制を意識している小選挙区制度において、争っている最大の相手が自滅すれば選挙区でも比例でも議席を大量に獲得できるというのは性質上もそうなっている。振り子の幅が大きい選挙結果になるのが特徴だ。

 

立憲自爆で議席を献上 自民圧勝劇の立役者

 

 今回の選挙では、年が明けて唐突に高市が解散を打ち出したのに対して、最大野党だった立憲民主党が公明党と与して中道改革連合なる新党を立ち上げ、安保法制の容認、原発再稼働も容認するなど、それまでの立憲民主党の党是を投げ捨てて目先の選挙で公明党・創価学会の組織票欲しさに合流した。いわば立憲民主党の解党だった。公明党から手玉にとられたような光景でもあった。

 

 そうして最大野党が突如姿を消し、節操のない選挙に勝つためだけの合従連衡をやったことに世間は唖然としていたが、この過程で立憲民主党に流れていたリベラル票は行き場を失い、戸惑っている人々は少なくなかった。基地問題や原発問題などを抱えてきた選挙区でも相当な困惑だった。比例では早くから名簿上位に公明党を据えており、いざ選挙がはじまってみると公明党・創価学会は選挙区では中道の候補すなわち立憲民主党の候補を応援する姿はない。

 

 もともとは選挙区で公明党の1万~2万票を自民党から剥いで中道候補が勝てると思ってはしゃいでいたのに、なんのことはない。公明党にはめられたのだ。学会員たちは「比例は中道」を徹底していて、公明党としては改選前から4議席増の28議席をゲットした。そして立憲民主党は改選前から127議席も減らして21議席まで激減させた。自民党が118議席増にたいして立憲民主が127議席減。野党自滅によるこの議席の大移動が自民圧勝の要因だ。

 

衆院選大敗を受けて辞意を表明する中道改革連合の野田佳彦、斉藤鉄夫の両共同代表(9日)

 A 野田、斉藤の中道連合が高市自民圧勝劇の立役者ということになる。彼らの変態的な野党解体の動きがなければこんな結果にはならなかっただろう。つまり、「高市人気」が自民圧勝の要因なのではなくて、野党の自爆によってアシストされたに過ぎないのだ。野田佳彦は安倍自民の再登板をアシストした張本人でもあるが、またやりおったのだ。

 

 公明党は組織の高齢化もあってか党勢に陰りが見えているなかで、今回のような卑劣な手口に出たのだろう。山口県内でもそうだが、選挙区で創価学会が中道の候補を応援している姿はまるで見なかった。「比例は中道!」というから「選挙区は?」と尋ねると押し黙っている有り様だ。そして実態としてはこれまで同様に自民党候補を応援している。

 

 立憲民主党の候補者たちは「公明党の組織票がもらえたら楽勝で勝てる!」とウホウホしていたのもいたが、期待は裏切られて後の祭りだ。選挙中盤戦から終盤戦にかけて青ざめることとなった。話が違うし、地元の公明党・創価学会は選挙区では応援にも出てこないでボイコットしているのだ。比例上位はみな公明党に献上した後であり、立憲民主党の候補者で当選したのは選挙区で僅か7人。比例で14人。28人の公明党よりも所属議員は少なくなった。127議席も減らすのだから壊滅だし、大概な自滅だ。小沢一郎もイオン岡田も枝野も安住もみんなただの人になった。国会から一掃されたような光景だ。

 

  興味深いのは、公明党が立憲を手玉にとっただけではなくて、実は連合傘下の組織が公然と自民党支援に蠢いていたことだ。山口2区などは最たるもので、2年前の総選挙では岸信千世と平岡秀夫が1700票差で競っていたのに、今回の選挙では5万票以上も差が開いて平岡が落選した。公明党が選挙区で平岡支援に回っていたら楽勝だっただろうが、これまで同様に岸信千世の応援をやり、加えて周南から下松、光にいたるコンビナート群の連合組織は岸の応援に動いていたのが実態だ。

 

 山口3区とて、昔から下関では「連合安倍派」「連合林派」などと揶揄されるほど関係は密で、自民党がトップに君臨した地元政治構造のもとでぶら下がって生息してきた連中だ。なにが労働者の味方かだ。自民党を応援することに躊躇などないし、立憲解体、右側は国民民主への分岐といった現象が進むなかで、公然と自民党に糾合されていく流れにもなっている。表向きは「今回は自主投票」などといっているが、自民党に入れている。大企業など労使協調でやってきて、連合のトップも自民党にすり寄っていくなかで、いまやかつてのような総評系とか同盟系とかもあったものではない。立憲民主の基盤でもあった連合がこうして野党解体のどさくさに紛れて自民党に合流していく、翼賛化の一翼を担っていくという動きがあらわれている。その移動も選挙結果から見て取れる。

 

  宗教団体でも創価学会と自民党が連立を組んでいることに反発してこれまで立憲民主を支援していたところが、今回は公然と自民党支援に回っていた。こうしてありとあらゆる組織が自民党一本にまとまって選挙区を総なめにし、比例で2100万票という数字を叩き出したわけだ。参政党は今回の選挙では売り出しプロモーションに力を注いでもらえなかったのか比例では半年前の参院選から300万票以上も減らし、恐らくその部分は自民党に先祖返りしたのだろう。国民民主の基盤も一定数が自民党に流れている。そして、混迷のなかで中性的というか現実路線みたいな格好であらわれたみらいが一定数を捉える結果にもなっている。

 

れいわも厳しい結果に 要因の解明は必須

 

  厳しい選挙結果を突きつけられたのがれいわ新選組だ。半年前の参院選からいっきに200万票以上も比例票が激減したというのは相当深刻であるし、壊滅的なまでに議席を減らしてしまった。自民党のおこぼれで1議席をなんとか獲得したが、仮に自民党が比例候補をきっちり用意していたら議席ゼロが現実だった。山本太郎の活休というか太郎ショックの影響も大きいのだろうが、前回衆院選、昨年の参院選からの僅かな期間でどうしてこれほど得票が激減する事態になったのか、しっかりと要因を解明することが必要だ。

 

 選挙期間中に電話作戦などで寄せられた支持者の意見のなかでも、「頑張って!」「支持してるよ!」だけではなかったはずだ。れいわ新選組を応援し、心配しているからこその厳しい意見もあったはずで、こうした耳の痛い指摘ほど真摯に受け止めて、改善していくべき点は改善していくほかない。山本太郎が病気療養に専念しないといけない状況にあって、党勢を盛り返していくというのは難儀ではあろうが、これはやるしかない。

 

  支持者のなかで心配されていたのは、党首討論でたたかうスタイルがどうも気になる…という声も多いように感じた。批判すべきは当然批判を加えるのだが、喧嘩腰でギャンギャン飛び跳ねて吠えればよいというものではない。そうしてネガキャンの餌食になるような言動では、安心して支持できない状況に支持者を追い込んでしまう。「もう、ポスターを剥がした方がいいかな…」と悩んでいる人がいたり、周囲に「れいわを支持していると言いにくい…」と漏らしている人もいたほどだ。「品がない…」「見苦しい…」「言っていることは正論でも、あれでは応援できない…」という意見も結構耳にした。こうした指摘について腹を立てるのではなくて、むしろみんなが安心して「れいわ頑張れ!」と周囲に支援を求められるように、ファイティングスタイルを洗練していかないといけない。「文句ばっかりな連中」に貶められてはならないということだ。

 

  為政者の側からすると、いわゆる左翼と呼称するにも及ばないパヨクといってバカにもしているのだが、人の文句ばかり言って建設するものがなにもない――等々という特徴を逆手にとって、いまどきはネガキャンの餌食としてSNSでさらし者にするというのが常套手段になっている。元清美とか蓮舫とかが格好の餌食になっていたように、オモチャにされるのがオチだ。切り抜き動画を作ってまき散らすのなんてカネをかければ訳ないわけで、「品がない連中」というレッテル貼りをしようと手をこまねいて待っている訳だ。その土俵にカモネギ背負って餌食として出て行かなくてよい。

 

 言論で闘うとは、まさに言葉や表情、説得力や空気で圧倒していくことであり、批判も正攻法で加えるというのが絶対だ。そして対峙してどんな世の中や社会にしていくのか具体的な政策を掲げて未来を開いていく側にいなければならない。地方議会でもそうだが、議場において空気で負けないというのはとても大切で、それは一般の人にはわからないかも知れないが、支配の権威のなかで身体を張ってたたかうとは緊張もするし、プレッシャーだって押しつぶされそうなほどかかってくるなかで、それでも貫禄を伴って堂々と渡り合わなければならないのだ。「言い争いに勝つ」とかいわゆる口喧嘩の類いではない。これは上品に言いたいことの一つも言えず、オブラートに包み込んで遠慮しろというのではない。落ち着き払って正論で堂々と闘うことに尽きる。小刀をエイ、エイ! と振り回すような振る舞いではなく、貫禄をもって言論で渡り合い「さすが、れいわの議員」とみんなが認める存在にならないといけない。そうやって人々が安心して結集できる軸となることが求められている。

 

 政治家は選挙で鍛えられるという。政党も選挙で鍛えられる。近頃の選挙は謀略的でSNSで雰囲気を作り出したり、印象操作したり、様々な手段が駆使されるようになっているが、それを理由に敗北して仕方がないとはならない。れいわの議席1、比例票半減は支持者にとっても衝撃的で動揺も走っているだろうが、このなかで踏みつけられてより強く伸びていくほかにない。国会議員激減で組織としては相当にしんどい局面にならざるを得ないが、ここは反転攻勢に向けて踏ん張りどころだ。まずは山本太郎がしっかり療養して病気を完治させることが大切だし、残されたメンバーで立て直しをはかるしかない。2019年の結党以来トントン拍子で議席を増やしてきたが、もともと甘くないのだ。

 

戦争に抗う力の結集を 歯止めなき翼賛体制

 

  衆議院は前例がないまでに自民党一色に染まり、維新や第二自民党のような政党が盤踞(ばんきょ)する状況になった。完全なる翼賛議会ができあがった。参院とのねじれは続くが、このもとで「国論を二分するような政策」も取り組むなどといっている。まさに白紙委任だ。改憲も動かし始めるだろうし、台湾有事などといって戦争に突き進んでいく方向が露骨になっていく。90代の年配の戦争体験者が「こりゃ、ほんとうに戦争になるんじゃないか…」と今回の選挙を受けて心配していたが、排外主義が煽られたりする世相を見て、心底心配している。戦争体験世代が次々と鬼籍に入っていくなかで、世論がいっきに右傾化したり、メディアを通じて煽られるなかで「危ない」と感じている。

 

 こうした戦争情勢については前号の本紙で布施さんが詳しく展開してくれているので参照するが、戦争か平和かの岐路に立たされているのが日本社会の現実だ。トランプから大量に武器を売りつけられて米軍需産業のカモにされ、そのために大増税をやり、対中国の軍事的緊張の最前線に立たされていくというものだ。第二のウクライナにされかねない危険性がある。

 

  国会が大政翼賛会に染まり、為政者をして無謀な戦争に突っ込んでいったのがかつての大戦だ。圧倒的国民はそのもとで塗炭の苦しみを味わった。資本主義も一周回ってくたびれているなかで、「悪魔のささやき」などといって戦争を渇望しているのが資本家だ。ぶっ壊して相対的安定期なるものをひねり出し、延命を図るというものだ。パレスチナを爆撃し尽くして廃墟にし、リゾート地として新たに開発しようとしているのが露骨だが、ショック・ドクトリンで市場や利権をひねり出すという乱暴なやり口も公然とやられるようになった。野蛮なトランプがベネズエラの大統領を拉致したように、国際秩序などあってないようなデタラメな世界が立ち現れている。こうした混沌とした世界のなかに日本もいるわけで、どう国の舵取りをしていくのかが問われている。

 

  安い日本、貧しい日本になり、国力も衰退する一方で、ただひたすらアメリカに隷属して付き従っていくのか、変化が著しい世界のなかで各国と独自に関係を切り結んでいくのかだ。目下、中国ともめているが、そういう日本のスタンスを喜んでいるのはアメリカにほかならない。日本社会にとって国益を考えれば対中関係の悪化はマイナスでしかない。貿易でもアメリカより中国との関係の方が密なわけで、アジア近隣諸国との友好的な関係で経済的にも回っているのが現実だ。サプライチェーンもそのようになっている。この現代社会において「戦争する」とは現実的に考えて気狂い沙汰でもあるが、そうではなくアジアのなかで生きていく道を選択しなければならない。

 

 戦争政治に抗っていく時代に突入しているが、死なないための戦いをするほかない。国会は自分たちは戦場に行かず勇ましいことを叫んでいるチキンホークだらけ。それでいざ日本列島が戦場にでもなったら、死ななければならないのは前線に駆り出された自衛隊員であり、無辜(こ)の国民だ。そもそも原発を抱えてミサイルを撃ち合うなど、どこのバカがやるのだろうかと思うが、それでもやるというなら大惨劇が待ち受けている。その代償は第二次大戦の比ではない。地震や津波といった災害をみるまでもなく、電気、ガス、水道といったインフラも麻痺したら、たちまち暮らしはままならない。食料だって戦争で海上輸送を断たれれば飢え死にするしかない。まともに考えれば「バカげている」の一言なのだが、戦争をするとは具体的にどうなっていくのか想像してみたらいい。ほんとうにバカの末路みたいなものだ。そうではなく、世界中の国々と友好平和の関係を築いて自国を豊かにするというのが当たり前の選択だ。

 

 A かなりきな臭い情勢だが、戦争情勢に抗っていくパワーが求められている。下品な戦争狂いにこちらが品位で争ってもどうしようもない。品の話ではないのだ。あくまで大衆的な力を束ねていくほかない。戦争で死にたいと思っている人間など恐らく一人も居ないのだから。気づいたら戦争になっていた…がかつての教訓だが、そうさせないための力を結集していくことが求められている。政治的にもそうだ。

 

 周到に用意されていたであろう自民党圧勝劇の舞台裏を捉えて、次の局面に向けて動き出すしかない。

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