(2025年9月1日付掲載)

巨大な巻物を広げたような外観が特徴の中国館(大阪・関西万博会場)
大阪・関西万博の海外パビリオンで多発している工事費の未払い問題をめぐって、中国館では一次下請業者のA社が「中日建設株式会社(元請)からの未払いはない」と声明を発表したことで、表向き未払い問題はなかったことになっている。だが実際にはいまだに支払いはなされておらず、表に出ていない下請業者への未払い額がまだ数億円あるといわれている。業者やその家族が追い詰められている切迫した状況にあり、発注元である中国政府の対応にも注目が集まる。同時に、完工前の3月に関係者が通報していたにもかかわらず、放置した大阪府の対応が問題を深刻化させた事実について、大阪府なり万博協会は真摯(し)に受け止め、早急な救済措置をとる責任がある。中国館の未払いの実情について、関係者に話を聞いた。
税金も払わぬ業者がなぜ元請けに?
中国館は万博の海外パビリオンのなかでも来場者の注目を集めているパビリオンだ。伝統的な書道の巻物を広げたような竹の外観が特徴で、「自然と共に生きるコミュニティの構築」のテーマに沿って、有形・無形文化財や生態系、農業などから、人工知能、宇宙開発などについて展示されており、入館しようと多くの人が列をなしている。
この中国館の建設を中国政府から受注したのは中日建設株式会社(清水琉蒼社長、名古屋市中村区)。同社から下請に対する支払いが止まったのは、大阪・関西万博が開幕した今年4月だった。
一次下請のA社は1億1000万円の本体工事費のうち約4000万円しか支払いを受けていなかったほか、追加工事費の3700万円も未払いだった。6月に電気工事の二次下請業者が記者会見で未払い被害を訴え、7月にも別の二次下請業者が追加工事費計6000万円の未払い被害を訴えていた。電気工事だけで1億円超の未払い金額が残っているが、ほかに表に出ていない未払いが複数あり、分かっているものを合計すると3億円規模にのぼる。
電気工事で下請に入ったB社の男性は、「うちは何とかその他の仕事で損失分をカバーすることができているが、日々の生活すら大変になっている事業者もいる。金銭の問題だけではなく、こんなことが開けて通されるのは許されない。万博閉幕で逃げ切るようなことがないように、二度とこのような業者が仕事を請けるようなことがないように、未払いの事実を広く知ってほしい」と話す。
B社はクウェート館、カタール館、ブラジル館の電気工事に入っていたところ、クウェート館と隣り合わせの中国館の電気工事に入っていたC社(約2500万円の未払いを抱えている)から声がかかり、中国館の強電の仕事全般を請け負った。昨年10月から工事に入り、本来なら1年工期の仕事を約半年後の4月に完工させた。万博開幕に間に合わせるため、職人たちは現場に泊まり込んで仕事をしたという。
しかし、4月から一次下請のA社に対する支払いが止まった。中日建設の清水社長の主張は「お金を払い過ぎているから、一切払わない」というものだった。払い過ぎでないことを証明すれば支払うという確約を得て、4月18日にA社、B社の2人で現金出納帳や請求書、請書などすべてを携えて名古屋市にある中日建設の本社に出向いた。秘書と経理の女性2人と、現金出納帳などを元に支払い状況を付き合わせたところ、中日建設が支払ったのは約4000万円に過ぎないことが確認できた。この時点では秘書も支払いが不足していることを認めていた。
交渉のなかで、すでに疲弊していたA社が「もううちはお金はいらないからB社に直接支払ってあげてほしい」とも伝えたという。しかし、支払い金額の不足が証明されたにもかかわらず、清水社長は「いや、私はお金を払い過ぎている。だからもう払わない」と一貫して主張し続けるという、理解できない状況が続いた。
中国政府は工事費を支払っているにもかかわらず、受けとった元請が下請けに払っていないという事実は、かりにも国際博覧会という舞台において他国政府の顔に泥を塗る行為にほかならない。関係者たちによると、清水社長は中国人だといわれ、この事態が明るみに出てから、発注元である中国政府も中日建設を呼び出し、支払うよう圧力をかけたという。
だが、中国政府の呼び出しを経て、初めて下請業者との話し合いの場にあらわれた清水社長は「火消しをしないといけない」といい、「未払いがなかったことにするなら金を払ってやる」と主張したという。謝罪して支払うどころか下請業者を脅すような手法だ。そこで支払い額として提示したのは1400万円だった。
下請業者らは、まったく支払われないよりは、少しでも支払いを受けた方がいいという判断から、いったん1400万円という金額を受け入れ、A社は7月初旬、残金の支払いを受けるために「中日建設の未払いはない」とする声明を発表した。A社は、自社の未払い分の回収を諦め、入金された1400万円は全額二次下請のB社に支払ったという。B社の未払いは3700万円。1400万円では到底足りないが、そのほかのさらに厳しい業者に少しでもお金が回るようにすることを優先したいと話す。
声明はあくまでも残金を回収するための手段であり、実際に未払いは残っている。なんとか事態を乗り切る資金力を持っている事業者もいるが、中小規模の事業者は日々の生活すらままならない状況に置かれている。
社保料滞納で差し押え 下請のC社

未払い問題が発生しているセルビア館
防犯カメラやネットワークの配線経路の作成など弱電の電気工事に二次下請として入ったC社は約2500万円の未払い被害を抱えたまま、毎日綱渡りの状態が続いている。「無利子融資や立て替え払いなどをしないというなら、せめて社会保険や税金など、国の機関がかかわる支払いを待ってもらえるよう大阪府などが動いてほしい」と切迫した状況を訴えている。
中日建設の未払いが発端となって、C社自身も支払いができていない取引先があり、600万円の支払いが残っている取引先には、仕事を請けて相殺してもらうことにし、ようやく600万円分の仕事が終わろうとしているところだという。300万円ある取引先には分割払いを依頼した。だが、これらの仕事をする期間、C社の収入はない。さらに経営を危機的な状況に陥れているのが、社会保険料の差し押さえが実施されたことだ。8月下旬には、市民税の差し押さえも通告があったという。
C社は社会保険料、法人市民税、従業員の住民税(特別徴収分)が滞納になっている。支払いを待ってもらうよう行政機関などにも相談してきたが、未払いが発生した4月から5カ月が経過するなかで、「滞納が解消する見込みがない」として、差し押さえが実施されるに至っている。「数十万円あった口座が差し押さえられ、今なんとか日々の入金や現金を受けとった分で食いつないでいる。毎月、取引先にうちへの売掛金がいくらあるか照会が行く状態だ。家庭もお金が回らないので、修羅場になっている」と語る。
国家プロジェクトで未払いに直面しているにもかかわらず、「民民の問題」として放置されるばかりか、税金や保険料の取り立てで、幼い子どもを抱えて危機的な状況に追い込まれている。5人いた社員も現在は1人。経理にも辞めてもらい、社長夫妻と社員1人で働き続けている状況だ。
中国館建設の現場では、清水社長がロールスロイスに愛人を乗せてやって来た姿を目撃したという人や、守口市のタワーマンションを2億円で買ったと自慢していたことを耳にしたという業者もあり、「万博工事が始まってから購入しているようで、おそらく中日建設のお金ではなく、中国館の建設費、すなわち下請業者の工事費で購入したのではないかと思われるのが一番腹立たしい」と憤りも語られている。
上記のように、電気工事だけでなく内装業者や空調業者などに対しても未払いがあり、表に出ていない未払い金額を合計すると少なくとも3億円にのぼることが指摘されている。そのなかには「別の現場でも中日建設から未払いを受けている業者も含まれている」との話もあり、中日建設が万博工事だけでなく、他の現場でも同様の未払いを起こしている可能性も浮上している。登記簿によれば中日建設は、大阪・関西万博の開催が決定(2018年)した後の2021年に大阪市内に支社を設立している。この間の同社の手法から、もともと踏み倒す前提で万博工事に参入したのではないかという疑いが生じているのも当然といえる。
民民の問題と突き放す 大阪府吉村知事

万博協会が海外パビリオン建設工事のために関連業者に配布した受注協力依頼のチラシ
中国館の工事にかかわった業者の一人は、「こんな業者が半公共事業の万博工事に入っていたのが考えられない」と話した。
公共事業に入るには、銀行で経営診断を受けなければならず、決算書の審査や税金の滞納がないか、下請法を守れるかといった厳しい条件をクリアしなければならない。「吉村府知事が、業者がいないから助けてくださいと声をかけて私たちは集まった。わざわざ大阪府の窓口の電話番号まで載せていたから、公共事業のような感覚だった。中日建設は“税金の棚卸し”をしているという話もあるが、まさか税金も支払っていないような会社が元請になっていると思わなかった」と話した。
中国館については、3月17日に業者の一人が大阪府知事宛てで未払いの発生を訴えていた。パビリオン名、業者名なども明らかにして、「このままでは未払いが原因で倒産する会社が出ます。その前に何か手を打っていただくことはできないでしょうか」と助けを求める内容だったが、大阪府は万博協会の「通報受付窓口」のアドレスを案内しただけで、なんら対応をとらなかった。
パビリオン完成・引き渡し前のこの時点で大阪府なり万博協会が動き、「下請に支払いをしなければ開催させない」などの対応をすれば、未払いの長期化を防ぐことができた可能性もある。実際に2021年のロンドンオリンピックでは、オリンピック開発公社が中心になって、元請段階、一次、二次下請段階と、支払われたかどうかを監視する体制をとり、未払いリスクを最小限に抑えた。倒産リスクへの備えも万全だったといわれている。オリンピックでできることを万博でできないはずはない。
今回の大阪・関西万博では、こうしたリスク管理体制がとられていないことが未払い多発の一つの要因であることは明らかだが、通報後も大阪府はなんら対応せず、公になって以降も「民民の問題」「(救済策をとるのは)税金の使い方としておかしい」などと主張し、救済策を否定している。
多くの中小企業が、自社の従業員や下請業者の従業員たちが「お父さんがつくったんだ」と子どもたちに自慢できるような仕事を提供したいという思いで万博工事を受注したという。
「一番悔しいのは、そんな思いで下請や社員たちが寝ずに頑張って成功させた工事なのに、一社だけの私利私欲でだまされ、苦しんでいる人がこれだけいることだ。GLイベンツ社の下請に入った業者も、職人さんの子どもたちにかっこいいお父さんの姿を見させてあげたいと思って受注したはず。その良心を踏みにじるようなことをする会社がのほほんと普通に営業していることが異常だ」と憤りを込めた。
4館のパビリオンで未払いを起こしているGLイベンツジャパン社に対しては、マルタ館の一次下請に続き、8月22日にセルビア館・ドイツ館の一次下請である建設会社「レゴ」(大阪府中央区)が約3億2800万円の支払いを求めて東京地裁に提訴したところだ。完成後に成果物が気に入らないなど難癖をつけて支払わない、支払うといいながら引き延ばすなどといったGLイベンツジャパン社の手法には、関係者みなが「詐欺ではないか」と口をそろえるが、同社は責任を問われることなく堂々とその後の国内イベントを受注している。
被害を受けた業者は、「ただでさえ、建設業界は担い手が少なくなっており、若い子が働きたくない業種のベスト10に入るような業種だ。万博工事をした会社が未払いを受けている、倒産したということになれば、建設業界は怖いというイメージができ、子どもたちはますます建設業で働こうとは思わなくなる。それを防ぐためにも、大阪府は建設業をやっていて良かったと思える対応をすべきだし、それも未来に対しての投資だと思う」と指摘する。
せめて逃げている元請たちを話し合いのテーブルに誘い出すことくらいはできるのではないか?せめて税金・保険料の支払い猶予はできるのではないか? 理不尽な未払いで葛藤する下請業者たちは切迫した思いを訴えている。
大阪・関西万博の海外パビリオンでは、これまでにネパール、アンゴラ、中国、マルタ、ルーマニア、セルビア、ドイツ、アメリカ、インド、ポーランドの計10カ所で工事代金の未払いが判明しており、まだ増加する様相となっている。解決したのは参加国政府の事情が原因だったネパールのみで、その他は未解決のまま、苛酷な現場を担った中小企業やその従業員たちが苦境に立たされている。
未払い業者にせよ、大阪府・万博協会にせよ、万博閉幕でほとぼりが冷めるのを待って逃げ切るようなことを許してはならない。





















