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深刻さ増す下関市の人口減少 戦後初の25万人台に突入 急がれる少子化対策

廃屋や空き地が目立つ下関市内

 山口県下最大の都市でありながら、下関市は人口減少・少子高齢化が全国的に見ても突出して進んでいる。中心市街地は空き家や更地が増加し、自治会役員のなり手がいないことから解散する地域も出始めている。企業は人手不足に悩み、消費人口の縮小は商業者を悩ませている。人口減少・少子高齢化に向き合い、どのような市をつくっていくのかの議論が待ったなしとなっている。


 10年前の市町村合併時、「30万都市」といっていた下関市だが、今年10月1日時点の推計で戦後初めて26万人を割り込み、25万9855人となった。2010年の国勢調査では28万947人いたが、その後の5年間は平均して年間約2500人のペースで減少が続き、2015年の国勢調査では26万8517人になっていた。その後の3年間で8662人減、平均すると1年で2887人減った計算になる。人口減少数でいうと東北の被災地をのぞいて全国4位という急速さだ。


 なかでも約6万6000人が住む本庁地区、旧市の中心市街地の現状はすさまじいものがある。全体の高齢化率は36・6%だが、自治会単位で見ると50%を超えている地域も少なくなく、自治会運営が成り立たない地域が出始めている。


 新地地区の自治会がその一つだ。長く世話をしてきた自治会長が亡くなったとき、当時の役員で「次期会長に」と考えていた住民がみな病気になるなどして自治会長の受け手がいなくなった。全住民が集まって話しあいを持ったが、会長のなり手がいなかったため解散することになった。


 自治会が解散したことによって、市報や市からの配布物が各家庭に配られることはなくなった。今は西部公民館にまとめて置いてある配布物を、ほしい住民が自分でとりに行くことになっている。「これくらいはしないと…」と班の人の分を持ち帰って配布する住民がいたり、ゴミ捨て場の掃除を班ごとに当番で回して維持するなど、住民の自主性で暮らしを成り立たせている。しかし、解散時に残っていた自治会費で街灯代を支払っており、残金が底をつけば、街灯も消える。まるでとり残された地域のようだ。「街灯が消える頃にはみんな死んでいる」と冗談をいいながらも、住民は不便ななかで暮らしている。

 

 市内で解散まで至った自治会はまだ少ない。しかし同様の事情から「自治会連合会の仕事までできない」などの理由で、この5年間で4つ以上の自治会が自治会連合会から脱退しており、旧市内の自治会関係者のなかでは「うちの自治会もいつまで持つだろうか…」という不安の声がある。


 新地地区と同じ旧市西部のある自治会も、80代の住民が長く自治会長を務めている。数年前に住民の年齢構成を調べたところ、65歳以上が50%をこえていた。古くから人が住む山坂の多い地域であり、車が入らないため若い世代はもうほとんどいない。空き家や朽ちた家屋が放置されていたり、更地にして「売り地」の看板が出ているが、建築基準法上、新たに住宅が建てられない道幅の場所もあるため、なかなか買い手がつかないという。男性が小学校に通うころは約3000人の児童がいたが、息子の世代になると700~800人規模になり、現在は隣の小学校と統合したにもかかわらず70人規模になっている。「戦前の長門市場などの賑わいを知る年代からすると、下関の玄関口がこれほど寂れてしまったのはなぜだろうかと考える。グリーンモールも表通りは賑わっているように見えるが一歩裏通りに入ると寂れ切っている」と話した。


 旧市東部のある自治会でも、旧町名での自治会を新町名へと変更する手続きを進めようとしているが、自治会をひき継ぐ人がいないことから難航しているという。同自治会では役員のうち6人が80歳以上だ。自治会長をひき受けると連合会の仕事や神社の仕事など、付随するさまざまな地域の役割が回ってくるため、なかなか後継者がいないのだと関係者は頭を悩ませている。

 

空き家数は2万戸をこえる

 

 高齢化が進んでいる旧市内では、空き家や老朽家屋が目立つ地域が多い。「観光の街・下関」をうたい、海峡沿いの開発計画は進むが、一歩住宅地に入ると空き家やツタが絡みついて朽ちた家、セイタカアワダチソウの生い茂った更地など、荒廃した光景が広がっている。不動産関係者は「この地域は一度、震災など大きく壊れることがあって、道路整備がされなければ人口が増えることはないのではないか。減少が急加速していく一方だ」と話した。


 目立つようになった中心市街地の廃屋や空き家、更地だが、いったいどのくらいあるのか、空き家や危険家屋の管理を担当している市住宅政策課に尋ねると、同課が把握しているのは通報のあったケースのみということだった。同課には2013~2017年の5年間で市民から情報提供が1216件あり、対処が必要な1007件のうち、修繕は161件、解体224件で、解決済みとなっているのは38・2%だという。市役所内に全市の状況を把握している課はないようだ。


 全市的な空き家の分布状況は2014年度におこなった目視による調査が最後だ。調査員が「郵便受けにチラシやDMが大量に溜まっている」「窓ガラスが割れたまま、カーテンがない、家具がない」「売り・貸し物件の表示がある」「電気等のメーターが動いていない、取り外されている」などの基準で判断した結果、本庁地区に2914戸、彦島地区に918戸、綾羅木・安岡・勝山・吉見地区で633戸、長府・小月地区で941戸、菊川・豊田地区で530戸、豊浦・豊北地区で1457戸の計7393戸が確認されている(共同住宅は全室空き室の場合に1戸で計算)。

 

 総務省がおこなっている住宅土地統計調査(2013年)で見ると、総住宅数は5年間で660戸減少して13万九560戸となる一方、空き家数は1130戸増加して2万283戸となっている。そのなかで腐朽・破損のある家屋は5770戸あった。空き家率16・4%と、全国(13・5%)、山口県(16・2%)よりも高い割合となっている。今秋に同調査がおこなわれており、来年にも結果が公表される見込みだ。


人手不足に悩む市内の企業

 

 

 勝山地区や安岡地区、清末地区など、部分的には住宅が増加している地区や、更地になるとメーカーのアパートが建つ地域もあるが、市内で人が移動しているに過ぎず、全体として若い世代の減少が進んでいる。こうしたなかで建設、介護、製造、農漁業など、各分野で人手不足の深刻な実情が語られている。


 生鮮食品を扱う地元企業は、学校給食に食材を納入する仕事を請け負っている。以前は同業6社で担当していたが、うち4社が人手不足で請け負えなくなり、現在は2社で全市の学校給食を受け負っている。自校方式の学校もあり、納入する量は少なくても配達に必要な人手は変わらない。「募集しても人がいなくて、仕事が入っても断ったりしている。車がよく走っているので景気がいいと思われているが、内実は大変だ。他のところでも人手不足のために店を閉めるようになっている」と語った。


 企業関係者の一人は、「うちもリーマン・ショック前の半分ほど。とくにここ2、3年で人がいない状況が進み、かなり厳しくなっている」と話した。飲食店も建設業も食品加工も自動車産業も「人がいない」という話ばかりで、なかには30人不足していて製品がつくれず、受注を断らざるを得ない工場もあったという。「市内の食品加工で外国人実習生を入れていない企業はない。飲食店も人がいなくて店を開けることができないなど、どこも切実だ」と話した。かつて働いていた飲食店から声がかかり、80代になってアルバイトを始めたという人もいた。

 

 ある視覚障害者の介護施設では調理員がいなくなり食事をつくることができなくなった。朝食はパンと紅茶、昼食はホカ弁という状態が2カ月間続いた。入所者は弁当に変わったことに気づかないため、「今日は味が濃いな」と話になっていた。今はようやく一人確保できて、元通り朝と昼も調理することができるようになったという。


 ハローワークにも「人を紹介してほしい」という切実な訴えが企業から寄せられるが、人がいないため要望に応えることができないのだという。

 

 労働力となる年代(15~64歳)の減少は顕著で、ここ10年ほどで4万人超の減となっている。2012~2016年にかけては毎年4000人規模で減少しており、そのなかで外国人実習生の導入に踏み切る中小企業も増えている。


 人口の減少は税収減にもつながっており、市財政は基金をとり崩しながらしのいでいる状況で、「5年後には基金が底をつく」ともいわれている。財政危機を契機に小・中学校の統廃合や公共施設の削減・民間委託など、自治体の縮小が一気に進みかねない空気すらある。


 戦後、水産都市として、また交通の要衝として栄えてきた下関だが、1980年を境に人口減少に転じており、現在の状況は40年の蓄積の結果でもある。下関市をどのような町にするのか、なにより産業をどう振興するのかという論議が急務となっている。

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