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ギャンブル沼がそこかしこ 「一攫千金の夢」で身持ち崩す 阿武町事件につづき学校でも バクチ絡みの事件が多発する背景

 下関市立玄洋中学校に勤めていた30代の男性教員が、自身が会計を担当していた下関市中学校体育連盟の口座などから計700万円を横領(ギャンブルにはまっていた)していたことが発覚し、懲戒免職の処分を受ける事態となり、地元で衝撃が走っている。山口県内では阿武町の誤振込と関わって受給した24歳がネットカジノで使い果たすなど、ここにきてギャンブル案件が続いていることから、「一攫千金の夢も考え物だ」とさめざめと話題になっている。コロナ禍で生活難や経営難に襲われる国民を尻目にギャンブル業界は活況を呈し、財政難の自治体にいたるまで公営ギャンブルの収益増にわいている。下関市も例外ではなく、ボートレース下関の「収益」が教育現場でタブレット購入やクーラー設置費用に充てられるなど、地方自治体そのものもギャンブル依存体質を深めており、30代教員もそのカモだったという笑えない現実が突きつけられることとなった。ギャンブルを巡ってはパチンコ市場が縮小する一方で、競馬、競艇、阿武町の事件で一躍脚光を浴びたオンラインカジノなどの市場が伸び、オンライン化が進むなかでより身近で手軽なものになってきた。結局の所、胴元がもうかる仕組みのなかで、一攫千金の夢をかけた庶民の懐から虎の子を吸い上げ、ギャンブル依存症という病気まで生み出している。

 

金融資本主義の下で投機跋扈(ばっこ)

 

 下関で懲戒免職となった男性教員は、下関市中学校体育連盟で会計担当を勤めていた一昨年4月から今年3月までの期間に、市中体連が管理する口座から100回以上にわたって不正な支出をくり返したり、保管中の現金を着服したりし、借金の返済やボートレースに使っていたという。会計監査がおこなわれるタイミングで別の教員に相談し、3月に横領が発覚した。700万円のうち約630万円はすでに返還し、残り70万円も返還する意志を示しているが、「先生が他人の金を横領した」という事実が子どもたちに与えた衝撃は大きい。学校関係者も「ボートレース下関」と記されたタブレット(ボートレース下関の収益で支給されたタブレットであることを示すために、子どもたちが使用するタブレットすべてに表記されている)を目にするたびに「ああ、このタブレットも…」と複雑な思いを持ちながら日々授業をしている。

 

 「手元の金を私的に使ったことをきっかけに自制できなくなった」という説明は、ギャンブルにはまったことのある経験者にとっては痛いほど理解できる心境なのだといわれる。当たれば「倍の金額を賭けておけばよかった」と思い、負ければ「負けた分をとり戻さねば」と思い、勝っても負けても次第にのめり込んで、賭ける金額が大きくなっていくのだという。自分の使える金額の範囲内で楽しんでいるうちはいいけれど、次第に借金をしてでもギャンブルに通うようになり、借金を返すために一攫千金を夢見て、気づいてみれば借金が膨れ上がって身動きつかない状態になっているのだ。どこかで自制が効けば抜け出すこともできるが、依存状態になってしまえば歯止めがきかなくなっていく。普通なら自分が借金を重ねる結末になったであろうが、今回のケースは目の前に流用できる金(他人のものではあるが…)があったことがより不幸を大きくしてしまったようなのだ。

 

 他人の金に手をつけたことは許されることではなく、自制が効かなかったことについては、その人自身の資質によるところが大きい。だが、自制の効かない依存状態を生み出すのがギャンブルなのだ。ボートレースなりパチンコなり、ギャンブルをきっかけに身を持ち崩す事例は枚挙にいとまがない。収入以上の金額をボートにつぎ込んで家庭が崩壊した事例、一緒に起業した同僚に借金を背負わせてしまった事例など、ギャンブルが生み出す悲劇は下関市内にも無数に転がっている。パチンコ店のトイレで首を吊っていた…等々も珍しくない話なのである。

 

違法とされながら… 抜け穴となる公営賭博

 

 刑法第一八五条…賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。

 

 刑法第一八六条…常習として賭博をした者は、3年以下の懲役に処する。2 賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

 

 この条文によって日本国内では賭博は禁止されている。「諸国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ」、「健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風を害」し、「暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発」すること、「国民経済の機能に重大な障害を与える恐れ」がある(昭和25年11月22日、最高裁判例)からだ。賭博をしたかどでスポーツ選手が検挙されたり、神社や自治会が祭りのさいにおこなっていたビンゴ大会(ビンゴカードを100円程度で配っていた)が賭博法に抵触する可能性があると問題になったりもしてきた。

 

 しかし一方で、競馬、競艇、競輪、オートレース、宝くじ・スポーツ振興くじ(toto)が「公営ギャンブル」として大手を振って営業しているほか、パチンコは世界的に珍しいといわれるほど各地域に浸透している。これはそれぞれ特別法が定められて、刑法第一八五、一八六条の対象外としてとり扱われているからだ。

 

煽られる射幸心 コロナ禍で伸び幅拡大

 

 これら特例で認められているギャンブル業界、とくに公営ギャンブルがコロナ禍で活況を呈している。

 

全体の市場規模・約25兆円のうち今も市場規模としてもっとも大きいのはパチンコ(14兆円規模)だ【表参照】。ただ1990年代に約30兆円規模といわれてきたのと比べると縮小が続いており、パチンコホール店数も1995年の1万7631店から2020年には9035店とおよそ半減。参加人口は2020年で710万人と、「3000万人」といわれた時期と比べると4分の1まで縮小している。店舗型のパチンコは新型コロナの感染拡大のなかで縮小傾向が続いている。といっても3000万人規模で市場規模が15兆円だったのに、700万人で14兆円ということは一人当たりの金額が上がっているともみられる。

 

 コロナ禍を追い風に売上を伸ばしているのは競馬、競艇、競輪、オートレースなど、インターネット投票や電話投票で全国から参加できるようになった公営ギャンブルだ【グラフ①参照】。2020年度を見ると、競馬で前年比109%、ボートレースは136%、競輪は114%と、いずれも売上を伸ばしている。とくにボートレースと地方競馬の伸びは著しいものとなっている。

 

 東京商工リサーチによると、公営競技関連法人(27法人)の売上高の合計は、
 2018年10月期~2019年9月期…3兆5739億円
 2019年10月期~2020年9月期…3兆7636億円(前期比5・3%増)
 2020年10月期~2021年9月期…4兆311億円(前期比7・1%増)
と、コロナ禍のなかで伸び幅が拡大しており、売上は4兆円を突破した。

 

 どの競技もインターネット投票が増加しており、日本中央競馬会の電話・インターネット投票会員は、2019年事業終了時に446万9128人だったのが、2020年には506万3023人、2021年に560万6784人と、コロナ禍の2年間で113万7656人(25・4%増)増加した。東京都競馬が運営する地方競馬インターネット投票の売上高も2019年の2399億円から2021年には4361億円と、2年間で売上が1・8倍(81・7%増)に急伸した。ボートレースはというと、2021年度に午後9時以降にレースを開始するミッドナイトボートレースを開始したこともあり、公営競技のなかでは2期連続20%前後とダントツの伸びを見せたとしている。

 

ボートレース下関 収益を教育費に充てる違和感

 

 ボートレース競技全体の2020年度の総売上は2兆951億円で、前年度比で35・7%増加し、1992年度以来28年ぶりに2兆円をこえた。ボートレース下関でみると「赤字のお荷物」だった時代をへて、2017年度にナイターレース場に移行して以後は売上を伸ばし続けている。新型コロナで無観客レースなどの対応を余儀なくされたはずの2020年度は、総売上が1233億円と前年度比54・7%の増。一日平均売上高も6億6301万4842円と48・8%増と急伸した【グラフ②参照】。

 

 前田市長が就任して以後、ボートレース下関の収益を財源にした「下関市こども未来基金」を創設するなど、隠すことなくボートレース収益への依存を公言するようになってきた。前述の全小・中学校へのクーラーの設置も「ボートレースのおかげ」、小中学生に配布したタブレットも「ボートレースのおかげ」といった具合に、ボートレースの収益を充当した事業には必ずその旨が記載されるようになっている。ボートレースに恩義を感じさせる教育がおこなわれているといっても過言ではない。ボートレースで稼いでいることが行政運営のなかでは手柄とされ、自慢するまでになっている。その稼ぎは、損をした幾多の庶民の不幸の上に成り立っているわけだが、財政難のなかで笑えないかな「稼ぎ頭」という扱いなのである。

 

 現在は「ボートレース未来基金」として運用しており、今年度は一般会計に14億円を繰り入れた。市立大学の新学部設置や児童クラブの整備、ふくふく子ども館の運営や乳幼児医療費助成、子ども医療費助成、奨学金返還支援事業、学校の特別支援教育支援員の配置など、教育や福祉にかんする事業にも多く充当されている。吸い上げられたギャンブラーたちのテラ銭のなかに、今回発覚した中体連の口座からのお金も一部入っていたという皮肉な顛末となった。「未来基金」などときれいな言葉で覆っても、その収益はだれかの不幸の上にあるものであり、「子どもたちのために」といいながら、子どもたちの家庭や目の前にいる先生をも崩壊させている現実が突きつけられた。

 

国はカジノ誘致推進 社会的病理蔓延を助長

 

 コロナ禍の公営ギャンブルの急伸は、オンライン化でだれでも、いつでも、どこでも手軽にギャンブルに興じることができるようになったことが最大の要因だ。舟券売り場あるいは馬券売り場まで行かなくてもよくなり、かつてのように「仕事が終わってパチンコに」「週末の楽しみに」といったレベルでなく、一日中、一年中、ギャンブルは人々の身近な場所にあって射幸心を煽ってくるようになった。ギャンブル環境としては「利便性」がよくなり、宣伝・広告もあふれている。ネットバンキングの普及で金銭の出し入れもスマホ一台でできるようになり、「実際に現金を握ってレース場に出かけると1000円でも迷うのに、スマートフォンを握ると数万円でも躊躇なく賭けてしまうようになる」のだといわれる。画面上に記載された数字が「お金である」という感覚が失われ、悲劇に陥るケースも増えている。

 

 世界的にもオンラインギャンブル市場は拡大し続けており、その規模は2020年には667億米㌦に達した。阿武町の4630万円の誤振込事件でオンラインカジノが脚光を浴びたが、日本にいながらもインターネット環境とパソコン・スマホさえあれば海外のカジノサイトで遊ぶことができるようになっている。海外政府公認のオンラインカジノの年齢制限は18歳未満禁止、20歳未満禁止、21歳未満禁止など、所在国によって制限があるものの、なかには18歳になれば遊べるサイトも存在している。

 

 これほどオンライン化が進展する前から、ギャンブル依存症患者が536万人(2014年、厚労省調査)にのぼるギャンブル大国・日本だが、今や地方自治体もギャンブル依存、果ては国をあげて「高齢化や人口減少に悩む地方の経済立て直しのため」にカジノを誘致することが真顔で議論され、実行されようとしている。大阪府のIR誘致など最たるものだ。国も自治体もギャンブル依存・ギャンブル信奉者になっている今、「賭博禁止」などあってないような状態なのである。

 

 そもそも、現代の経済でもっとも幅を利かせているのが投機であり、金融資本主義そのものがその本質において博打である。株は企業が事業のための資金を調達する手段から、金を動かして一攫千金を狙うものとなり、高速コンピューターが一瞬の上がり下がりで利ざや稼ぎを争うなど、いかに他人からカネを引き剥がしてものにするかを競っている。小麦やトウモロコシ、原油なども投機の対象となってカネ儲けの道具と化し、本来の食料という社会的有用性から切り離された金融商品にされたり、世も末といえるほど投機主義の跋扈(ばっこ)が著しいものになっている。こうした実態経済とかけ離れた擬制経済領域だけが膨らみ続け、社会の富の偏在を生み出しているのが今日の強欲資本主義の姿といえる。その他大勢の身ぐるみを剥がすことによって「儲け」が出る関係にほかならない。

 

 為政者の支配的イデオロギーの浸透と相まって、ギャンブルの存在感はますます増している。貧しさ故に、あるいは夢など描くこともできない絶望的な手取りに幻滅し、つい一攫千金の夢に手を出したが最後。「○万円勝っている」「トータルでは勝っている」などと周囲に強がり(負けを認めようとしない)、「次こそは――」のドツボに嵌まって抜け出せなくなるケースは枚挙にいとまがない。

 

 ギャンブルの罠がそこかしこに仕掛けられ、口を開けて待っている社会とはいかなるものか、その歪な構造について問題にしないわけにはいかない。その垣根は以前よりも低くなり、金融資本主義のもとで経済のエンジンみたいに扱われ、社会的規制も緩む一方なのである。そして、下関の30代教師、あるいは阿武町の24歳のように他人のカネとわかっていても自制が効かず、人生を棒に振る者までがあらわれているのである。

 

小中学校で1人1台配られたタブレットにも取り付けられている「下関ボートレース」のタグ

公衆トイレにも「下関ボートレースの収益活用」の貼り紙(下関市阿川)

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