いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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放置できない以東底引きの衰退 下関漁港の水揚げの主力

 下関漁港の水揚げの主力を担っている以東底引きが漁期の真っ最中で、この時期は連日船団が入れ替わりで入港し、アンコウやヒラメ、レンコダイ、甲イカ、関東で人気が出ているノドグロ(赤ムツ)など、さまざまな魚を水揚げしている。全国でもっとも早い午前1時半に競られた魚は各地の消費市場へと飛ばされ、その産地市場として果たしてきた役割は大きいものがあるが市場の存亡すら揺るがしかねない危機的な状況に直面していることが、水産関係者の深刻な悩みになっている。1月末には、以東底引き船団を保有する漁業会社のうち1社で資金繰りがつかなくなったことが明らかになり、衝撃が走っている。9ヵ統残っていた船団が残り7ヵ統にもなりかねず、さらに来年にはもう2社が危険水域といわれ、衰退に歯止めがかからない。「下関漁港の命運がかかっている」「中央魚市の最後の砦」といわれてきたが、以東底引き漁業をどのように立て直し、発展させていくのか、水産都市・下関の未来がかかった問題として関係者のなかで論議が広がっている。
 
 裾野広い関連業種にも影響

 現在、下関漁港を基地にしている以東底引きは七社・九ヵ統あり、毎月平均して600㌧、年間に6000㌧を超える水揚げをしている。8~5月の漁期のあいだに1ヵ統(2隻)で年間少なくても3億円、多いところでは5億円を水揚げしている。1航海で5~6日間、萩市見島沖から長崎県対馬沖にいたる海域で操業し、1500箱、2000箱という魚を積んで、下関漁港へ入港してくる。そうして競り場に並べられた大量の魚を仲買人が買い付け、遠隔にある消費者の多い水産市場へとトラックを走らせていく。水産物供給の最前線基地だ。
 今年に入ってから2ヵ統を保有する1社が、5億円以上の負債を抱えて資金繰りに行き詰まった。2隻の定期検査を控えて、多額の資金が必要になったことも要因の一つといわれている。これにともなって市場や燃料業者、漁具・資材業者、漁船の修理にかかわる鉄工所、食料を納める業者など、さまざまな業界に影響が広がることが危惧されている。漁船1隻に連なる関連業種の裾野は広く、「○○社は3000万円、○○社は1500万円あるそうだ」「連鎖で倒産しなければいいが」などと語りあわれている。資材を納めていた会社や造船所、燃油会社など複数の債権者が抱える金額は、簡単に整理できそうな数字ではない。中央魚市も手数料の約3000万円(水揚げの5%)が入らなくなるため、漁期途中で操業を停止することは大きな痛手だ。
 先週初めには債権者会議が開かれ、今後について協議された。5月までの漁期いっぱいは現金取引で操業を続ける方向で調整が進められ、債権者も含めて関係する人人は、「たとえ今の債務はしばらく据え置きになっても、できることなら操業を続けてほしい」と願っている。継続するうえでは、負債がふくらむ結果にならないかが重要視され、「最終的には金融機関がついてくるかどうか」が焦点になっている。つまり融資が得られなければ、廃業に追い込まれてしまう。

 魚価低迷し油代は高騰

 沿岸も沖合も水産業が置かれている状態は過酷なものになっている。以東底引き関係者のなかでも、もっとも大きな要因として語られているのは、魚価が低迷しているのに近年は異常に油代が高騰していることだ。アベノミクスで金融村が「円安」万歳といって煽るから、なおさら輸入依存の燃油は高騰している。
 船を動かすのに油は必需品。操業にかかる経常経費は膨れあがるのに、魚価は長期に低迷しており、まるで燃油代を稼ぐために操業しているような事態が続いてきた。食料供給の役割は果たしながら、しかし企業経営だけ見たら利益はわずかなのだ。「タイは20年前の半値。沿岸の巻き網がとるアジも、昔は1箱4万円していたのに、最近は1万2000円から1万3000円程度」という。かつての3分の1だ。
 全国に魚を卸す仲買の1人は「魚離れの問題もあるが、安値競争がとにかく激しく、仲買も高値で買うことができないつけが生産者に回っている。今からもっと激しくなる」と危惧していた。
 一方でA重油の価格は、円安の影響も出て、今年に入ってからの約1カ月間だけでも3回値上がりし、1㍑80円前後にまでなった。発砲スチロールも昨年値上がりしたのに続いて、来年さらに上がる見通しで、ここ4、5年で3割も上がった。漁網も昨年5%価格がアップし、エンジンの修理代なども上がった。魚をとってくるのが仕事なのに、陸の上でとられるばかりというのが実感となっている。
 漁獲量と魚価は変わらないのに経費だけがふくらんで漁業経営を圧迫しており、今回問題になっている1社とは別の2社も「現金でなければ取引できない」と、取引業者からいわれていることが語られ、どこが倒産してもおかしくないと危惧されている。
 関係者の1人は、「以前は5000万円だった油代が、今は年間1億円かかる。半数の会社が累積赤字を抱え込んでいて、どこも同じような状態だ。厳しい状況のなかでなんとかここまでやってこれたのは、水揚げすれば毎日現金が入ってくるのに対して、支払いは半月後などの手形なので、他の業界に比べて資金繰りがしやすいからだ」と説明する。これまで採算ラインは水揚げ3億7000万円といわれており、今年少し水揚げが増えているが、「それでも経費の値上がりに追いつかない」という。昨年にも一社が経営破綻し、民事再生法を適用して操業を続けている。

 新船造れず老朽化進む

 こうしたなかで船の老朽化、船員の高齢化に直面している。9ヵ統・18隻のうち、国の補助金を利用して大洋資本がかかわって建造された「やまぐち丸」をのぞいて、1980年代に建造されたものが多く、船齢20~30年という老朽船がほとんど。竜骨が透けて見えるような船を修理を重ねながら操業を続けているが、限界が近づいている。「もともとは水揚げから経費を差し引いた残りの金額を積み立てて、新造船の建造費用に回していたが、今はその資金が残らない。資力を持っているところは新しい船をつくることができるが、多くは新船をつくることができずやめていくようになる」という。放置していたら廃業は廃船と共にやってくる。その際、赤字もなく精算できればいいが、累積債務を抱えていたら廃業することもままならない。
 これは以東底引きだけでなく他の遠洋・沖合漁業も同じで、「造船所も、漁業は金払いが悪いから最低限の修理しかできない。沖から帰ってドックに揚げてみたら、穴が5、6個あいていて、そこに魚が詰まっていたから沈まずにすんだという笑い話のような話もある。このまま続けていたら、いつか大事故が起こる」と語る関係者もいた。
 だれもが、このまま放置すれば下関漁港の主力を担っている以東底引き漁業が消滅するのは目に見えており、有効な対策をうつことはできないものかと呻吟している。
 下関港は江戸時代には商港・貿易港として栄えた。日露戦争以後の経済的な逆境を克服し、東洋1の漁港として繁栄を内外に誇るようになった。第2次大戦戦時下の水産統制ではトロール漁船が徴用にあい、米軍による関門海峡の機雷封鎖や市街地焼き払いなどの苦境を乗り越えて再興し、終戦20年後の昭和41(1966)年には28万5000㌧という日本1の水揚げを達成した。漁業と漁港の発展を中心に、中小零細の造船・鉄工や船食、食堂などの産業・商業が栄えて、下関の町を形づくってきたといわれる。
 「当時の漁業界にはフロンティア精神と結束力があった。小さな船で沈没したり、拿捕されたりと多くの犠牲を払いながら漁場を開拓し、その漁場を守るために、あてにならない政府をおいて日中民間漁業協定を結んだり、マッカーサーライン(李承晩ライン)が制定されたときにも、みなで漁船を並べて港を封鎖し、韓国船の入港を阻止して抗議したこともあった」と語られ、漁業の発展はこうした漁業者の結束したたたかいのなかにあったことが語られる。
 だがその後の200海里規制や漁獲制限、魚離れ、資源の枯渇、保健所の規制強化など、漁業全体を取り巻く状況が悪化するのと同時に、陸上交通の発達で下関漁港の優位性が低下したこと、そうした変化への対応が放置されてきたことから、下関漁港の水揚げは減少の一途をたどった。地位低迷の最大のきっかけだったのは以西底引きからの撤退で、安倍晋太郎が当時北海道選出の自民党大物代議士だった中川一郎と取引した結果、水産都市・下関の長期の低迷が始まり、大和町一帯も急速に寂れていった。92年には下関を根拠地とする以西底引き船は完全消滅し、水揚げ量は10万㌧を下回った。以東底引き船も10年ほど前までは15ヵ統あったのが年年減少して九ヵ統になっており、昨年度の水揚げは3万6141㌧と、最盛期の1割ちかくまでになった。うち半分は他県からトラックで運ばれてくる搬入物だ。
 食堂を営む店主は、「船が入ったら、船員さんの弁当を納めていたので忙しかった。でも以西底引きが入らなくなり、うちが納めていた以東も1社ずつなくなり、関係する納入業者などがバタバタと倒れた。大和町は人通りのない寂しい町になった」と話していた。
 市民のなかでは、「下関駅周辺は“魚くさい”といわれながら、たくさんの船が入港して漁港のなかは魚であふれ、すごい活気だった。それがなぜこうなったのか」と語られている。「昔は、長靴履いて百貨店に来る人間がいるのは下関くらいだといわれ、水産業界が大きな力を持っていた。こういう人たちのきっぷがよかったから大丸も大きくなった。大洋にせよ、散散もうかったら下関を捨てて出ていく。海外移転の走りみたいなものだ。下関を地盤に大きくなれた、その原資を築いてやったのは下関の人間だ」といわれている。

 山銀融資せず衰退加速

 漁港市場の衰退に拍車がかかったのは、平成8年に大洋漁業が100%出資していた下関魚市場が倒産したことも大きく影響している。長く苦しい経営をしていた下関魚市に、山口銀行が見切りをつけて融資しないことを決めたのが決定打になった。当時の下関魚市の社長は親会社の大洋漁業に支援を求めたが、親会社も支援を断り、存続できなくなった。下関魚市が扱っていた大量の魚すべてを、それよりも規模の小さい中央魚市(地元中小の漁業会社が中心に設立)で受け入れることはできず、長崎や福岡に流れていったという。漁業が盛んな時代には、「自社株を買ってほしい」と両魚市に30万株ずつくらい売りつけておいて、いったん厳しくなると債権を回収するためにはつぶしてもかまわないという山口銀行への怒りが、苦しいときこそ見て見ないふりをする現在の金融機関の姿とも重ねて語られる。
 山口銀行は10年ほど前には漁業関係から完全に手を引き、一切融資をしなくなったといわれている。同じく水産県の長崎県では、地元の親和銀行や十八銀行などが漁業関係の会議に参加し、漁業界がどのような事業をしようとしているのかを事前にキャッチして、融資という形で協力する体制があるのと比べて、「下関ではどんな会議をしても金融関係の参加がない」のだと語られている。漁業界だけでなく地場産業の衰退が激しいのは銀行の姿勢が大きくかかわっている。産業振興よりももっぱら不動産バブル、駅前開発バブル、投資信託などに明け暮れ、自社の振興に大忙しなのだ。
 下関では、以西底引きの消滅後、「アンコウの水揚げ日本一」など魚のブランド化を進めているが、それも以東底引き船がアンコウをとってきて初めて成り立つもので、以東底引き漁業の危機にさいして、「水産業界出身のはずの中尾市長はいったいなにをしているのか」という思いがうっ積している。
 関係者のなかでは、「“1社なくなって寂しい”という段階ではない。ここでなんとか食い止めないと、取り返しがつかないことになる」と危機感を持って語られている。「行政はいつもことが起こると、“今回は仕方がない。次から対策しましょう”というが次がなく、また“仕方ないですね”で終わらせようとする。金融さえついてくれば、なんとか続けられるが、個人ではもう無理な状況。国が乗り出して公社化するしかないのではないか」と、早期の抜本的対策が必要であることが語られている。

 TPPで漁獲量規制も

 放置して潰す。これは以東底引きに限った話ではない。東日本大震災に見舞われた岩手、宮城など三陸でも「選択と集中」などといって集約化をはかり、もっけの幸いで中小零細を淘汰しようとしている。その行き着く先がTPPで、国内の農林水産業が壊滅しても構わないとする政治が根底で動いているからにほかならない。漁業関係者や水産関係の知識人のなかでは、関税撤廃で輸入が自由化されることだけでなく、問題視されているのが、アメリカが「水産資源の管理」を名目として漁業補助金の一律廃止や漁獲規制を推し進めようとしていることだ。
 今でも、TAC(総漁獲可能量)が7種類(マサバ・ゴマサバ、サンマ、スケトウダラ、マアジ、マイワシ、スルメイカ、ズワイガニ)に適用され、漁獲量が規制されている。最近では漁業をおこなう期間や時間までを規制するTAEに移りつつあり、さらに昨年、アメリカ国家海洋漁業局は、全漁獲対象魚528魚種にTACを設定する方針を発表した。
 水産大学の関係者たちは、「TACを強化するということは、日本の大型巻き網や沖合底引きの操業が困難になるということを意味する。TACはアメリカなどが他国の漁業に圧力をかけ、自国の漁業の既得権を守るための貿易交渉、経済交渉の武器になっている。それはワシントン条約を使ってクロマグロの漁獲を規制するのと同じだ」「底引きの場合、網にどの魚種が入るかわからないので、結局底引きはやってはいけないということにもなる」と指摘している。以東底引きも淘汰の対象になっているからこそ、「食料供給を担っている産業だから何が何でも守ろう」という動きにはならず、潰れるにまかせている。
 日本は96年にTACを批准しているが、これまで水産庁は漁業経営が成り立つよう配慮して漁獲割り当てを設定してきた。「だが、最近は日本の資源学者が、“漁業経営への影響を考慮するといって乱獲を認めるものだ”“科学的根拠を持った資源量で決めるべき”世界的な資源管理の流れにそって強化するべきだと主張し始めている」と語られている。
 またアメリカが主張しているのは、「漁業補助金の一律廃止」。これまでもWTOドーハ・ラウンドで漁業補助金の一律廃止を国際ルールにすべきだと主張してきたが、日本や「韓国」、EUなどが反対して、実現していない。だがTPP参加国には、急先鋒のアメリカ・オーストラリア・ニュージーランド、またチリ・ペルーなどの廃止賛成派が多数を占めており、TPPで先行して「一律廃止」のルール化をしようとしていることが指摘されている。
 そのなかには、「漁船の建造等に関する補助金」「漁船の操業経費に関する補助金」「漁獲に関するインフラ、港湾施設(水揚げ施設、貯蔵施設、加工施設等)に関する補助金」「漁業に従事している自然人、法人への所得支援」などが含まれており、全国の老朽化した港湾施設の補修や更新への支援、2011年度に導入した漁業への所得補償も禁止されるなど、東北の漁業の復興をはじめ、日本の水産業界を壊滅させかねない内容を含んでいる。
 ある関連業者は、「ここまで漁業が衰退してきたのは国の政策だ。まだTPPに参加しようとしているが、農業・漁業がない国はなにもできない。食料は外国から買えばいいといっても、この海に囲まれた島国で内航船、外航船もつぶれるに任せているから、自国の船で買いに行くこともできず、外国船が持って来てくれるのを待つしかない状況になっている。アメリカから“輸出しない”といわれたらお手上げの状態だ。今後農漁業や海運がなくなれば、もっといいなりにならざるを得ない。大変なことだ」と怒りを込めて語る。
 別の漁業関係者も、「日本の漁業が壊滅すれば、輸出国からすると好きなだけ輸出できるからホクホクだ。農業関係は早くに気づいて動いているが、漁業に関してはTPPの影響もほとんど報道されることがなく、気づいていない部分も多い。農漁業だけでなく、簡保や医療保険など日本特有の制度が市場開放されていく。漁業がこんな状態になってきたのも、小泉や竹中がやってきたグローバリゼーション、市場原理政策だ。今、漁業界はみな自分が生き残るのに汲汲として昔のような結束がなくなってしまっているが、こうした内容をもっと知らせて動きにしていかないといけない」と話していた。
 以東底引きの存続だけにとどまらず、水産都市の命運がかかっていること、それだけでなく国民のタンパク源を供給してきた国内水産業全体の存亡ともかかわった矛盾が、漁港市場で顕在化している。産業振興に根のない「アベノミクス」つまり金融業界のお祭り騒ぎに浮かれている場合ではなく、第一次産業を徹底的に保護することが求められている。世界恐慌で未曾有の大不況に突入し、貨幣価値が変われば買うことも食うこともままならない、超円安になって海外から買い付けすらできない事態になるというなら、このもとで第一次産業を潰す者は売国奴というほかない。食料生産を守る側から下関において世論と運動を広げていくことが切望されている。

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