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棄権懲罰対象にする下関市議会  安倍首相地元の全国市議会議長 全国から視察する価値あり

 安倍晋三首相のお膝下で名実ともに安倍派支配を貫いている下関市議会で、議案の採決をめぐって棄権をあらわすために退席してきた議員に対して、議長、副議長が厳重注意をし、「見苦しい」ので「以後やった場合は懲罰の対象にする」という聞いたこともない恫喝を加えている。

 

 関谷博議長は全国812議会を束ねる全国市議会議長会の会長を務める立場で、安倍代議士のバックアップによって上り詰めたことは疑いない。“関谷ルール”によると「採決は賛成か反対かしかなく、棄権という制度はない」そうで、退席行為は見苦しく迷惑なので懲罰に当たるという主張である。これは日本の議会ルールを知らない「アホ議長」が「日本一偉い議長」という勘違いで突っ走った愚かな姿なのか、それとも安倍首相の「戦後レジーム脱却」を体現した「議会改革」の先陣なのか、安倍首相の責任もかかわった全国的注目を浴びる問題を引き起こしていることだけは間違いない。
 
 採決は賛成か反対のみ 注目浴びる珍ルール

 今回懲罰対象となった議員は民主主義と生活を守る下関市民の会が送り込んだ本池妙子市議(無所属)。本池市議は、執行部をチェックする機能を失ったオール与党議会のなかで、市民の意見を議会に届け、議会の真実を市民に知らせることで、市民の世論と運動を強めて市政を変えるという立場を訴えて議会に送り出された。従って執行部が提案するすべての議案について対応できなくても市民の中に入り市民のもっとも切実な問題について議会でとり上げていく、市政全般については次第に理解していくという立場をとってきた。その立場は「初めて議会の様子が分かりはじめた」と市民のなかで非常に大きな共感を得るものとなった。


 本池議員は採決の際に、執行部が提案する議案について、担当部局に足を運んで話を聞いてきたが、それでも善し悪しの判断がつかない議案については、無責任に賛否のめくら判を押すことはできないという理由から、その採決にあたっては議席を離れて退場し、棄権の態度を表明してきた。それは議会事務局に相談し、その指導にもとづいてやってきた議会ルールの方法だった。二月の議会では、関谷議長の運営そのものが、棄権のために退場する時間を与えないもので、「うろうろしている」状態をわざとつくり出し、そして「議員の資質がない」といって厳重注意をするものとなった。


 市議会は毎年3月、6月、9月、12月と定例会が開かれ、その都度膨大な予算資料や議案が開会の1週間ほど前になって議員に届けられる。それを文教厚生委員会、経済委員会、総務委員会、建設委員会と4つに分かれた委員会が、所管の部局ごとの議案について分担して審議し、本会議で採決する仕組みになっている。とくに予算議会となる3月定例会では、のべ数百ページにも及ぶ資料となる。議案は大量のものが短時間に出されるが、チェックされるべき執行部の提案そのものは、議員には分からないように工夫したものが常となる。


 さらに無所属議員と会派の議員では相当の差別があり、ほとんどの議案は会派代表が執行部と一緒になって決めてしまい、委員会や本会議は承認するだけの形骸化している現状がある。複数人で会派をつくっている場合、各委員会にメンバーを複数配置し、会派であらかじめ決めた方針を主張し、会派として採決の態度を統一していく。


 しかし無所属議員は、みずからが加わっている一つの委員会以外の審議の過程は圏外で、本会議でいきなり賛否を問われる形になっている。市役所3000人の職員が実行していく政策や変更される条例、新たな議案についてすべて熟知している議員など一人もいない。会派議員であっても「すべて理解して採決している議員などいるはずがない」というのは役所側が一番よくわかっていることである。よくわからない議案であっても、さしあたりめくら判を押すというのが通例になっているのだ。


 採決での棄権を認めないというのは、会派政治しか認めないという意味を持つ。そして会派ボスは執行部と一体になって、チェック機能もなにもないオール与党体制を維持する意味を持つ。執行部とそれをチェックする議会という二元代表制は口でいうだけで、実際には否定するという意味を持つ。


 下関市議会を具体的に見ると、執行部が実行したい案件については事前に議長、副議長の耳に話が届けられる。例えばあるかぽーと開発を見ても、その話をもとに議長や副議長がそれぞれ紐付き企業を引っ張ってきて利権争いを繰り広げたり、議案上程前の攻防の方がひどい。議案が出たときにはみな決まっているのだ。議会ボスと執行部のあいだでは基本的な方向性や施策は一致し、主要会派の理解をとりつけた上で議案が上程され、双方が協力して議案を可決していく。議会はさながら「可決マシーン」のような付属物になっているのが実態だ。おかげで否決される議案などほとんどなく、時折利権をねじ込むためにゴネてみたりする以外には、波風が立たない。執行部の足下にまとわりつく様を見た市民から「飼い猫」呼ばわりされるまでになった。

 2月末本会議で顕在化 議運判断で厳重注意 

 今回問題になっている「棄権を認めない」とする“関谷ルール”が顕在化したのは、市長選前の2月末、予算議会の最終本会議だった。議場をこれまでの2年間同様に退席しようとする本池妙子市議に対して、関谷議長が「いつまでそのようなことをするのか。みだらに席を動いてはならない。3年もたってわからない議案があるというのは、議員の資質がないということだ」と本会議で注意し、「保留はないので棄権しているのだ」と同市議が受け答えする一幕があった。「みだりに」を何度も「みだらに」と表現する関谷議長の言葉を聞いて、保守系会派のオヤジたちがニンマリしている光景となった。


 3月になって開かれた議会運営委員会(木本暢一委員長、吉田真次副委員長、平岡泰彦、香川昌則、福田幸博、亀田博、菅原明、浦岡昌博、近藤栄次郎)で退席・棄権のことが問題になり、議運の判断として本人に厳重注意することが決まったとされている。その場で、とくにはしゃいだのが「日共」近藤で、関谷議長、木本委員長らとともに「懲罰」を繰り返し主張したといわれている。しかしその議運では、即懲罰ではなく、条例や議会ルールの何に反しているのかを明確にして対応すべきだという意見で終わったともいわれている。


 しかし3月26日に関谷議長、林透副議長、木本委員長が本池市議を議長室に呼び出し、その場で改めて「議会は賛否をとるものだから、棄権という制度自体がない」「議員としての責任を放棄したということだ」「みんなが見苦しいといっている」「是正しなければ何らかの処分をすることになる。議会としての処分は重たいぞ」と申し伝えている。本池市議は、おもにいい分を聞くことにし「持ち帰って検討する」とその場では表明した。

 県下議会関係者は驚き 「あり得ぬ」と研究者 

 国会でも棄権する議員は退席して議場を離れ、県議会でも棄権者の退席は常識的に認められている。「棄権という制度はない」から「懲罰する」というのは、いったいどこの国のだれが決めたルールなのか。総務省や、県議会事務局の担当者、さらに県内の複数の市議会事務局に問い合わせて、下関市議会で起きているような事態は全国、全県でも起こっているのか尋ねてみた。どこも「うちの議会では過去に例がないですし、棄権する場合は議場から退場するのが普通になっています。それで懲罰というのは聞いたことがありません」「どの地方議会も全国議長会が出している例規に基づいて運営されているはずなので、全国議長会に問い合わせた方がよいのでは」という答えであった。「“棄権はない”と本当に議長がいわれているのですか?」と驚いて確認する担当者もいた。


 総務省の担当者は、下関市議会の例規集・第六九条に記されている「表決の際議場にある議員は、表決に加わらなければならない。議場にいない議員は、表決に加わることができない」の一文があるなら棄権も含まれているという説明で、「議長判断として別の問題として取り上げられることもあるので、詳しくは全国議長会に問い合わせたらどうか」とのことであった。


 関谷議長が会長の全国議長会事務局に問い合わせて、棄権を認めないという事例が全国では他にあるのか、それは議長会が進めている議会改革の方向なのか尋ねたところ、会長の出身地である「下関」と聞いたとたんに歯切れが悪くなり、「議会事務局以外からの問い合わせには基本的にお答えできないことになっている」「担当者が3人とも出張です…」等等と繰り返すばかりで、「棄権という制度はない」と主張する会長の判断が正しいとも誤っているともいいづらい雰囲気の対応であった。


 地方自治、地方議会を専門とする大学教授に尋ねると、「棄権行為が認められないというのは、まずあり得ない話。棄権という選択ができるよう、本来なら議長が仕組みについて検討したり対応をするのが普通だ。参議院では押しボタンが設置され、賛成、反対を押さなかった議員を棄権扱いするよう整備がなされている。記名なり、挙手なり、どのような形で議員一人一人の意思を反映するのかまとめるのが議長の仕事で、それを懲罰というのは議長の運営権というか自主権の乱用以外のなにものでもない。規定がないのなら規定をつくれば良いことで、それが議会改革なはずだ」と指摘した。


 そして、全国的にも議会改革が始まっているなかで、議案をもっとわかりやすくするよう求める動きが広がっていることとあわせて、「特に会派に属していない無所属議員や市民派議員が全議案について詳細に理解するというのは難しい話。会津若松では少数意見を議会に反映するようとりくみが進められている。それと比べても、下関は議会改革とは逆の方向に向かっているのではないか」と行く末を心配していた。


 以上見たように、棄権を認めない“関谷ルール”は全国に例のない珍らしさであることは疑いない。しかし棄権という選択肢を認めない議会など国会を筆頭に国内には存在しない。「地方自治法にも一言も書いていない」と全県の議会関係者たちもみんなが驚いている。関谷議長が全国会長になったのは安倍首相の引き立てであることは疑いないが、安倍首相ともども議会ルールの常識を知らない無知を暴露するものなのか、それとも「戦後レジーム脱却」の地方議会版で、二元代表制の議会制民主主義というものを覆して独裁国家づくりを目指す試みなのか、下関市民だけの問題ではなく全国的な質を持つ問題としてあらわれている。

 「議員資質」騒ぐ滑稽さ 市民の中で怒り拡大 

 今回懲罰を持ち出しているのは、執行部をチェックするなど許さないということと、会派政治以外は認めないというものといえる。とくに3月の市長選挙で中尾市長が安倍派をはじめ市内各組織の総動員態勢の選挙態勢にもかかわらず、有権者の24%しか得票がなく一般市民の支持はゼロに等しかったこと、このなかで本池議員を推す市民の会が「箱物利権事業や軍港化を止めて市民の働く場を求める」署名運動を始めたことなどが大いに気にくわないというものと思われる。中尾執行部体制すなわち安倍、林支配の議会体制で好き勝手にできるが、市民が動き出したら手に負えないという事情から、本池議員を議会内に閉じこめて脅して屈服させようというヤクザ的な手法と思われる。


 また関谷議長が「議員の資質」を問題にしているが、下関市民のなかでは「天に向かって唾を吐く」ことだと怒りを呼ぶものとなっている。関谷議長についても下関の市民のなかでは「賢い男」という評判はほとんどない。全国議長会会長というが「日本もよっぽど人材が枯渇しているのだろうか」との評判の方が大きい。また市子連の会長をしているが、母親たちとの「不適切な関係」が噂になるほどで、東京に行ってもそういう不適切な関係とかパチンコに入り浸るなどして「議長会事務局でもバカにされているのではないか」など話されている状態にある。


 また今回の議運の懲罰問題論議で、条例もルールも無視で懲罰を騒いだのが、関谷議長と木本議運委員長のほかに「日共」議員ボスの近藤議員であった。ちなみに木本、近藤議員は選挙宣伝カー不正請求問題がばれた折り紙付きの「議員資質」の持ち主だ。下関市議会では安倍派議員を指図する安倍派最大実権派が公明党の長議員であるが、近藤某も「日共」安倍派としての姿をあらわした。「日共」集団は前回選挙で5人のうち2人が落選し、近藤某も最下位のスレスレ当選となり、本池議員への恨みとセットで安倍派にこびを売っている関係を暴露している。連合も昔から安倍派で、下関市議会はいろんな政党政派がいてもみな安倍派で一致する状態。それこそが執行部をチェックすべき議員の資質としてどうかということになる。


 事情がわからないのに賛成して、後から「なんのこと?」という事例なら山ほどある。市議会では中尾市政になって農林水産部を経済産業部に糾合する案件を議会が認め、今年になって再び元に戻す措置が執行部から提案された。あれだけ賛成していた議会が、「農林水産部をなぜ廃止したのか」等等とわめいて、数年前にみずからが賛成したことなど忘れているという、不思議な光景だった。あるいは、市内の商店・店舗の屋外看板から税金を巻き上げていく条例についても、委員会に参加していたはずの市議たちが賛成したことをすっかり忘れて、市民からつるし上げられる関係にもなっている。「二元代表制」のいい加減極まりない「資質の立派な議員」の実態なら、話題に事欠かない。


 いずれにしても、安倍首相の代理みたいな顔をして、東京に行っては気持ちが大きくなって帰ってくる。そして、「憲法改正」を叫んでいる親分よりも先駆けて、こちらは地方議会ルールのねじ曲げの先陣を切っている。


 関谷全国市議会議長会会長の采配する安倍派支配の下関市議会の現状は、全国まれにみる変わった状態にある。これは水族館のペンギンより希少価値をもった新名物の資格十分であり、インターネットでも大いに宣伝し、全国からの視察を大いに誘致する価値がある。

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