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下関市立大学学長選 敗北した者が学長に 民主主義のない大学

 あの下関市立大学で、またもや大学の民主的な運営を破壊するような出来事が起きて物議を醸している。この間、吉津直樹学長の任期満了に伴う学長選がおこなわれてきたが、11月末の意向投票で圧倒していたはずの候補者が、その後の学長選考会議で振るい落とされ、敗北した側が学長に選ばれるという珍事に発展している。70人近い大学関係者の意向を覆して山口銀行幹部などの外部委員2人、さらに大学事務局長(市役所OB)を加えた3人の意志によって新学長を「決定」するというもので、民主的な意志決定ができない大学の姿を暴露している。

 意向投票では38対29だったはずが…… 選考会議で覆す

 学長選には京都大学名誉教授の橘木俊昭氏(専攻・労働経済学)と九州大学付属図書館付設記録資料館長の川波洋一氏の2人が立候補していた。市立大学の教員たちの多数が橘木氏の側に結集し、対する川波氏は前回の学長選で吉津学長に敗れた後、中尾市長から理事長に任命されていた荻野理事長(九州大学出身)が引っぱってきた人物といわれていた。


 11月26日の意向投票では67人が投票し、橘木氏が38票を獲得したのに対して川波氏は29票にとどまった。川波氏の29票のなかから投票権を持っている幹部職員たちの組織票12票を除くと、教員たちの判断としては38対17、つまりダブルスコアの差で橘木氏が次期学長にふさわしいと見なされた。


 ところがその後、「意向投票を参考にする」として開かれた学長選考会議で、投票結果を覆す決定がやられた。学長選考会議は同大学の経営審議会メンバーである佐々木幸則事務局長のほかに、外部委員である財満寛・山口銀行専務と冨成信太郎・武久病院事務部長の2人、教育研究審議会から選出された3人の教員たちの6人で構成していた。協議では決まらず、最終的に多数決をした結果3対3で判断は真っ二つに割れ、最後は議長役の佐々木事務局長の采配で川波洋一氏が次期学長に「決定」した。


 複数の大学関係者たちに取材したところ、選考会議のなかでどのような論議がくり広げられたのか真相がわからず、6人以外には知りようがないと語られている。ただ、メンバーである教員3人が「学長選考結果報告書」の署名捺印に応じておらず、「川波洋一氏に決まりました」の文書には外部委員2人と事務局長の3人の署名捺印しかないことが語られている。議長役が多数決で議決権を行使して3対3の一員として加わった上に、最終的には自分判断で押し切っていくことへの疑問も語られている。


 その後、師走の喧騒に紛れて事務局側は山口新聞その他に出向いて新学長体制を発表し、既成事実にしてしまう動きを見せた。それをメディアが取材もせずに掲載した。ただ、学内では誰も納得しておらず、「佐々木幸則の独断」及び「荻野理事長のお友達人事」で新学長が決まることへの不快感が強烈に渦巻いている。一部では提訴を検討する動きに発展している。


 選考会議の議事録を公表するのはもちろんのこと、いかなる理由で意向投票に敗北した者を学長に抜擢したのか、みなが説明を求めている。学長という大学を代表する人物の選考を巡って、みなの総意に反して選考会議の六人が決める、いわんや3人で決めることができるというのなら、それは民主主義的な意志決定の方法などこの大学は知らないことをあらわしている。


 それにしても、荻野理事長はじめ九州大学の関係者が揃いも揃って下関市立大学を「上がり」の天下りポストのように私物化していく様は、見ている者を困惑させている。いくら九州大学の総長ポストその他に手が届かないからといって、今回のようなずるい手口で地方大学の学長や理事長の肩書きを得て、彼らは恥ずかしくないのだろうか? これは九州大学をあぶれた者の体質なのだろうか? 九州大学の名前を汚す行為ではないのか? という世論が広がっている。天下の旧帝大といっているのに、そこからやってくる関係者が大学において貫かれるべき基本原則であるはずの民主主義を知らないというのである。学内で否定されているのに就任する本人も本人で、一般人には理解し難い思考回路の持ち主というほかない。

 市長の修士論文騒ぎに続き

 下関市立大学では、以前にも学内の意向投票を覆して選考会議が学長を決めたことがあった。前回選挙では学内の意向投票の結果が尊重されたものの、学長選で敗北したはずの荻野元学長がその後、中尾市長によって理事長に引き上げられるという前代未聞の事態に発展していた。それは中尾市長の修士論文を荻野氏が指導していたからであった。そして市長の500ページにも及ぶ修士論文は「ただの自慢話」だったことが露呈して、教員たちの投票により修士号は与えないことが決まり、憤慨した市長・理事長側と大学教員たちの紛争が全国に知れ渡って騒動になった。


 さすが安倍晋三のお膝元で、政治、経済、教育にいたるまで、上に立つ者が民主主義を知らず、万事がこの調子である。「安倍先生! 安倍先生!」といっておべんちゃらをしてさえいれば市長ポストはじめ市政上層の地位は安泰と見なし、自分まで安倍晋三になりきったつもりで思い上がるのである。市役所OBというだけなのに、歴代の大学事務局長までが独裁者然として威張り始めるのも下関市立大学の重要な特徴で、大学や教育について知らない者が知性を排斥して大学を利権の具にしたり、天下りOBたちが年収1200万円を稼いでいく場所にしたり真理真実の探求とは縁もゆかりもないことをやり始めるのである。


 学長選考会議の「決定」は、意向投票で敗北した者が学長になるという極めて不透明なものとなった。さては修士論文を否定された中尾市長が、修士号欲しさに川波学長体制をつくったのではないのか? という新たな疑惑を生んでいる。

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