いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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中国電力・上関原発計画のボーリング調査中断をめぐって 明治学院大学名誉教授・熊本一規氏に聞く

 中国電力は、12月15日、上関原発予定海域でのボーリング調査の中断を発表した。ボーリング調査は、10月29日に山口県の一般海域占用許可を得て11月4日~翌年1月28日に予定されていたが、11月4日~12月15日の42日間のうち中電が調査海域に来た日はわずか7日に過ぎず、来ても、祝島漁民の釣り船を回って調査への協力を依頼してはことごとく断られて帰るだけであった。昨年も同じようにボーリング調査を11月8日~翌年1月30日に予定していたが12月16日に中断を発表。祝島漁民に協力依頼をしては断られて帰ることをくり返したあげくの中断発表であったが、今年は昨年よりも調査海域に来る日がはるかに少なかった。中電はなぜボーリング調査ができないのか、漁業法に詳しい明治学院大学名誉教授の熊本一規氏にインタビューし、解説してもらった。

 

祝島の漁民に頭を下げて「お願い」する中電社員(11月5日、山口県上関町)

祝島漁民の釣り漁業は「権利」である

 

――中電は、なぜ祝島漁民に協力を依頼しているのか。

 

 熊本 祝島漁民の釣り漁業は「権利」になっているので、調査するには権利者の同意を得なければならないからだ。
 そのことは、補償について定められた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に示されている。同要綱には「社会通念上権利と認められる程度にまで成熟した慣習上の利益」を「権利」に含める、と定められている。
 釣り漁業は免許も許可も必要のない「自由漁業」で、当初は「利益」に過ぎないが、慣習(実態の積み重ね)により次第に「権利」に成熟していく。祝島漁民の釣り漁業は充分に「権利」にまで成熟している。

 

――中電も「権利」と認めているのか。

 

 熊本 認めている。要綱で「権利」と認められたものは「財産権」であり、財産権を侵害するには、憲法29条に基づき補償が必要だが、中電は「権利」と認めているからこそ「2000年に締結した補償契約に基づいて補償した」と言っている。
 もしも「権利」でもないのに補償したとすれば、必要のない補償をしたことになり、無駄な補償金は電気料金に含まれてしまうので違法支出になり、株主代表訴訟で訴えられることになる。

 

2000年補償契約で祝島漁民に補償されていない

 

――2000年の補償契約で祝島漁民に補償されたのか。

 

 熊本 補償されていない。2000年の補償契約に基づく補償金は8漁協から成る共同漁業権管理委員会に支払われた後、各漁協に配分されたが、祝島漁協(現「山口県漁協祝島支店」)は配分を受けとっていないので、祝島漁民は補償を受けとっていない。
 しかし、中電は、「共同漁業権管理委員会に補償金を支払ったことで祝島漁民にも補償した」「補償金が漁協や漁民にどう配分されるかは漁協や漁民の間の問題である」と勝手な解釈を主張している。

 

――中電は、昨年・今年のボーリング調査についても2000年補償契約で補償した、といっているのか。

 

 熊本 以前からそう主張していたし、昨年12月10日付で祝島島民の会清水敏保代表に送りつけてきた「漁業補償に係わるご質問について(ご回答)」という文書でもそう主張している。そこで、祝島島民の会から同年12月16日付「漁業補償に係わるご回答についての反論及び質問」を送って、反論・質問をした。
 「反論及び質問」の要点を簡潔な質問の形で示せば、次のようになる。

 ①2000年時点に2019年ボーリング調査を実施することを如何にして予測できたのか。
 ②漁業補償額は直近3~5年の水揚げ等のデータに基づいて算定しなければならないが、2000年時点に2019年調査にともなう漁業補償額をどのように算定できたのか?
 ③当該海域で漁業を営む祝島漁民は、2019年時点と2000年時点で大幅に異なっているのに、なぜ2000年補償契約で補償したといえるのか?

 

――①~③の質問に答えるのはとうてい不可能だが、中電はどう回答したのか。

 

 熊本 昨年は、「反論及び質問」が届いた直後に「調査中断」を発表し、回答はしなかった。その後、約1年経って、今年12月10日にようやく口頭で回答してきた。
 しかし、その内容は、「漁業補償に係わるご質問について(ご回答)」とまったく同じで「2000年補償契約で補償した」だった。「2000年補償契約で補償した」では説明できないことを①~③で質問しているのに、「2000年補償契約で補償した」をくり返している。まったく回答になっていないことは明らかだ。
 ①~③に答えられないので、苦し紛れ、あるいは居直りで「2000年補償契約で補償した」をくり返してきたと見るほかはない。

 

――それでは、昨年・今年のボーリング調査にあたって祝島漁民への補償はなされていないことは明らかだ。


 熊本 補償もせず、同意も得ずにボーリング調査をしたら、憲法29条違反(財産権侵害)になる。だからこそ、中電は低姿勢で、祝島漁民に頭を下げて協力を依頼するほかないのだ。
 祝島漁民が適法に漁業を営み、中電が違法行為(補償なしの財産権侵害)を犯そうとしているのだから祝島漁民のほうが強いのは当たり前のことだ。

 

祝島漁民の行動は「抗議行動」ではなく「漁業操業」

 

――しかし、中電も大手マスコミも祝島漁民の漁業を「抗議行動」としか呼んでいない。


 熊本 祝島漁民は、自分たちは、普段通りの漁業を営んでいるだけで、抗議行動をしているわけではないので、報道でも「抗議行動」でなく「漁業操業」と伝えてほしい、と何度も要請しているが、一向に改められない。遺憾なことだ。

 

――「抗議行動」という表現には何か意図でもあるのだろうか。


 熊本 中電がそう呼ぶのは、祝島漁民が違法あるいは不当な行動をとっているような印象を与えたいとの意図からだろう。事実は、漁民は適法な漁業操業をおこなっているにすぎず、中電が憲法29条違反を犯そうとしているのだから、まったく真逆だ。
 大手マスコミも、中電に忖度して、中電の表現にならっているのだろう。
 中電は、調査を進めるうえでみずから打つ手がないので、祝島漁民を暴徒とみなすような世論を喚起し、世論を圧力にして事態を打開したいと思っているのではないか。
 しかし、市民が事実や法律を詳しく知れば知るほど、逆に中電こそ暴徒であることが明らかになっていくはずだ。

 

埋立工事もボーリング調査と同様、実施不可能である

 

――ボーリング調査ですらこんな体たらくなのに、原発建設のための埋立工事などできるのか。

 

 熊本 埋立工事をするには、その前にボーリング調査が必要だから、ボーリング調査ができない以上、埋立工事もできるはずはない。
 仮に、今後、埋立工事がおこなわれることがあるとしても、①~③の点は、その埋立にもまったく同様に指摘でき、埋立工事にともなう補償はなされていないことになるから、ボーリング調査と同じ状況に陥ることは明らかだ。
 事業を実施するには、「事業者と公の関係」と「事業者と民の関係」の両方をクリアしなければならない。
 「事業者と公の関係」は、ボーリング調査では「一般海域占用許可」、埋立では「埋立免許」だ。他方、「事業者と民の関係」は、両者とも「権利者に補償して同意を得ること」であり、上関原発では、ボーリング調査も埋立も「事業者と民の関係」をクリアできないためにまったく進められない状況になっているのだ。

 

――埋立の手続きを定めている公有水面埋立法にはどう規定されているのか。


 熊本 簡潔にいうと「埋立免許を得た事業者は補償しなければ埋立工事に着工できない」と規定されている。つまり、埋立免許を得ているからといって埋立工事ができることにはならず、工事をするには、その前に工事で損失を受ける者に補償しなければならないということだ。ところが、上関原発では、「工事の直前に補償する」のではなく、20年以上も前の補償に基づいて工事をしようとしている。補償後20年も経って工事をしようとすれば、①~③で追及されるような法的欠陥が生じるのは当たり前だ。
 中電の行為は、補償契約に照らしても違法といえる。補償契約は、「中電が補償を支払い、漁民が補償を受けとる代わりに埋立工事を受忍する」との内容で結ばれ、埋立工事ができるのは、補償契約に基づく債権債務(中電が埋立工事をおこなうという債権及び漁民が工事を受忍するという債務)があるからだが、債権は十年間行使しないときは消滅する(民法第167条)。
 したがって、2000年補償契約に基づいて中電が埋立工事をおこなう権利は、2010年に消滅しており、今後、埋立工事をしようとすれば違法行為になる。

 

――その違法性は中電に指摘したのか。


 熊本 2019年7月26日中電交渉で指摘したところ、中電が「弁護士が債権は消滅していないといっている」と答えたので、「理由も述べなければならないではないか」といったところ、「弁護士に問い合わせて回答する」ということになった。後日、中電は「契約の当事者ではない方に対し個別の契約の解釈や内容について説明すべきではないとの指導がありましたので、これ以上の回答を差し控えます」と伝えてきた。
 しかし、債権の消滅時効の規定は簡潔明快で疑問の余地はなく、中電の2000年補償契約に基づく債権がすでに消滅していることは明らかだ。

 

漁業権を守るために中国電力の上陸を阻止する上関町祝島の島民や漁民たち(2010年)

事業実施の鍵は「事業者と民の関係」にある

 

――多くの住民運動では、「事業者と公の関係」で免許や許可や認可が出ると、それで事業が実施されるように思われているが……。


 熊本 まったくの間違いだ。事業実施の鍵は「事業者と民の関係」にある。
 そのことは、何より上関原発計画の経緯が証明している。埋立免許は2008年10月に出たのに、祝島漁民が補償金を受けとっていないのでいまだに埋立工事に着工できないでいるではないか。
 祝島漁民が補償を受けとらない限り埋立工事に着工できない。これは「事業者と民の関係」であり、「事業者と公の関係」において埋立免許がいくら再延長されたところでまったく変わることはない。
 ボーリング調査でも同様に、一般海域占用許可が出されても祝島漁民が補償を受けていないので調査ができないのだ。
 事業者や行政は「事業者と公の関係」で事業実施が決まるかのように宣伝するが、それは、「事業者と民の関係」に気づかせなくするための罠であり、住民運動は「事業者と民の関係」が事業実施の鍵であることに気づく必要がある。

 

一般海域占用許可も違法である

 

――中電は、来年度にボーリング調査再開をめざすとしているが。


 熊本 ボーリング調査は一般海域占用許可を得たうえでやらなければならないが、長周新聞の2020年10月16日付号に書いているように、一般海域占用許可自体違法である。
 第一に、一般海域占用許可を出すには「利害関係人の同意」が必要だが、山口県は、調査予定海域に「慣習に基づく権利」を持つ祝島漁民を無視している。
 第二に、共同漁業権は「排他独占的権利」だからとの理由で利害関係人を共同漁業権者のみに限定しているが、共同漁業権は「排他独占的権利」ではない。

 

――山口県が共同漁業権を「排他独占的権利」とする根拠はどこにあるのか。


 熊本 水産庁のホームページに記載してあるというので、水産庁に連絡して議論したところ、「漁業権は排他的権利」は不正確であり、正確には「漁業権の排他性は、同種の漁業権にのみ及ぶ」であるとの私見に水産庁も同意した。
 また、仮に一般海域占用許可を出したところで、祝島漁民に補償がなされ、祝島漁民の同意が得られない限り、昨年・今年のボーリング調査と同じ結果になることは明らかであり、中電も山口県も大きな汚点を残すとともに大恥をかくことになる。
 祝島漁民の同意がない限り、ボーリング調査も埋立も不可能である。中電は、潔く上関原発の中止を発表すべき時期に来ている。

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