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軽油免税制度の廃止で農漁業に打撃 来年3月で切れる特例措置

 道路特定財源の一般財源化にともなって、免税軽油制度が来年3月31日をもって廃止されようとしている。小泉・安倍と続く自民党政府が進めた「税制改正」によって、2009年に免税廃止が決まり、3年間の猶予期間が設けられてきたがそのタイムリミットが9カ月後に迫っている。1㍑につき32円10銭の軽油引取税(都道府県の歳入)が免除されるこの制度は漁業、農業、建設重機などさまざまな業種で活用されてきた。期限の延長ないしは代替措置を講じなければ燃料高騰に追い打ちをかけて各種産業を直撃すること、各自治体も政府の動きに照応して体制をとらなければならないことから、全国的な注目が高まっている。
 
 132円引かれる現行制度

 山口県内にある各県税事務所の窓口には、「免税軽油使用者の皆様へ」と記した文書が置かれている。課税免除の特例措置期限が近づいていることを知らせ、「期限が延長された場合には、県税事務所から申請手続きをお知らせする文書を送付させていただきます」「延長された場合は、申請が集中することが予想されますが、その際には、皆様のご理解とご協力をいただきますよう、よろしくお願いします」としている。延長されなかった場合の記述はない。
 担当職員によると、「震災の影響もあり、国会でいつどのように審議されるのかもわからない状態。地方税法が改正されなければ動きようがない。産業への影響が大きすぎるので、まさか廃止のまま措置を講じないということはあり得ないと思うが…。県としても総務省地方税課に打診しているようだが、現状ではつかみどころがないと聞いている」と説明していた。
 県庁の課税班担当者も「国会審議の行方を見守るしかないが、今のところ動きがない。業務も煩雑なのでなるべく早く方向性を出してもらわないと困る」と困惑気味に話していた。
 現状では、国が特例措置期限の延長や新制度についてどう検討しているのか、検討する気があるのかすらわからず、震災騒動に紛れてこのまま推移すれば、来年4月から農漁業者はいっきに燃料高騰にさいなまれることにもなりかねない。昨年から、危機感を抱いた全国の地方議会、なかでも農漁業を基幹産業にしている地方ほど敏感に反応し、「国が責任をもって対応せよ」と決議をあげるなどしてきた。しかし大半の農漁業者が知らされず、免税キップをもらいに行って初めて免税廃止を知る事態となっている。
 軽油引取税は地方自治体の財源で、道路に関連する用途にしか使えない特定財源として運用されてきた。これを一般財源化することで用途を特定しない財源にしたが、その際、公道を利用しない農業、漁業といった産業分野への免税制度そのものは廃止扱いになった。3年に区切った「特例措置」によって変化に気付きにくい形で推移してきたが、ここにきて「たいへんな事態になりかねない」という危機感が高まっている。

 近場しか出れぬ漁民も 山口県漁業に影響大

 山口県が掌握している軽油引取税の免税額(年間)は、平成21年度実績で約23億円にのぼる。そのうちもっとも比重が大きいのが漁業で、約6億5000万円を占めている。ついで掘採業が約6億1000万円。トラクターや耕耘機で軽油を使用する農業は7300万円となっている。
 漁業の免税総額である6億5000万円から計算すると、およそ約2万250㌔㍑が対象になっていることになる。ドラム缶に換算すると11万2500本分、4000㌧クラスのタンカー船の積載量にすると5隻分に匹敵する量だ。
 県内の漁船数は1万隻あまりといわれ、そのうち3㌧未満の沿岸漁業に従事する船が8000隻。多くが軽油を使用している。瀬戸内海で操業している底引き網漁船は、網を引っ張る馬力が必要なためにA重油を使っているが、その数は900隻に満たない。外海側では10㌧を超える船でも軽油を使用している例が少なくない。漁師は油がなければ沖に出ることもできない。三方を海に囲まれた水産県において免税措置が切れた場合の影響は計り知れないものがある。
 漁業者はどれくらいの軽油を使っているのか。下関市内の年配漁師(延縄漁業)に聞くと「歳もとって、昔ほどガツガツ沖で操業しているわけでもないが、だいたい1カ月に使用する油の量は400㍑くらい」と語る。1年間で使う油の総量は5000㍑を少し超える程度という。燃油消費量としては少ない方だが、それでも免税がなくなれば16万円の支出が増える。年金をもらいながらの細細とした漁業形態で、200万円にも満たない水揚げに対して、油代が16万円増えるだけでも影響は大きい。
 下関市海士郷で底引き漁業をしている漁師に聞くと、1回の漁で100㍑は使用するという。1カ月に15日出漁できればいい方で、年間の軽油使用量を過去の実績から見てみると、1万5000㍑ほど使っていた。免税がなくなれば48万円の支出増だ。「魚価が安いのに50万円出費が増えるのでは、たまったものではない」と深刻な表情を浮かべていた。
 北浦で40~60も沖に出てイワシを追いかけている豊北町の棒受け網漁師は、1回の出漁で1000㍑ほど使用する。「3万2100円分(1000㍑)の免税分を取り返そうと思えば、イワシをトロ箱にして何箱水揚げしなければならないか、考えただけでも途方に暮れる。遠くに行くのをやめて、近場で細細とやるしかなくなる」と操業にも影響が出ることを指摘していた。イカ釣り漁師に聞くと「年間300万円くらいは使っている」といい、1000万円以上の水揚げを誇る漁師でも、油代や氷代、出荷にかかる販売手数料など、懐から出ていく金額が大きいこと、油代が膨らんでいっきに収入が減ると語られている。

 油代支出は1・32倍 軽油免税なくなれば

 石油情報センターによると、山口県内の軽油の店頭価格の平均は、5月2日時点で131円。免税軽油は現状では98円90銭で手に入る計算になる。漁協によってはこれより安いところもあれば、逆に法外なマージンをかけて高い油を漁業者に売りつけているところもあるが、この5月時点の131円を元に単純計算すると、免税措置が廃止されて一般価格と同等になった場合いっきに1・32倍も油代の支出が膨らむことになる。年間100万円ほど油代がかかっていたとすると、32万円も支出が増え、200万円ならば64万円の支出増となり、その分所得が減る。北浦のように300万~400万円も燃油代に経費をかけている漁家ならば、およそ100万~130万円もの支出増につながる。
 山口県の漁業者は20年来で半減し、世帯あたりの漁業所得は平均すると300万円以下と零細な漁家が大半を占めている。瀬戸内海側の漁業所得になるとさらに下がって、200万円前後を推移。陸の仕事を兼業したり、家族の収入と合わせて家計を回している漁業者も多い。「魚価が安いから、昔のような収入を得ようと思ったら2倍、3倍も魚を獲ってこなければ見合わない。飯が食えないから陸の仕事をするのだ」「ボランティアで漁業をやっているわけではない。あまりに魚が安すぎる。漁具や油は高騰するばかりで、おまけに山口県漁協が他県と比較にならないくらい高額なマージンを抜くから困っている」と話されている。
 阿武町で磯見をしている漁師は「20㌔で1万4000円していたサザエが、今は7000円まで下がっている。それが店頭に出たら高値になって歯がゆい思いをしている。軽油が4月に3円上がって100円になったが、それすら大問題で3月末には40㍑買い占めたりしていた。32円も上がっては話しにならない。ヤズは1本10円で買い取られたり、タダみたいな額になることもある」と実情を語った。
 とりわけこの20年来、1990年代以降の漁獲量、生産額の落ち込みは急激で、生産者の数も半減している。漁業所得から差し引きして油代として出ていく金額の割合は15~20%程度といわれている。200万~300万円を水揚げするためにも大変な労力をさいており、そこから魚を冷やすための氷代、市場に出荷するために箱代や手数料を負担し、餌代や漁具代、船のローンを支払い、エンジンが故障すれば替えるだけでも数百万単位の出費になる。油代が1・3倍になれば、手元に残るのはさらにわずかな金額にしかならない。
 「なんとしても免税制度を守らなければ」「特例措置ではなく、農漁業生産に対する新たな制度として確立するべきだ」「円高なのに燃油は高騰している。輸入品は安く手に入らなければおかしいのに、どうかしている」の思いがどの浜でも語られている。

 外国は価格保障し保護 安すぎる農水産物

 軽油免税制度について、食料産業に責任を持つべき国がどう対処するのか、死活のかかった事態に注目のまなざしが注がれている。このなかで、問題は軽油だけにとどまらず、根本に安すぎる魚価の問題があること、農林水産業に対する政府の姿勢が「食料がなければ輸入すればよい」を一貫して続け、自動車など輸出産業のテコ入れで貿易自由化・無関税化をしゃにむに進めてきたこと、そのことによって国内生産が著しく崩壊してきたことを無視するわけにはいかない。
 日本の輸入水産物にかけている関税は低く、80年代後半から進んだWTOのGATTウルグアイ・ラウンドによって、1~3・5%と極めて低い水準に置かれている。既にあってないような関税である。その結果、発展途上国から水産物が押しよせて国内生産者は競争を強いられ、しかもその輸入量は世界最大という状況のもとで、魚価は押し下げられてきた。80年代後半からしだいに輸入水産物は増えはじめ、いまや国内の生産量とほぼ互角の割合であふれている。その間、流通再編によってスーパーが街の魚屋を淘汰し、商社が買い付けてくる輸入水産物を売りさばく仕組みになってきたことも、魚価安に拍車をかけた。
 さらに民主党政府が進めているのは、日米FTA締結・農林水産物輸入の完全自由化・無関税化で、WTO交渉が頓挫したなかでアメリカが進めている日米FTA、TPP締結によって「市場開放」しようとする動きがある。アメリカは自国の農漁業には莫大な補助金を注ぎ込み、産業保護策を講じているが、他国には関税撤廃、自由化を求めており、農漁業への補助金も削減しろと要求している。しかし一方でWTOの規定では自国の補助金削減も要求されかねないことから、それを避けて相手国に市場開放を迫るFTA・TPPへとシフトしている。
 こうした状況で、「関税率が低く、輸入物があふれているから魚価は安くても仕方ない」「水産国において漁業が産業として壊滅しても仕方ない」ではすまない。歴代の日本政府が情けないまでに圧力に屈服して、国内農漁業を壊滅に追いこんできたが、世界の他の先進国では「グローバリゼーションだから仕方ない」といって自国生産をつぶしている国などない。EUもアメリカも自国の食料生産を守るとともに、世界市場で売りさばくために農水産物の価格保障をしており、輸出のさいにも補助金をつけたり、輸入物には課徴金をつけるなどしている。日本が補助金をつけたり価格保障をしてもおかしいことではない。
 水産大学の学者たちによると、共通漁業政策をとっているEUでは、魚の種類ごとの漁獲制限量を決めて資源管理をしていると同時に、魚価の最低保障価格制度をとっていると漁業政策の実情が指摘されている。二八種類の魚種について最低価格(毎年改定)を決め、それ以下にしか値がつかない場合には国がその価格で買い取り、地場の新鮮な魚を地場で消費させる努力もしている。
 もっとも資源管理や価格保障の面で進んでいるのがノルウェーといわれ、既に国営漁業に近いものがある。国が各企業に漁獲枠を定め、それを請け負って漁業組合が魚を獲る。決められた量より多くても少なくても罰金が科され、最低価格を保障する制度が定着している。ノルウェーのなかでは漁業は収入の多い職業に位置している。元元は日本の技術をとり入れて漁業が盛んになった国で、歴史は浅い。しかし制度を確立することで産業として十分に成り立っていること、漁業船舶でも日本で見かける高級クルーザーやフェリーかと見まがうような最新設備であることが、水産学者や現地を視察した水産関係者らによって指摘されている。
 水産大学の研究者の一人は「EUもノルウェーも自分たちではそれほど魚を食べないのに、外貨獲得のために国策で魚を獲って輸出している。だから税金を投入している。日本のように漁民は多くなく、エリート漁師だ。日本の漁師は少なくなったといっても20万人で、EU全体の漁師の数がそれくらい。肉食が増えたといっても、日本ほど一人当たりの魚の消費量が多い国はない」と水産業のあり方を他国と比較しながら語っていた。また、国内漁業においては、魚価安に直面して減収を補うためになおさら魚をとり尽くし、資源枯渇になる悪循環についても共通して語られている。
 ことは軽油免税であるが、水産業をはじめ農林業など国の土台となる食料産業に対する政策を抜本的に改めなければならないこと、原発に象徴される「あとは野となれ」方式では国がつぶれる重要問題として、対応が注目されている。08年の燃料高騰時期以上に、全国の農漁業者が行動することが求められている。

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