いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

ゲノム編集は日本の農業の未来になるって本当? 民間稲作研究所理事・印鑰智哉

 遺伝子組み換え作物にかわるものとして、「ゲノム編集」された作物や食品が世界的に出回る趨勢となっている。しかしゲノム編集食品の安全性や、人体・農業・地域経済・環境にとってどうなのかといった議論はなされておらず、なにも規制なく日本でも今月から解禁されようとしている。その危うさについての指摘もあるなか、今月2日、「くまもとのタネと食を守る会」が主催し、『ゲノム編集は日本の農業の未来になるって本当? ~5月からゲノム編集トマトがやってくる~』と題する講演会を開催した。講師は民間稲作研究所理事で、種子の会とちぎの理事でもある印鑰(いんやく)智哉氏で、「ゲノム編集」食品がどういったものなのかや、その背景について詳細に展開した。以下、印鑰氏の講演内容を紹介する。

 

--------------------------------

 

ゲノム編集を巡る動き

 

 「ゲノム編集」はここに来て急激な動きになってきた。まず日本では、サナテックシード社という東京に本社のある会社が「ゲノム編集」したトマト「シシリアンルージュハイギャバ」の無償配布(昨年12月から一般募集した)を5月11日から始めようとしている。

 

 これまで日本では、遺伝子組み換えについてはバラの栽培や、添加物や薬品をつくるための微生物、蚕などではおこなわれていたが、食用の遺伝子組み換えの商業栽培はなかった。それが今回、日本は遺伝子操作された農作物の栽培国になってしまおうとしている。

 

 実はこれだけ騒ぎながら、この「ゲノム編集」作物はトマトと米国の「ゲノム編集」大豆のほかには出ていない。最初に出たのは、アメリカのカリクスト社がつくった「ゲノム編集」大豆油で、2019年にできていて米国では流通している。日本のトマトは第2号だ。これら以外にも規制をかいくぐるために「ゲノム編集」だといって宣伝していたサイバス社のナタネが実はそうではなかったことが発覚し、実質的に日本のトマトは世界第2番目となっている。しかし今、これが大きく変わろうとしている。つまり急ピッチで「ゲノム編集」を出していく動きが出てきた。

 

 今、ゲノム編集がどんな動きになっているかというと、【地図1】のようになっている。緑がゴーサインを出した国、黄色が検討中の国で、赤色のEUとニュージーランドは「ゲノム編集は従来の遺伝子組み換えと同じだ」ということで、従来の遺伝子組み換えの規制ルールを適応することを決めていた。欧州裁判所がそうすべきという判決を2018年に出してくれたおかげで「ゲノム編集」は大きく動いていなかった。ところが、先月29日に欧州委員会が、これは変えるべき、つまり今後は「ゲノム編集」は規制するのをやめたほうがいいという報告書を出してしまった。まだ決まったわけではなく単なる報告書なので今後どうなるのかはわからないが、もし欧州裁判所の決定が覆されてEUでも「ゲノム編集」の規制をやめるとなったら、一気に進みかねないことが危惧される。

 

 

 

 遺伝子組み換えと「ゲノム編集」、どこがどう違うのかを見ていかなければならないが、日本政府は「ゲノム編集」について「正確に安全に品種改良できる技術」だといっている。おそらく、「“ゲノム編集”の大豆油をつくったから、オイ日本、検討しろ」とアメリカから催促が来たのだと思うが、2019年の夏以降、3カ月だけの検討で厚労省も農水省も環境省も全部オッケーを出した。実際に「ゲノム編集」がどのような意味を持っているのか真面目に検討すれば絶対に数年はかかるものだ。それをたった3カ月で決めてしまった。

 

 そして2019年10月1日から厚労省が、九日から農水省が事前相談と届け出の受付を開始した。事前相談したものは届け出するだけで流通していい。届け出は義務ではないので、極論をいうと規制は一切ないという状態に近い。日本ではフリーパスに近い状態になってしまった。しかし、なかなか届け出は出てこなかった。様子見をして出すための条件を待っていたのだろうと思うが、もしかするとそれが種苗法改定だったかもしれない。改正種苗法が交付されたのが2020年12月9日で、2日後の2020年12月11日にサナテックシード社は「ゲノム編集」トマトを届け出た。

 

サナテックシード社の「ゲノム編集」トマト

 

 「ゲノム編集」については二つに分けて考えなければならない。「ゲノム編集」を研究室のなかで使うことは重要性があるからだ。なぜかというと、遺伝子がどんなものかを知っていく必要性はあるが、実際に遺伝子がどんな機能を果たしているのかはわかっていない。すでに人間の遺伝子を含め、遺伝子解析は全部進んでいる。最近はウイルスの遺伝子解析などとよくいわれるが、全部解析してどんな遺伝子が存在するかは全部わかっている。しかし例えば新型コロナウイルスでいわれている「484」「501」の変異があることはわかっても、どんな違いが出るのかは遺伝子解析ではわからない。どういう遺伝子がどういう機能を持っているかはわからない。

 

 「ゲノム編集」は遺伝子を壊すことができる技術だから、壊すことによってどう変化するのかを調べれば、その遺伝子がどんな機能を持っているかを知ることができる。生命の秘密を知っていく必要はあるので、研究室のなかではとても重要な技術であり、実際にノーベル科学賞もとったし、とるべくしてとったといっていい。

 

 しかし、だからといって「ゲノム編集」技術を使って、どんどん農作物を変えていっていいということにはならない。例えば、核エネルギーはすごいが、だったらそれで原発や原爆を作るべきとすれば、それは短絡した考えだと思う。いってみれば「ゲノム編集」も同じで、環境中に出してはいけないものだ。この二つを分けて考えていかなければならないと思う。

 

 日本政府は、「ゲノム編集」食品がどのようなものかについて、このようにいっている。「ゲノム編集は正確に安全に品種改良できる技術」「ゲノム編集は遺伝子組み換えと違って、既存の遺伝子を編集するだけなので、外部の遺伝子は入っていないので、遺伝子組み換えにはあたらない」「遺伝子組み換えと違って、特定の遺伝子を壊すだけなので、自然界でも起きている変異となんら区別できない。自然と同じだから安全審査も必要ない」「自然のものと区別できないので、表示義務を課すことは不可能だ」と。

 

 しかし、これは考えてみる必要がある。

 

遺伝子とはなにか?

 

 遺伝子とはいったいどのようなものなのか。その基盤となるものを整理したい。すべての生物(ウイルスを含め)は遺伝子(DNA)を持っている。DNAというのは、いってみればハードディスクに保存されているコンピュータープログラムのようなもので、ディスクのなかにあるだけだったらなにもできない。

 

 どうするかというと、電子メモリーのなかにコピーして呼び出す。これが「m(メッセンジャー)RNA」【図1】だ。メモリー上に引き出してそれが実行される。mRNAからタンパク質が作られ、生命活動が可能になる。これはすべての生物でおこなっており、すべての生物で同じ構造だということがわかっている。

 

 この遺伝子が同じならばまったく同じ生き物ができるのか? と気になると思うが、同じものはできない。例えば女王バチとはたらきバチは遺伝子は同じだ。しかし、身体の大きさも寿命も身体の機能も違う。なにが違うのかというと食べるものだ。女王バチはロイヤルゼリーを食べ女王バチになっていく。そしてはたらきバチはそういうものを食べないから生殖能力を持たなくなる(たまに持つものもいるが)。それがなにかというと「エピジェネティック」(=遺伝子によらない発現)で、遺伝子によらずに変わっていくということがある。

 

 遺伝子は生命の基盤をつくるけれども、その後の環境も大きくかかわって、生命は変わっていく。遺伝子がすべてを決定するわけではない。

 

 ミジンコの遺伝子は3万1000あるといわれているが、では人間はどうなのか。100万ぐらいなければならないような気がするが、実は人間の遺伝子は2万2000しかない。ミジンコよりも人間はシンプルな生き物なのか。そんなはずはない。

 

 つまり、私たちの遺伝子はどうなっているのかというと、一つの遺伝子がさまざまな機能を持っている。実は2万2000しかない遺伝子で私たちの体は10万以上のタンパク質をつくれる。どういうことかというと一つ一つの遺伝子が有機的に結びついて、さまざまなタンパク質がつくられると考えられる。このなかで一つの遺伝子を変えてしまうということがいったいどのようなことなのか、バランスを壊すことで大きな問題が生じうるのだ。

 

「ゲノム編集」とは?

 

 「ゲノム編集」の「ゲノム」とはなにかだが、遺伝子(gene)、染色体(chromosome)をあわせた造語だ。このゲノムのなかで遺伝子が占めているのは2%しかないといわれており、残りの98%の部分はジャンクDNA(ゴミ)と呼ばれていた。しかし最近、それが重要な役割をもっていることが指摘されるようになってきた。

 

 そのような意味で私たちは2%の部分を守らなければならず、それを守るためにさまざまな機能があることがわかってきた。「ゲノム編集」というのはこの遺伝子2%の部分を変えてしまう技術だ。「ゲノム編集」は、歴史的にさまざまなものがつくられてきている。

 

 2012年ごろからあらわれてきたCRISPR―Cas9(クリスパーキャスナイン)によって、「ゲノム編集」は非常に簡単に、安くできるようになり、普及してきた。

 

 私はいつも「ゲノム編集」と括弧でくくるが、なぜかというと、マスメディアでは「ゲノム編集」について【図2】のような、まるでハサミで正確に遺伝子の一部を切りとることができる技術であるかのようにいう。しかし、実際にゲノム編集をやっている研究者が「それは違う。こんなハサミのようなやわなものではない」といっている。その研究者は、手榴弾やミサイルのようだといっている。クリスパーキャスナインで使われる技術は、ハサミで切りとるようなものではなく、一言でいうならば「ゲノム編集」はセンサー付き遺伝子破壊技術であるといったほうがいいものだ。

 

 このCRISPR―Cas9(クリスパーキャスナイン)の元となるのは、バクテリアにとりつくウイルスの免疫機構だ。ウイルスは自分で増殖することはできないので、バクテリアにとりついて自分の遺伝子(RNA)を注ぎ込む。そうすると、バクテリアがそのウイルスの遺伝子情報をつくってウイルスの子どもをつくっていく。これが感染。できたウイルスはバクテリアを壊して出て行く。こうしてバクテリアは死んでしまうが、生き残るバクテリアもいて、それらは免疫を持っているということがわかってきた。

 

 バクテリアは単細胞生物だ。私たち人間は多細胞生物なのでウイルスが来ても抗体をつくって対決することができる。バクテリアは単細胞生物だからそのようなものは持っていないと以前は思われていたが、実は持っていた。それが遺伝情報のなかのクリスパーといわれる部分で、ここに、一度襲われた遺伝子の情報を切りとって保存しておく。そうするともう一回同じウイルスが来たときに「こいつはウイルスだ」ということがわかり、それを攻撃する。つまり、クリスパーキャスはウイルスをやっつけるバクテリアの最終兵器だ。

 

 恐ろしい兵器だが、これを使うと植物でも動物でも私たち人間でも特定の遺伝子を書き換えることに使えるということがわかってきた。この「sgRNA」といわれる部分に狙う遺伝子をコピーしておく。そうするとセンサーが狙っている遺伝子を見つけることができる。そして、Casというミサイルのしくみがその遺伝子を壊すようになっている。この「sgRNA」のセンサーの部分はプログラムで書き換えられる。この部分を例えば「この植物のこの部分を書き換えてくれ」というふうに使えば、植物、動物、人間の遺伝子を探していって、その部分にぴたっとくっついて壊すことができるようになっている。

 

 どうやって壊すか、壊すとどんなことが起きるのかだが、ゲノム編集には3つの種類がある。「SDN―1」「SDN―2」「SDN―3」という。

 

 私が「ゲノム編集」に括弧をつけたい理由もここにあるが、今、私たちが手にしようとしている「ゲノム編集」食品は「SDN―1」にあたる。これは、「targeted random nutation=標的ランダム変異」という意味だ。これは遺伝子の部分をぶっ壊すだけで、後がどうなるかは天任せ、生物まかせということだ。普通、「編集しろ」といわれて文章を切り刻むだけで提出したら怒られる。整え修復して出すのが編集だ。「ゲノム編集」はそれをしていない。ぶち壊すだけ。ぶち壊してそのあとがどうなるかは生物まかせ。そこが欠損状態になる場合もあるし、まったく関係のない塩基が入ってしまう可能性もある。それが「ランダム」の意味で、どうなるかわからない状態だ。だから、これは「編集」に値しないということで、私は「ゲノム編集」に括弧をしている。

 

 これに対し「SDN―2=標的外来塩基変更」は、なくなってしまう部分にすっぽりと入るような遺伝子の一部(塩基)を入れるもの、そして壊した部分に新しい遺伝子を組み込むものが「SDN―3=標的外来遺伝子置換」となる。2、3については遺伝子組み換えと変わらないということで、遺伝子組み換えとして処理されている。

 

 遺伝子組み換えや「ゲノム編集」はどうやって作るのかだが、「ゲノム編集」は大きく分けて二段階でやる。最初の一段階は遺伝子組み換えとまったく同じだ。遺伝子組み換えとは非常に乱暴なことをするのだが、遺伝子銃ともいわれる「パーティクルガン」の弾丸のなかに入れた遺伝子を細胞に撃ち込む方法がとられる(パーティクルガン法)。もう一つが、アグロバクテリウムという細菌に遺伝子を運ばせる「アグロバクテリウム法」。植物に対してはこの二つが使われるが、この段階では遺伝子組み換えも「ゲノム編集」も遺伝子がどこに入るのかわからない。動物の場合は、受精卵に細い管で遺伝子を入れる方法がとられる(マイクロインジェクション法)。これだけだったら、遺伝子組み換えとまったく同じになってしまう。

 

 しかし「ゲノム編集」の場合は二段階以上がある。

 

 第一段階で細胞のなかに遺伝子(sgRNA+Cas)を導入し、細胞のなかで働き始めた遺伝子が特定の遺伝子を探し破壊する。そのことによって、政府がいうには「おいしい品種」がつくられる。しかしこの段階では外来の遺伝子が入りっぱなしだ。ではどうするのかだが、第二段階がある。その後、元の「ゲノム編集」されていないものと交配させると4通りの子どもができる。そのうち一つは挿入した遺伝子が消えていて、遺伝子が壊れ新しいものになっている【図3】。これが「ゲノム編集」だ。これを「入れた遺伝子は残っていないから安全だ」といっているが本当なのか。ここに大きな問題がある。

 

 

 動物編では、受精卵に遺伝子を入れる。それによって受精卵の一部の遺伝子が破壊されるが、全部ではない。「ゲノム編集」される細胞とされない細胞がまだら(モザイク状)になってしまう。動物の場合は植物よりも大変で、何度も何度も「ゲノム編集」されていないものとかけあわせ、体の細胞が全部「ゲノム編集」されたものになるまで交配を続ける。こうすることでようやくできる。非常に時間がかかるものだ。

 

 日本政府は「ゲノム編集」は非常に正確な技術だといっているが、実はDNAはとても単純で、ウイルスでもバクテリアでも同じ構造をもっている。同じなので配列には似たところがある。似たところを間違って破壊してしまうことをオフターゲットというが、日本政府はオフターゲットはなくすようにしているから大丈夫だといっている。それも心配なのだが、実は今注目されているのはオフターゲット以上にオンターゲットだ。つまり狙い通りに遺伝子を壊した場合のことだ。成功しているからいいじゃないかと思われるかもしれないが、そうではない。狙い通り壊したとしてもどう修復されるかは生命まかせ、運まかせだ。どんな状態になるのかはまったくわからない。

 

 実際に、「外部の遺伝子を入れていないから自然の変異と同じ」だと日本政府はいっているが、「ゲノム編集」をするときに第一段階では外部の遺伝子をたくさん入れている。クリスパーキャスナインという遺伝子を入れているほか、外部から入れた遺伝子が細胞のなかで活性化するようにカリフラワー・モザイク・ウイルスというものを入れている。弾丸で入れた場合には全然関係のないところに入ってしまう可能性もあるので、確認・判定のための抗生物質耐性遺伝子、あるいはクラゲ発光遺伝子といわれるものを入れている。こういったものが消えていないケースもある。抗生物質耐性遺伝子が残っていたらどうなるか。考えてみてほしい。これは怖いことだ。

 

 なぜ抗生物質耐性遺伝子を入れるかというと、遺伝子操作をしても、しっかり入っていない可能性があるからだ。どうするかというと、操作後に抗生物質のなかに入れてしまう。抗生物質のなかに入れると、細胞はタンパク質をつくれなくなってすべて死んでしまう。死んでしまっては困るので、遺伝子操作するときに、抗生物質のなかでもタンパク質を作れるような抗生物質に耐性をもった遺伝子を作れる遺伝子を一緒に入れる。そうすると、そういう遺伝子を持ったものは死なない。抗生物質に入れると失敗したものは全部死ぬが、死滅しないで残った細胞がある。これを採用する。このことによって、遺伝子操作が成功したか失敗したか、選ぶことができるようになっている。

 

 しかし、こうして作られた遺伝子のなかには、抗生物質遺伝子が入っているので、それが残っていると、それを食べた人が抗生物質の効かない身体になってしまう危険があると指摘されている。だからWHO(世界保健機関)はこのような方法は使わないよう勧告している。しかし、遺伝子組み換え企業はこれは便利だということでこれを使い続けている。

 

 もう一つ考えていただきたいのは、ゲノム編集されたものというのは、結局遺伝子を破壊するだけ。本当は新しい遺伝子を入れたいが、入れてしまうと遺伝子組み換えとかわらないので今は自制している。今は無規制で普及させたいので、それは入れないことにしている。今は入れなくても後々には入れていくことが予想できる。

 

 遺伝子を破壊するだけで新しいものを作ることができるのか。遺伝子を壊すだけでは新しい品種はつくれないはずだと思うが、実はこんなことで新しい品種を作ろうとしている。

 

ゲノム編集された作物

 

 あらゆる生命には、さまざまなアクセルとブレーキがある。成長しないと困るので成長のためのアクセルがあり、ある程度成長したら今度はそれを止めるブレーキが踏まれるようになっている。アクセルとブレーキが調整されることで私たちは適切なサイズに成長できる。しかし、このブレーキの遺伝子を壊してしまうとどうなるか。ぐんぐん成長し続け、収量の多いイネや小麦が作られる。これを新品種だといっている。

 

 例えば、最近ギャバという成分が人気で、だったらギャバを抑制する遺伝子を壊してしまえ、そうすると、ギャバだらけのトマトができるわけだ。これはなにかというと、その生命そのもののバランスを壊してしまう。つまり、生きていくために必要なバランスをとるための遺伝子を壊してしまうのだ。しかしこのことによって新しいものが作られようとしている。

 

 また例えば、ジャガイモ芽には毒があるが、その毒を作る遺伝子を壊してしまえば、毒ができない。芽をとりのぞかなくても使えるジャガイモが作れる。このように新しいものとして出そうとしている。いってみればこれはごまかしだと私は思う。筋肉が成長するのを制御する遺伝子を壊すことによって肉厚の真鯛も作れる。

 

近畿大の肉厚マダイ。筋肉細胞の増加や成長を止めるミオスタチン遺伝子を破壊

 

 今年から、「ゲノム編集」魚をどう流通させていくかの議論がすでに厚労省では始まってしまっている。つまり遺伝子組み換えとは違う「ゲノム編集」生物とは、機能欠損品種だといえる。成長する、成長を制御する、あるいは特定の成分を作れなくする、このような機能を壊された生物だといわざるをえない。では、このような生物が果たして生きていくことができるだろうか。本当に環境にいいのだろうか。そういう問題だ。

 

 そしてこのゲノム編集について日本政府は、自然と変わりないから安全だといっている。政府はアレルゲンについてチェックしているといっているが、実は、実際に作られた「ゲノム編集」を使った安全実験はしていない。実際にアレルゲンが発生していないことは確認済みだとしているが、この「確認済み」といわれているのは、既に知られているアレルゲンだけだ。しかし、「ゲノム編集」食品というのは、自然界にない変異をしているので、これまでにないアレルゲンが作られる可能性は十分にありうる。しかしそういったチェックはしていない。

 

 それから、最近注目されていることに、エピジェネティック(=遺伝子の変化によらない発現)な機能が変わっていってしまっている可能性はすでに指摘されている。しかしこのチェックは「遺伝子が変わっていない」という理由でなされていない。これを実際に食べて本当に大丈夫かどうかは試されていないので、安全かどうかはいえない。科学的でないといわざるをえない。

 

 「ゲノム編集」した豚の場合などは、「ゲノム編集」するためにガン抑制遺伝子を抑えこんでいるため、「ゲノム編集」した家畜のがんが増える可能性が指摘されている。そういったものをみなさん、食べたいだろうか。

 

 さらに、さまざまな研究で明らかになっているが、人の胚で「ゲノム編集」した場合に、DNAが大規模に欠失してしまったり、再編成されてしまってまったく別ものになってしまう、ということが起きているといわれている。これは植物や家畜でも起こることが考えられる。遺伝子そのものは想定通りにできたということで日本政府はオッケーを出してしまった。ところが、そこで作られるタンパク質をチェックすると、まったく想定外のタンパク質が作られていた--これは理化学研究所が報告しているが、このようなことも起きている。これを食べるということは、これまでに存在しないアレルギーが生まれる可能性が十分にありうると思うし、それを試験もせずに市場に出すことは非常に無責任といわざるをえない。

 

「ゲノム編集」が環境に与える影響

 

 「ゲノム編集」作物を環境に出せば、大きな悪影響を与えることになるだろう。

 

 例えば、トマトのギャバは自分を守るためにつくられる物質だ。変な虫や細菌がやってきたらギャバを増産するが、そうした「変なのがきたぞー」という情報は周りの植物に伝わっていることが最近分かってきた。植物はさまざまな方法でコミュニケーションをおこなっている。ギャバが多いのは植物にとっては緊張状態が続くということになる。まわりの植物にとっても緊張を強いられることになるのではないか?

 

 ジャガイモの芽などにつくられるソラニンにしても同じことが考えられる。このような物質の質や量の生成を変えてしまうということは、植物相互のコミュニケーションをも変えてしまう可能性がある。その結果、「ゲノム編集」植物と従来の植物の間に交雑などがなかったとしても、生態系にも大きな影響を与えてしまう可能性がある。

 

 もちろん、交雑を防ぐことも困難だ。メキシコでは遺伝子組み換えトウモロコシの栽培は禁止されているのに、米国などから遺伝子組み換えトウモロコシの遺伝子汚染が生じていて大きな問題になっている。「ゲノム編集」でもそれは避けられない。

 

 さらに大きな問題がある。今、日本で登場しようとしているのは、ギャバが多いトマトや毒をつくらないジャガイモなどで、消費者にとってうれしいもののように聞こえるが、これから「ゲノム編集」が本格化するとそれは変わっていく可能性が高い。従来の遺伝子組み換えの8割は農薬をかけても枯れない農薬耐性のもの、あるいは、虫が食べれば虫がころりと死んでしまう毒素をつくり出す害虫抵抗性のもの(遺伝子組み換えトウモロコシのほとんどがこれで、虫を殺せるので食べものであると同時に殺虫剤でもあり、その殺虫剤を多くの人が食べている)の二つがメインになっているが、「ゲノム編集」でもすでにつくられている。しかも従来の遺伝子組み換え作物と違って「ゲノム編集」は規制がないので、よけいに急速に拡がってしまうかもしれない。そうすれば農薬散布する量も増大するだろう。

 

 魚類の「ゲノム編集」はさらに問題で、魚の品種改良の歴史は50年ほどしかなく、ほとんどの魚が野生のままであり、そこに遺伝子操作した「ゲノム編集」魚を放出することは、植物以上にさらに生態系に大きく影響を与える可能性もある。

 

種苗への表示が決定的に重要に

 

 日本政府はこの「ゲノム編集」食品について、「検出できないから表示義務は課せられない」といっている。もう聞き飽きた言葉だ。なぜかというと日本では、お酢や食用油などには遺伝子組み換えかどうか検出できないから表示義務を課さなくてもいいといっている。だから、私たちがよく目にする某メーカーの有名なお酢は日本で売っているときには「遺伝子組み換え使っています」などとは書かれていない。

 

 しかし、それは日本がそういうルールにしているからだ。同じメーカーがヨーロッパに輸出する際には、きちんと「これは遺伝子組み換えトウモロコシでつくりました」と書くことになる。なぜならEUのルールでは製造工程で遺伝子組み換えを使ったら書かなければならなくなっているからだ。日本ではそういうルールがないから表示しないというだけだ。きちんとしたルールをつくれば表示はできる。

 

 「ゲノム編集」作物の届け出受付の始まった2019年10月から変わってしまったことがある。それまでは「ゲノム編集」作物の栽培実験をするときには、遺伝子組み換えとして実験申請をしなければならなかった。そのためには作物をどう操作したのか、申請書に一定詳しく書かなければならなかった。ところが2019年10月以降はそれが不要にされてしまった。その結果、名称以外の詳しい情報開示は期待できなくなってしまった。今後は基本的な情報も隠されていくだろう。

 

 そしてもっとも大きな懸念となるのが種苗表示だ。種苗法ではどこで採ったタネか、発芽率はどれくらいか、どんな農薬を使ったのかなど六つの事項について種子に表示しなければならない。しかし「ゲノム編集」を含む遺伝子操作の有無は表示しなくていい。こうなると普通の大豆の種子と思って買ったらそれは「ゲノム編集」されていて、知らずに「ゲノム編集」の種子を撒いていたということになりかねない。しかもこの「ゲノム編集」して届け出をした品種を親種として使って交配してつくった品種「後代交配種」の場合には届け出の必要すらない。そうなれば私たちは何が「ゲノム編集」の種子であるか、そうでないかがまったくわからなくなってしまう。

 

 これで一番困るのは有機農家だ。有機認証では遺伝子操作した種子は使ってはいけない。しかし、種苗に表示されないから農家もわからない。これでは有機農業の存続が危うくなってしまう。日本政府は有機農業を推進するといいながら、まったく矛盾したことをしている。表示を義務化しろと要求してもできないと撥ね付ける。

 

 だったらどうするか。わたしたち自身が種子に自主的に表示をしていく必要がある。つまり「この種子は私が代々自家採種してきた大事な種子です。ゲノム編集などしていません」といったことをわかるようにする。その表示があれば、その種子からの収穫物も、それを使った加工食品も「ゲノム編集していない」と表示できる。消費者庁も根拠が示せれば表示できるといっている。表示があれば農家も消費者も選択できる。だから、種子に自主表示をしていくことが重要になってくる。

 

なぜ今、「ゲノム編集」?

 

 しかしなぜ今、この「ゲノム編集」食品が出てきたのか。一つは、「ゲノム編集」の技術が進んだことが背景にあるが、もう一つに遺伝子組み換え企業が壁にぶつかったことがあることに注目すべきだろう。

 

 遺伝子組み換え食品は、世界の市民が拒否し始めた。そして市民だけでなく、自然もそうだ。雑草も虫も耐性がついてしまい、遺伝子組み換え作物の意味が激減してしまっている。だから遺伝子組み換え企業はますます立ちゆかなくなっている。しかし、こうしたピンチを遺伝子組み換え企業はこの「ゲノム編集」を使うことで乗りこえようとしているといえるだろう。

 

 これまでの遺伝子組み換え作物は、申請・承認が必要だった。このため、開発してから販売できるまでに数年以上かかっていた。これがなくなり、あっという間に市場に出せることになる。遺伝子組み換え企業にとっては開発費がすぐに回収できる。だから今後、急速に増えていくことになるだろう。しかも情報が開示されないのでは市民は抵抗するのが大変難しくなる。制度的な変更が必要だ。

 

企業独占への対抗手段としての有機農業・アグロエコロジー

 

 

 では、遺伝子組み換え農業で世界はどうなったか。【図4】を見てほしい。モンサントを買収したバイエル、BASF、コルテバ(ダウ・デュポン)、シンジェンタ、四つの遺伝子組み換え企業が、遺伝子組み換え農業が始まった1996年から25年間のうちに世界の6割以上の種子の市場を買収してしまったといわれている。その結果、種子の価格は急速に上昇している【図5】。トウモロコシ、綿花、大豆だけが上昇しているのがわかるが、この三つは皆、遺伝子組み換えだ。

 

 

 種子の値段が上がるだけではなく、土地がどんどん集積されて小農が排除され、小規模農家が土地を失っていく。農業・食・種子が独占されていく。そして土壌が崩壊していく。害虫抵抗性のためのBt毒素は土壌微生物を傷める。農薬のグリホサート・ラウンドアップも土のなかの微生物を傷める。土壌が失われ、水資源が損なわれ、気候変動は激化している。

 

 そして健康破壊。【図6】はアメリカ人の糖尿病患者の数だが、見て分かる通り急激に上がっている。この20年のあいだに遺伝子組み換え農業は世界に大変な変化をもたらした。

 

 

 しかし私たちは今、これへの対抗手段を持っている。有機農業・アグロエコロジーを使って対抗していく動きが世界中で盛んになってきた。今や各国政府も政策に取り入れ始め、そして国連までもが変わっていって、世界的な大きな運動になってきている。

 

 日本では実感しにくい変化かもしれないが、アメリカで有機食品を買ったことがある世帯の割合はワシントン州92%、カリフォルニア州90%、全米平均で82%。アメリカでは有機を買うのがあたりまえの日常になってきた。有機の農場も増えてきた。ヨーロッパは政策の面では米国よりも一歩進んでいる。オーストリアはすでに2割の生産地が有機。先進国だけでなく、南の国での発展も急激だ。今や中国は世界第3位の有機認証農地の国になった。世界中でこの20年、有機が急速に伸びていった。この流れに乗れなかった国が残念ながら日本。日本はかつて有機農業のパイオニアの国の一つだったが、今は世界100位前後まで沈んでしまった。フィリピン、タイ、ベトナムなどのアジア隣国の方が進んでいる。

 

 世界で有機農業、アグロエコロジー、生態系を生かす農業がどんどん進んでいる。この動きに国連も対応した。遺伝子組み換え農業や工業型の大規模農業をこれ以上やったら食料生産が不安定になり、食料保障が大変なことになる、だから工業型農業・企業型農業を進めるのではなく、小規模家族農家を支えよう、化学肥料も農薬も使わない生態系の力を活かすアグロエコロジーに転換しようという政策に国連も変わっていった。これは大きな変化だった。世界でこのような代替案がどんどん広がってきたのがこの20年だった。この20年は遺伝子組み換えの時代でもあったが、それへの対抗運動も生み出してきたということができる。

 

企業による食のシステム乗っ取り

 

 ところが、国連までもがこのような方向に動き出したことで困った人たちがいる。それは誰かというと、遺伝子組み換え企業(同時に農薬企業)だ。彼らは実は、ビル・ゲイツなどと結びつき、ロボットやAI技術を持つ企業、GAFA(ガーファ)、Eコマース、ビッグデータなどの企業たちと新しい計画をつくった。それは企業本位の食料システムを進めることを国連の方針としてしまうことだ。

 

 2030年までに世界が気候変動や環境破壊を止められるように「持続可能な開発目標SDGs」がつくられたのはご存じだろうが、そのSDGsのためと称して「国連食料システムサミット」を九月にやろうとしている。しかし、その中身は国連がこれまで世界が求めてきたアグロエコロジー・小規模家族農の支援政策ではなくて、タネから生産・流通まですべてを企業が握る食のシステムに置き換えようというものになっており、世界の農民・市民運動はこれをボイコットして対抗サミットの開催を宣言している。

 

 そしてさらに農薬も化学肥料も使わないアグロエコロジーこそが解決策だといっていたFAO(国連食料農業機構)が「クロップライフ」と昨年10月に提携した。クロップライフとは、遺伝子組み換え企業(=農薬企業)であるBASF、モンサント、シンジェンタ、コルテバと、農薬企業であるFMC、住友化学の六社からなるロビー団体だ。農薬企業との提携はまったくFAOの方針と矛盾する行動であり、世界中の農民団体、市民団体が提携解消を求めているが、無視され、これまでの国連の活動を無にするような動きが進行している。

 

国連乗っ取りに連動する「みどりの食料システム戦略」

 

 日本政府が突然、2050年までに有機農業を25%にすると発表して驚かれたかと思うが、それが「みどりの食料システム戦略」だ。これは、日本政府が、食料システムサミットに持っていく提案になっている。日本政府は食料システムに「みどりの」と付けた。「みどりの」とは環境を守る印象を持たせるだろう。そして「有機農業を広げます、化学農業を50%減らします」と、いかにも素晴らしい計画だと思わせるが、実はこれにはこんなからくりがある。2030年の目標を見てほしい【資料1】。有機農業の目標耕作面積はたった6万3000㌶だ。これは1・575%に過ぎない。その間の有機農業推進施策では何も新しいものが見られない。

 

 

 また「化学農薬の使用量を50%減らす」ともある。日本政府がネオニコチノイド系農薬をやめる方向をはっきり記したのはこれが初めてかもしれないのでそれは画期的だといえるが、問題になるのは50%物理的に削減するというのではなく、「リスク換算」で減らすといっていることだ。つまり、安全な農薬だったらいくらでも使っていいという話になる。その新しい農薬の中心になりそうなのがRNA農薬だが多くの生物に影響を与える危惧がすでに指摘されている。

 

 しかも「みどりの戦略」で中心の技術に位置づけられているのが「ゲノム編集」である。「ゲノム編集」やRNA農薬というバイオテクノロジーがメインで、有機農業の拡大は実質がなく、飾りでしかない。なぜこれで「みどり」といえるのか。まさにグリーンウォッシュ(ごまかし)の典型といわざるをえない。日本政府はこれを日本からの提案として国連に持っていき、国際的なルールにしようという。とんでもない話だ。

 

政府の構想する新品種育成体制

 

 農水省は「農林水産研究イノベーション戦略2020」で、今後の種苗の新品種開発のあり方を描いているが、その内容は、国や大学などの研究機関で税金を使って基礎研究をして、その成果を民間企業に使わせて、もうけさせるというもの。今回の「ゲノム編集」トマトも国の戦略的イノベーション戦略(SIP)というプログラムにより国の税金で筑波大学でつくったものだ。しかしこれを売るときにはサナテックシードという民間企業をつくって、売っていく。今後も例えば国の機関、県の機関(農業試験場等)がそうした基礎研究機関として使われてしまうかもしれない。基礎研究を税金でやって、もうけていくのは民間企業になる。これまでは非常に手間をかけて農業試験場などで品種改良をやっていた。しかし今後は、大学研究所などのサイバー空間で品種改良をやって、ゲノムの力を使って新しい品種をどんどんつくることを日本政府はやろうとしている。そして、そうした連携を可能にするための農業競争力強化支援法も準備済みである。そして種苗法も変え、準備が整ったのが今の状態だ。

 

地域の種苗がなくなる? 公的種苗事業の衰退

 

 今後、私たちの生活を支えてきたような地域の種苗がどんどんなくなっていってしまい、「ゲノム編集」のようなものがどんどん増えてくる危惧がある。これまで国からの地方交付税で地方自治体が安く優秀な種苗を農家に提供してきた。それは自家採種も可能で、農家から地方自治体に払われるお金は自治体の支出よりも少なくて、赤字事業だが、その額はせいぜい数千万~1億円くらいであり、県の予算からすれば格段、大きいものではない。しかし、そのおかげで地域の農業を維持できて、地域を守ることができていた。その意味では地域を守る理想的な公共事業ともいえるだろう。農家は優秀な種子や苗を自由に使えた。しかしこれで困る人たちがいる。それが多国籍企業で、これがあれば彼らはもうけられない。だから農家には買って支えろという圧力を高める。税金はつぎ込ませず、農家に全部負担させていく。自治体は多国籍企業と競合しなければならなくなる。こうなるとマーケティング力に劣る地方自治体はどんどん衰えてしまう。そうなれば多国籍企業の売るグローバルな種子にとって代わられ、地域の農業を支えてきた地域の種子がなくなっていくかもしれない。実はそれはもう始まっている。この10年間、都道府県がつくる新品種の数は半分以下になってしまっている【図7】。その原因の一つは予算、もう一つは農家の数の減少だろう。しかも農業競争力強化支援法で自治体は民間企業と一緒に競争しなければならず、税金は注ぎ込むことが難しくなってきた。こんなことで地域の種苗がさらに減っていく可能性が高い。

 

 

 その一方で、この20年間、日本で登録されている登録品種のなかに占める外国企業の割合は急激に毎年上がっている。2017年は36%まで上がっている。大変じゃないかと農水省にいうと、「大丈夫ですよ。ほとんどお花ですから」と答える。しかし種苗法改正により都道府県が種苗をつくれなくなったときにそれを代替するのはこういった外国企業になってしまう可能性がある。

 

 民間企業によっては、農薬・化学肥料と一緒に種子を一括ライセンスで農家に提供する。ライセンス契約をしなければならないので、農家は企業の指示どおりにつくらなければならなくなる。消費者の「無農薬や減農薬でつくってください」という要望を聞いたらライセンス契約違反になってしまう。そのような形で種子企業が農家を囲い込む時代が始まりつつある【図8】。そしてこれに輪をかけるのが今回の「ゲノム編集」だ。つまり、知的財産権で囲い込んで、農家を自由にさせなくする。新品種をつくるためには目利きができる腕がたつ農業技術者をたくさんつくらないとできない。政府や県はそのためにそうした人材を輩出できる農村環境も整備しなければならない。しかし今、日本政府はそういったことにお金を出していない。なぜかというと、そんなことをしなくても「ゲノム編集」であれば、サイバー空間で農作物をつくれてしまうからだ。種子法廃止と農業競争力強化支援法、種苗法の改悪というのは、一セットで見るべきだ。民間企業が荒稼ぎできる状態・仕組みをつくるためのお膳立てをしているといわざるをえない。

 

 

 種苗法改正の次の段階がすでに始まっている。規制改革推進会議(TPPのときに米国からいわれてつくった私的懇談会)が、農産物の検査規格を見直せといっている。要するに、民間企業が流通も仕切れるようにするといった内容だ。これまでの農産物検査制度では地方自治体の関与が大きかった。これをなくす提案を昨年四月に規制改革推進会議が出して、安倍前内閣は7月にそのまま閣議決定している。これは法改正を必要としないので、今年の7月にも実行に移される。そのなかで、産地品種銘柄の制度(地域で栽培する稲の品種を決めていく制度)をなくして、全国統一の銘柄にするといっている。熊本の一部向けの少数の品種を採用しようと思ったらこれまでは熊本県がやることにすればできた。しかし今後は全国統一の品種に登録しなければならなくなる。地方自治体の決定権が弱められることになるだろう。

 

寡占企業による土地集積

 

 今、新型コロナウイルスで、外食産業が大変な打撃を受けている。外食産業だけではなく、外食産業で使うお米が減っていることにより米価が暴落している。今生産者米価は1万7000円といわれているが、外食産業用のお米は売値が60㌔当り1万円などと暴落している。こうなると1万7000円かけてつくったものを1万円で売るのであれば商売にならない。農家はやめていかざるをえない。普通の政府であれば買い支えてなんとか農家を守ろうとする。

 

 しかし今の政府はそれをやろうとしない。コロナのパンデミック前の2015年から2020年の5年間に、なんと22%の農家がいなくなっている。それに加えこの暴落では、このままでは農家がいなくなる。そんな時代になってくる。

 

 なぜ日本政府がこのような危機になにもしないのか。それは寡占企業が土地集積をしたいからだ。例えば、パソナは淡路島、楽天は山口県長門市で農場を作ろうとしている。ビル・ゲイツはアメリカの最大の地主になっているし、アフリカの農地なども集積しているといわれている。つまり企業が種子から生産までを全部握ってしまう。このような時代が到来している。

 

連帯するミュニシパリズム(自治体主義)

 

 こうした動きに対してどう対抗できるか。私は鍵は地域だと思う。つまり県でありそれぞれの市町村だ。それこそが私たちの生活やこれからの未来を守るうえでの砦にできるかが問われると思う。グローバル企業とどう対決していくのか。今世界各地で同じ問題が起きている。例えば水道を民営化し多国籍企業が握るが、そうなると質も落ちて料金だけが上がっていく。このようなことが起きて怒った人々が立ち上がって再公営化する自治体が次々にあらわれている。そういう自治体が世界中に相互に結び付いて多国籍企業の横暴への対抗力を強めている。以前は外交は国のものだったが、これからの外交はこのような自治体同士が世界的に結びついてやっていく時代になっていくかもしれない。多国籍企業による、私たちの公共財産を奪おうとする攻撃に対して地方自治体を中心に人々が自分たちの権利を守っていく。そのようなとりくみが今成功しはじめている。この動きをさらに広げていくことが大事だが、広げるべき先は食であり学校給食になるだろう。

 

学校給食が鍵

 

 学校給食は地域の食を変えるうえでの決定的なバネになる。学校給食の食材を地域産の有機のものや自然農法のものにし、それをできるだけ増やしていく。そうするとまず家庭が変わっていく。家庭が変わっていくと地域のスーパーが変わっていく。そして地域全体が変わり地域の農家が支えられる。つまり学校給食を私たちの生活を守る大きなきっかけにできる。

 

 このような実践は日本各地ですでに成功を収めている。千葉県いすみ市は、わずか4年間で学校給食のお米をすべて有機米にすることに成功した。慣行農業をやっていた農家に有機の抑草技術を伝え、有機への転換を技術支援した。買い取り価格の保証など自治体の関与が転換を可能にした。その結果、わずかな時間で大成功をおさめた。あまりに大きな成功だったので、木更津市をはじめ千葉県各地の市に拡がり始めている。

 

 学校給食の有機化は今、早急に実現しなければならない。なぜかというと、今の子どもたちの健康状況は非常事態だからだ。【グラフ1】は文科省のデータだが、学習障害や自閉症などによって、特別な支援を必要としている生徒の数を記録したものだ。毎年急激に増えて止まらない状態だ。しかし食を有機に変えることでこうした症状をなくすことに成功した事例は世界からすでに多数報告されている。有機に食を変えることで大きな変化が期待できる。

 

 

 いすみ市では、2013年には3軒しかなかった有機農家は自治体の支援や民間団体による技術支援もあり、参加する農家がどんどん増えていきわずか4年間で100%になった。ここで大事なのは、経済的支援と技術支援の二つだ。慣行農業から有機農業に転換するときにはリスクもある。そのリスクを自治体がきちんと支えることが大事になる。そして、有機農業というのは農薬や化学肥料を使わないだけの農業ではない。農薬や化学肥料を使わないで雑草や虫に立ち向かおうとすると自然の力の強い日本ではあっという間にやられてしまう。だから技術支援が必要になる。

 

 いすみ市では民間稲作研究所による技術支援がおこなわれた【表1】。現在の日本の稲作では通常、小さな稚苗を密集して植えるので空気の通りも悪くなり、病気にもなりやすい。これに対し、民間稲作研究所の方法は大きな苗をつくり一本植えにするので、病気になりにくい。一本の苗は多数に分蘖して増殖することができる。大きな成苗なので、これから生える雑草に対しても非常に優位になる。除草にエネルギーをかけるのではなく、田んぼを深水にし幼いヒエの芽を浮かしてしまうことなどでその成育を抑制できてしまう。田んぼに入って除草作業をしなくてもいいので、規模を大きくしても十分できる。「これだったらできる」といすみ市では多くの農家が腰をあげた。

 

 

 ただ一つ難点があって、普通の田植え機は使えないので成苗一本植えに適した播種機や田植え機が必要になる。ここには支援が要る。支援さえあればこの農法はとても有効だ。このような支援があれば、農家も有機転換した方が収入もはるかに多くなる。そして、子どもたちにも十分に有機米が供給できるということでやりがいもあり、みなさん喜んでいると聞いている。かかる予算は自治体のサイズにもよるが、大きなものではない。効果は絶大だが、だから今、日本各地で実現に向けて多くの人が希望を持ち始めている。

 

学校給食有機化目標を作らせよう

 

 今、政府は2050年までに有機農業を25%にするといっているがそのなかで有機農業をどうやって拡大する計画かというと、なんと、実質、市場で消費者が有機を買うように啓蒙すればいいというもので市場原理主義だ。でも、ほとんどの消費者にとって有機農産物は買いたくても売っていない、売っていても買えないほど高い、このような状態だろう。だから日本では有機農業が広まらない。

 

 一方、世界ではどうしているかというと、多くの国や地方自治体が学校給食などで調達する有機農産物の割合を5割にするなど目標を定めている。「それなら頑張ってみよう」と農家の背中を押すことになる。ところが、日本政府の戦略ではそれがない。これはおかしい。きちんと、ほかの国と同じようにまず学校給食、公共調達で有機農産物を買う目標を定めるように要求していくべきだ。今日本全国で「学校給食を有機に」と声を上げている人たちが山のように増えている。この力を一つに集めれば勝ちとれるのではないかと思う。

 

 そして地域の食、経済、環境を守るための「ローカルフード宣言」をしていけないだろうか。個人でもグループでも、自治体で「ローカルフード条例」としてやればもっと大きな意味合いになる。今、韓国の多くの自治体が「ローカルフード条例」というものをつくった。韓国の人たちに聞くと、実は、日本の道の駅も参考にしたともいっている。道の駅というと観光客がものを買っていくイメージがあるが、韓国のローカルフードショップは、地域の人が地域の産物を買う店になっている。彼らは日本の実践をバージョンアップさせている。そんな彼らがつくったローカルフード条例は、地方自治体が種採りから支援し、流通、学校給食まで地域の食の計画をつくって実行するものだ。とくに注目してほしいのは、「ローカルフード委員会」をつくっていることだ。

 

 もし、今、学校に子どもを通わせる母親たちがローカルフード委員会に参加し、こんな学校給食にしてほしいと声を上げられることができれば、新しい声が自治体にどんどん入っていくだろう。地域の食の政策がどんどん新しいものに更新されていくことができる。米国やカナダでも食料政策協議会(フード・ポリシー・カウンシル)が200以上つくられている。米国では給食がひどすぎるので、なんとかしてくれと親たちが自治体にかけあって協議会をつくらせたと聞く。そういう協議会を自治体でつくっていけば、私たちの声で地域の食の政策をつくっていける。それは多国籍企業による食の支配から地域の食を守る仕組みにつながるだろう。

 

条例で「ゲノム編集」規制も

 

 愛媛県今治市ではとても先進的な条例をつくっている。これは、遺伝子組み換えを栽培するうえでの規制をもうけている。遺伝子組み換え作物は実質的に栽培できないように防いでいる。この遺伝子組み換えに「ゲノム編集」も加えることができれば、今治市では「ゲノム編集」作物との交雑の恐れもなくなる。

 

 アメリカのカリフォルニア州メンドシーノ郡は以前から遺伝子組み換えを禁止していた。「ゲノム編集」の栽培が始まったあとに、「ゲノム編集」もそれに加えた。だからメンドシーノ郡では「ゲノム編集」も栽培しない地域に変わった。日本でもそういう地域をつくっていくことによって、私たちの食を守っていくことができると思う。

 

またとないピンチはまたとないチャンスでもある

 

 今後、地域でのとりくみは一番大事になる。まず要求すべきこととして、県は「ゲノム編集」にかかわらないことがある。「農林水産研究イノベーション戦略2020」で農業試験場は「ゲノム編集」の試験などの基礎研究機関として位置づけられている。とんでもないことだ。県がかかわることに「ゲノム編集」なんか使わせない。こういったことを県議会で宣言してもらう。そうすれば大きな一歩になる。

 

 そして二つ目、この10年間都道府県が作る新品種はどんどん減ってきている。公共の種苗事業が衰えていってしまえば多国籍企業にとられていってしまう。だから例えば「熊本県では、公的な種苗事業を守るための予算をきちんと確保します」ということを宣言していただかなければならないと思う。これから地球温暖化が進む。そうなるとやはり温暖化に対応した品種、もしかすると東南アジアなどの品種を借りてきて新しい品種をつくらなければならなくなるかもしれない。そういったことに都道府県がお金を出さなくなったら、私たちは高いお金を民間企業に払わなければならなくなる。それを防ぐためにもきちんと公的種苗事業に予算を確保させるということがとても大事だと思う。

 

 三つ目だが、来年4月から自家増殖には許諾が必要になる。長野県では県が提供するほとんどの品種で許諾が必要ないと宣言した。これをぜひ熊本県や他の県でもやってほしい。そうすれば有機農家の方は安心して自家増殖して、農薬を一切使っていない安心な種子を確保できる。今実際に植えられている種子は農薬を使っている種子がほとんどなので有機農業をやる場合には一回デトックスしなくてはいけないといわれている。自家増殖する場合にお金を払わなければならなくなると有機農業はもっと大変になってしまう。そういった意味でそれを可能にすることを確認してほしい。

 

 県以上に、市町村ができることがある。それは学校給食など地域の具体的な施策だ。それを握っているのは基本的に市町村になる。市町村でローカルフードを守っていく動きをつくっていくのが地域の食を守る一番の近道だと思う。実は今、農水省も加わって学校給食の自治体ネットワークが作られているので、そういったネットワークにも自治体に参加してもらうことも働きかけてはどうか? 国の予算もこれからは増えていくはずだ。予算をしっかりひき出して、うまく活用できれば飛躍的に発展させられる。

 

 「ゲノム編集」の動向などは恐ろしい話だが、今はとてもおかしな時代だ。大変なピンチであると同時にとんでもないチャンスでもある。気候変動が大変だ、だから有機農業を強めないといけない、と世界中の政府がやっている。日本政府だけがやっていなかった。それがどうしても日本政府がやらなければいけない事態になり、お尻を叩ける時期にもなっている。有機農業を大幅に強められるチャンスだ。それを強めることで同時に「ゲノム編集」の脅威も減らすことができる。そういった意味で、今このチャンスをみなさんと一緒に生かしていければと思っている。

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。