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食料主権守る地域と住民の連帯を今こそ――食料危機と汚染列島化進めた戦後政治 OKシードプロジェクト事務局長・印鑰智哉

稲刈りをする農家(下関市)

 2024年は基本的人権の基礎である食料主権をめぐる決定的な年にならざるをえないだろう。食を支配する寡占企業(穀物メジャー、食肉企業、近年では遺伝子組み換え企業を中心とするバイオテクノロジー企業)は、石油企業が気候変動対策を撹乱させた以上にマスコミをコントロールし、人びとに彼らによる食の支配が意識されないようにすることに成功してきた。しかし、気候危機、生物絶滅危機、紛争による食料危機などの多重危機が同時進行する中で、彼らの支配が生み出す問題と、解決策としての食が持っている可能性に多くの人が覚醒せざるをえない状況となっている。

 

 世界の中でも特に日本では特異な形態での食料危機がより深刻になっている。政府が無策、つまり米国の食料戦略を補完することを施政の前提としており、本来あるべき食料政策を組み立てようとしないこと、また独占企業の利益を農民よりも優先させる政策によって、農民の数は激減を続けており、国内での食料再生産維持可能限界点を割り込みつつある。

 

 このような危機的な状況の中で、日本政府は農業生産におけるバイオテクノロジー推進政策を打ち出している。このバイオテクノロジー推進は食料生産をさらに損ない、限られた予算を勝算のない技術に浪費する結果となるだろう。原発政策が多大な経済負担となり、再生可能エネルギーの立ち遅れを生み出したのと同様に。バイオテクノロジー農業推進は原発推進政策の二の舞になるのは必至である。それを止めるのは私たちの食料主権、食の決定権以外にない。政府は「不測時の食料安全保障」検討会を非公開で進めているが、その中で、戦争などの非常時に政府が農民に生産するものを強制できる法案を検討していると報道されている。これはまさにこの食料主権を否定し、食料生産をも戦時体制に組み込むものだと言わざるを得ない。通常国会で提案されるというこの法案との対決は2024年の中心課題に据える必要がある。

 

重イオンビーム放射線育種米の強制

 

印鑰智哉氏

 私たちの食の決定権はさまざまなレベルで否定されようとしている。農水省は重イオンビームという放射線照射によって遺伝子の一塩基を破壊した「コシヒカリ環1号」を作り、それを日本の主要品種にするという方針を2018年に出した。秋田県はその指針に従って2025年に秋田県の生産量の72%を占める「あきたこまち」をこの「コシヒカリ環1号」と交配して開発した「あきたこまちR」に全量切り替えすることを決定した。

 

 放射線育種といえば、戦後まもない頃から作られてきた。市民が規制を求める前に規制事実化された放射線育種による品種は世界各国で作られているが日本は中でも突出しており、少なくとも500品種が作られている。しかし、世界で行われてきた放射線育種はガンマ線をあてるもので、それは世界で施設の老朽化と共に終わっている。日本は最後まで続けてきたが、その最後の施設も2022年に閉鎖された。従来の放射線育種は終わったのだ。

 

 今回登場したものはそれとは異なる新しい技術である。加速器を使って放射線を一点に加速集中させるもので、その一点にかかる力はこれまで使われてきたガンマ線の最大1万倍にも達するという技術である。従来のガンマ線照射では遺伝子が直接破壊されることは少なく、ガンマ線を受けて生物の中で発生する活性酸素(フリーラジカル)によって変異が引き起こされるケースが7割を占めるという。しかし、重イオンビームは遺伝子の二重鎖を直接破壊してしまう。二重鎖を破壊する時に起きる問題は「ゲノム編集」と同様の問題が生じる。その安全性は検証されていない。

 

 これらの品種は自然の元素ながら有害な発がん性物質であるカドミウムをほとんど吸わないが、一方で遺伝子が破壊されることによって、生命にとって不可欠なマンガンの吸収力も3分の1に減ってしまい、ごま葉枯れ病になりやすく、収量も減少してしまうことが報告されている。

 

 しかし、秋田県は2025年以降、「あきたこまちR」に全量転換させる予定だ。この「あきたこまちR」は流通する際には従来と同じ「あきたこまち」のブランド名で売られるため、消費者には区別ができない。秋田県は「あきたこまち」だけでなく、県が提供するすべての稲を重イオンビーム育種品種に変更していく計画である。秋田県の農家は重イオンビーム育種米以外のお米が実質的に作れない状況になろうとしている。生産者が何を作るか、消費者が何を食べるか決定する権利が根本から否定されようとしている。

 

 なぜ、秋田県は「あきたこまちR」へ全量転換するのか? カドミウム汚染対策なのであれば、それはカドミウム汚染地域限定でいいはずだ。収量が下がることがわかっている品種をなぜ、その品種を必要としない地域にまで強制しようとしているのか? それはこのように正当化している。「一部の地域だけで作ったら、それはその地域への風評被害を作り出してしまうから、すべての地域で作る」というのだ。しかし、その理屈で考えるならば、もし秋田県だけで、この重イオンビーム育種米を作るのであれば、それは秋田県産のお米に対して風評被害を作り出してしまうことになるはずだ。

 

 問題は秋田県に留まらない。農水省はこの重イオンビーム育種品種を日本の主要な品種にする方針を2018年に立て、来年度予算概算要求でも2025年までに3割の都道府県、つまり14の地方自治体でカドミウム対策を導入する目標を立てている。「コシヒカリ」「あきたこまちR」だけでなく、「ひとめぼれ」など日本を代表する品種、202品種ですでにその開発が進んでいることが情報公開で判明した。これは日本で生産される品種の99%にあたる数になる。この動きは秋田県だけでなく、全国で進められる可能性があるということになる。宮城県、兵庫県ではすでに導入の計画があり、10ほどの地方自治体で導入検討の動きがある。

 

汚染者に責任を

 

イタイイタイ病を伝える当時の新聞記事

 そもそもこのカドミウム汚染はなぜ引き起こされたのか? それは戦争と深い関わり合いがある。戦争のためには砲弾を作るための銅などの金属が必要となる。しかし、日本は戦前も銅は1割程度しか自給できていなかった。米国との戦争によって海外から輸入できなくなった日本政府は国内の鉱山で無理矢理生産しようとしたのだった。そして戦前は銅や亜鉛鉱脈に含まれるカドミウムは隔離処理せずに川に捨てていた。これが富山県神通川流域で引き起こされたイタイイタイ病の原因となった。神通川流域だけでなく、このカドミウム汚染は日本各地の多くの鉱山や工場周辺で引き起こされている。

 

 私たちは今、イタイイタイ病などの公害病との闘いの意義をしっかりと再確認する必要がある。1970年、日本は世界に先駆けて汚染者負担原則を法制化することになった。環境汚染を引き起こした者はその被害からの回復費用を負担しなければならないという原則だ。農用地汚染防止法や公害防止事業費事業者負担法がそれである。これらの法律は地域をあげた命がけの闘いがそれを可能にさせたものだ。

 

 しかし、その後の日本の政治はこの汚染者負担原則を骨抜きにしていった。それは東電福島原発事故への対応を見れば明らかだ。汚染者に負担させなければその負担は住民に降りかかる。声を上げて、汚染者に責任を取らせなければ、汚染は続き、被害者は増え続けるのに、被害を告発するものを逆に「風評加害者」として沈黙を余儀なくさせる。

 

 イタイイタイ病患者の命がけの闘いで神通川は自然なレベルまで回復するに至ったが、その他の地域では被害にあった人は救済されず、回復事業もなおざりなものとなり、各地で汚染米を生み出すことになった。汚染米は流通前に回収されるが、その責任は農家にあるわけではなく、汚染を作り出した企業とその政策を進めた政府にあると言わざるを得ない。

 

 日本政府は汚染企業に責任を取らせることなく、抜本的な汚染対策も行わなかっただけでなく、現在進みつつある汚染に対してもきわめて無責任な態度を示している。それが端的に表れるのが下水汚泥肥料問題である。

 

懸念されるPFAS汚染

 

 政府はウクライナでの戦争によって化学肥料が高騰したことを受けて、下水汚泥を肥料の原料にすることに乗り出した。農水省と国交省が全国の下水処理場からの下水汚泥を肥料に使う施設を増強し、その使用を促進している。現在の下水にはさまざまな有害物質が流れ込んでいる。カドミウムやヒ素などの重金属に加え、放射性物質、そして永遠の化学物質と言われるPFASも含まれている。

 

 ところが、現在、政府はPFASの規制も測定も行っていない。だからいくら、下水汚泥がPFASに汚染されていても肥料を作れることになってしまう。

 

 この下水汚泥肥料の利用が進んだ米国ではすでに日本の農地の倍近い800万㌶がPFASに汚染されてしまっているという。現在の技術ではいったん汚染された土地を元に戻すことはできない。そのため米国メイン州では昨年下水汚泥の肥料への利用を禁止せざるをえなかった。そんな時に日本政府は利用拡大に努めているのだ。ちなみに下水汚泥肥料の原料ではセシウムはキロあたり400ベクレルまで許容されている。放射性物質として厳密に管理しなければならないレベルの4倍に原発事故後に引き上げた状態が今なお許されている。

 

 汚染させてはならない、汚染したものには責任を取らせる、という重要な原則が完全に失われてしまっていることがわかる。この政府では日本は汚染列島にならざるをえない。

 

 気候危機、生物絶滅危機、食料危機、社会危機などの多重危機が同時進行する世界の中で、残念なことに日本では命を軽視する食料・農業無策、汚染無策という無政府状態が広がっている。これを変える力は地域で汚染を許さない、地域の食のシステムを作る中から作ることができるだろう。市民の自己決定権を守り、地域の食を変え、地域と地域が国境を越えて連帯する、そんな動きが今、必要だ。

 

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 いんやく・ともや アジア太平洋資料センター(PARC)、ブラジル社会経済分析研究所(IBASE)、Greenpeace、オルター・トレード・ジャパン政策室室長を経て、現在はフリーの立場で世界の食と農の問題を追う。OKシードプロジェクト事務局長。ドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット』『種子―みんなのもの? それとも企業の所有物?』の日本語版企画・監訳。共著『エコロジーからの抵抗―支配と抑圧を乗り越える』(大月書店)で「インタビュー・食料危機をどう乗り越えるか」等。その他記事多数。

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