いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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豚コレラの防疫対策と浮かび上がる課題  国際ヨーネ病学会理事・百溪英一

百溪英一(ももたにえいいち)一般社団法人比較医学研究所所長を務める。また、東都医療大学客員教授、国際ヨーネ病学会理事、順天堂大学医学部協力研究員として研究に携わっている。元動物衛生研究所ヨーネ病チーム長、元東京医科歯科大学非常勤講師。

 

 

 

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 2018年9月に岐阜県の養豚場で26年ぶりに豚コレラの発生が起こり、現在まで各地で発生が続いている。1月に入って沖縄での発生が起こり、貴重なアグー豚も被害にあっている。豚コレラは強い伝染性を持ち発熱と様々な症状を起こし、急性から慢性の経過を取る致死的なウイルス性伝染病である。今回再発生している豚コレラは慢性の経過を取る弱毒性のウイルスによるもので、岐阜県の発生も沖縄での発生もウイルスがどこから入って来たものかはわかっていない。一旦発生した地域における感染の拡大は感受性のある野生イノシシなどを通じて起こったとも言われている。

 

 また、2019年12月20日から1月6日までに沖縄県うるま市において約50頭に発熱や死亡が起こったことが報じられた。沖縄県には20万頭以上の豚が飼育されているが、発生農場と近隣農場の飼育豚1813頭が家畜伝染病予防法により殺処分とされ、作業が進んでいるそうである。中には沖縄在来種である「アグー」も含まれており、その危惧は養豚関係者以外にも広がっている。本稿では豚コレラの防疫についての概要と著者が日頃感じている農業畜産についての国の姿勢や施策についての危惧を書いてみたい。

 

早期発見と対策は取れなかったのだろうか

 

 私は農水省の動物衛生研究所(旧家畜衛生試験場、以下動衛研と表記)に36年間勤務した。私の研究対象はウイルス病ではなかったが、若いころ札幌市の動衛研支所で11年間研究した時、道内での2回の豚コレラ発生を経験した。北海道庁と十勝・上川家畜保健衛生所の要請で発症豚の扁桃を用いた凍結組織標本作成と蛍光抗体法による診断を実施した。北海道庁の家畜衛生のトップと発生地域を担当する家畜保健衛生所の病理担当者が保冷容器に入った扁桃やリンパ節などを持参した緊迫した空気を今でも鮮明に思い出す。

 

 家畜伝染病の発生となると、病気の拡がりを如何にして抑えて被害を最小限にするかの大掛かりな作業となるので、疑わしい豚が、本当に豚コレラ感染であるかどうかの判断を正確にする必要がある。実際には家畜保健所で診断は可能であるが、診断後の防疫体制が大掛かりなものになるため、動衛研に診断のお墨付きを求めるのが通常である。道路封鎖や広範囲の消毒、殺処分など多大な労力と予算を伴う作業になるという理由もある。

 

動衛研と家畜保健衛生所

 

 当時の動衛研北海道支所では毎年病理、細菌、ウイルスなど各部門の獣医の担当者を集めて家畜伝染病の診断技術の伝達とレベルアップをしていたが、道内の豚コレラの発生後には、各家畜保健所で豚コレラではない豚の解剖例の扁桃の採取と凍結標本作成をしてもらい、講習の時に持参してもらい、大切な診断技術と標本のクオリティーについて評価して、どこで発生があっても的確な診断ができるようにした。病気の理解と技術レベル維持のため、つくば市の動衛研では毎年4~5日掛けて全国の家畜保健衛生所職員の技術研修でも豚コレラなど法定伝染病の診断や防疫対策についてのトレーニングを行ってきている。

 

 私は都道府県レベルでの診断防疫の知識や技術水準は保たれているのではないかと推察する。しかし、現在では動衛研にも都道府県の家畜保健衛生所にも、すでに発生した地域以外で豚コレラを経験した獣医職員が減って危機感が低下していることも一因にあるかもしれない。

 

豚コレラの撲滅と再発予防の研究

 

 我が国が豚コレラの撲滅に対して計画を立案した背景には、豚コレラに対するEND法に代表される基礎研究がワクチン開発の基礎になっている。動衛研が行った地道な基礎研究で、細胞への豚コレラウイルスの感染の証明とその現象を応用した生ワクチンの開発があったからである。現在では免疫や分子生物学研究が進み、インターフェロンや腫瘍壊死因子(TNF)などはよく知られているが、これが不明であった時代に複数のウイルスの感染における細胞変性効果の変化を丹念に調べて、間接的に豚コレラウイルスの存在や量を知るというノーベル賞級の研究開発をされた熊谷哲夫先生にはただただ頭が下がる。その技術を使い、新たな豚コレラ生ワクチンが開発されたのである。

 

 こういった独創性と開発技術の存在した国際的なレベルの動衛研を農業研究所の下部組織に組入れ、きちんと維持発展させてこなかった政府の責任は大きいと思われる。

 

ワクチン未接種の豚コレラフリー群の危うさ

 

 感染防御に効果的なワクチンができたことから、豚コレラ撲滅計画と行政施策としての事業実施が進められた。伝染病は一般に、感受性動物の80%に免疫抗体があればその全体が感染に対して安全だという計算がある。そのため、全国的にワクチン接種を行い、その抗体の保有率も調べていった。抗体保有率が80%となった地域の抗体を順次確認後にワクチンの新規接種を中止していくという地道で大変な作業が続けられ、2006年に全国の清浄化が達成された(フリー宣言は2007年)。

 

 しかし、ワクチン接種による免疫を有する生産豚は消費され、抗体陽性の種豚は生き続けたものの次第に減少し、新たに生まれた免疫のない豚が次第に増加し多数を占めるようになる。80%の抗体があれば、群として感染を免れるという理屈からも、新たな感染に対してとても脆弱な状態に変貌していったということである。つまり、豚コレラウイルスがどこからか入ってきたら無防備な状態になっていたということである。

 

全国の養豚場は警戒態勢をとっている

 

豚コレラフリー群の感染予防対策と発生リスク増加

 

 ワクチンを中止して我が国の豚の清浄化を達成する直前の、2004年に広島県で豚コレラ疑似患畜が発生した。当時、分離されたウイルスはワクチン株に類似点と異なる点があり、GPEマイナス株が変異して病原性が出たのか、ワクチンを中止したことによる豚コレラの発生を恐れた養豚家が海外から不良な豚コレラワクチンを輸入して使用したのが原因ではないかという推測がされた。結局、明確な科学的証明はなされなかったが、輸入ワクチンが原因ではないかという話で終息したと記憶している。豚コレラウイルス感染はどこから出てくるか予想不能のところがあるのである。

 

 ワクチンを用いない豚コレラの防疫は①豚コレラの発生している海外からの豚や豚肉加工製品が入らないように輸入検疫を強化すること、②都市近郊の養豚で重要な飼料原料である食品残渣を加熱(70℃30分間以上もしくは80℃30分間)処理後に使用すること、③豚コレラが感染しうる野生イノシシとの接触を防ぐ隔離飼育環境の確立などが重要であるとされている。

 

 しかし、著者が最近テレビで観た成田空港などでの旅行者の荷物検査では多くの中国人旅行者の荷物から多数の豚肉加工品が摘発されているようであり、検査を免れて国内に汚染国からの豚肉加工品が持ち込まれている可能性はあると思われる。2018年の岐阜県の再発時にも、ソーセージなどの豚肉製品を含む弁当などが加熱不十分で養豚飼料に混入したのではないかとの推測がされたが、明確な感染経路は証明されていない。食品残渣の飼料への利用による豚コレラの発生は、飼料の大半を輸入に依存する我が国では、清浄化される以前には日本中でみられたが、地域における初発農場へのウイルスの由来や伝染経路が明確にできない発生事例が多数記録されている。

 

豚コレラの防疫が手強いいくつかの理由

 

 豚コレラウイルスが手強い病原体である理由として、元動衛研の清水実嗣先生は感染動物から排出されるウイルス量が非常に多く、汚染豚自身はもとより、接点のある飼育者や自動車、飼料、水、空気などの環境を介して伝搬されていることと、ウイルス自体の環境抵抗性が高いことをあげている。室温では2~5ヶ月、37℃で10日、冷凍肉中では6ヶ月も感染性を持ち続けるという。どのような伝染病に対しても同じことが言えるが、発生地域での徹底的な消毒が極めて重要だということである。

 

岐阜県も沖縄県も豚コレラの突然発生が起きて不思議ではない状況

 

 感染経路が特定できない豚コレラの発生が起こるという特徴に加えて、80%以下の抗体保有率であれば豚コレラの発生の可能性があるという既知の疫学的な理論を知れば、感染防御抗体のない豚だらけの地域にはいつでも豚コレラの発生が起こっても不思議はないということが言えるのである。ワクチン接種を禁止し、国内中の豚に豚コレラ抗体が全くなくなっていた日本において、2018年9月の岐阜県、そして2020年1月の沖縄県の豚に豚コレラが報告されたということは決して驚くべきことに値しない。

 

行政の防疫対応

 

 農林水産省は2019年10月15日に豚コレラの予防的ワクチン接種に向け防疫指針を改定し、岐阜県は防疫プログラムを国に提出して10月25日からワクチン接種を開始、豚とイノシシ計約5万2000頭で、多くの農場では1~2日間で終了すると報道された。その後、発生県や隣接県12県に備蓄されていた130万頭分のワクチンを接種し、さらに年内に250万頭分、3月までに追加の250万頭分を準備すると報道されている。

 

 しかし、未発生県に対してワクチン接種で発生予防をするという対策には消極的だった。全国知事会は11月22日に、家畜伝染病「豚コレラ(CSF)」の対策プロジェクトチーム(PT)の初会合を東京都内で開き、国への提言を出した。

 

政府がイノシシ対策を実行する間に新たな地域で発生

 

 一方、政府農水省は11月11日に豚コレラという名称が「風評被害対策になるのでCSFに統一する」という発表を行った。次いで、野生イノシシの生息調査などの対策、野生イノシシ向けの経口ワクチン入りのえさの空中散布などを提案して11月末に実行した。もちろん、野生のイノシシが豚コレラの感染拡大に一役買っていることは明らかであるが、より大事なことはより多くの豚に感染防御免疫を与えて感染を防ぐことではなかろうか。野生動物であるイノシシが豚コレラに感染した場合、慢性型の感染動物となって生き延びても、死亡することが予想される。

 

 特に既発生地域から離れた未発生県の豚、特に今回クローズアップされた沖縄特産のアグーのような重要な品種の種豚に対する優先的なワクチン接種を実施すべきではなかっただろうか。

 

政府が、豚コレラの病名を「豚熱」に変更

 

 このような状況で長年獣医師や養豚業界で慣れ親しんできた病名を変えるという提案を国がすること自体が筆者には恐ろしくナンセンスに思えたし、法定伝染病である豚コレラの発生がなかなか終息させられない政府の対応を目立たなくさせる小手先の手段としか思われない。そもそも英語表記だとClassical swine feverである。これはアフリカ豚コレラに対応させて、クラッシックとつけてある理由がある。病名には意味や、歴史がある。先人が原因を探り、対策を研究してきた歴史を持っている病名を防疫や研究の推進をしてこなかった政府の無知な政治家が提案して変更させること自体が、基本的に間違いであると思う。それを簡単に受け入れる獣医学者も情けない。

 

 もちろん染色体異常に起因する人の猫鳴き症候群(5p-症候群)や蒙古症(21トリソミー、ダウン症)など、無関係な動物名や民族名をつけた病名は非科学的で、変えることが必要だった。家禽には「家禽コレラ」というパスツレラ菌に起因する法定伝染病があるが、日本での発生は1954年以降ないが、この名称を変えようという提案はされていないようである。

 

全国知事会の緊急提言

 

 沖縄県を含む、全国知事会は2019年7月に豚コレラの発生以後終息しない状況を踏まえて、「豚コレラの対策と感染拡大防止のための緊急提言」をまとめて11月25日に政府に提出した。しかしその内容を読むと、野生のイノシシ対策の強化と防疫対策に対する財政対策の要望が中心となっており、未発生で重要な養豚地域や種豚などに対する優先的、ワクチン接種といった、防疫対策の要望は書かれていなかった。これは実に不思議なことで、県知事の要望とはいえ、豚コレラの呼び方の変更や野生イノシシ対策といった国がすでに打ち出している方針を繰り返したような内容である。

 

 私もヨーネ病の講演で伺ったことがある沖縄県の中央家畜保健所の職員らは、おそらく、早くワクチン接種を認めてもらい、感染病予防体制を確立したいと熱望していたのではないだろうか。

 

 従来からの豚コレラ発生に学べば、豚コレラ未発生県であった沖縄の豚を守るためには速やかに80%以上の豚にワクチン接種をすることが一番確実な家畜衛生施策だったはずである。

 

 特に、県内の歴史ある品種アグーを守るということが沖縄県にとって重要であると考え、獣医学的に高い知識を持つ獣医師のいる沖縄県農林部や家畜保健衛生所はワクチン接種許可を農水省に強く要請すべきだったろう(防疫の判断は県知事による)。沖縄タイムスの報道によれば県内で殺処分となる豚はこれで6683頭となるそうである。大変な損害である。ヨーネ病の防疫において非特異陽性反応が多発したときにも、家畜保健衛生所の職員らは、明らかにおかしいことが起こっていることを承知しながら、農水省動物衛生課に強く疑問をぶつけることはなく、動衛研に相談に来るばかりであった。家畜保健所の知識や技術レベルはとても高いが、都道府県というのは、地方交付税を受けて行政施策を行っていることから、政府・農水省の考えに意見をぶつけることができないという理由があるそうである。科学的な理論に則って風通しの良い意見交換を通じて防疫を速やかに実施できれば、畜産業者、家畜保健衛生所などが過剰な苦労をして年余に渡って、心配や防疫の苦労をしなくても済むかもしれない。多くの局面で指摘されてきているが、国のリーダーシップが欠如していないだろうか。

 

豚コレラが再発する前にしておくべきだったこと

 

 2018年9月の岐阜県での豚コレラ再発の後、農水省は豚コレラ防疫対策本部を開いた。

 

 そこではワクチン接種後の抗体と実際の病原ウイルス感染後の抗体の鑑別ができるようなマーカーワクチンの安全性評価を急ぐことが示されたが、公表されている文書を見る限り、要請が出されたのは翌年9月17日で、農林水産大臣から、食品安全委員会動物用医薬品専門調査会に食品安全基本法第二四条第三項の規定に基づき、豚コレラマーカーワクチンを接種した豚に由来する食品の食品健康影響評価についての要請が出されている。

 

 有効なワクチンの感受性動物への接種は、防疫において最も効果的である。従来のワクチンでは実際の感染が広がっている状況で、感染を疑う動物を免疫学的に診断して殺処分する時にワクチン接種による抗体と区別できないが、現行のワクチンウイルスの非構成タンパク質(non structural protein: NSP)を除去した遺伝子組み換え体ワクチンであれば区別が付くのである。NSPに対する抗体の有無でワクチン抗体と病原ウイルス感染の区別ができるので、躊躇なくワクチンによる感染防御が進められるのである。一方、遺伝子配列の解析で病原ウイルスとワクチンウイルスを区別できる中国C株ワクチンというのもある。米国はこれら二種のワクチンを備蓄しているそうである。

 

 私が釈然としないのは、政府はなぜ、豚コレラが発生していない2007年から2018年までの11年間のあいだに、動衛研で遺伝子組み換え型マーカーワクチンを独自開発、もしくは海外で開発されたワクチンの国内評価をしなかったのだろうかということである。

 

政府・農水省の食料安定供給や食料安全保障に対する基本姿勢を疑う

 

 本年開催の東京オリンピックにかかる総経費が3兆円をこえるといい、社民党の福島瑞穂議員によれば総理が表明した海外への支援額を機械的に加算すると、円借款や一部重複部分を含め54兆3621億円になるという回答が外務省からえられたという(2018年1月26日参院代表質問)。この国家予算のごく一部をワクチンの研究開発に投入することができなかったのか不思議である。

 

 家畜防疫担当者が懸命な努力をされてきていることは十分理解できるのだが、2018年から発生している豚コレラが何故終息していないのだろうか。たしかに手強い相手ではあるが、筆者は根底には政府の防疫に対する判断力の欠如があると思う。さらに言えば、本紙でも繰り返し取り上げてきている、種子法廃止や日米FTA締結といった、日本の農業や畜産業自体をなくしてしまい、米国から100%輸入にしてトランプ大統領に褒められたいという、安倍政権のポリシーがあるのではないかと個人的には疑っている。

 

 例えば、従来、牛肉の輸入に課せられてきた関税38・5%は締結後、最終的に9%にまで下がるとされる。安い豚肉に対して最大482円/㌔㌘かかっていた関税は2027年に50円/㌔㌘にされるといわれており、高級な豚肉の関税4・3%が2027年にはゼロになるとされている。これでは日本の畜産業は破滅するだろう。

 

農畜産業の前途を厳しくする施策ばかりを進める政府

 

 また、乳製品は他の農産物と比べると相対的に高い関税を維持して国内酪農を守ってきた。米国は参加しなかったが、2018年のTPP発効後、参加国からの牛肉、豚肉輸入量に加えて、チーズなどの輸入量は大きく増加したことが知られている。乳製品はこれまで、輸入量の多いナチュラルチーズでも関税率は約30%、脱脂粉乳とバターには100%を超える関税が課せられていたが、脱脂粉乳・バターについては、現行の国家貿易制度および枠外税率を維持した上で、脱脂粉乳・バター合計で一定数量のTPP枠が設定され、11年目までに、バターや脱脂粉乳、チーズなどの輸入関税率が引き下げられ、輸入量が大幅に増えている。

 

 これに米国とのFTA締結の影響が出ると乳製品の輸入もさらに拡大するであろう。

 

 これは日本の畜産に対する大きな打撃である。食料安全保障について安倍自民党政権がなんらの考慮もしていないばかりか、破壊しようと動いてきているように感じるのは筆者だけだろうか。農業も畜産業も一旦生産活動が停止したら、すぐに停止前の状況に再開復帰できるものではなく、長期的な安定生産のための戦略が不可欠である。安全安心の畜産物の供給をすることは国の責務である。

 

動物衛生研究の技術力、指導力は大丈夫か

 

 私は1977年から2013年まで動衛研で研究と都道府県の家畜保健衛生所の職員の教育指導に当たってきた。教育指導と言うと偉そうだが、実際には違っていて、疾病の発生や農家のことを都道府県の職員に教えてもらってきたと言うのが正直なところである。

 

 私が農水省に入省した1977年ころの動衛研は日本の、そして世界の獣医研究の最先端を走る勢いがあった。特にウイルス研究部の豚コレラ研究室は輝いていた。しかし、私が在職中に研究所の合理化、定員削減が厳しく進み、その勢いも低下し、ウイルス研究部豚コレラ研究室も廃止された。人の社会に医学が必須であるように家畜生産、畜産には伝染病の予防、健康管理が必須であるにもかかわらず、政府にはそれを理解できる頭脳がない。

 

 動衛研の役割は病気の研究と都道府県で対応しきれない原因不明疾患の診断支援、そして都道府県の家畜衛生領域職員の教育と技術研修指導である。これを十分に行うには、それぞれの重要疾病の継続的研究と、その知見を先輩の研究者が若い研究者に伝えていく必要がある。しかし、大幅な定員削減によって研究や知見技術の継続性はすでに危うい段階を超えている。

 

動衛研を軽視してAI農業を推進するという愚

 

 私が若い頃、牛ヨーネ病の研究をした米国アイオワ州にある合衆国立動物疾病研究所(NADC)は発展しているが、一方、日本の動衛研は農業研究機構という十把一絡げの組織の一部門に格下げされてしまっている。農業研究所で人の医学を研究するようなものである。この状況はOBとしては家畜衛生研究に対する侮辱そのものだと感じてもいる。動衛研の体制を骨抜きにして弱体化させ、独自の研究推進力や自己再生力をも奪うような農業研究機構への組み込みを行い、民間会社の電気事業の専門家が家畜衛生研究を支配するなど家畜衛生研究潰しを執拗に行ってきた政府・農水省の施策は他の農業分野に対する攻撃と同様、米国尊重国内軽視の政策の一環であり、厳しく改めさせていかなければいけないであろう。

 

 現在の農業研究機構の理事らの一覧と履歴をホームページで見れば一目瞭然であるが、家畜疾病に通じた人材が一人もいない状況を知っているのだろうか。国民には内閣府総合科学技術会議議員や内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員を歴任した電気屋関係のド素人が農研機構のトップに置かれていることを知って危機感を持ってもらいたい。日本農業潰しを進めてきた安倍政権の思い通りに、農業研究自体も操作して変えていこうという思惑があるのだろうか。地道な研究や研究論文よりも金になる研究をするという指導がなされていると聞いている。一方で、家畜衛生領域には上層部に対して意見を言う気骨ある研究者もおらず、より良い研究をしたい研究者はすでに辞めて大学などに出ていってしまい、マンパワーの低下が著しいと聞いている。

 

食の安全安心のために、獣医学研究の進歩と国民の理解

 

 家畜の伝染病は異なった動物種、病原体によるもので、畜産、食糧生産の脅威となるだけでなく同じ動物である人間に伝染する危険なものも多くあることから、人の医学研究以上に幅広く層の厚い研究体制、研究環境と予算が必要である。これに対して農業研究体制のトップに電気会社の専門家を据えるという安倍政権・農水省の反国民的な企てに国民は気づくべきである。たまに、動物衛生研究部門に行くと、非常に減少した研究員と整備が止まって煤けたような研究所の内部に、私が若い頃体験した生き生きとした研究環境はみられない。伝染病の病原体は日々進化するが、それに対抗する研究側が弱体化していては、国民の食の安全や畜産の安定的発展は望めないと思う。

 

 

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