いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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時代錯誤の水道事業民営化 世界各国で実証済み

料金値上げや水質悪化招く

 人間の生命活動を維持するだけでなく、農漁業や製造業など全生産活動にも不可欠な「水」。安全な水がなければ山林や水田も維持できず、社会に甚大な影響を及ぼす。だが、この「水」の安定供給を危機にさらす「水道法改定」が森友学園騒動の陰で動いている。現在日本では、水道事業は市町村が管理し、部分的な業務委託はあっても経営も含む全面的な民営化の前例はない。「水道法改定」はそうした縛りをとり払い、営利企業、とりわけ外資の参入を促すことが狙いである。水道事業民営化は先行実施された中南米やアフリカ、欧州で極端な料金値上げ、水質悪化などを引き起こし、暴動の末に公営へ回帰した例が多数ある。水道事業の民営化が国民生活になにをもたらすのか、直視しなければならない事態に直面している。

アメリカで勝手に約束した麻生

 安倍政府は今月7日、水道法改定案を閣議決定した。料金の改定を認可制から届け出制に改め自由に料金値上げできることや、災害時の復旧を自治体との共同責任にし運営企業の負担を減らす内容を盛り込んだ。政府は2011年に民間企業への運営権売却を認めたが、災害発生時の費用負担リスクが大きく、応じた企業はなかった。今回はその参入障壁をさらに引き下げ、国内外の企業を水道事業に本格参入させることが眼目だ。こうすれば企業が、災害リスクを考えずに営利追求に専念できる。もし大事故や災害が起きても自治体に復旧経費を押しつけ、参入企業に損をさせない仕組みにほかならない。


 また、山間地域を抱える市町村は人口減などで税収が落ち込み、独立採算によって水道事業が赤字状態の所が多い。そこにつけ込み「複数の事業を統合すれば効率化できる」といって水道事業の統合・広域化も促進する。これも営利企業が参入したとき、より大きな利益を得るための地ならしである。都道府県を広域連携の推進役と位置付け、給水人口が少ない市町村と事業統合する中核都市への助成を拡充することも盛り込んだ。政府はこの水道法改定を今国会で成立させ、2018年度の施行を目指している。


 こうした方向性にそって全国の水道局で新しい動きも起きている。国の方針を先どりした大阪市は、橋下徹前市長が提案していた水道事業民営化関連議案を二八日、大阪市議会が否決した。同議案は水道局を市から切り離し、市が100%出資する運営会社をつくり、その会社に30年間の運営権を与える方式だ。浄水場や水道管などの資産は市が保有したままだが、「運営会社の経営が行き詰まったとき代替事業者がすぐ見つかるのか」「市民に水を安定供給する保証がない」との批判が出て廃案になった。近年、水道事業をめぐっては民営化に向けた「独立採算」の導入によって、老朽化した水道管を交換することもできず、漏水や水道管破裂が絶えないことへの危惧は強い。水道事業の公営堅持を求める声は大阪市にとどまらず全国で切実さを増している。


 他方、愛媛県松山市では2012年度から、世界最大の水メジャーである仏ヴェオリア・ウォーターが、浄水場運転業務や施設のメンテナンスに業務委託で参入している。同市は「外資参入と水道料金値上げはまったく関係ない」と説明するが、市内で水道料金が大幅な値上げとなった地域も出て物議を醸している。それは水道事業の民営化や外資参入は決して遠い先の話ではないことを示している。すでに日本市場に入り込んだヴェオリアにとどまらず、スエズ(仏)、GE(米)、テムズ・ウォーター(英)など欧米の巨大水メジャーが日本の水市場を虎視眈眈と狙っている。安倍政府が進める水道事業民営化は、日本の水市場を国主導で外資大手の餌食にしていく計画にほかならない。

中南米の経験 外資企業撤退に追込む

 水道事業の民営化は、欧米資本が世界各国の市場をこじ開けるものとして各国で実施してきた。インフラの根幹を支配すれば国を容易に支配できるからだ。欧米資本が殴り込みをかけた中南米では住民が徹底した反撃をくり広げ、公営へ回帰する都市が多数出ている。


 「水戦争」で知られるボリビア・コチャバンバ市は世界銀行監視下で1999年9月、市営上下水道を民営化した。不透明な入札を経て、ボリビア政府は水道事業を米企業ベクテルに売却した。ベクテルはすぐに水道料金を3倍に引き上げ、料金を払えない世帯への給水をストップした。住民が貯水槽に貯めて使っていた雨水の料金まで請求した。こうした横暴なやり方に批判が高まり、先住民を中心に「水と命を守る連合」を組織し抗議行動を開始した。


 当初は「料金値下げ」を要求する穏便な行動だった。だが警察と軍が武力弾圧に乗り出すなかで、市民は断固とした行動を継続した。政府にベクテルとの契約破棄を求める住民投票では賛成が過半数を得て圧勝した。この結果も政府が無視し続けたため、何千人もの住民が路上にくり出す抗議行動に発展した。軍の弾圧で数百人が負傷し17歳の少年が殺されたが、住民は1週間をこすゼネストで市業務をマヒさせた。こうした行動によってボリビア政府は2000年4月に敗北を認め、ベクテルに撤退を申し入れた。ベクテルは7カ月でたたき出され、コチャバンバ市の水道事業は公営に戻った。


 ボリビアの首都ラパスも1997年に同市と近隣のエルアルト地区の水道サービスをスエズ子会社に任せ、大矛盾となった。スエズ子会社は貧富に分け隔てなく全住民に給水するという当初の約束を守らず、貧困層の20万人が水を得られない事態となった。さらに水道の接続料として450米㌦(貧困世帯の2年分の生活費に匹敵)という法外な額を請求した。下水施設の整備も同市の貧民街に溝を掘って汚水を流すもので、最終的には世界遺産にも指定されたチチカカ湖に垂れ流した。海外からの援助で建てられた学校や病院も水がないため運営できない。このなかで住民は大規模なストをくり返し、スエズの撤退を要求した。10年間のたたかいを経て2007年に大統領を退陣に追い込み、スエズも撤退させた。水道事業を公営に戻した新大統領は「水を民間ビジネスに委ねることはできない。水道は基礎的なサービスとして、国家が担い続けなければならず、それにより非常に安い料金での提供が可能なのだ」と表明した。


 中南米では世界銀行や国際通貨基金(IMF)監視下で水道事業民営化を押し進め、市場原理政策の先駆けとして水メジャーが乗り込んだ。だがアルゼンチンではアズリックス(エンロン子会社)が水道事業を握った後、事実上水道事業を放棄したままエンロンの破たんで撤退し、その後は中央政府が水メジャーとの契約を拒否。同国のブエノスアイレスやトゥクマンは一旦民営化したが公営に戻している。


 スエズとアグアス・デ・ビルバオ(スペイン)の2社が参入したウルグアイでも、高い料金で水を得られない住民が続出したうえ、いい加減な水源管理によって水源のラグーナ・ブランカ湖の水を干上がらせてしまった。さらに民営化にともなう契約料も支払わない事態となった。ウルグアイではこうした営利企業を住民運動で撤退させたうえ、2004年の憲法改正で「水へのアクセスは人権で、上下水道サービスは中央政府が管轄するべき」という規定を追加している。


 その他、汚水垂れ流しで肝炎を大流行させたベクテルの子会社を撤退させたエクアドル、水道民営化を拒絶しているコロンビアのボゴダ、下院が水道民営化を否決したパラグアイ、裁判所が下水インフラの民営化に否定的な判決を下したニカラグアなど、中南米で水道事業民営化はすでに時代遅れになっている。水メジャーが真っ先に乗り込んだ中南米では、反面の実体験からライフラインを営利の具として破壊する欧米の水メジャーを排除し、水道事業を公営で堅持し国民生活に資する事業として発展させていく世論と行動が圧倒している。

アジアやアフリカ コレラ大流行で死者も

 アジアでも似たような状況に直面している。インドではベクテル、ヴェオリア、テムズ、スエズ、アングリアン(英)など複数の水メジャーが水道事業に参入し、巨大な導水路を建設するために数千人規模で住民に住居や農地からの立ち退きを迫っている。10億人をこすインドの人人の飲料水や生活用水をまかなうには大量の水源が必要で、日本とは比較にならないほど各地の水源は稀少かつ貴重である。大河川をせき止める大規模ダムの計画も多数動いており、住居や生産手段を奪われる少数民族や農民は100万人に上る。だがインドでは、民営化を規制し水事業を公営化していく方向へ向かっていない。そのため民間企業に河川ごとリースしたり、飲料大手のコカコーラやペプシコが際限なく水をくみあげてミネラルウォーターや清涼飲料水製造を拡大するなど、住民を犠牲にした過剰開発を継続している。そのなかでダム建設中止を求める行動や水メジャーとのたたかいが続いている。


 フィリピン・マニラでは1997年に民営化し、スエズを含む複数の民間企業でつくるマニラッド・ウォーター・サービシズ(西地区)、マニラウォーターカンパニー(東地区)と契約した。当時約束したのは、①水道料金の引き下げ、②2006年までにエリア内の市民すべてに水道を行き渡らせ水道管の漏水を大幅に減らす、③2000年までに世界保健機構(WHO)が定める水道水と下水排水の水質基準を満たす、というものだった。


 だがマニラッドもマニラウォーターも料金を大幅に引き上げた。さらにマニラ西地区は2003年にはコレラが大流行し、7人が死亡し600人以上が病院に収容された。フィリピン大学の事後調査では水道水が大腸菌で汚染されていたことを明らかにしている。


 こうしたなかで、九七年にベトナムがスエズとの下水道契約を打ちきり、2005年にはマレーシアで水道事業民営化法を撤回させた。ネパールでも、06年にセヴァーン・トレント(英)に委託したカトマンズの水道事業を公営に戻している。


 南アフリカは1955年の自由憲章で水資源を公的に管理する方向を明確にしていた。だが1944年に世界銀行やIMFの助言にもとづき、水道事業民営化に動き始めた。公営水道は維持・管理費が回収できなければ水を供給しない方向へ舵を切り、国民に甚大な影響を与えた。スエズやバイウォーター(英)が請け負った結果、水道料金は六倍にはね上がった。さらに料金を払えない人の水道を止めたため、1000万人以上の人が水道を止められ、200万人以上の人が家を追われた。水道がいくら普及しても料金が払えない人は汚染された小川や遠くの井戸、池、湖から水を得るしかない。その結果コレラが大流行した。クワズールーナタル州では2000年に、12万人がコレラに感染し、300人以上が死亡した。ヨハネスブルグの黒人街でも民営化以後、数千世帯がコレラに感染した。


 このなかで住民は水メジャーが設置したプリペイド式メーターを破壊し、民営化反対の運動を展開した。数百人規模の住民が逮捕・投獄されたが、住民運動の力で2002年末には一定量の水道水を無料化する動きになっている。


 アフリカではマリが仏企業・SAURの運営実態を批判して水道事業を再国営化した。ガイアナでもセヴァーン・トレントとの20年契約を「約束不履行」を理由に5年で打ちきった(2007年)。ガーナやナミビアなどでも水道事業民営化反対の行動が続いている。


 欧米諸国でも同様の動きが起きている。2大水道メジャーのスエズとヴェオリアの本拠地であるフランス・パリでは、85年から09年のあいだに水道料金が265%上昇し、2010年に水道事業を再公営化した。1989年にスエズ子会社へ水道事業を委託したフランス・グルノーブル市も、2000年に市営へ戻した。ドイツのベルリンやスペインのアレニス・デ・ムントも民営化後に公営へ戻している。


 89年から水道の民営化を始めたイギリスでは、その後10年間で水道料金が値上がりしたうえ、水質検査の合格率が85%に低下。漏水件数も増えている。企業の株主配当や役員特別報酬を確保するために何百万もの人人が水道を止められ批判世論が高まっている。アメリカでもインディアナポリスやアトランタが民営化を公営に戻している。すでに水道事業の民営化に見切りをつけ、この15年間に上下水道の再公営化に踏みきった都市は世界で約180都市(35カ国)にのぼっている。

国の安全保障脅かす 公営化に逆行する日本

 こうした反面の先行事例、公営に戻していく世界的な流れに逆行し、あくまで水道事業民営化に踏みきろうとするのが安倍政府である。国益をみずから放棄し、欧米企業のために国内市場を差し出す売国ぶりをあらわにしている。


 もともと水道民営化の動きは2001年の第1次小泉内閣に端を発している。物流部門の規制緩和や郵政民営化を強行した小泉政府は構造改革の一環として水道法の一部を改定した。これまで市町村運営だった水道事業の経営に民間企業の本格参入を可能にした。


 そして2013年4月には、米ワシントンDCにある超党派シンクタンクCSIS(米戦略国際問題研究所)で麻生太郎が講演し、「日本の水道をすべて民営化します」と約束した。「民営化して経費を抑える」「水道事業を広域化すれば効率化できる」などの理由は後付けに過ぎず、「欧米企業が日本の水事業に自由に参入できるようにする」というアメリカ向けの宣誓が本音であることを浮き彫りにした。


 フセイン政府崩壊で泥沼化したイラクを見ても、フセイン政府が政治を安定させる重要な統治手段は水の供給だった。フセインは全土に水と食料を無料で配るシステムを構築し、それは地方の集落にも毎週、水を運ぶトラックを走らせ、村人はフセイン政府発行のカードを示せば水がもらえる仕組みだった。そのため米軍を中心にした多国籍軍は湾岸戦争でもイラク戦争でもイラクの水源地と給水パイプラインを真っ先に破壊する戦術をとった。「ミサイル攻撃の備え」といってミサイルや武器を配備する以上に、水道事業をはじめとするライフラインを守ることが国の安全保障にとって不可欠であることは歴然としている。水道施設、水源地がみな欧米企業に乗っとられた場合、水は自由に飲めなくなり、水質汚染で病気感染が拡大するのは世界各国の事例が証明している。同時に、農漁業、製造業も水がなければ行き詰まることは必至である。


 歴代政府は電信電話公社を民営化して電話や通信部門を欧米企業に明け渡し、アメリカの要求にそって国鉄を民営化し、郵便事業を民営化し、その延長線上で国民生活に不可欠な水道事業まで外資に差し出そうとしている。国民生活を維持するうえで、水道事業民営化を阻止する全国的な世論結集が不可欠になっている。

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