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佐賀空港へのオスプレイ配備に反対し住民集会 反対署名は11万人を突破

1600人が体育館を埋めたオスプレイ配備反対住民集会(2日・佐賀市川副)


 佐賀市の川副スポーツセンターで2日、「佐賀空港への自衛隊オスプレイ等配備反対地域住民の会」(古賀初次会長)による「オスプレイ来るな! 決起集会」が開催された。佐賀空港に隣接する川副町住民をはじめとする佐賀市民、九州各地や全国からも賛同する人人が詰めかけ、1600人が体育館を埋めた。昨年3月の総決起集会から1年、住民が主体となった地域共同の配備反対の運動は市内外へと波及し、反対署名は11万2000人をこえるなど全国世論と響き合いながら発展している。「勝つまでたたかう!」との熱気に満ちた集会は、沖縄や岩国など全国で安倍政府が強行する米軍の軍事要塞化に抗するたたかいと連動し、佐賀においても郷土の未来と平和を守る生産者、住民、市民が結束した頑強な意志を示すものとなった。

地域ぐるみで盛り上がる行動

 会場前面には、有明海の漁業者たちが持ち寄った大漁旗が並べられ、主催者席には新旧の自治会長、市議会議員、町づくり協議会役員、老人会長、漁業者、住民有志など十数人が列席した。「オスプレイ反対」の幟を押し立てて集団で訪れる住民や若手漁業者、商工業者、主婦、親子連れなどの市民をはじめ、広島、山口、九州各県など全国からも人人が駆けつけ、開始時間の午後二時には体育館は人で埋まり、入り口付近で立ち見する参加者も見られた。


 はじめに反対地域住民の会の古賀初次会長が挨拶した。
 古賀氏は、「佐賀空港に自衛隊のオスプレイを配備し、軍事基地空港に変えさせようという政府防衛省の計画が始まって以来、2年8カ月が経過した。私たちはこの計画を粉砕しようとあらゆる知恵と力を尽くして運動してきた。そして今、この運動は伸るか反るかの大きな山場を迎えている。かねてより私たちが心配していたオスプレイの危険性が誰の目にもわかるものとなって証明された。昨年12月、沖縄でオスプレイが墜落、大破し、オスプレイの飛ぶ所はいつでも墜落の危険が待ちかまえていることがはっきりした」と語った。


 そして、「いよいよ今月の下旬に防衛省が地元の漁業者に対し説明会を開くことを計画している。私も漁業者の1人だが、政府が“安全だ”といっているにもかかわらず、現実に墜落事故は起きた。この現実を前にして今更どんな理由を並べようと私たちには通用しない。私自身の命と生きていく環境を守るために“オスプレイは来るな!”という以外に言葉はない。佐賀空港はもちろん、九州のどこにも来るなといいたい。平和と安全のために、日本の空で飛ぶな! といわなければならない。政府は国民の命を守り、若い自衛隊員の命を守るためにもオスプレイ配備の計画を撤回するべきだ」と力強くのべた。


 「27年前に県と8つの漁協が約束した“佐賀空港を自衛隊と共有するというような考えは持っていない”という公害防止協定がある。県と漁協は、この協定を遵守して“自衛隊オスプレイの配備はできない”と国に対してはっきりと断るべきだ。それをなぜやらないのか」と怒りを込め、「オスプレイの配備反対、ふるさとの空と海を守る心をがっちりと結び合わせ、勝つまでたたかうという腹を改めて固めたい。各地からお集まりのみなさん、一緒に頑張ろう」と高らかに宣言した。


 次に、前自治会長の男性が今日までのたたかいの経過を報告した。反対地域住民の会は昨年11月には1万2457人のオスプレイ配備反対の署名を県知事に提出し、その後も佐賀県内だけでなく九州全域に反対署名の輪を広げ、3月27日には第二弾として9万9582人の反対署名を再び県知事に提出している。現在、署名総数は11万2039人にも上る。今月中にも反対地域住民の会はホームページを開設し、地域住民、全国からの声を直接集め、ホームページからも署名ができるようになることを報告した。

米軍基地化を狙う政府 主権なく危険は放置

 「地元からの訴え」として、佐賀空港近隣で農業を営む男性と、地元老人会代表の男性が意見をのべた。


 農家の男性は、「川副は農業をするにはもってこいの環境であり、安全で美味しい農作物をつくるには最適な場所だ。そこに突然、防衛省から直接オスプレイ基地の話がきた。部落全員が“とにかく来てくれるな。この静寂な環境を剥奪するな”と憤慨している。戦争に繋がることのために、この佐賀空港はつくられてはいない」とのべ、農家や漁業者が「佐賀県の発展のために」と土地を提供しあって空港や空港道路が建設された経緯を語り、「それに便乗して国が必要のないものをつくろうとしている」と批判した。


 「今の日本の民主主義の時代に戦争のための施設はいらない。これからの外交は、戦争を避けるために、とくに隣国との話し合いを密接にしないといけない。昔から受け継がれた言葉にあるように、“遠くの親戚より近くの他人”だ。国も同じだ。中国・韓国とも仲良くして争いが起こらないようにすれば、このような飛行機も施設もいらない」とのべると、会場からは拍手が沸いた。


 またオスプレイのデモフライト時に、たった1機の騒音で腹の底に響くような異様な感覚に陥ったこと、「これがオスプレイ17機、ヘリ50機ともなれば農作業どころではない。私を含めて農業をしている人たちは仕事がなくなる。またオスプレイが来ることによって川副町自体の人口が減っていき、固定資産価値は落ちていき、土地も家も買い手はいなくなる」と指摘した。そして「自衛隊の次には絶対に米軍の野蛮な海兵隊がくる。これがきたらどうなるか。沖縄で起こっている婦女暴行が佐賀でも起こる。マスコミにとりあげられているようなものは氷山の一角であり、もっと悲惨なことが起こる。絶対に反対しなければいけない」とのべた。


 またオスプレイ配備に関し反対の態度を表明しない山口知事に対して「私たちは樋渡氏(自民党推薦・元武雄市長)を当選させないために山口知事を応援した。しかし最近ニュアンスが変わってきている。これは権力者になった人みんなに起こりうることだ。当選したときはみんなのおかげといいながら、権力を持つと人が変わる。なんでも自分はできると錯覚する。当選したときの気持ちをいつまでも忘れないという知事は滅多にいない。しかし、権力者も任期が終われば普通の人だ。そのときに“あなたでよかった”といわれる知事であってほしい。応援した人たちの意見を大事にしてほしい。これが私たちを裏切るような行為に出たときには私たちはこの次は応援しない」ときっぱりとのべた。


 「北朝鮮がミサイルを岩国の米軍基地に向けて飛ばしたが、佐賀にオスプレイの基地ができると今度は佐賀が狙われる。中国のミサイルもこっちに向かう。佐賀には玄海原発もあるが、原発もやられる。そうなると佐賀県民はどこに逃げればいいのか。大きな権力に立ち向かうためには、川副の小さな町だけではなし得ない。オスプレイが飛ばないような日本をつくりたい。戦争放棄の国を必ず守り、外交問題は話しあいで解決するような国にしなければならない。今日ここに来られている一人一人が小さな反対の灯火をもっている。その灯火を広げて大きな炎にし、オスプレイ配備の計画を燃やして灰にしよう!」と力強く訴えると、会場からは大きな拍手が沸き起こった。


 老人会代表の男性は、「オスプレイの問題が持ち上がって以来、佐賀空港が軍事基地になることをとても懸念している。佐賀の自然豊かな、恵まれたこの川副にオスプレイは不要である。オスプレイとヘリがやってくれば佐賀市は非常に大きな規模の軍事基地になる。もし戦争になればこの軍事基地が真っ先に狙われる。真珠湾攻撃から太平洋戦争がはじまった歴史をみるまでもなく、それが戦争の常套だ。防衛省は米軍は絶対に佐賀には来ないといっているが、私は逆に絶対に来ると思っている。そもそも佐賀空港は自衛隊がくることを前提にしてつくられていない。佐賀空港を、戦争の危険性をはらんだような軍事基地にしてはいけない」と強く語った。そして「最後に、今私たちが一番守らなくてはならないのは、子や孫の将来だ。誰が子どもたちの安心・安全、将来を守るのか。その責任は今の私たちにあるのではないか。今、私たちが行動をすることが一番大事だ」とのべた。


 つづいて、講師として招かれた沖縄国際大学教授の前泊博盛氏が「沖縄の現状と佐賀空港配備の課題」と題して講演をおこなった【詳報次号】。
 前泊氏は、「佐賀の沖縄化が進もうとしている」として、戦後72年が経ってもアメリカの占領政策のもとで、沖縄だけでなく日本全国でいまだに主権が奪われたままであること、民主主義や地方自治、報道の自由さえもなく、「端緒で反対しなければ、あとは既成事実化され、どんどん基地化が進んでいく」と警鐘を鳴らした。また、基地が返還されることで沖縄の経済が発展していることを具体的な数字を上げて説明し、日米政府の国民無視の軍事政策に住民の側から抵抗する政治を作り出していく必要性を指摘。本土では知らされることのない沖縄の現状や「日米安保」の実態についての暴露は、参加者から強い関心を集めた。

正義貫き勝つまで闘う 全県民と全国を結び

 参加者の士気が高まるなか、古賀会長が今後の活動方針を提起した。
 古賀氏は、当初は「白紙」「県民派」を掲げていた山口祥義・佐賀県知事が、しだいに容認側へと態度を変えていることを指摘し、「いくら3分の2の議席を持つ政府与党や賛成の強い県議会の圧力があろうと、知事は“県民に寄り添う”という公約を忘れることなく粘り腰で耐えきるべきだ」と批判。「この墜落する欠陥飛行体が佐賀空港に配備された場合は、どれほどの危険を県民の上にばらまくことになるのか。自衛隊との共用を否定している公害防止協定は、佐賀空港建設時に、赤字を理由に自衛隊を誘致する危険な道を防ぐために、戦争体験者である漁協幹部が文言を入れて約束したものだ。県知事と有明海漁協がこの協定を無視していることは重大な背信行為である」と指摘した。


 「このままでは市民が賛成、反対に分断され、地域に不和と災いをもたらしかねない」との危惧から、公害防止協定の遵守と配備反対を明言している秀島敏行・佐賀市長の姿勢を支えるためにも、「これから必要なことは、私たちの行動と運動の広がりをさらに大きくし、世論を動かし、勝つ条件をつくることだ」と強調した。


 また、佐賀県有明海漁協については、「漁協は、国・県に対して“ダメなものはダメだ”とはねつけるべきだ」と指摘し、今後は「運営委員に圧倒的に多い配備反対派との協力共同の関係を重視し、漁協の体質改善を図っていく」と決意をのべた。「防衛省は、4月下旬に漁民と元漁民への説明会を実施しようとしている。土地を売って現金を…という人もいるかもしれないが、オスプレイなどが配備されれば、環境破壊が進み、漁業で生きていくことが一層困難になることは目に見えている。自衛隊の基地になることがどんなに私たちの生きていく環境、空と海と大地を破壊していくものかよく考えていきたい」と呼びかけた。


 そのためにも「諫早湾干拓事業によって瀕死の海にされた有明海の再生運動にとりくみ、豊饒の海、宝の海を蘇らせるためにたたかっていく。防衛省が買収しようとしている33㌶の用地は漁協の共有財産だ。これを役員が勝手に売り飛ばしたり、地権者個人がそれぞれに売り飛ばすということはできない。売るためには、組合総会での3分の2以上の賛成が必要だ。私たち組合員が団結を貫くなら、数のうえでも勝つ。頑張れば最後の勝利は私たちのものだ」とのべた。会場からは「そうだ!」との掛け声や拍手がわき起こった。


 最終手段としての法的手段にも触れ、「私たちには“よみがえれ有明”裁判をたたかってきた歴史がある。いざ裁判闘争に入るとなれば、漁民はもとより、地元住民、佐賀市民、佐賀県民、反対するすべての人人に原告団としてともにたたかうことを呼びかける」とのべ、長期戦まで見据えて川副町内に住民の会の事務所を立ち上げたことを報告。「私たち人間がまともに生活し、農業、漁業の産業活動をおこなうのに必要な環境を破壊するのは暴挙だ。この暴挙をストップさせる力を私たちは発揮しよう! 合言葉は“勝つまでたたかう”だ!」と呼びかけると、鳴り止まぬ満場の拍手が響き渡った。


 つづいて、自治会長の男性が、集会決議を読み上げて提案。
 「オスプレイは来るな! 国は戦争準備にのめりこむのをやめ 県と漁協は『公害防止協定』を守って 人命と環境を守れ」と題した決議は、昨年12月の沖縄県名護市でのオスプレイ墜落事故に触れ、「それが将来17機もそろって、1機あたり毎日60回も佐賀空港で離発着をくり返すことの危なさをどうして許すことができるでしょうか」「私たちは70年余り前に終わったあの戦争と暗黒の時代を忘れることはできない。いまや、あの森友学園問題に垣間見られるような、戦前回帰の危険な風潮が、一国の首相の関与もからめながら広がっていることに、私たちは強い不安を表明する。そのような風潮と、このオスプレイ等佐賀空港配備計画が、深いところで繋がっていることを感じ、憂えざるをえない。ここらでこの流れをストップさせなければならない。このたたかいは、私たち自身の命と生きていく環境を守るたたかいであると同時に、世直しのたたかいでもある」と訴えた。


 さらに、27年前、佐賀県知事と有明海の八漁協の代表が、関係自治体の首長4人の立ち会いのもとで結んだ「佐賀空港建設に関する公害防止協定」が自衛隊の基地化を明確に否定していることは、「軍事基地となり戦火に巻き込まれる以上の“公害”はない」という戦争を体験した先輩の思いであり、県と住民の間の「厳粛な約束」であると強調。


 「もし、県や漁協が国の圧力に屈してこの協定を踏みにじり、私たちの生きていく環境を破壊する暴挙に出るなら、私たちはそれを阻止するため法的手段に訴える。強力な原告団、弁護団を結成し、オスプレイ配備と九州佐賀国際空港の軍事基地化を許さない法定内外の闘いに決起する。私たちのこのたたかいには道理がある。“勝つまでたたかう”というやむにやまれぬ決意と、勝利の展望がある」と力強く締めくくった。


 決議は、地域住民をはじめ全参加者の思いを凝縮した満場一致の拍手で採択された。
 最後に参加者全員で「佐賀空港の基地化反対!」「宝の海、有明海を返せ!」「有明ノリを守ろう!」「平和と安全を守れ!」「勝つまでたたかうぞ!」と力強くシュプレヒコールとがんばろう三唱をおこなった。


 集会は以前にも増して参加者の気合いでみなぎり、郷土を守る住民の結束の強固さと頑強な決意を示すとともに、その団結の輪を市や県の枠をこえてさらに広げていくことを確認して締めくくられた。

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