いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

『ヘイトをとめるレッスン』 ホン・ソンスン著 たなともこ、相沙希子訳 パク・ジョンフ監修

 ヘイトスピーチとは、宗教や民族、国籍、人種、肌の色、性別や性的指向、障がいなどをとりあげて個人や集団を攻撃し、マイノリティ(少数派)を社会から排除しようとする言動のことをいう。世界各地でヘイトがはびこり、その解決が求められているなか、本書はブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)運動をきっかけにシリーズ化が決まった「いきする本だな」の第一弾である。

 

 著者は1975年生まれの韓国・淑明女子大学法学部教授で、2016年から韓国の「ヘイト表現の実態調査及び規制法案の研究」の責任者として報告書作成にかかわってきた。本書は、ヘイトやヘイト表現とはなにか、なぜ問題なのかを明らかにしている。韓国の事例が多いが、世界の現状も同時にとりあげている。

 

 本書を読むと、韓国におけるヘイトは2008年の李明博政権登場から次の朴槿恵政権の時代に加熱し、2016年のろうそく集会に象徴される韓国市民の民主化運動への決起と朴槿恵弾劾成立・罷免のなかで、その問題点が明らかにされるという経過をたどっているようだ。この時期、国家による対市民訴訟が急増し、政府の政策を批判した人たち、さらには広報物に落書きをした人までもが法廷に立たなければならなくなった。また朴槿恵時代には国家保安法を盾に、トークイベントで北朝鮮の体制を擁護したといって韓国系アメリカ人女性に強制出国命令を出したり、自主統一と民主主義のための市民運動団体を押収捜査したりという事件があいついだ。表現の自由が危機に陥ったのだ。

 

 他方、2013年頃からインターネットの極右サイト「イルベ」(日刊ベスト貯蔵所)が、「表現の自由」を盾にして、民主化運動勢力や、女性、移民などあらゆるマイノリティに対するヘイトをくり返し、社会的な影響力を持った。このサイトでは、1980年の光州事件(民主化を求める学生や市民の蜂起と、それに対する軍部の武力弾圧の総称)を「北朝鮮の陰謀」だといい「親北勢力追放」を煽ることと、女性蔑視や女性差別、女性に対する暴力肯定とが同居している。

 

 同じ時期には、首相候補が「日本の植民地支配は神の意思」と讃える発言をして問題になった。「同性愛者の税金爆弾」(エイズ患者への医療支援が健康保険料を引き上げ、国の予算の浪費になっているという同性愛者排除の扇動)が拡散されたり、カフェやレストランなどで騒ぐ子どもを放置する母親が「ママ虫」といってバッシングの対象になったりしたという。

 

 不適切で感じが悪く、イルベ会員による硫酸テロ事件まで引き起こしたこれらのヘイト表現にどう対処するか。「規制する法律をつくって刑事罰を与えればよい」「いや、それは表現の自由の制限にはねかえってくる」という葛藤。この本の読者は同じ葛藤を追体験し、根本的な解決のためにはなにが必要なのかを考えさせられる。

 

 著者は、ヘイト表現の社会経済的な背景に目を向けている。ナチスドイツは第一次大戦後、戦勝国から巨額の賠償を押しつけられハイパーインフレに苦しむドイツ国民に対し、ユダヤ人など少数民族をスケープゴートにして扇動し、虐殺を正当化した。現在、米国とヨーロッパの社会経済的な危機の下で、権力者は移民やムスリム、アジア人への敵対心を煽っている。政治権力が少数者によって私物化されていることが背景にある。

 

 では、どう解決するか。国に規制する法律をつくらせ、違反者に刑事罰を加えることで規制しようとしても限界がある。国籍や民族が違う者同士がお互いの歴史的経験を共有し、各自の属性がなんであれ、他の構成員たちと一緒に自由で平等に生きていける社会をつくること。そのために市民社会の力を強めることだ。

 

 その一例として、著者は日本のカウンター運動を挙げている。新大久保のコリアンタウンで在特会が嫌韓デモをおこなったとき、いつも「差別するな」のプラカードを掲げたデモ隊が登場し、最大で3000人が「差別撤廃東京大行進」をおこなった。この運動は、日本社会が日本人と在日コリアン、中国人、フィリピン人などが共に暮らす社会であることを訴え、レイシストを孤立させた。韓国のソウル大でも同質の運動が起こっているようだ。

 

 また米国のBLM運動は、奴隷制500年の歴史と、それが現在では監獄での搾取として継続していることを訴え、黒人とともに白人や他の移民が大挙参加して、みなが共生するコミュニティをつくる運動に発展している。本書に描かれているのは韓国の問題が中心だが、日本に生きるわれわれも同じ性質の問題に直面していることがわかる。

 

 著者は、「これまで日本と韓国との間に長期の葛藤と確執があったが、ヘイトではなく愛で、排除ではなく包容で、差別ではなく連帯で歩み始める道に、両国の市民たちが力をあわせる」ことを訴えている。  

 

 (ころから発行、A5判変型・240ページ、定価2200円+税

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。