いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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大学でいま、起きていること 武蔵野学院大学特任教授・島村英紀

 2004年に国立大が独立法人化して以降、国からの運営費交付金が年に5%ずつ減少していくなかで、財政難が続いている。

 

 独立法人化で国家公務員の数は大幅に減っただけではなく、任期付きの研究者や研究支援員だらけになった。


 研究面ではホームランが打てなくなった。ホームランか三振か、というバットの振り方ができなくなって、研究者は、安直な内野越えのヒットばかり狙うようになり、短期的な研究成果にこだわらざるをえなくなった。


 研究者や支援員、教員などの期間は10年とされた。「研究開発能力の強化や教育研究の活性化」を目的にしようとした。
 しかし10年は意外に短い。若手研究者は内野越えのヒットばかり狙うようになってしまった。つまり、次の雇用につなげるため短期的な研究成果にこだわらざるをえなくなった。

 

 この20年間で日本の研究力は下がった。自然・科学系の注目度の高い論文数は世界第4位から10位に後退した。大学院の修士課程から博士課程への進学者数も半減した。


 日本は人口が減少していて、経済成長も鈍化している。アジア諸国にとって、もはや有力な留学先ではない。日本の科学はピンチにある。


 最大の要因は研究者の雇用形態の変化だ。


 2000年代に入って、日本からノーベル賞受賞者が相次いでいるのは、彼らのほとんどが博士課程修了後に任期のない助手(現・助教)に採用され、次の雇用のことを心配せずに、自由な発想に基づく研究に打ち込めたからだ。これからは、そうはいくまい。

 

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 研究支援員は研究にはなくてはならない。研究を支えている裏方は研究支援員である。仕事に慣れるまでに何年もかかる。人によっては実験の手伝いのほか、研究室の予算管理や科学研究費の申請手続きなど幅広い業務にも従事している。


 研究支援員にとっても期間が10年とされたのは大問題だ。2013年4月に改正労働契約法が施行されてから雇用期間が今春で10年を迎え、これを過ぎた時点で無期雇用申請の権利を得られることが背景にある。この改正法は、同じ職場で有期雇用が一定期間を超えた場合、無期雇用を申請できるようにというのが法律の狙いだ。正当な理由がなければ雇わなければならない。雇用安定化がもともとの目的である。

 

 このことから今年4月には申請権を得られ、来年からは契約期間のない無期雇用になれる、との期待を抱いた研究支援員も多かったに違いない。


 しかし契約を更新せず権利取得を阻害する「雇い止め」が各地で行われている。財政難の大学では、研究者が人件費の調整弁になっている面もある。
 10年で契約終了が明示されているのは東京大1672人のほか、東北大が236人、名古屋大が206人と多い。文科省所管の5つの研究機関でも、理化学研究所が296人など数多い。


 日本学術会議は7月に出した研究者・研究支援員らの雇い止めに反対する声明で「日本の研究力強化にとって極めて深刻な事態であるという認識を政府、アカデミア、個々の大学・研究機関が共有し、大局的観点から抜本的な解決策を見いだすことだ」と強調。知的財産損失への危機感は強い。

 

 2004年の法人化以後、国立大学では国から支給される運営費交付金が年度ごとに削減されて、他方、その分が競争的資金と呼ばれるプロジェクト型の期限付きの補助金に回された。


 防衛産業も、大学に甘い囁きで迫って来ている。


 政府や文科省は、この数年、大学改造のために着々と手を打ってきた。


 2014年には学校教育法を変えて「大学の重要事項を審議する」機関であった教授会を「学長からの諮問事項を審議し意見を述べる」機関に格下げした。「大学の自治」を弱体化させ、政府が大学の研究内容や人事にまで介入するようになった。


 2015年には国立大学に対して「役に立たない」人文社会科学系や教員養成系の学部や大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする」と通知した。


 2019年に低所得世帯の学生の入学金や授業料を減免する「大学等における修学の支援に関する法律」が成立した。「高等教育無償化」政策と謳われたが、重要な点は大学が実施対象になるには「実務経験のある教員による授業科目を標準単位数の1割以上配置する」「外部人材の理事への複数任命」を条件とし、大学の人事に踏み込んだことだ。

 

 時あたかも通称「稼げる大学」、正式名称は「国際卓越研究大学」に関する法が2022年5月に成立した。正式には「国際卓越研究大学」に関する法(国際卓越研究大学の研究及び研究成果の活用のための体制の強化に関する法律)という。文科省は全国で5~7校を支援すると言っているので、数的にも旧制帝大を考えているのだろう。

 

 こうした流れの延長上に今回の「稼げる大学」法がある。


 大学で呼応する動きもある。名古屋大学では学長らが最高意思決定機関の新しい看板を掲げた。

 

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 国際卓越研究大学に選ばれるには、最高意思決定機関である「合議体」の設置も条件になっている。合議体のメンバーは半数以上が学外者で、学長の選考も担う。
 大学が政財界の意向をより強く受けるようになるのではないか、学問がゆがめられないかと懸念の声が上がっている。


 また、短期的な収益に結びつきにくい、基礎研究や人文社会科学系の研究の廃止や縮小に結び付く心配もある。


 大学教職員や学生などからは国際卓越研究大学に対する反対の声が多くあがり、可決前に約1万8000人の反対署名も提出されたが、政府案どおりに決められた。


 国立大学の授業料の値上げも当然考えに入っている。

 

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 しまむら・ひでき 1941年東京に生まれる。東京大学理学部卒業。北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所所長を経て武蔵野学院大学特任教授。世界に先駆け海底地震計の開発とそれを使った海底の地下構造や海底地震の解明につとめた。著書に『「地震予知」はウソだらけ』(講談社)、『人はなぜ御用学者になるのか―地震と原発』(花伝社)、『直下型地震 どう備えるか』(花伝社)、『「地球温暖化」ってなに? 科学と政治の舞台裏』(彰国社)、『多発する人造地震―人間が引き起こす地震』(花伝社)など多数。

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