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南スーダンの2017年を振り返って 上智大学アジア文化研究所客員所員・飛内悠子

南スーダンから逃れた人々が暮らすモロビの難民居住区(ウガンダ・2017年2月筆者撮影)

 南スーダンの2017年は厳しい年だった。2016年8月に内戦が新たな展開を見せ、政府軍、反政府軍のみならず、さまざまな勢力が国内に点在し、合従連衡を繰り返した。戦闘は頻発し、軍による略奪やレイプから人々は逃れようとした。食糧危機は変わらず続き、世界最悪のジェンダーに基づく暴力が行われているといわれ、難民の数は増える一方で、すでに200万人を突破している。UNHCRによれば、2017年の1月から10月までの間に64万人以上が難民となった。11月にも戦闘は散発し、国内避難民のキャンプすらその標的となり、すでに我が家を逃れ、避難生活を送っていた人々は再度戦闘に巻き込まれ、今度は国外に出ることになった。


 そして南スーダンから逃れた人々を庇護する国々にとってもたいへん難しい年だった。6月にウガンダ共和国において難民支援サミットが開催され、南スーダン難民への支援が訴えられたが、集まった支援金は決して少なくないものとはいえ、目標額からは程遠かった。たとえ支援金があっても、時にホストとなる地域のそれより多い人口を一挙に受け入れることのむずかしさは言うまでもないだろう。


 緊急人道支援を行う人々がどんなに努力しても増えゆく難民に対応しきることは難しく、水も、生活物資も足りなかった。突然難民を迎え入れることになったホスト・コミュニティも戸惑い、時にそれは難民との軋轢も生んだ。


 ウガンダで避難、学生生活を送り、スーダン共和国の首都ハルツームで10年以上暮らし、2010年に南スーダンへと「帰った」私の知人は、2017年1月、やっと手にした家を置いてウガンダへと逃れた。ウガンダで会った時、彼は仕事をしながら家族の居場所を確保するのに必死だった。「これは悪いアクシデントなんだ!」と自分の身に降りかかったことを嘆いていた。別の友人は難民居住区で家を建てる材料を手にするために駆け回っていた。今も彼らはウガンダにいる。彼らの復興と生活再建の試みは道半ばで閉ざされたままである。


 私が出会った南スーダン人で平和を望まない人はいなかった。だが、内戦は終わる気配を全く見せない。平和への取り組みも行われたが、その成果と道のりは厳しいものだと言わざるを得ない。戦争で疲弊した経済と政府はほとんど死に体である。南スーダン政府の統治が及ぶ場所は本当に限られている。これが、2017年の南スーダンである。


 2017年3月10日、自衛隊施設部隊の活動終了、南スーダンからの撤収のニュースを聞いたとき、そのあまりの理由に驚いたことを覚えている。国造りのプロセスが新たな段階に入り、南スーダンの自立に向けた動きをサポートする方向に支援の重点を移すためだという。そして実際5月には自衛隊の撤収が行われた。


 私は南スーダン難民が多く流出した北部ウガンダでの調査を終え、2月末に帰国したところだった。まさに今、その国から逃れてきた人を目の当たりにしてきたのに、それから10日後に「国造りが新たな段階に入った」と言われたのである。それは驚きもする。


 この状況を「国造りが新たなプロセスに入った」と言うのか。言えるのか。これには多くの批判がなされたが、いまだに日本政府はこれを撤回していない。それは南スーダンの現状に対し誤った理解を導く。現状把握を誤れば、平和構築も難しくなるのはもちろんのこと、新たな紛争の火種すら生みかねない。日本は、南スーダンに本当に支援をしているのか。そしてその支援は実を結ぶのか。


 もちろん、内戦を起こしたのは南スーダン人である。そしてその平和に第一の責を負うのも南スーダン人である。そのことは痛いほど認識しているが、この戦争に日本も含む様々なアクターが各々の思惑をもって関わっているのも事実である。そしてこのアクターたちは陰ひなたとなり、内戦に影響を及ぼしている。


 自衛隊が撤収するとき、多くの識者が撤収して終わりではなく、自衛隊が南スーダンで何をしたのか、その意味をきちんと問わねばならないと主張していた。それはなされたのだろうか。


 残念ながら、政府が「南スーダンの国造りが新たな段階に入った」と言っている限り、それはなされていないというしかない。なぜ政府がこういわざるを得ないのかは想像がつく。日本もまた、自身の思惑をもって南スーダン「支援」に参加したのである。


 折しも11月に衆議院議員のアフリカへの差別的発言が大きな波紋を呼んだ。そこで露呈したのは日本の代表たる議員のアフリカへの認識の貧しさだった。議員の方々全員がこのようなアフリカへの認識を持っているとは考えたくないが、この事実と政府の南スーダンへの対応を考え合わせたとき、果たして日本政府はアフリカを対等なパートナーとして見ているのかという疑問が思い浮かぶ。こうした認識のあり方から、実りある関係性が生まれることはないだろう。


 12月21日に政府とリヤック・マチャルが率いる反政府組織との間で休戦協定が結ばれた。その行方はまだ定かではないが、新年にあたり、南スーダンを生きる人々の生活が彼らの手に戻ることを切に祈る。そして日本政府が南スーダンの現状を的確に理解し、南スーダンで行ってきたことをもう一度問い直すことを求めたい。それは日本、そして南スーダンの将来に不可欠なプロセスであるとともに、グローバル化が不可逆に進む現代世界における日本の立ち位置を新たにするものとなるだろう。

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