いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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北東アジアに戦火を広げさせぬために――日朝韓の3国平和共存を 東京大学名誉教授・和田春樹

 世界と日本は今日3方面で、つづく戦争に苦しみ、戦争の再開にうちひしがれ、戦争の危機におびやかされている。どの時よりも、われわれは第三次世界戦争の悪夢を目の前にしているのである。いまこそ50年つづけた戦争に敗北し、平和国家に生まれ変わった日本の国民は立ち上がって、叫けばなければならない。「殺すな、戦争をやめろ」、「戦争を広げるな、戦争をあらたにはじめるな」、「即時停戦せよ。戦争をおこすのを防ごう」と。第三の戦争を防げなければ、それはわれわれの責任だ。

 

 第一に考えるべきはウクライナ戦争のことである。この戦争はすでに1年11カ月つづいている。ロシアという強大国が国境線に大軍を集めて、隣の独立国家ウクライナに攻め込んだ。ロシアの侵略だということは明らかで、みながプーチンのロシアを非難し、ウクライナの抵抗戦に加勢する気分になったのも自然のことであった。

 

 しかし、ウクライナ人は開戦5日目にロシアと停戦のための会談をはじめ、1カ月後には停戦のための条件を提案して、ロシア側を喜ばせていたのである。だが、その努力は雲散霧消してしまい、本格的な戦争がはじまり、こんなにも長くつづいている。ウクライナは自国の男たちの生命を投じ、欧米諸国の兵器弾薬を使って、失われた領土クリミアをとりもどすまで戦うのだと言って、戦争をつづけている。

 

 ロシアはといえば、2022年9月にははやくもドンバスの2共和国と南ウクライナの2州を併合すると宣言している。ここまで来て、この戦争は350年間一つの国であったロシアとウクライナが二つの国に分かれて、領土をどこで分けるかと争っているという様相を示している。

 

 領土をめぐる戦争で驚くほどの両国の兵士、市民が死んでおり、文化的価値が破壊されている。1年以上戦争することは許されないのに、この戦争は2年もつづこうとしている。アメリカがロシアを弱めることを狙って、ウクライナに兵器を与えて、ウクライナの範囲内で戦争をつづけさせているのだとしたら、これは残酷な犯罪である。

 

 多くの国が、グローバル・サウスの国々が停戦の仲介者になると申し出たにもかかわらず、ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアが撤退しなければ、停戦しないと仲介を拒絶した。今日なお大統領はアメリカに武器の提供を懇願する旅をつづけている。大統領がそのような旅をしているあいだにも、ウクライナでは青年たちが死んでいるのだ。しかし、アメリカは2024年の大統領選挙をひかえて、これ以上援助をつづけることはできない。そのことは誰の目にも明らかなのである。

 

 ロシアとウクライナの政府は、これ以上戦争をすることは許されない。両国の死者とウクライナの破壊を増やさないために、停戦交渉を再開する時である。戦争をしながらでいいから、停戦交渉を再開して、お互いの停戦の条件を出し合って、世界の人々に見てもらって、どの辺で停戦線を引くのか、もみ合ったらいいのではないか。

 

 ウクライナ戦争が中東戦争に拡大したという一事をとっても、ウクライナ戦争をこれ以上つづけることを許してはいけない。

 

 10月にウクライナ戦争が飛び火し、第二次世界戦争直後から戦争がつづいてきた中東地域で戦争が再燃した。ガザに本拠を持つ武装勢力ハマスがイスラエルを攻撃すると、イスラエルがガザにたいして空爆を開始し、ガザ地域に侵攻した。イスラエルはハマスを完全に抹殺するつもりで、残酷な作戦を遂行している。イスラエルはアメリカの変わらぬ支持にすがりながら、ガザですでに多数の住民、老人、病人、女性と子供たちを殺している。イスラエルの戦争に対しては、ウクライナ戦争と違って、全世界で人々の自然な反戦感情が爆発し、イスラエル抗議の運動がおこっている。だが、アメリカは国連事務総長の要請で用意された安保理の即時停戦決議に拒否権を行使して、決議を葬った。

 

 イスラエルがガザを占領し、ハマスをたたきつぶすなら、アラブ・イスラム世界との間に平和は望めない。中東戦争が本格化する恐れがある。

 

日本海を戦争の海にするな 急がれる日朝国交正常化

 

 第三方面は、われわれの生きる東北アジア、東アジアである。ここでもアメリカは米中の対決体制をかためようと必死である。2023年は台湾有事が大いに誇大に宣伝された。もちろん、米中は当分の間、戦争するつもりはないだろう。しかし、危機をあおるのに都合がいいのは米朝戦争の脅威である。

 

 70年前に国土統一戦争の停戦が実現した朝鮮半島で、以来軍事的対峙がつづいている。北朝鮮は米軍に対抗するとして、核兵器で武装した。不測の事態がおこれば、在日米軍基地をミサイル攻撃すると2016年に公言した。いまや北朝鮮はウクライナ戦争の中で公然とロシア支持の態度を明らかにした。北朝鮮は、ひきつづき日本海に進出した米海軍艦船から巡航ミサイルを打ちこまれることを恐れている。

 

 他方で、日本は北朝鮮の工作員により日本人市民が拉致され、殺されたことを許さず、北朝鮮の謝罪を受け入れず、植民地支配を清算する日朝国交正常化交渉を打ち切り、一切の貿易関係、船舶往来を断絶し、国の内外で北朝鮮の人権抑圧を非難するキャンペーンをつづけている。日本は朝鮮民主主義人民共和国と敵対関係にあり、その関係は冷戦状態であると言っていい。

 

 そしていまやウクライナ戦争のさなか、岸田首相は「今日のウクライナは明日の東アジアだ」と言って、東北アジアで軍備を増強しようとしている。2022年末に軍事費を倍増し、敵地攻撃用の巡航ミサイルを米国から購入することを決定した。23年5月には被爆地広島でG7のサミットをひらき、ゼレンスキー大統領をまねき、ウクライナ支援の体制づくりを完成させた。そして、8月には、アメリカを韓国尹大統領とともに、訪問し、キャンプ・デービッド3国同盟を宣言した。「キャンプ・デービット原則」なる文書で対北朝鮮政策が打ち出された。

 

 「我々は、関連する国連安保理決議に従った、北朝鮮の完全な非核化へのコミットメントの下で団結している。我々は、前提条件なしでの北朝鮮との対話に引き続きコミットしている。我々は、拉致問題、抑留者問題及び帰還していない捕虜の問題の即時解決を含め、人権・人道問題に取り組んでいく。我々は、自由で平和な統一された朝鮮半島を支持する。」

 

 北朝鮮の核武装は絶対にみとめない。北朝鮮は人権抑圧国家であることを徹底的に非難し、攻撃する。そして、自由で平和な朝鮮半島をめざす。きわめて戦闘的な宣言だが、この最後の目標が私をおびえさせた。

 

 なぜなら、それは、国連軍に「統一独立民主朝鮮を建立するために北朝鮮へ進軍すること」を認めた1950年10月7日の国連総会決議を思い出させたからである。その3日後、当時の国連軍司令官マッカーサーは北朝鮮に新たな降伏勧告を放送し、「全ての北朝鮮人が朝鮮の統一、独立、民主政府を樹立することにおいて国連に協力すること」を要請した。「自由で平和な統一された朝鮮半島」には、朝鮮民主主義人民共和国が存在するはずはないのだろう。

 

 このような冷戦政策に対抗して、日本海を戦争の海にしないためには、取りうる手段はただひとつ、日朝国交正常化である。1945年に終わった戦争の時代を正式に終わらせる作業で残っているのが日朝国交の樹立である。岸田首相は、2023年にも一度ならず、「日朝間の懸案を解決し、両者が共に新しい時代を切り開いていくという観点からの私の決意を、あらゆる機会を逃さず金正恩委員長に伝え続けるとともに、首脳会談を早期に実現すべく、私直轄でのハイレベルでの協議を行っていきたいと考えております」というような口約束をした。

 

 すると、北朝鮮外務部次官の朴尚吉氏が5月23日、声を発した。
 「もし、日本が過去に縛られずに変化した国際的な流れと時代にふさわしい、互いをありのまま認める大局的な姿勢であらたな決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由がないというのが朝鮮政府の立場である。日本は言葉でなく、実践行動で問題解決の意志をしめさなければならない。」

 

 平和を望むなら、米日韓3国同盟を確認するだけではたりない。日朝韓3国平和共存体制をもとめなければならない。そうなれば、日本海を戦争の海にするのを防げる。日本海は平和の海、ほんとうのブルーシーであるべきだ。日本海有事が防げれば、台湾有事も防げるかもしれない。

 

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 わだ・はるき 1938年大阪生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。専門はロシア・ソ連史、現代朝鮮研究。主な著書に『ヒストリカル・ガイド ロシア』『テロルと改革』(以上、山川出版社)、『歴史としての社会主義』『北方領土問題を考える』『朝鮮戦争全史』『日露戦争 起源と開戦(上・下)』『北朝鮮現代史』(以上、岩波書店)、『スターリン批判 1953~56年』『ロシア革命』(以上、作品社)、『金日成と満州抗日戦争』『東北アジア共同の家』『領土問題をどう解決するか』『ウクライナ戦争 即時停戦論』(以上、平凡社)、『日朝交渉30年史』(ちくま新書)など。

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