いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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ウクライナ危機から学ぶ日本の安全保障と国際平和――東京外国語大学教授・伊勢崎賢治氏の講演より

 ウクライナ戦争開始から7カ月が経過するなか、国連職員や日本政府特別代表として世界各地の紛争地で武装解除や停戦調停役を務めた経験を持つ伊勢崎賢治・東京外国語大学教授(紛争予防・平和構築学)が16日、「ウクライナ危機から学ぶ日本の安全保障と国際平和」と題する講演(主催/社会福祉法人あさか会)をおこなった。講演の要約を紹介する。(文責・編集部)

 

◇         ◇

 

 戦争では多くの人が亡くなる。戦争体験はファミリー・ヒストリーとして次世代に受け継がれる。おそらく個人の戦争に対する考え方はそこに左右されるだろう。

 

 僕は国連や政府代表として現代の戦争をいろいろ見てきたが、ファミリー・ヒストリーとしての第二次世界大戦の体験がある。場所はマリアナ諸島サイパン。伊勢崎家はサイパン玉砕で、私の母と祖母、弟(叔父)など数人をのぞいて全滅した。もともと伊勢崎家は小笠原が本籍地だが、国の南方政策に従って一族郎党全員でサイパンに入植した。そこで戦争が勃発し、末期にアメリカがやってきた。

 

 追い詰められた住民や日本兵に向かって米軍がスピーカーで「投降せよ」と呼びかけるなか、それを無視するかのように住民たちは断崖絶壁から身を投げた。私の一族もだ。いわゆる「バンザイ・クリフ」といわれる場所だ。

 

 小学生のときに祖母から聞いた話では、当時「米兵に捕まれば女性はレイプされ、殺される」「男は拷問され、殺される」「どうせそんな辱めを受けるくらいなら天皇陛下のために死ね」と語り合われ、その同調圧力のなかでみんな崖から身を投げたという。

 

「バンザイ・クリフ」(サイパン)

 日本兵には投降して捕虜になった人もたくさんいるし、私の一族でも祖母を含めて数人が捕虜になったが、収容所で手厚く扱われたという。沖縄ではひどい目にあった現実もあるので一概にはいえないが、「過度の悪魔化」の犠牲になるのは常に一般市民だ。

 

 同調圧力と「死の忖度」――戦争にはこれがつきものだ。民主主義国家がやる戦争であろうと、独裁主義国家がやる戦争であろうと必ず起きる。一方的な情報を信じ込まされ、みずから死を選ぶところまで行ってしまう。戦争に市民を動員するために必要なのが悪魔化(Demonization)だ。当時は鬼畜米英だったが、現在のターゲットはプーチンになっている。

 

 昔ならばパルチザンやレジスタンスといった市民の抵抗運動は英雄視された。だが第二次世界大戦後、ジュネーブ諸条約が生まれ、それらの考え方は国際法の発展とともに変化している。国と国の軍隊同士がルールを守って殺し合う戦争から、たとえば日中戦争時に中国を侵略した日本軍のように「ここに市民はいない。全員戦闘員(便衣兵)だ」という理屈で市民が無差別に殺された。このように軍隊ではなく一般市民が多く死んでしまうことへの反省から、戦後、一般市民を戦闘員と区別して守ることが制度化されたのだ。

 

 だから今は徴兵制や市民総動員は、決して格好いいものではない。それは敵に無差別攻撃の口実を与えてしまう。本来守らなければならない市民を盾にすることであり、やってはならないことだ。ところが現在、自衛隊員から護憲派リベラルに至るまでこの認識を持っている人は少ない。

 

 「戦争プロパガンダ10の法則」というのがある。第一次世界大戦のときに英国議員だったアーサー・ポンソンビー卿が「戦争の嘘」という本のなかで、戦時に政府が流す嘘を次の様に法則化した。これはその後のすべての戦争に当てはまる。

 

 

①われわれは戦争をしたくはない


②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ

③敵の指導者は悪魔のような人間だ

④われわれは領土や覇権のためにではなく、偉大な使命のために戦う

⑤われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる

⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている

⑦われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大

⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している

⑨われわれの大義は神聖なものである

⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である

 

 ウクライナ戦争をめぐる状況を見ても、現在までこれらが見事にくり返されている。「今度あらわれた悪魔はこれまでと違う」ということでくり返される。この悪魔化の結果、戦争は継続され、目も当てられない状況になる。反省はしない。悪魔が悪いのだから…という話になる。だから同じことがくり返される。

 

くり返される代理戦争 アフガンと同じ構図

 

 僕はロシアやウクライナの専門家ではなく、言葉もわからないし、行ったこともない。だから僕がウクライナ戦争を見るときは、アメリカとNATO(北大西洋条約機構)のジレンマから見る。別に反米思想の持ち主でもない。私はアメリカのためにアフガニスタンで仕事をしてきたし、米軍にもたくさんの知人がいる。だからこその視点だ。

 

 NATOは冷戦時代にソ連に対抗するためにつくられた軍事同盟だ。だから1989年にベルリンの壁崩壊、1991年にソ連邦が解体すると、敵がいなくなって存在意義を失う。それから30年、私の眼から見たNATOは「自分探しの30年」だった。僕がNATOとかかわったのは30年のうち後半の20年。それも外部の評論家ではなく、NATOと一緒に現場で働いてきた。

 

 NATOを理解するためには、NATO憲章第5条を理解することだ。「欧州又は北米における1又は2以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」――つまり、一つの国が狙われたら、同盟国全体の敵と見なして、みんなでやっつけるという軍事同盟だ。ではNATOは創立以来一丸となって戦ったことがあるのかといえば、実は一回しかない。それがアフガニスタン戦争だ。NATO憲章第5条を発動してみんなで戦った唯一の戦争だ。

 

 冷戦時の東西陣営の境界は、この30年で大きく東側に移動した【地図参照】。いわゆるNATOの東方拡大だ。ロシアの懐にまで入ってきたわけだ。「NATOは不拡大の約束を破っている」というのがプーチンの主張だが、日本の大部分の識者は「それは嘘だ。そんな約束などない」という。実際はどうか。1989年にベルリンの壁が崩壊したとき、ソ連のゴルバチョフ大統領はみずからペレストロイカを発動して民主化・自由化の道を選んだ。この西側にとって都合のいい大統領を守るための会合が盛んに開かれ、そこで話し合われた内容が公電に記録されている。日本のように公文書をすぐに廃棄するようなことはアメリカではない。政府の公文書は、秘密文書であっても国民の財産であるという考え方がある。秘密文書なのですぐには公開されないが、一定期間が経過すれば開示される。

 

 ジョージワシントン大学のナショナルセキュリティーアーカイブには、西側首脳たちがゴルバチョフをソ連内の政敵から守るために、NATOはロシア側に拡大しないという約束をいたるところでやっていた公電記録が残っている。

 

 そこで西側首脳たちは、もう軍事同盟は必要ないのだから、NATOを「母なるヨーロッパ」という構想に基づいてロシアを含むユーラシア全体の信頼醸成のための政治フォーラムにするというビジョンも語っている。それが両国首脳が調印した拘束力のある約束なのかといえばそうではない。だが口頭であっても約束は確かに存在した。だからプーチンが嘘をいっているというわけではない。

 

 ところがその後、状況はどんどん変化し、NATOは東に拡大され、ロシア側も独自に新たな軍事同盟をつくり、弾道ミサイルや中距離ミサイルを配備して今に至る。

 

アフガンに侵攻したソ連軍(1979年)

 それと同時進行する形で起きたのがアフガニスタン紛争(1979~1989年)だ。ソ連崩壊前の1979年にソ連はアフガンに侵攻する。当時アフガンには共産政権ができ、それに刃向かう軍閥たちが反乱を起こしたため、アフガン政府はモスクワ(ソ連)に助けを求めた。モスクワは集団的自衛権を拡大解釈し、国連憲章に則る建て付けをして派兵した。今回、ロシアがウクライナ東部の親ロシア派が助けを求めているといって軍事介入したのと同じやり方だ。これをやってきたのはソ連(ロシア)だけでない。ベトナムをはじめラテンアメリカなどで、これを嫌というほどやってきたのがアメリカだ。いずれも集団的自衛権の悪用だ。

 

 ソ連の侵攻に対してアフガンの軍閥たちはムジャヒディーンと称してレジスタンスをおこなった。それも今のウクライナ軍のような戦車もミサイルもない軽武装でだ。冷戦下、彼らを応援したのは、同じムスリムの金満王国サウジアラビアやイギリス、アメリカなどだ。とくにスティンガーミサイル(携帯式ミサイル)を軍閥たちに供給し始めてから戦況が逆転する。このような戦争を「代理戦争」という。そこにアメリカ軍はいないが、有効的に戦える武器を送る。アメリカの敵と戦ってくれているからだ。

 

 それは今のウクライナ戦争と同じ構造ではないだろうか? 今やウクライナの戦況を左右するのはアメリカの武器だ。これを代理戦争というと「戦っているウクライナの人たちに失礼じゃないか」といわれるが、冷戦期のアフガンを代理戦争というのは学術的に定着している。同じ構図なのに一方だけを代理戦争というのは人種差別だ。

 

 このときアフガンのムジャヒディーンたちは軽武装で戦ってソ連軍に勝ってしまう。1989年にソ連軍は撤退。だが約10年におよぶ戦争で何万人死んだかもわからず、もう壊すところがないくらい国が壊れた。そしてソ連は戦後賠償など一銭も払っていない。このようなことをまたくり返すのか? ということだ。だから僕は心あるロシア研究の専門家たちと早期停戦を促す運動をずっとやっている。そのためにはプーチンとも対話をしなければならない。一日伸びればそれだけ人が死ぬだけなのだ。

 

時間を要す戦争犯罪訴追  一刻も早く停戦を

 

 当時、アメリカの武器でソ連と戦ったアフガンの軍閥たちは、西側世界で英雄扱いされた。だがソ連軍撤退後、今度は彼ら自身がアフガン統治の主導権をめぐって内戦を始める。もともと多民族国家であり、共通の敵がいるときは一丸となるが、それがいなくなったらたちまち内戦状態になる。国はさらに荒廃した。そこにあらわれたのがムッラー・オマール師、タリバンの創始者だ。内戦で崩壊した国をなんとか立て直し、腐敗のないイスラム教に基づいた純粋な国家をつくる「世直し運動」としてタリバン運動が始まる。タリバンは西側から悪魔のようにいわれるが、イスラム側の「ロビン・フッド」だった。あれよあれよという間に民衆の支持を得ていき、タリバン政権を樹立する。

 

 そこで起きたのが21年前の9・11同時多発テロだ。主謀者はイスラム武装勢力アルカイダ。オサマ・ビン・ラディンを含むアルカイダの面々は、お尋ね者として世界を放浪し、当時のタリバン政権に客人として囲われていた。

 

 9・11テロの翌日、CNNやブッシュ大統領の声明でも、これを「第2のパールハーバー(真珠湾攻撃)」と位置づけ、アメリカは保守もリベラルもひっくるめて愛国主義に突入していく。その熱狂の中で報復攻撃に出た。一度攻撃を受けると、国連憲章上は個別的自衛権の行使ができる。だから日本のリベラルが肯定している個別的自衛権といえども恐ろしいのだ。国中が愛国主義で舞い上がっているときに自分の判断だけでやってしまうわけだ。

 

 アメリカは地上では戦わず、空から雨のように爆弾を降らせ、何万人というアフガン人が死んだ。このときの犠牲者の検証はいまだにおこなわれていない。明らかな戦争犯罪だ。戦争はその後20年続き、戦争の直接被害だけで一般市民5万人が亡くなった。これに並行して始まったイラク戦争では20万人だ。アメリカは最も人を殺す国家だ。だからといってプーチンがマシだとはいわないが、相対的にみることが必要だ。もしプーチンが我が国の指導者になるのなら、僕は体を張って反政府運動をやるだろう。それくらい彼のことが嫌いだ。だが過度の悪魔化は、交渉の機会を詰んでしまう。過去の戦争のように戦争が長期化する。だから交渉、対話をしなければならない。

 

爆撃の応酬で荒廃したアフガニスタン(2016年)

 そもそも戦争犯罪の立件には、たいへんな時間を要する。国内の重大事件でも時間がかかるように、戦争犯罪の場合は立件まで10年単位の時間がかかる。それも裁くのはほんの数人だ。それが僕が何度も目にしてきた国際司法のキャパシティだ。時間がかかるため、その持続性をどう維持するかが問題だ。すでに多くの人がアフガンやイラクでアメリカがなにをやったのかを忘れているし、いずれプーチンがやったことも忘れるだろう。それではいけないのだ。あらかじめこれから時間がかかることを頭に入れて、今やらなければいけないのは証拠集め、証言集めだ。そのためにも停戦が必要なのだ(戦闘長期化によって新たな戦争犯罪が積み重なり、証拠も風化してしまう)。

 

 そして、国内事件での訴追と同じように推定無罪の原則を貫くこと。これはジュネーブ条約上の決まりであり、法の哲理だ。何人も裁きが下るまでは無罪。その法則で動かなければならない。感情的に「プーチンが戦争犯罪者だ」というのはわかるが、国際司法の整合性をみずから貶めるようなことを言ってはいけない。なぜなら国際司法しか頼るものがないのだ。戦争犯罪を粘り強く訴追するには、金科玉条のようにこの国際司法の原則を大事にすることだ。だが現在のウクライナ戦争では、メディアの多くが一方的な情報を鵜呑みにして断定的に報じている。

 

二者択一迫り世界分断 日本も戦争当事国に

 

 アフガン空爆にあたりブッシュは、一般教書演説で世界に向かって高らかに宣言した。「お前たち、どっちの味方だ?」と。「アメリカは正義の戦争を始めた。アメリカに協力するのか、そうではないのか決めろ。そうでない国は敵国扱いする」として世界を分断した。そして9・11テロの3カ月後にはタリバン政権を崩壊させた。アメリカは空から爆弾の雨を降らせるだけの卑怯な戦いをしたが、地上戦をやらなければ制圧はできない。米軍にかわって地上戦を戦ったのはアフガンの軍閥たちだ。今度はタリバンという共通の敵でまとまったわけだが、そもそもタリバンが発生したのは彼らのせいだ。

 

 タリバン政権崩壊後、彼らはまた内紛を始める。ここからアフガンに自由と民主主義を定着させるという大いなる実験が始まる。このときに当時の小泉首相から政府代表として手伝ってこいと頼まれたのが僕だった。内紛を始めた彼らを説得して停戦させ、彼らの手元にあったスカッドミサイルから旧ソ連製武器に至る膨大な武器を手放させるだけでなく、彼らをアメリカが新たに創設したアフガン国軍へ移管させる。武装解除の条件として戦争犯罪者である彼らが政治家になることを許したわけだ。その責任を負わされたのが日本の僕だった。

 

 銃など小型武器は回収しても後からいくらでも入ってくる。重要なのは大砲、輸送戦車、装甲車、スカッドミサイルなどの重火器で、これらを説得によって100%回収した。そうして軍閥たちに政治家としての道を歩ませ、武器ではなく国会の言論で争うという民主主義的な制度を根付かせる試みだったが、一時的にうまくいくかに思えたものの失敗に終わる。オバマ政権は選挙公約だった米軍撤退をとり消して増派し、どんどん深みにはまっていき、トランプ政権のときにはアメリカ建国史上最長の戦争になる。これほど長い戦争を戦ったことがないアメリカにとって最大のジレンマだ。

 

 撤退したいが、負けて出るわけにはいかないのがあの国だ。アメリカの従属国である日本も、NATOの一員ですらないのにインド洋上での補給支援活動という形で参加した。紛れもない戦争当事国だ。だからこそ、後に完全撤退を決めた宗主国アメリカとともにアフガンの地から「敗走」することになる。

 

NATO決裂の危機に アフガン敗走劇の裏側

 

 そうこうしているうちに、2014年にロシアのクリミア併合が起きる。当時、かつて一緒に仕事をしていたNATOの将軍(ドイツ人)から「正当性を失ったNATOに再び結束する機会を与えてくれるかもしれない」というメールが来た。ドイツもアメリカに付き合ってアフガン戦争に10年参加し、国内では厭戦気分がまん延していた。戦争として失敗だと誰もが感じ始めていた。ソ連崩壊後、存在意義を試すように、初めてNATO一丸となってアフガンに勇んで出て行った挙げ句、敗北した。そのショックは大きく、「ロシアのクリミア侵攻はNATOの新たなチャンスだ」というくらいNATOは崩壊寸前だった。

 

 この後、ウクライナ東部でドンバス戦争が始まり、ウクライナは内戦状態になる。今の戦争はこの延長線上にある。いきなり今年の2月24日に火星人が攻めてきたかの如く突如として始まった戦争のように印象操作をする人がたくさんいるが、紛れもなく内戦の延長だ。

 

 そしてアフガンでは昨年8月15日、わずか1日で首都カブールが陥落した。ガニ大統領は国外脱出し、タリバンは大統領官邸を占拠して勝利宣言をあげた。

 

アフガンの首都カブールの大統領府を制圧したタリバン(2021年8月16日)

国外退避のためにカブール空港に押し寄せる人々(8月16日)

 その要因として、これに先立つ4月、バイデンが9・11テロの記念日である「9月11日」に米軍を無条件撤退させると一方的に宣言した。撤退するには参加国全体で綿密な調整と計画が必要なのに、なんの相談もなく勝手に宣言してしまった。NATO諸国は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

 アフガン政府の後ろ盾だった米軍が撤退すると決まった途端、ドミノ倒しのようにタリバン勢力は急拡大した。タリバンのコアな兵士は5、6万人程度で、対するアフガン国軍は30万人、警察の軍事部門は25万人だ。通常では勝てるわけがない。それでもタリバンが勝ったのは、農村部の武装組織が次々と現政権からタリバンへと“帰依”先を変えていったからだ。ドイツのメルケル首相は悲鳴を上げた。関係国と調整もせず、無責任な撤退を決定したバイデン=アメリカとNATOの信頼醸成は決裂状態だった。

 

 くり返し強調したいのは、大混乱をもたらした不様な敗走であったものの、このとき米国やNATO諸国は、同国人だけでなく、通訳や大使館の現地スタッフ、ジャーナリスト、教師も、家族とともに救出した。下部まで統率できないタリバン兵の報復から彼らを守るためだ。イギリスの大使は最後まで残って「命のビザ」を書き続けた。そのなかで唯一、大使館だけが真っ先に逃げて何もしなかった国が日本だ。いまだに「命のビザ」さえ発行していない。僕が大使館にいたときには兄弟のように扱っていた彼ら有能な現地スタッフたちは危険な現地に置き去りにされた。僕は日頃威勢のいいことをいっている自民党議員に「それでも男か!」と掛け合って自衛隊機3機を送らせたが、初動が遅れたので誰も救うことができなかった。

 

 せっかく救出したアフガン人も日本での地獄のような扱いに失望し、あのアフガンに帰還した人もいる。彼らがいい残した言葉は一生忘れられない。「タリバンに殺されるのは1回だが、日本にいたら毎日殺される」と。現在、ウクライナの避難民を受け入れるのはいいことだが、なぜあのアフガニスタンの最前線で「自由と民主主義」のために協力したアフガン人に同じことができないのか。このような人種差別はあってはならないことだ。

 

中国標的に新たな冷戦 中ロ印の結束強まる

 

 アフガンからの敗走後、バイデンはまた「どっちの味方か?」といい始めた。そのターゲットは中国だ。ウクライナ戦争が始まってロシアが標的になったが、当初バイデンは中国を仮想敵にしてふたたび世界を分断のふるいにかけた。元来中国とロシアは仲がいいわけではないが、このようなアメリカの言動が彼らの接近を促した。

 

 先日、上海協力機構(中国、ロシアが主導し、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタンを加えた8カ国による多国間協力組織)の会合が盛大におこなわれた。彼らの結束力は増している。対ロシア制裁は効いているものの、戦争を止めさせる効力はない。逆に、それぞれ固く閉じた二つの排他的経済圏ができただけの話だ。そして向こう側の経済圏の方が大きい。交戦中のインドとパキスタンでさえ揃ってあちら側にいる。逆に欧米側が排他された格好だ。

 

上海協力機構の参加国首脳ら(16日、ウズベキスタン)

 一方、経済制裁で困っているのは西側の一般市民だ。冬が越せない。ロシアとウクライナはアフリカを含む最貧困国の穀物の重要な供給国だが、これがストップして世界的な飢餓が心配されている。さらにウクライナ戦争は、原発立地地帯が戦場になった初めてのケースであることを日本は教訓にしなければならない。「みずからに向けた核弾頭」といわれる原発を、海岸線にこれほど並べている国を通常戦力で守れるわけがない。ウクライナ戦争は外交の失敗であり、ここから教訓を得るとするのなら、原発大国・日本の武器は外交力しかないことを認識することだ。

 

北極圏の“熱い”権益争い 緩衝国家の立ち位置とは

 

 新冷戦は、「ニュー・コールド・“ホット”・ウォー」ともいわれる。地球儀がある人はぜひ北極から世界を見てほしい【地図参照】。一番寒いこの地域が今一番“熱い”。地球温暖化の影響で氷が溶けているため、これまでは夏場は砕氷機を使えば通れるが冬場は完全に閉ざされていた北極海が、2030年までに年間を通じて通過が可能になるといわれている。軍事的に見れば、原子力潜水艦しか通れなかったところに、それ以外の兵器が投入できる。北極圏の大部分はロシアに接し、対極にはカナダ、アメリカ。欧州ではノルウェー、グリーンランド(デンマーク領)、アイスランドが接している。これらはNATO加盟国だ。

 

 中国は北極圏には接していないが、ここに今、中国資本がどんどん入っている。軍事的変化とともに経済的利点があるからだ。北航路が年中通れるようになれば、インド洋を回る南航路に比べて中国から欧州までの距離は3分の2に短縮される。南航路はアメリカの干渉を受けるが、北航路はロシアの干渉しか受けない。自由なのだ。中国は一帯一路構想とともに20年以上前からここに投資し続けている。そのためトランプが焦って「グリーンランドを買う」といって猛烈な反発を受けた。

 

 昨年12月、僕はノルウェーに呼ばれた。ノルウェーはNATO創立以来のメンバーで、現NATO事務総長はノルウェー元首相だ。親米国であるとともに、ノーベル平和賞の授与国でもある。冷戦時代はNATO加盟国の中で唯一ロシアと国境を接する国だった。

 

 昨年2月、ウクライナとロシアの国境線にロシアが軍を集結させ始め、ノルウェーの研究者たちは「絶対に戦争になる」と切迫感をもって事態を受け止めた。そこで僕はオスロの国際平和研究所に招待され、各地の大学で研究会とツアーをおこなった。それにはロシアの専門家も同行した。

 

 「緩衝国家」という言葉を使うと日本人は嫌がるが、日本は典型的な緩衝国家だ。ロシアと接するノルウェーにはその自覚がある。だから2014年まではNATO軍も同盟国である米軍も国内に常駐させなかった。

 

 緩衝国家とは、敵対する大国の狭間に位置し、武力衝突を防ぐクッションになっている国だ。その敵対するいずれの勢力も、このクッションを失うと本国に危険が及ぶと考えるため、軍事侵攻されたさい実際の被害を被る可能性が普通の国よりも格段に高い。つまり緩衝国家は、一番最初に戦場になる。その緩衝国家のなかで特に国境に接している場所をボーダーランドという。ノルウェーでは北部地域、日本では沖縄だ。

 

 ロシアにとっての緩衝国家は、ノルウェー、フィンランド、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、ベラルーシ、ウクライナ…などたくさんある。NATOは東方拡大とともに、これらの国々のトリップワイヤー(仕掛け線)化を進めた。ロシアが攻めてきたら、ここで侵攻を踏みとどまらせるため、必要最小限のミサイルや兵力を置くわけだ。これらの国々ではクリミア併合が起きた2014年以降だが、日本は70年以上前からアメリカのトリップワイヤーだ。

 

 ここで私たち研究者は、まず実際にロシア軍がどれだけの能力を持っているかを分析した。例えプーチンが侵攻したとしても、人口4000万人のウクライナ全土を平定するためには少なくとも100万人の兵力が必要になる。ロシア陸軍の正規兵は30万、40万人しかない。しかもシリアなどあちこちに戦地を抱えている。

 

 2017年、僕はソウルで開かれたPACC(太平洋地域陸軍参謀総長等会議)に呼ばれた。トランプがSNSで「米朝開戦」を示唆するような発信したため、みんな震え上がり、日本でも机の下に潜り込む訓練をやっていた時期だ。米中央陸軍総司令部(ハワイ)が同盟国32カ国の陸軍参謀総長を集めて2年ごとにやる会議で、米陸軍は僕を招いて「アフガンの失敗を話してくれ」といった。大統領が戦争をやるといっているが、会議で実際に人口2500万人の北朝鮮を占領統治できるのかシミュレーションしたところ、60万~70万人の兵力が必要という結果になり、「とても出せない」という結論に至った。

 

 斬首作戦で金正恩の首をとったところで、その後から本当の戦争が始まるのだ。日本を占領統治できたのは、天皇を殺さず日本軍がみずから武装解除したからだ。トップの首を取った戦争は、カダフィ、フセイン、タリバン…みんな失敗だ。その後から泥沼になる。32カ国集まって70万人出せないのに、ロシア単独でウクライナの平定など能力的に無理なのだ。

 

 アフガンで米軍やNATOが寄ってたかって敗北したことをリアルタイムで見ていたプーチンが同じ無謀をやるとは考えられない。ロシアが国民総動員で100万の軍を送る可能性については、ロシアの専門家が一笑に付していた。プーチンが恐れているのはロシア国民であり、国内の反発を呼ぶような徴兵制などできないのだ。

 

 だから、ロシアは当初東側から侵攻し、オデッサを含む南東部を繋いで回廊化し、ウクライナを内陸国化して、黒海の覇権を握るのが主目的だろうと専門家たちは予測した。NATOの武器支援によって南部の回廊化はなくなったものの、東部は2月24日以前よりも分厚く回廊化された。一時的にキエフを狙ったのは、その間に東部の戦況を有利にするための陽動作戦だ。もしもキエフを落とせば、ロシアはウクライナ全国を支配しなければならず、戦争で壊したものも復興しなければいけない。プーチンがそんなお金を出すわけがない。ウクライナ侵攻に踏み切った時期、NATOとアメリカの信頼醸成はズタズタだった。そして中間選挙を抱えるバイデンは新しい派兵など絶対にできない。プーチンはこのタイミングを逃さなかった。

 

 現在ウクライナがNATOに加盟する可能性は非常に薄くなっている。それにかわる安全保障をゼレンスキーは要求しており、停戦があるとすれば、それが条件になるだろうという見込みは立っているものの、何年かかるかわからない。それを一日でも早くしたいというのが僕の立場だ。

 

日米地位協定の異常さ 世界標準から逸脱

 

 今「日本もNATOに加盟しようじゃないか」と自民党がいっている。実はすでに日本はNATOの準加盟国であり、共同で軍事演習をし、自衛隊が使用する弾も何年も前からNATO仕様だ。最近では岸田首相がNATO首脳会議に出席した。では果たして日本は加盟国になれるのか? 日本の保守もリベラルも考えてほしい。NATOに加盟するということは、NATO地位協定に批准するということだ。

 

 そもそも地位協定とは、駐留軍と現地政府の主権の関係を定めるものだ。通常、国内に外国軍がいることそのものが異常事態なのだが、軍が駐留すれば必ず事故を起こす。それも重火器や飛行機まで扱うから民間の事故とはワケが違う。

 

 地位協定は、戦時、準戦時、平和時という時間の経過によって変化する【図参照】。戦時は駐留軍の主権が比較的大きいが、時間が経って平和時になれば、現地法の方がプレゼンスが大きくなる。主権が回復するのだから当然だ。ところが世界で唯一、戦時と関係性が変わらない地位協定がある。日米地位協定だ。

 

 外国軍の駐留を認めるということは、特定の事件に対する主権の放棄を意味する。その範囲を駐留軍と合意するのが地位協定であり、その中身は大きく3種類ある。一つは事件や事故が起きたときにどちらの法律で裁くのかという裁判権。もう一つは環境権。軍用車の排ガスは一般車両とは比べものにならないし、危険物も扱うため環境基準が問題になる。もう一つは、彼らが使う基地、空域、海域の管理権の問題だ。米軍は、ただ部屋を借りているだけの店子なのか、米軍基地や訓練地は彼らのものなのか。駐留軍の自由度は、時間が経てば低下していくのが地位協定の運命だ。

 

 アメリカが結んでいる地位協定は世界に100以上ある。イラクやアフガンでは戦争時の地位協定。平和時の地位協定は、ドイツ、イタリア、NATO、フィリピン、日本などだ。準戦時の地位協定で典型的なのは、休戦状態にある朝鮮半島だ。

 

 平和時の地位協定で、アメリカの外交方針で世界標準になっているのは「互恵性」という考え方だ。それは外交特権のようなものだ。外交官には特権があるが、同じ特権をお互いに認め合うので不平等ではない。例えば米軍が駐留するドイツとの地位協定は、独軍がアメリカに駐留したとき同じ権利が与えられる。つまり、アメリカが自国内で独軍に許可したくないことは、ドイツでもできない。これを「自由なき駐留」という。

 

 だからドイツにもイタリアにも、アフガンにもイラクにも、日本の首都圏から周辺の県にまたがる巨大な横田空域(米軍占有空域)のようなものはない。横田空域について外国要人は「そんなことがあるわけがない。日本は主権国家なんでしょ?」といって信用しない。米軍が撤退した翌日に負けてしまうほど米軍に依存している国でもあり得ないことなのだ。

 

 戦時のイラクやアフガンとの地位協定でも「準互恵性」がある。たとえば裁判権。アフガンで米兵が事故を起こし、米兵が本国に送還されアメリカの軍法会議で裁判を受ける。その裁判に立ち会う権利を両国に認めている。透明性の問題だ。そんな権利さえ、同盟国であるはずの日本にはない。要求もしていない。

 

自動的に参戦させられる日本 沖縄は非武装化を

 

 南北朝鮮の休戦ラインである38度線に立つ石碑には、参戦国が刻まれている。ここに日本はない。在韓米軍は国連軍だが、本当の国連軍なのかと言えば疑問符が付く。彼らが対峙しているのは北朝鮮と中国であり、現代において国連常任理事国の一つである中国と国連軍が敵対できるわけがない。だからこの国連軍は、ニューヨークの国連本部の管理も受けていない。1950年にソ連が欠席した国連総会で国連軍として認められたものであり、冷戦期の遺物なのだ。それでもアメリカは国連軍を名乗っている。東西冷戦は、われわれのところではまだ終わっていないのだ。

 

 なぜこれが日本にとって重要なのかといえば、かつてトランプが「米朝開戦」を示唆したとき、オーストラリアの軍用機C130が、静かに、日本政府に通告もなく嘉手納基地に降り立った。その後に横田にも行った。アメリカ大統領の発言一つで動いているのだ。なぜ日本政府に通告義務がないかといえば、この「冷戦の遺物」といまだに地位協定を結んでいるのが日本だけであり、この地位協定と日米地位協定は連動しているのだ。

 

米軍横田基地(東京都)

 朝鮮国連軍地位協定は、後方司令本部が横田基地にあり、さらに嘉手納基地を含む9つの在日米軍基地が後方基地にあてられている。それでも足りない場合は、すべての在日米軍基地が国連軍の後方支援基地になると明記されている。その条件は、日米地位協定とまったく同じだ。これはどういうことか?

 

 在韓米軍はあくまで国連軍なので、単独で戦争はできない。みんなの同意が必要になる。その同意のサークルに日本は入っていないのに、彼らが戦争を始めたら日本の国土が後方支援基地になる関係だ。これは国際法上、米朝開戦によって日本は自動的に交戦国になるということだ。戦争をするのであれば自分の意志でやらなければならないが、日本はそうではない。自衛隊を出す、出さないという話ではない。

 

 国際法上、同盟国が始めた戦争から中立であるためにはいくつかの条件が必要になる。基地をつくらせない、通過させない、カネを出さない、だ。逆にこれを全部やっているのが日本だ。いまやアメリカの外交方針として世界標準になっている「互恵性」も「自由なき駐留」もない。最初に戦場になる緩衝国家なのに、他国の行動によって自動的に交戦国になるのだ。

 

 ノルウェーやフィンランド、スウェーデン、バルト3国は、緩衝国家としての主権があり、アメリカに自由を与えない。たとえNATO加盟国になっても外国軍に自由を与えない。だから僕は日本は緩衝国家ではなく、「緩衝材」国家と呼ぶ。意志がないからだ。

 

 ノルウェーは人権大国として世界の象徴的存在だ。だからロシアが起こす人権問題についてはいち早く声を上げて糾弾する。だが、軍事的には刺激しない。ロシアに屈しているわけではない。そのように世界に貢献する。ウクライナ問題で微妙に変化しているが、これがガラッと変わることはない。緩衝国家としての自覚があるからだ。

 

 われわれは何を学ぶべきか。日本はロシア、中国、北朝鮮とも向き合っており、ノルウェーよりも脆弱だ。緩衝国家としての自覚を持つなら、ボーダーランド(国境地帯)を軍事化するのではなく、2014年までのノルウェーのように相手を刺激しない道で生き延びてきた実例に学ぶべきだ。アメリカの同盟国であるアイスランドも同じようなことをしている。

 

 今「軍備費を増やせ」といって自衛隊まで宮古島や沖縄本島にミサイル基地をつくり始めたが、これが本当に国防の選択肢といえるのか。僕はどんなに反対されようと、沖縄の完全非武装化を提唱している。米軍だけでなく、自衛隊もだ。日本の国防のために。北海道にも米軍基地を造らせるようなことは絶対にしてはならない。それがウクライナ戦争から学ぶ日本の安全保障ではないか。

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この記事へのコメント

  1. 柴田武男 says:

    伊勢崎賢治さんの解説はその通りだと、いつも思う。特に結論の「今「軍備費を増やせ」といって自衛隊まで宮古島や沖縄本島にミサイル基地をつくり始めたが、これが本当に国防の選択肢といえるのか。僕はどんなに反対されようと、沖縄の完全非武装化を提唱している。米軍だけでなく、自衛隊もだ。日本の国防のために。北海道にも米軍基地を造らせるようなことは絶対にしてはならない。それがウクライナ戦争から学ぶ日本の安全保障ではないか。」はその通りです。ロシアが危険と思うならば、中国と同じように平和友好条約を結べば良い。日中では「第一条

    1   両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
    2 両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。」となっているのです。

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