いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

「マクロンをハッキングせよ!」――フランス大統領選以後から動き出した「プランB」 福岡大学人文学部教授・辻部大介

 5年に1度のフランス大統領選は、4月10日の第1回投票で現職のエマニュエル・マクロン候補(共和国前進)が1位、マリーヌ・ルペン候補(国民連合)が2位となり、過半数を獲得した候補がないことから実施された4月24日の第2回投票において、マクロンが有効投票数のうち58・55%の票を得て勝利、フランス共和国大統領に再選された。

 

 過去2回、現職大統領が2期目を迎えられなかったジンクス(2012年のサルコジはオランドに敗れ、2017年のオランドは出馬を断念)を破って再選されたマクロンが、2027年までの5年間、フランス共和国の元首として引き続き国家の舵取りを担うことになったわけである。

 

 今回の選挙結果は、この5年間マクロンの施策に抗議の声をあげてきた、けっして少数とはいえないフランス国民を、ひどく落胆させるものだったはずだ。なにしろ、2018年11月から19年6月にかけて31週続いた「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」のデモ、21年7月から22年1月にかけて26週連続の「衛生パス(ワクチンパスポート)」反対デモと、コロナ禍による外出制限もあった中、土曜日ごとに全国で反政府デモが呼びかけられ、多くの群衆がそこに集まるのが常態と化した5年間だったのだから。

 

黄色いベスト運動のデモ(2018年11月、パリ)

衛生パス導入への抗議なども含む反政府デモ(2021年5月、パリ)

 彼らの思いを端的に表すのが、マクロンに向けられた「(国民の大統領ではなく)金持ちたちの大統領」という評価で、就任からちょうど1年後の2018年5月に発表された世論調査結果において早くも、フランス国民の73%がマクロンを「金持ちたちの大統領」とみなしている。

 

 しかし一方、5年前に続きマクロンとルペンが第1回投票を勝ち抜いて対決し、マクロンが勝利する、という今回の展開は、かなりの程度予想されたことでもあった。何よりも、主要メディアの論調が、いろいろ留保をつけつつも「やっぱりマクロン」という判断へと有権者を誘導する方向で貫かれていた。ロシアのウクライナ侵攻を受けてフランス大統領が国際舞台で一定の活躍を演じたことも、その国内での評価を押し上げるのに一役買ったかもしれない。

 

 それにしても、大統領選の直前に上院の調査委員会が発表した、政権と米大手コンサル会社マッキンゼーとの癒着は、マクロン批判の大合唱となってもよさそうなスキャンダルだと思われるのに、メディアは申しわけ程度にしか報じなかった。

 

富豪が支えるマクロン

 

 そもそも、彗星のように現れた当時39歳の若きリーダーが、左派と右派を糾合し、圧倒的な得票で大統領の座に就いた5年前の経緯自体、メディアの大がかりなキャンペーンの産物だった。

 

 詳細は、日本でも翻訳が出ているホアン・ブランコの著書(『さらば偽造された大統領 マクロンとフランスの特権ブルジョワジー』、杉村昌昭・出岡良彦・川端聡子訳、岩波書店、2020年)に譲るが、フランスの主要メディア・出版は今や完全に一握りの富豪(服飾、酒類等の有名ブランドを束ねる巨大企業LVMHの総帥ベルナール・アルノー、その娘婿でポルノ産業により財をなしたグザヴィエ・ニール、および名だたる出版社、新聞雑誌、ラジオ局の集合体に君臨するアルノー・ラガルデールら)の所有物と化しており、彼らが政権中枢と結び世論をコントロールしながら自分たちの利得を増すための政策を推し進める「寡頭制」(オリガルシー)が、フランス政治の偽らざる現状である。これら富豪たちの忠僕であるマクロン大統領が、民の幸福のための政治を行うことはありえないのである。

 

 だがしかし、これだけのことが明らかになっていて、それでもなおマクロンが勝ってしまうとはどういうことか。多くの国民の支持を得ているとはいえない候補(第1回投票におけるマクロン候補の得票率は、棄権も含めた全有権者の約2割にとどまる)が当選してしまう選挙制度自体に問題があり、民意をより正確に反映しうる投票方法に変えるべきだという議論もあるのだが、それについてはここでは措こう。

 

フランソワ・ブーロ

 黄色いベスト運動に参加し、運動のスポークスマンの一人として活躍した弁護士フランソワ・ブーロ(Franois Boulo)が、昨年4月、自身のブログに、1年後の大統領選を見据えた「2022年のための行動計画」と題する記事を書いている。ブーロは、現在、フランス市民は三つの大きなグループから成っていると分析する。

 

 1)支配階級(政治家、メディア、金融界)と、それを支持する上層中流階級(合わせて有権者全体の約25%)。彼らは、特権の維持のためなら、警官隊に群衆に向けて発砲させることも辞さない。

 

 2)消費社会とマス・カルチャーによって「眠らされた」人々。彼らは今何が問題で、どのような危険が身に迫っているかについて、何の自覚もない。これが市民の大多数を占める。

 

 3)「抵抗者たち」、すなわち、さまざまな方面(黄色いベスト、労働組合の活動家、教員、消防士、医療従事者等)に見出される、現状に怒っている人々。このグループは、そこに属する市民がまだ、世界についての共通の見方、われわれを苦しめている悪についての共通の理解に達することができていないがゆえに、分裂している。黄色いベスト運動が社会全体から孤立する結果になったのがそのよい例である。

 

 ブーロによれば、したがって、何より優先すべき目標は二つだ。「抵抗者たち」を結びつけることと、「眠らされた」人人を目覚めさせること。

 

 大統領選の結果は、この1年前の分析とよく符合するものであったように思う。1番目のグループが2番目のグループの一部も引き込んでマクロンを大統領に押し上げ、今回再び大統領の座につけたことは自明であろう。3番目のグループは、やはり分裂し、一つになることができなかった。第1回投票での得票率は、マクロンが27・85%、2位のルペンが23・15%、3位のジャン=リュック・メランションが21・95%。

 

 「不服従のフランス」党首メランションは、メディアにおいてしばしば「極左」と形容されるが、「極右」のルペンともども、マクロンとは異なり、国民に奉仕する意思を持った政治家であることはまちがいない。ただ、第一回投票の結果判明後、メランションが「(第2回で)ルペンには投票するな」と呼びかけたとおり、両者が共闘する可能性は今のところ皆無だ。つまりは、「反マクロン」が、互いに水と油である「極右」と「極左」にきれいに分かれ、その結果マクロンが勝利を収めた、というのが今回の大統領選だったのだ。

 

注目の6月国民議会選挙

 

 かつて政権を担った共和党や社会党をはじめとする既成政党が、党の分裂もあって政治勢力として後退し、その代表が3位のメランションと大きく水を開けられた(既存政党党首の最多得票率は共和党ヴァレリー・ペクレス候補の4・78%)ことも、今回の選挙の大きな特徴だった。

 

 右派・左派という対立軸は、いまや完全に過去のものであり、真の争点は、寡頭制か国民のための政府か、という二者択一であるといわねばならない。言い換えれば、ルペンに入れた層とメランションに入れた層が、このことをよくわきまえて、見かけの対立にまどわされることなく、国民の代表と呼びうる政治家を選ぶことができれば、現状を変えうる、また、それによってしか現状は変ええない、ということだ。

 

 ブーロが現在力をこめて訴えているのが、「プランB」の実現である。大統領選でマクロンを落とすという「プランA」は不発に終わったが、次なる一手として、6月4日から18日までの日程で行われる国民議会選挙で、共和国前進やその補完勢力とみなされる共和党の議席を減らすことで、政権運営を麻痺させようとの作戦を呼びかけているのだ。大統領陣営が議会で多数派を占めることができなければ、大統領と首相が政策面で対立する状況(「コアビタシオン」と呼ばれる)が生まれ、支配層のもくろみに少なくとも歯止めがかけられることになる。ツイッター上では、これと同じ考えを共有する人人のあいだで、「#HackMacron2022」(ハッシュタグ「マクロンをハッキングせよ」)が合言葉となっている。

 

 「プランB」が成功するか否かはひとえに6月の有権者の行動にかかっているが、成算はあるとブーロは言う。その根拠は、前回(第2回投票で66・10%を得票)と比べてのマクロンの得票率の大幅な低下だ。しかも4月の第1回投票では、棄権者が全体の26・31%もいた。彼ら(その多くは前述の「眠らされた」人々であろう)のうちの何割かが投票に行くことで、大統領選の結果を覆し、これからの五年間を希望あるものにすることは、十分可能であるはずだ。

 

 「金持ちたちの大統領」が今後も権力をほしいままにすることを許せば、寡頭制が続き、富める者はますます富み、そうでない者は心も体もむしばまれていく今の社会の病態が進行する。政治をエリートに任せるのではなく、「国民主権」という言葉が実態を具えたものとなるように、現実を変えるしかない。

 

 パンデミックや戦争がもたらす不安が、この認識を曇らせることがあってはなるまい。実のところ、WHO、EU、NATOといった超国家的な組織が、フランスの国家主権を制限するのみならず、フランス国民の利益を現に損なっているとみなす点でも、「極右」「極左」両支持層は共通している。市民の手に権力を取り戻そうとするフランス国民の戦いは、フランスの支配層がその一部をなしているグローバリストたちをも標的として戦われていくことになろう。

 

--------------------------------

 

 つじべ・だいすけ 1963年生まれ。東京大学文学部フランス語フランス文学専修課程卒業、同大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程満期退学。1999年に東京大学大学院人文社会系研究科助手をへて、2002年から福岡大学人文学部講師、2003年から福岡大学人文学部フランス語学科助教授、2014年から同教授。研究分野は18世紀フランス文学。

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。