いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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駐日ベネズエラ大使が日本記者クラブで語ったこと ~ベネズエラの平和と安定のために~

 ベネズエラ・ボリバル共和国で米国の介入による政権転覆の動きが緊迫化するなか、日本国内で伝えられる情報の多くは欧米メディアに依存したものに限られ、事態を正しく認識することを妨げている。2月1日、日本記者クラブで駐日ベネズエラ大使館のセイコウ・イシカワ大使がベネズエラで起きている一連の混乱の実情と原因、その平和と安定に向けた解決の道についての講演をおこなった。ベネズエラ情勢を巡って何が動いているのかを捉えるため、その講演内容を紹介したい。

 

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 1月23日にベネズエラの首都カラカスで野党派の集会がおこなわれ、その場でフアン・グアイド国会議長がみずからベネズエラの大統領代理に就任することを宣言した。現在、国際社会がこの件に広く注目しており、事態は刻一刻と変化している。

 

 多くのメディアの報道を見ると「グアイド氏に国民と国際社会の支持があり、憲法上の利がある」という印象を持つ。また、中国、米国、ロシアという主要国の利害やこれらの国国の関係という観点から語られるパターンも見受けられる。

 

 このグアイド議長にいわゆる正統性を認め、事実上の政府を樹立しようという米国の利害に基づいた見方は、ベネズエラの政治的危機を煽り、最悪の場合には米国の軍事介入を招き、それを正当化することになりかねない。今最も大切なことは、対話の条件を整えることだ。世界の国国や複数の国際機関がこれを提案している。例えばウルグアイとメキシコが、バチカンと国連事務総長とともに国際会議を招集しており、今月7日にモンテビデオで国際会議を催し、そこでは対話の条件を整えるイニシアチブが前進するものと思われる。

 

 この講演で、みなさんに事実を正しく捉えてもらい、そのことが私たちベネズエラ人がみずからの手で平和と安定を手にする力になるものと信じている。

 

 まずはじめに理解すべきことは、グアイド議員の暫定大統領就任宣言はベネズエラ憲法に違反している。従ってこれは政権転覆(クーデター)にあたるということだ。

 

 「国民がグアイド議員を支持している」という印象が広まっている。しかし、今年の1月7日から11日におこなわれた世論調査によると、回答者のうち81%もの人人がグアイド議員のことを認知していなかった。そもそもグアイド議員が国会議長になったというのも、野党の主要4党による合意に基づく輪番でその座に就いたに過ぎない。さらにグアイド議員が属する「大衆意志党」はその野党のなかでも最も少数勢力だ。しかも党のなかでさえグアイド議員はトップではなく、ナンバー3でしかない。そして、他の野党代表らもグアイド議員の暫定大統領就任を拒否している。

 

 ではなぜ、国民に認知されず、党のリーダーでもない人物が1日にして有名になり、国際社会の場に彗星の如くあらわれることになったのか?

 

 1月25日の『米ウォールストリートジャーナル』紙は、グアイド議員がみずから暫定大統領を宣言する前日の1月22日、米国のペンス副大統領がグアイド議員に電話し、「もし暫定大統領をみずから宣言すれば、米政府はあなたを支持する」と申し出たと伝えている。同じニュースはAP通信社も報じている。

 

グアイド国会議長

 さらにグアイド議員自身が、これらの報道を裏付ける行動をしている。ベネズエラ通信情報相は、グアイド氏が暫定大統領就任を宣言する前夜、秘書とともにカラカス市内のホテルに入る映像を公開し、そこで政府与党幹部と会合を持ったことを発表している。その会合に出席した与党幹部のカベイジョ氏は「グアイド氏は、大統領はマドゥロだといい、米国のプレッシャーを受けて困惑していると話していた」と話している。グアイド氏には暫定大統領就任を宣言するように国内外を問わず世界のあらゆる場所から圧力がかかり、グアイド氏自身もそれを納得していなかったと報告した。着目すべきは、この内容についてグアイド氏自身が否定していないという事実だ。

 

 ではなぜ、ペンス米副大統領はグアイド議員に暫定大統領宣言をするよう圧力をかける必要があったのか。米国の目的は何だったのか。

 

 トランプ大統領の次の発言に着目してほしい。「ベネズエラで起きていることは看過できない。あらゆる選択肢がテーブルの上にある。“強力な選択肢”が何を意味するかわかりますね」(2018年9月)――おそらく説明する必要はないだろう。軍事介入を婉曲的に表現したものだ。

 

 トランプ大統領は2018年9月、平和な機関であるべき国連の場で軍事介入を示唆してベネズエラを恫喝した。その数カ月後にグアイド議員は暫定大統領を宣言するよう圧力を受けている。このように政治的危機を増大させたうえで、ボルトン大統領補佐官は1月28日に「米兵5000人をコロンビアへ送る」とする驚愕のメモを出した。コロンビアはベネズエラと2500㌔も国境を共有し、しかも国内に米軍基地が9つある。忘れてはならないのは、コロンビアは近年NATO(北大西洋条約機構)に加盟したばかりなのだ。私はグアイド氏を貶めたいとは思わない。そうではなく、国際法が定める「主権の尊重」の原則を顧みることなく、世界のあらゆる場所でくり広げられてきた介入を明るみに出したいと考える。

 

経済制裁で締め上げ政権転覆をねらう米国

 

チャベス前大統領

 思い起こしてもらいたいのは、チャベス前大統領が就任して以来、ベネズエラは何度もこのような介入やクーデター計画の標的となってきたことだ。昨年8月にはニコラス・マドゥロ大統領の暗殺未遂事件も起きている。

 

 2002年、チャベス大統領時代に起きたクーデターでも、米国の後押しを受けた石油企業の幹部が大統領を名乗るという、今とまったく同じ事態が起きた。さらにこうした事案にCIAが関与していたことを示す証拠も幅広く見つかっている。このときは、勇敢なベネズエラ国民が街頭に出て、民主主義の復活を要求し、彼ら自身の大統領――チャベス氏の大統領復活を勝ちとった。つまり、今回のグアイド氏による暫定大統領の就任宣言というのは、ベネズエラにおける2回目のクーデターにあたる。では、2002年から現在までに何があったのか。

 

 チャベス大統領の死後、米国は多くの制裁をベネズエラに科してきた。その目的はベネズエラ国民を締め上げ、経済に悪影響を与え、クーデターのための条件を整えるというものだ。今年はさらに犯罪的ともいうべき新たな制裁が加えられている。制裁対象者との交渉・取引の禁止。石油会社への90日超の融資を禁止。政府への30日超の融資を禁止。ベネズエラ政府の資産の購入、担保融資を禁止など。企業・金融機関のリスク回避により、制裁内容よりも影響が大きい融資の妨害、資産売却の妨害による影響は極めて大きい。

 

 これらの制裁はベネズエラの経済にさまざまな影響を及ぼしてきた。石油産業、その他の民間企業、金融取引、食料や医薬品の輸入に影響を及ぼし、この違法な制裁によって200億㌦(約2兆2000億円)もの損失をベネズエラにもたらした。2017年12月から1カ月間にわたりベネズエラ国内を調査した国連の人権独立専門家アルフレッド・デ・ゼイヤス氏は、調査報告書で「ベネズエラにおける現在の経済危機は人道危機ではない」「ベネズエラのハイパーインフレなど経済的な混乱の最大の原因は、米国の違法な経済制裁である」とのべている。インタビューでも「現在も続く、一連の経済制裁は“人道に対する罪”といえるものだ」とのべている。

 

 これらの内容をまとめると、米国にはクーデターによる政権転覆の意図があり、経済制裁を科すことによって国民を締め上げ、その目的に向けた条件を整えていった。そして、野党派と与党派の間に政治的な危機を煽り、軍事介入を正当化していく――という道筋をたどっている。

 

 いくつかの国は、ベネズエラでのクーデターを促進したいと考えているのは事実だ。これは国際法に違反し、国際関係の原則を踏みにじるものだが、これとは対照的に非常に有力な解決の道を追求する国国もある。つまり建設的な対話の道だ。

 

 2019年1月28日、ジャマイカなど15のカリブ諸国でつくる「カリコム」がグテーレス国連事務総長を訪ね、代表者らはベネズエラで平和的な解決を求め、事務総長はそれに支持を表明した。またウルグアイは2月7日、モンテビデオで国際会議を開催し、対話を促進することを発表した。

 

 ちょうど昨年の2月ごろ、それまで何カ月間にわたっておこなわれてきた政府と野党との対話が終わり、署名の時期を迎えていた。ところが米国の圧力を受けた野党派がてのひらを返して署名を拒否した。一方、ベネズエラ政府は、そこでの事前合意にあった内容を一つ一つ実行していくことを決めた。その合意には昨年5月20日に大統領選挙をおこなうというとり決めもあった。実際、選挙がおこなわれ、国内20の政党が参加し、900万人もの有権者が投票した。その結果、67%の得票を得てニコラス・マドゥロ大統領が再選されたという経緯がある。さらに、この選挙には150人もの国際立会人団が参加しており、立会人団は「今回の選挙で変わったものはなかった」とのべ、その正当性を裏付けている。

 

 ニコラス・マドゥロ大統領はこれまで何度も対話に向けた固い意志を表明し、今は野党がこの対話に参加してくるのを待っている状況だ。しかし、グアイド議員の暫定大統領就任宣言によってこの対話の道が閉ざされている状況にある。

 

 くり返しのべたいのは、ベネズエラに平和と安定をもたらす道は、クーデターでも、グアイド議員の暫定大統領就任宣言を正当化することのいずれでもない。唯一の道は、建設的な対話であり、憲法に基づいた対話であり、国際社会に求められるのは、平和に基づいた対話を支援していくことだ。ぜひその道への賛同をお願いしたい。私たちベネズエラ人は、強い意志と努力によって、平和を愛するというベネズエラ人の天性の資質を証明するだろう。

 

◇ 記者との質疑応答

 

  26日の国連安保理会合で、アフリカやアジア諸国は軍事行動ではなく対話を求めているが、これをどう捉えるか?

 

 大使 1月24日に米州機構(OAS)の会合があり、この場でグアイド議員の大統領就任を正当と認めようという国国が動議したが、実際には多くの国からの反対を受けた。しかも暫定大統領賛成の国が以前よりも減っていた。つまり、ラテンアメリカ地域ですら合意がない。国連安保理で反対した国があったのは、それらの国国が「内政不干渉」の国際法の原則に違反するものであることをわかっているからだ。これはベネズエラだけの問題でも、ラテンアメリカ・カリブ地域だけの問題ではなく、私たちの世界自身がこれまでにないほどこの問題の危機にさらされているといえる。

 

 世界の平和を維持するためには、国際法を維持する必要がある。イラクのことを思い出してほしい。ある一部の国国が独立国に対して軍事的な行動を促進した。私たちが今行動しなければ、同じことがベネズエラに起こりかねない。

 

60カ国の国連代表がベネズエラへの内政干渉を非難(22日、ニューヨーク)

 Q 危機を克服するための具体的な措置として、グアイド氏を支持する勢力が再選挙を求めていることをどう捉えるか? 内政介入はあってはならないが、国が抱える人権問題も改善を図るべきとの声もあるが?

 

 大使 確かに国際社会から「再選挙をすべきだ」との声があることは理解している。しかし、その前に私は国内の国民間での同意があるべきだと考える。今回の政治的危機だけでなく、ベネズエラが直面してきたすべての問題について、そのベースとなる国民の同意があるべきだ。例えば、明日すぐに選挙をやるべきだという外国からの圧力があったとして、その直前の選挙で投票した約1000万人の有権者の意志はどうなるのか? 大統領に投票した600万人の意志はどうなるのか? 野党や他の国国が「選挙を認めない」という前に、国民のなかでそのベースがあるべきであり、そのうえで次のステップとして何をおこなうべきかが決められるべきだ。そのためには国民間で対話をし、議論を進めること、特に重要なのはお互いの意見を認め合うことだ。

 

 人権について指摘しておきたいのは、チャベス前大統領が就任したさいにベネズエラは新憲法を制定している。憲法では人権を拡大し、それを保障するという内容を新たに定めた。現に、国連の人権委員会がおこなう審査でベネズエラは常に合格に達している。人権を政治的道具として使うことはやめなければならない。

 

  チャベス大統領が就任して20年になる。今回のハイパーインフレの責任は米国の制裁にあるといわれたが、マドゥロ政権に至る20年の経済政策に問題はなかったのか? 世界最大の石油埋蔵量を持ちながらなぜこれほど貧しくなったのか?

 

 大使 ベネズエラにそのような問題があることは否定はしない。マドゥロ大統領自身が1期目の就任後、最初にやったのは経済の立て直しだった。石油収入に頼る経済から脱し、新たな経済回復計画をつくることに尽力した。これまで政府が新しい経済モデルをつくるための努力をしてきた形跡は残っている。だが、その努力を進めるにあたって障壁や妨害があったのも事実だ。

 

 ベネズエラ国内の野党派も含めたすべてのセクターが同意していることは、経済制裁は停止されなくてはならず、この違法で犯罪的な制裁をやめることによって問題に対応することができるということだ。とくに金融取引を停止され、貿易を停止され、ベネズエラが保有する金で返済能力を高めることすら禁止されている状態で、いかなる経済再建が可能なのか考えてもらいたい。確かに制裁が経済危機の唯一の原因ではないが、主要な原因であることは疑いない。

 

 近近、大使館のホームページ(http://venezuela.or.jp/)でベネズエラに科されている制裁の一覧を掲載する。それを見れば、この制裁がいかに影響を与えているか理解できると思う。

 

 Q 2015年以降に300万人が国外に脱出していること、野党側が昨年5月の大統領選では有力な野党候補者が拘束されていたことを理由に「選挙の無効」を訴えていることについてどう認識しているか?

 

 大使 移民危機については、非常に遺憾なことである。ベネズエラ政府としてその責任を拒否するものでも、責任を回避するものでもない。この経済危機のなかでも、ベネズエラから他国に移住し、ふたたび国内に戻りたいとの意思を持つ人人に応える支援がおこなわれている。そして最近半年間のうちに約1万人がベネズエラに帰還している。

 

 ただし、移民の数については多少の操作がある。ベネズエラ政府は、移民の数を発表している機関に対してオフィシャル(公式)な裏付けを出してほしいと要求しているが、いまだいずれの回答も得られていない。象徴的な事例は、隣国コロンビアに向けて多くの国民が国境をこえているが、そのうち非常に多くの割合の人人が同日中にベネズエラに戻ってきている。これはコロンビア政府の調査によって明らかになっている。

 

 もう一つ示したいのは、国際移民機関の調査によると、ベネズエラは現状でも移民の数のプラスマイナスでいえば、プラスの数字が出ている。つまり、出て行く人よりも入ってくる人の方が多い。データを比較すると、人口密度の観点から見て、ベネズエラから出て行く移民は非常に割合として少ない。ただ、このようなデータによって、私は移民に対する政府の責任を回避しようとしているのではない。改めていいたいのは、国を出ざるを得ない状況の改善に向けて努力をしており、その最初のステップは制裁の停止にあるということだ。

 

 昨年5月の大統領選での野党の不参加については、野党自身の落ち度によってもたらされたものだ。昨年5月の大統領選は、ベネズエラの選挙管理委員会が定めた選挙制度によっておこなわれたが、それは2015年に野党が多数派を勝ちとった国会議員選挙のときとまったく同じ。くり返すが、まったく同じ選挙制度でおこなわれた。

 

 さらにベネズエラの選挙制度は世界で最も優れたものという発言もなされている。ベネズエラでは電子投票制度を採用しているが、選挙前、選挙中、選挙後を含めたすべての過程に16もの会計検査ステップがある。この16の会計検査ステップには、選挙に参加するすべての政党が確認に立ち会わなければならないことになっている。ラテンアメリカ選挙監視機構の代表は「5月の大統領選ではまったく何のイレギュラーな事故もおこらなかった。この大統領選が不正だという指摘は、政治的理由によるものだ」と発言している。

 

 これまで話した経緯を踏まえて考えてほしい。2018年5月の大統領選を否定することによって最も利益を得るのは一体誰だろうか?

 

  日本社会や日本政府に求めることはなにか?

 

 大使 グアイド議員の暫定大統領就任を正統化したいという意図を持つ国がある一方で、もっと建設的な道は対話の道だということを改めて強調したい。ベネズエラが直面している、とくに米国の軍事介入がおこりかねない緊迫した状況にさいして必要なのは対話だと思う。国際社会に求めるのは、国際法の原則、とくに「内政不干渉」の原則を尊重してもらいたい。ベネズエラ人自身の努力に基づいた解決の道をたどるというプロセスに、ぜひ伴走してもらいたい。

 

 Q ベネズエラ国内で、フランス、スペイン、チリなどのジャーナリストが拘束されているというが、報道の自由の観点からどう思うか? 欧州議会がグアイド氏を暫定大統領として認める決をとったというが、米国だけでなく欧州からもグアイド氏が承認されている状態をどう思うか?

 

 大使 ベネズエラにいたことがあるすべての人が知っていることだが、ベネズエラには完全に報道の自由がある。それを示す事実として、政権に批判的なニュースは非常にたくさんあり、これは政権に好意的なニュースよりも圧倒的多数に及ぶ。これは報道の自由の幅をあらわしているものではないか。私たちも報道の自由を尊重してきたが、海外記者の拘束はベネズエラの基本的な規則によるものだ。免許や許可証がなければ外国から国内に入って仕事ができないのは各国共通のルールであり、拘束された記者たちは報道ビザを持っていなかったようだ。

 

 大使館のホームページにはベネズエラ憲法の日本語訳を載せている。そこでは、「国の主権は国民のみにある」と明確にしている。欧州とくにEUがおこなったことは、ベネズエラで人人が選んだ合法的な大統領を認めないということだ。しかも、憲法に規定のない「暫定大統領」というものをベネズエラに押しつけようとしている。しかも、選挙の実施日まで指定してきているという現状だ。建設的な役割を果たさなければならない機関がまったく逆のことをしている。世界にとって非常に危険なことだ。

 

  1月28日に米政府がベネズエラ石油公社PDVSAに制裁を科したが、国にとってどのようなインパクトがあり、今後どのような経済的影響が考え得るか?

 

 大使 ベネズエラは違法な制裁の対象になるだけでなく、さらに我が国の石油産業にも制裁が科された。これにも法的根拠はない。石油子会社CITGOや、国営PDVSAによる収入を奪うものであり、その額は実に110億㌦(約1兆1000億円)になるといわれている。米企業にとってこの制裁は好ましく、メリットがある。これはリビアの事案と酷似している。リビアへの軍事介入のプロセスが始まったとき、リビア政府に入る口座の凍結がおこなわれ、リビアに戻るべき収入が戻らなくなる措置がとられた。

 

 ベネズエラのPDVSAへの制裁を発表した同日の記者会見で、ボルトン米大統領補佐官は「米国企業がベネズエラにおける石油生産に参入していけることを期待する」と発言した。「米国経済に資することが必要だ」と。これをベネズエラは指をくわえて見守っているわけではなく、必要な行動をとり、ベネズエラの周囲には、唯一の大統領であるニコラス・マドゥロを承認する多くの国が、今後も経済取引を続けていくことを表明している。

 

  チャベス前大統領就任後に始まった医療や教育の無償化などの貧困政策は現在どうなっているのか? ベネズエラの児童オーケストラ(エル・システマ)の訪日予定はあるのか?

 

 大使 ベネズエラとベネズエラ政府がおこなってきた社会政策は、現在の経済状態にあっても予算を割いて実施している。最も象徴的な例は、住宅計画(ミシオン・ビビエンダ)だ。これまでに240万戸の住宅を貧困層の人人に供給している。どれだけの予算と労力が割かれたかがおわかりかと思う。つい1週間前の政府発表では、キューバから数千人の医師がベネズエラに到着し、医療・福祉計画に則って人人に医療を提供することになっている。ベネズエラの社会政策は止まることなく前進し、貧しい人たちへの支援を続けていく意志をもっている。

 

 「エル・システマ」は、公的融資によって社会的運動を実施するという理念に基づいた音楽教育プログラムで、創設者のホセ・アントニオ・アブレオ博士は残念ながら昨年3月に亡くなった。博士の功績を讃えるセレモニーで、これまで100万人の子どもたちがこのプログラムに参加してきたことが発表された。エル・システマは音楽教育を通じて、さまざまな恵まれない環境にいる子どもたちの成長・発展を促していくプログラムであり、無料で提供されている。世界のどこにこれほど厳しい経済状況にありながら、これだけの規模で計画を続けている国があるだろうか。世界のみなさんに可能性があればこれを続けていく努力に加わっていただきたい。来年、ベネズエラの音楽家だけでなく、全国の子どもたちが幅広く参加するイベントが開かれることを間もなくお知らせできるだろう。そして、それは日本で開催される予定だ。

 

「民主主義vs独裁」の図式は本当か

 

  日本や欧米など多くの主要メディアがベネズエラの混乱を「民主主義vs独裁」という図式で報じているが、メディアのかかわりについてどのような印象をもっているか?

 

 大使 このテーマについて論じるには2時間は必要だ。だが、このテーマはまさに今起きていることの核心だ。ベネズエラの解放者シモン・ボリバルの有名な言葉がある。「米国は、ラテンアメリカすべてを自由の名の下に、その惨めな状態に陥れるために存在しているようだ」--つまり「民主主義と自由」というものは、他国をひざまずかせるために使うことができる非常に有力な武器になるということだ。このなかでメディアの果たす役割は非常に大きい。つまり、社会のなかに良心を育むために果たす役割だ。そのためには「倫理が非常に重要だ」と、チャベス前大統領は政府メンバーだけでなく国民全体に呼びかけていた。

 

 よい例え話がある。いま世界はトランプ大統領をきっかけにしてフェイクニュースの旋風が吹き荒れているが、ベネズエラでは20年前からフェイクニュースの旋風が吹き荒れていたというものだ。

 

 象徴的なのは2002年のチャベス前大統領に対するクーデターだ。これはメディアによって計画され、メディア自身がおこなった史上初のクーデターだった。ぜひ見てほしいドキュメンタリーがある。スペイン語で『LA REVOLUCIÓN NO SERÁ TELEVISADA(伝えられない革命)』(邦題『チャベス政権・クーデターの裏側』)というドキュメンタリーだが、これはクーデターがどのように実行されたかを内部から刻一刻と伝えている。

 

  チャベス政権誕生後、クーデターや制裁を仕掛け続ける米国のベネズエラへの執着には、石油利権獲得の他に、ロシアや中国を睨んだ地政学的な狙い、米国内の内政絡みの狙いなど他の理由があるのか?

 

 大使 米国の目的はこの20年間変わっていない。変わったのは方法だけだ。米国の狙いは、もちろん豊富な資源にある。ベネズエラは世界でも有数の石油埋蔵量を誇っており、その石油は米国の海岸まで船でたった4日で運ぶことができる。

 

 さらに金の埋蔵量は世界4位。加えて、天然ガス、コルタン、ボーキサイト、さらにラテンアメリカのなかでも随一の水資源を誇る。トランプ大統領はボルトン氏を通じて、その資源に対する野望を隠すことなく明確にしている。

 

 もう一つ、日本のメディアでは語られない要素がある。米国のティラーソン前国務長官が昨年語ったことは「モンロー主義」の再興を狙っているという意図だ。国防総省の教書では、米国にとっての主要な脅威を明確にしているが、その脅威は中国、ロシアであり、米国はラテンアメリカ地域のなかで早急にその影響力を回復する必要性があると考えている。まのあたりにしているのは「コンドル計画」(1975年に南米で起きた親米独裁政権によるテロ活動)の再来なのだ。今回は、もちろん新たな手法が加わっている。政治を司法を利用して変えていくという手法であり、ブラジルや中米でも同じことがあったが、司法を使った活動によって、より親米的な政権をつくるように促進していくという動きだ。

 

 ベネズエラとベネズエラ政府は高い倫理観を持っている。「主権擁護」を掲げ、独立した姿勢も強く、米国にとっては目障りな存在なのだ。それによって私たちは、これまで米国からあらゆる攻撃を受け続けてきた。それでも、私たちはこの状況を生き続けなければならない。これは米国だけでなく、世界で変化が起こるまで、よりバランスのとれた世界になるまで、この状況のなかを泳ぎ続けなければならない。必要なのは、私たち個人の考え方、心の持ち方を変えていくことだ。そのためにメディアの果たす役割は大変に重要なものだ。

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