いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

最終戦争を防ぐためにも一刻も早い停戦を 東京外国語大学名誉教授・伊勢崎賢治

伊勢崎賢治氏

 現在メディアを賑わせているウクライナ軍反転攻勢――何か戦時中の大本営報道を思わせるものがあり、僕が日頃から懇意にしている防衛研究所の研究者たちもが、「お茶の間の動員」に一役買っている。強い怒りを覚える。

 

 そのような日本の世論の動向だが、ここでウクライナ軍の反転攻勢についてリアリティをもってよく考えてほしい。

 

 もしウクライナ軍の反撃が功を奏して、東部の2州はおろかクリミアからもロシア軍を追い出したとしよう。そうなるには、そうなる以前から当然、軍事均衡線は、ロシア領内に深く切り込んでいるはずである。そうでなければ国境まで押し返せない。つまり、元の国境の外にロシア軍を追い出すには、その兵站路を含めて深くロシア領内のロシア軍の拠点を攻撃しなければ不可能だということだ。

 

 ロシア領内の被害が増大すれば、ロシア側は当然、個別的自衛権の行使を全面に(特にロシア国民に向けて)据えてくるだろう。

 

 この戦争がどう始まったかというと、ウクライナ東部のロシア系住民が民族自決権を要求し、ウクライナ政府から迫害を受けていたことを前提に、ロシアはそれを助けるために国連憲章51条の「集団的自衛権」に則って、戦争ではなく特別軍事作戦を始めた。これがロシア側の“理屈”だった。僕はこの理屈を認めないが、それでもこれがプーチンの理屈だ。

 

 ロシア領内への攻撃が激化すれば、今度は、国家が自国民の保護という、最も基本的な「個別的自衛権」の行使を建前に、陸戦の消耗を回避できるウクライナ領内への空爆を今以上に激化させることは目に見えている。

 

 そして、当然窮地に陥るウクライナ側は、ロシア軍が主要な前線で集中させている軍事力を分散させるため(気を引くため)に、首都モスクワなどの主要都市を、通常の陸上戦ではない方法で攻撃し始める。

 

 通常の陸上戦でない攻撃方法とは、これはすでに始まっていることだが、政府が「自分が命令したわけではない」と言い訳ができる非正規な組織が引き起こす、軍事的には小規模なテロ的攻撃だ。

 

 軍事的には小規模でも、それが発生する場所とタイミングによっては、「最終戦争」を誘発する可能性がある。

 

 これには、歴史上の先例がある。

 

 インドは、核保有国のなかでもNo First Use(核の先制不使用)を宣言している国だ(これを宣言している核保有国はインドと中国の2カ国のみ)。しかし、2001年の9・11同時多発テロの直後の12月、インドの首都ニューデリーで、国会開催中の国会議事堂が、パキスタン軍とつながりをもつイスラム過激組織のテロ攻撃を受け(もちろんパキスタン政府は関与を否定)、多数の犠牲者を出す事件が起きる。

 

 攻撃を受けたのは、会期中の国会という実にセンセーショナルな場所とタイミングだ。このときは9・11テロ直後であったため、世界が震え上がった。皆、核攻撃が始まると思い、パキスタンの首都イスラマバードから西側諸国の大使館関係者らが一斉に国外退避した。実際にインドもその気だったと思われる。

 

 つまり、9・11という大事件の後、首都がいきなり攻撃されたことを根拠に、インドは個別的自衛権に基づいて一挙に核攻撃に踏み切るという恐れが現実味を持ち、世界は反応した。

 

 この時に、事態の沈静化のために印パ両国にシャトル外交をおこなったのは、アメリカ国務副長官のアーミテージと、ロシアのプーチンだ。

 

 集団的自衛権の範囲(自国民以外のものを助けるという範囲)であれば、戦略核が使用される可能性はまだ低い。しかし、いきなり首都が攻撃されると、個別的自衛権への国民感情とそれを利用する国内政治が、一気に核を選択肢に入れる可能性が出てくる。

 

 ロシア側の自作自演だという説もあるが、今年5月にモスクワのクレムリンへのドローン攻撃が起きた。ロシア側が個別的自衛権を主張し始める前に、停戦を実現しなければならない。

 

一般論としての停戦 G7は当事者としての自覚を

 

 一般論としての停戦についてのべる。それには、やはり2014年に結ばれたウクライナ東部での紛争(内戦)の和平合意であるミンスク合意(OSCE・欧州安全保障協力機構)の例が一番わかりやすい。このときは緩衝地帯(Buffer Zone)がつくられた。

 

 緩衝地帯とは、国際監視の下の非武装地帯であり、両軍が兵力を引き離す場所だ。何度もくり返すが、それは国境を確定することではない。国境線の確定は、その後時間を掛けておこなう政治交渉だ。

 

 たとえば、激戦区であるドネツク州のバフムトは現在、ロシアがそのほとんどを占拠している。ここを国際監視団を入れて兵力を引き離す緩衝地帯にする外交交渉は、現在バフムトの大部分を占拠しているのはロシア軍であるため、これは当然ロシアにとって不利だ。だからこそ、そこでアメリカを含むG7側からウクライナへの武器の供与の停止をロシア側の小耳に挟む。交渉のカードとして。これにはG7がこの戦争の当事者であるという自覚が必要だ。

 

 これが達成できれば、ロシア軍を大激戦区から撤退させたというウクライナ側の顔が立つ。と同時に、G7の武器供与を停止させたというロシア側の顔も立つ。両国の顔が立つ――そういう仕組みをつくるタイミングを外さないのが停戦交渉であり、第三者の役割だ。

 

 バフムトのほかには、原発があるザポリージャを緩衝地帯にする原発停戦が考えられる。これはIAEA(国際原子力機関)が入っているため、すでに布石がある。ここでも占拠しているのはロシア軍だから、国際監視下の非武装地帯にするということは、ロシア軍の撤退を意味する。決してロシアに懐柔されているわけではない。

 

国際監視団の役割 大規模な総力戦を抑止

 

インド・パキスタンの国境地帯カシミール地方で活動する国連軍事監視団(国連HPより)

 では、その国際監視団をどうつくるか? それには、おそらくミンスク合意のOSCEより大きな、そしてより中立な枠組みが必要になる。

 

 ウクライナ戦争は、世界レベルの食料危機、ロシアが最大の沿岸国である北極圏問題(=地球温暖化問題)に直結し、核戦争の脅威という他の紛争にはない地球規模の要素を含んでいる。そのためG7を含む紛争当事国以外の全世界が参加する枠組みが不可欠であるが、その動機はすでに示されている。

 

 今回のようにインドネシアの国防相が監視団を出す用意があると表明するようなケースは過去にない。だから停戦は可能だ。

 

 グローバルサウスの参加はもちろんであり、その和平案が同意を得るのはこれから難航するだろうが、南アフリカを中心とするアフリカ7カ国が仲介に乗り出したのはたいへん良いサインだ。

 

 では、そういう国際監視の枠組みは、過去実際に有効だったか? 過去の事例から展望すると紆余曲折は避けられないが、それが停戦だ。

 

 まず、印パ(インド・パキスタン)戦争。カシミール問題という、民族自決権・分離独立問題を抱えている点でウクライナ戦争と共通点がある(2014年から東部ドンバスは内戦状態であった)。印パ戦争は1947年に勃発し、1949年に国連安保理決議で、帰属問題を決着するために住民投票の実施が決定されたが、いまだに実施されていない。それでも停戦は継続されている。

 

 この国連インド・パキスタン軍事監視団は、第1次印パ戦争の停戦のために1948年1月に安保理が設立して以来、現在まで存在する。任務は監視のみで、武力衝突のさいの自己防御のための抑止機能を持たない非武装だ。

 

 この対象例として、シリア・ゴラン高原の兵力引き離し監視ミッション(UNDOF)がある。これには自衛隊も一時期参加した。1974年に始まる第4次中東戦争において、シリアvsイスラエルの両軍を引き離すための国連平和維持軍だ。最初は非武装であったが、とくに非正規の武装組織による攻撃が、このUNDOFに集中したために武装が決まった。

 

 印パ戦争に話を戻す。監視団プレゼンスがありながら、1965年には第2次印パ戦争、1971年には第3次印パ戦争が起きた。停戦ラインを再設定し、両国が核保有をしてからも、1999年にカルギル紛争が起き、両軍で数百名が死亡している。それでも全面戦争には至っていない。それが監視軍の役割だ。

 

 よく有名無実のミッションだと悪口をいわれるが、それでも大規模な総力戦と核戦争へのエスカレーションを予防しているという見方もある。

 

 ウクライナ戦争もこうなる可能性がたいへん大きい。つまり、停戦の長期化・固定化、もしくは“紛争解決”や“講和”には至らない可能性もある。休戦状態になるかもしれない。

 

 休戦で忘れてはならないのは、朝鮮半島38度線の朝鮮国連軍 (Armistice Commission)の存在だ。1950年の国連安保理決議(ソ連欠席)で創設され、米韓を中心に17カ国で構成される国連軍だが、ブトロス・ガリ事務総長時代には「国連とは関係ない」という書簡を出しており、実質は米軍であり、国連本部は管理していない。非常にわけのわからない国連軍であり、その意味で冷戦はまだ終わっていないと朝鮮半島ではいわれる。この奇妙な国連軍と地位協定を結んでいる奇妙な国が日本だ。だからこの問題は日本と直結している。

 

 休戦について批判はあるだろうが、それでも少なくとも人間が大量に死ぬ戦闘は現在まで抑止している。

 

決着は長期化する 領土よりもまず命守れ

 

 停戦監視が攻撃された結果、監視団そのものが失敗となったケースもある。シリアのケースだ。

 

 まだ紛争が、アサド政権vs反体制派という単純な構造だった2012年4月、安保理決議により、国連とアラブ連盟の合同特使としてコフィ・アナン元国連事務総長を責任者に250名ほどの監視団が立ち上げられた。シリア軍の撤退コミットを受けて反体制派の停戦に持ち込むミッションだった。ところが同年6月、停戦監視団への攻撃で活動が停止する。

 

 その後、僕がアフガンで一緒に活動したラクダール・ブラヒミ元国連アフガニスタン事務総長を特別代表として復活したが、2014年に彼は辞任。その後、IS(イスラム国)が出現し、紛争構造が複雑化し、混乱していくなかで事実上の機能停止となる。紛争の混迷化は今に至る。

 

 ここから得られる特徴的な問題点としては、紛争当事者の指揮命令系統が効力をもたない非正規軍事要員が戦闘の主要なアクターになると、停戦の「スポイラー(合意破り)」になってしまうということだ。スポイラーとは、義勇兵や傭兵の類いだ。

 

 ロシア・ウクライナ戦争では、これが最大の懸念点であり、ウクライナ、ロシア双方にこの問題がある。ウクライナにおいての停戦は非常に困難が予想されるが、くじけてはいけない。

 

 以上、過去の事例からの教訓として、“紛争の解決・正義の決着”は長期化するというマインドセットが停戦工作には不可欠だということだ。それは正義の決着の象徴である、戦争犯罪の起訴も含めてだ。実際に戦犯法廷の設立自体に時間がかかる。停戦が遅れれば起訴に必要な証拠も風化する。戦争犯罪の起訴のためにも停戦が必要なのだということを頭に入れてほしい。

 

 「侵略者ロシアとの交渉は、国際正義と秩序を崩壊させる」という意見がある。わからなくはないが、それをウクライナ人の血であがなおうとする、安全地帯にいるわれわれはいったい何者なのか? 僕は卑怯者だと思う。

 

 果たしてそれもウクライナ人の“総意”なのだろうか? ウクライナの主要メディア『ウクライナ・プラウダ』は今年3月に実施された世論調査の結果を報道した。「侵略国との妥協は不可能」と答えたウクライナ人は71・8%だった。100%ではないことに驚かされる。同調圧力が猛威を振るっているはずの戦時の世論としては、驚くべき数字だ。これが大戦中の日本だったら、どうなっていただろうか?

 

 停戦に話を戻す。政治交渉で停戦合意がなされても、小規模な停戦違反の戦闘は必ず起きる。そして監視団も犠牲になる。それが合意そのものの崩壊に至らせないために、それぞれの違反の発生時に仲裁と裁定をおこなうのも国際監視の役目だ。なぜミンスク合意におけるOSCEの監視が失敗したのか。その検証が必要だ。

 

 先月、久々にBSフジ『プライムニュース』に出演した。そこで僕たちの「今こそ停戦を!」の活動をテーマに、元防衛大校長の五百籏頭(いおきべ)眞さんと2時間話し合った。長い付き合いだが、お互い同意できない点はあったものの、五百籏頭さんはこうのべた。「停戦は必要だ。でも今はどうか?」と。

 

 だが、僕のスタンスはクリアだ。停戦、そして停戦を維持することが非常に困難なことであることは、僕は実務家として誰よりも知っているつもりだ。だが永久に続く戦争はなく、必ず停戦か、休戦をする。だから、それを1日でも早く、というのが僕のスタンスだ。それは、ウクライナ人の無辜(こ)の市民の命を1人でも救うためだ。

 

 去年までは「停戦? ロシアと交渉することか? とんでもない!」というのが世論の反応だった。だが今年は違う。世論の着実な変化を感じる。

 

 そして2時間番組での議論の最後には、五百籏頭さんから重要な提案をいただいた。それは、今、仲介者としての中国への期待が高まっているが、そこにアメリカが入って、米中で停戦の仲介を担うべきではないか。その米中の橋渡しを日本が、というものだった。

 

 今回、ブリンケン国務長官の訪中が実現したが、ぜひこの方向でことが進む事を祈りたい。

 

(元アフガニスタン武装解除日本政府特別代表)

関連する記事

この記事へのコメント

  1. クライベイビー says:

    もしアメリカがウクライナ紛争の仲介を担うとしたら、それはウクライナ紛争を企ててきたバイデンを大統領の地位から排除する事無しにはあり得ない。
    それは非現実的だろうし、やはりグローバルサウス諸国が国際的な発言権を強めた上で仲介に乗り出すしかないと思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。