いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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停戦とは公正な和平のための現状の一時的な“凍結”――「今こそ停戦を」声明に寄せて 東京外国語大学名誉教授・伊勢崎賢治

 国際政治や紛争問題の専門家を中心とした有志による、「今こそ停戦を! 私たちの地域の平和を!――広島に集まるG7指導者におくる日本市民の宣言」の発表会見(5日、東京)から、伊勢崎賢治氏(東京外国語大学名誉教授・元アフガン武装解除日本政府特別代表)の発言要旨を紹介する。

 

◇◇    ◇◇

 

伊勢崎賢治氏

 停戦と終戦を混同する人たちがいるが、この二つは明確に異なる。停戦とは、むしろ悲劇的な終戦を回避するための政治工作だ。“たかが”領土のためとか、それに寄生する愛国主義や、「自由と民主主義のため」とかの正義や、侵略者に対する憎悪――それらを抑えて、人命の損失と破壊を最小限に抑えるためにおこなわれる政治工作だ。

 

 そして、この営みは、しばしば戦争犯罪の訴追を反故にするというふうに目され、かつ喧伝されるので「不処罰の文化」であると、いわゆる人権派から糾弾を受ける。僕はこれでも人権派だが、これまでも人権派からそのような批判を受けてきたし、また受けることを承知で停戦を提唱している。

 

 一番卑近な例が、あのアフガン戦争だ。1949年の創立以来、NATOがNATO憲章第5条を発動して、総出で戦った最初で唯一の戦争だ。

 

 昨年2月のウクライナ戦争開戦のたった半年前の2021年8月に、アメリカ・NATOという世界最強の軍団が、軽武装のタリバンに歴史的な敗北を喫したアフガン戦争だ。20年前の9・11同時多発テロ(アメリカへの本土攻撃)を契機に、「自由と民主主義」の敵として、今のプーチンと比べ物にならないくらい“悪魔化”されたオサマ・ビン・ラディンとタリバンに挑んだ20年戦争だ。

 

 実は、アフガン戦争のための停戦工作は、2006年から始まった。NATOの一員として戦ったドイツ政府(僕も協力)が、「軍事的な勝利はない」と公的にいい出した。そこからタリバンとの「対話」(政治的和解)が模索されはじめ、チャンネルづくりが始まった。それはオバマ政権へと受け継がれ、トランプ政権で迷走し、バイデン政権の「アメリカの一方的な撤退宣言」によって完全崩壊した。そして、アメリカ・NATOの敗北、大混乱のなかでの敗走となった。停戦が模索され始めてから14年かかった停戦の失敗例だ(アメリカの敗北という形の)。

 

 その間、アフガン一般市民の戦闘による犠牲者は5万人といわれている。なぜもっと早くタリバンとの対話が結実できなかったか。それにかかわった人間として、忸怩(じくじ)たる思いが残るだけだ。

 

アフガニスタン南東部で兵士の武装解除をおこなう伊勢崎氏(2002~2003年。伊勢崎氏提供)

人命損失最小限に抑えるため

 

 ウクライナ戦争は、2014年から始まったドンバス“内戦”(敢えてこう呼ぶ。ロシアの介入があったが、大国・周辺国の介入のない内戦は地球上に存在しない。少なくとも当事者の一方から民族自決権への攻撃が訴えられている限りは内戦と呼ぶ)の延長にある。ミンスク合意という停戦も模索された。そのときから数えたら、もう9年であり、停戦は時期尚早(しょうそう)などということは決してない。

 

 一方、停戦にはそのタイミングが必要という側面もある。戦う双方がある程度“疲れてきて”、戦局が硬直するときだ。現在、ウクライナ東部で戦局は硬直している(重戦車の供与後、ウクライナ側の攻勢が始まるとの見方もあるが)。

 

 そして、停戦を望むにしても、もっと公正な状況――ウクライナが奪回する領土だけでなく戦争犯罪の起訴を含む公正な状況――になってからという声もある。これは非常に納得できる。でも一つここで明記したいのは、停戦とは、公正な和平のための現状の一時的な“凍結”だということだ。

 

 停戦が長引けば長引くほど、より多くの戦争犯罪が引き起こされ、戦犯法廷が将来(これは時間がかかる。アフガン戦争ではまだ何もない)設置されたとして、起訴に必要なエビデンスも時間が経てばどんどん風化して、できるだけ重い量刑を課すことが困難になっていく。

 

 そして、メディアの皆さんもご承知のように、戦犯法廷などの国際司法では、国内の司法のように、「推定無罪」の原則が適用される。

 

 奪回する領土面での公正さはどうか? クリミアも含むのか(ゼレンスキー大統領がいうように)? たとえ奪回(ロシアを全撤退)できたとしても、それは何年後なのか? どれだけの兵器を投入すればいいのか? ウクライナの自衛権の行使がロシア本土に及ぶ可能性は? その報復は? 核を使用する可能性は? (Doomsday Clock 世界終末時計米国の原子力科学者会報は1月、世界の終末は昨年度より早まり、残り90秒と警告している。)

 

 いずれにせよ、どれだけの人命の犠牲を経て実現するのか? 特に、ウクライナ側の一般市民の人命の犠牲は? それが、ウクライナ国民全員の“総意”であってもだ。(戦時における国民の総意に関しては、日本人は第二次大戦中の経験から感情移入できるはず。わが伊勢崎家もサイパンで玉砕している。)

 

 停戦とは、公正な和平のための現状の一時的な“凍結”だということを、もう一度強調しておきたいと思う。

 

戦争の犠牲被るのは全世界

 

 この4月から、国連安全保障理事会の議長国がロシアになる。常任理事国と非常任理事国の間でローテーションされるのが議長国のポストだが、ロシアにとっては、ほぼ1年ぶり。ウクライナ戦争開戦の昨年2月以来だ。もちろん、ロシアを国連から除名せよといっていたウクライナ側は、これに反対している。これは、紛争当事者(被侵略国)として当然の感情だ。

 

 しかし、過去に、常任理事国が紛争当事者であっても、議長国になるのは珍しいことではない。すでに国際的に“侵略行為”であるとの評価が定着したイラク戦争の最中でも、侵略者アメリカは議長国になった。

 

 こういう状況をもって、安保理の機能不全で、国連には意味がない、という意見がある。常任理事国が拒否権を持つ怪物である限り、国連に価値はないと。

 

 しかし、拒否権があるからこそ、その前身の国際連盟のように決裂せず、常任理事国同士が直接撃ち合う戦争(世界大戦)を回避できている、という見方もできる。人類に残された、最後の対話の場が安保理という意味だ。

 

 そして、国連は安保理だけではない。イギリスとフランスが紛争当事者の第二次中東戦争(1956年)のときに、停戦のための国連軍を発動させた国連総会の機能を忘れるべきではない。

 

 今回のウクライナ戦争でも、国連事務局は、オデッサ沖海上に人道回廊(避難路)を設置し、停戦の魁(さきがけ)となるかもしれない重要な役割を果たした。ロシアとウクライナは、アフリカなど貧困国への最大の穀物・肥料の輸出国であり、この戦争は世界的飢餓を引き起こす恐れがあるからだ。

 

 そして、忘れてならないのは原発停戦だ。ウクライナ戦争は、人類史上、初めて原子力施設が通常戦争の戦場になり、世界を震え上がらせた。IAEA(国際原子力機関)はすでに常駐を始めたザポリージャ原発のために、先月、周辺付近での「原発停戦」を提案した。

 

1986年4月26日のチェルノブイリ原発(現ウクライナ北部)事故は世界に大きな被害を及ぼした

 このようにウクライナ戦争には、地球規模の影響という、他の戦争にはない、停戦のための“長所”がある。戦争で直接的被害を受けるのは両国民だけではない。全世界だ。とくに弱い立場の国々の人々だ。「戦争をやっている猶予は世界にはない」と、その戦争当事者にいえる地球規模の課題が存在する。

 

 その一つが、今回のわたしたちの声明文の中で触れられている「北極の氷」だ。ただでさえ溶けている氷を救うために、沿岸国の乱開発を止めるべく、唯一の調整機関である「北極評議会」が、この戦争が勃発して以来、機能していない。ルソフォビア(ロシア嫌悪症)、ロシア人排除で科学者の交流もできない。

 

 「Can we afford excluding Russia? ロシア排除のまま地球は果たして“耐えられるのか”?」――この問題意識は、北極問題を最も身近で直面する北欧の国々、とくにNATO加盟国でありながらロシアと接しているゆえに、軍事的にロシアを刺激しないバランス外交を国是としてきたノルウェーやアイスランド。こういう国々の一部の学者(科学者を中心に)や活動家たちが、すでに声を上げ始めている。

 

 それも、この戦争の開戦の前からだ。ロシアがウクライナ国境沿いに兵力を集結し始めたのは2021年4月。実に10万をこす兵力の集積が完了したのは12月ごろ。僕は、ノルウェー政府から招聘(へい)を受け、ノーベル平和賞受賞者の最初のショートリストを出すことで有名なオスロ国際平和研究所の会議に出席した。そこに集まった専門家の誰もが、プーチンの開戦の意志を明確に予測した。そして、開戦したら、ノルウェーのような国(大国の狭間に位置する緩衝国家)の将来は、そして北極圏の将来は、どうなるのか、ということが話し合われた。

 

 そして開戦。われわれのそのときの懸念は、残念ながら的中(より深刻に)している。しかし、この専門家グループは、「地球規模問題への警鐘」と「ウクライナ戦争、即時停戦の訴え」をリンクさせ、より多くの賛同と協働の輪を広げるため、チャタムハウスルール(話し合われた内容は明かしてもいいが発言者を明かしてはならないという規則)で対面の会議を重ねている。参加国は着実に増えている。そこには、現在ヨーロッパの中で唯一ロシア人専門家を問題なく招聘できるスイスを含む。

 

 このグループのもう一つの焦点は、彼らと同じ緩衝国家である北東アジアの日本、韓国、台湾との連携だ。G7サミットをホストする日本の市民としての行動に期待を寄せている。

 

 ウクライナ市民のために、そして地球市民のために、即時停戦を!
 アジア、とくにこの北東アジアを、代理戦争の戦場にするな!

 

 最後に、日本人、とくに平時から平和主義を掲げている市民団体に一言だけいわせてほしい。

 

 ロシアは侵略を止めよ!
 アメリカは代理戦争を止めよ!

 

 この二つを同時に同じ強さを持って訴えるのが憲法九条の心だと僕は思う。

 

 さもないと、前者だけでは、
 ロシア(中国)は怖いからもっと軍備増強を!
 そして日米同盟の強化を! 
 という勢力に元気を与えるだけだ。

 

 ロシア政府にいいたいことは次の2点。自国の戦闘員がウクライナで犯した戦争犯罪に対してジュネーブ諸条約に則って第一裁判権を行使せよ。そして、国際司法の立件調査と協力を惜しむな。

 

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いせざき・けんじ 1957年、東京都生まれ。2023年3月まで東京外国語大学教授、同大学院教授(紛争予防と平和構築講座)。インド留学中、現地スラム街の居住権をめぐる住民運動にかかわる。国際NGO 職員として、内戦初期のシエラレオネを皮切りにアフリカ3カ国で10年間、開発援助に従事。2000年から国連職員として、インドネシアからの独立運動が起きていた東ティモールに赴き、国連PKO暫定行政府の県知事を務める。2001年からシエラレオネで国連派遣団の武装解除部長を担い、内戦終結に貢献。2003年からは日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担当。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(共著、集英社クリエイティブ)など多数。

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この記事へのコメント

  1. 伊勢崎賢治さんたちのウクライナ停戦を支持します!

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