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熊本地震から2カ月 毎日の水汲みで住民疲弊 生活用水絶たれ自力給水 行政の動き乏しく置き去りになる高齢者

(2026年9月25日付掲載)

地震後、生活用水がなく集会所に毎日水をくみに来る住民たち(八代市)

 最大震度7を記録した7月28日の熊本地震から2カ月を迎えた。8月末には上水道の断水がすべて解消したことが大々的に報道されたが、今回の被災地である宇城市、氷川町、八代市などの地域は上水道ではなく井戸水を利用していた世帯が多く、地震によって井戸が涸れたり水が濁って使えなくなったなど深刻な水問題が現在も続いている。約5万8000世帯のうち半数が井戸水を利用していた八代市での被害戸数は約4500戸。震災から2カ月が経過した今も、多くの人々が毎日100㍑以上の水を給水ポイントまで汲みに行く日々を送っている。

 

 熊本県は地下水が豊富なため井戸水を利用している世帯が多く、水道普及率は89・6%と全国平均の98・2%と比較すると10%近く低い。さらに八代市の水道普及率は県内でももっとも低い52・1%にとどまっている。球磨川支流の前川以南では、地域一帯が丸ごと上水道が通っておらず、上水を通すにも井戸を掘り直すにも数年はかかる見込みだ。

 

 一つの井戸を掘るのには一週間ほどの期間がかかるため、市内の業者2社では1カ月に掘ることのできる井戸は10本程度。これほど多くの井戸が一度に破損したケースがなく、掘り直しを業者に依頼しても工事ができるのは「2年後くらいになる」といわれたり、費用も百数十万円から数百万円になるといわれた市民も多い。これにより、掘り直しの費用については、国から1世帯につき75万7000円の補助が出ることが決まった。

 

 しかし被災者が今もっとも求めているのは、今日明日の目の前の水の確保だ。いつまで続くのかもわからない先の見えない毎日の水汲みに疲弊している住民に対し、各家庭に給水タンクを設置するなどの打つ手があるにもかかわらず、それらの対応をすべてボランティアや各家庭任せにしている小野市長(元日本維新の会)の対応に、「あまりにも自助、共助に任せすぎている」と批判の声が上がっている。

 

 現在国や県、関係市町で「井戸水対応チーム」を設置し、県が費用を負担して井戸内や汲み上げポンプの土砂や濁りをとる洗浄作業がおこなわれているが、井戸の調査や洗浄依頼の件数3517件(9月15日現在)のうち、調査や洗浄に着手しているのは3分の1の1374件。しかしそのうち洗浄後に水が出るようになった井戸はわずか61件しかないという。ほとんどの井戸が洗浄をおこなっても回復せず、掘り直すしか手段はないということだ。

 

水をくみに来る高齢者も多い(八代市)

 八代市内には、各地区のコミュニティセンターや公民館などに給水所が設置されており、応急給水栓が整備されているコミュニティセンターでは24時間いつでも水を汲むことができる。

 

 松高コミュニティセンターに水を汲みに来た女性は、娘と孫の女性3人で暮らしており、毎日10㍑タンク5個、2㍑ペットボトルに36本分の水を汲んでいるという。

 

 「女3人だからこれだけの水を毎日汲むのはかなりの力仕事だ。1回のトイレで8㍑も水がいる。タンクの中にペットボトルをいれてできるだけ節水してはいるが、毎日本当にあっという間に水がなくなる。洗濯機を使うと一瞬で水がなくなるから、洗濯はコインランドリーで、風呂は無料開放されている温泉に入りに行くようにしている。コインランドリーは300円の洗濯機が運良く空いていればいいが、300円のが使われている場合は500円とか800円のを使わないといけない。洗濯代だけで1カ月に1万円以上かかる。しかも水を汲みに行くにも洗濯をしに行くにもお風呂に入りに行くにも全部車で行かないといけないから、ガソリン代もバカにならない」と話した。

 

 自宅にはボランティアの人に設置してもらった1㌧もの給水タンクがあるものの、隣の家と2世帯で使っているため、いつもあっという間になくなってしまうという。さらにこの水は、生活用水としては使えるが飲み水や料理には使用できないため、給水タンクが設置されてからも毎日100㍑以上の水を汲みに行っているのだ。

 

 「隣の人と一緒に使っているから自分の家だけ好き放題に使うわけにもいかない。それでもこのタンクを設置してもらったことで本当に助かっている。大家さんの知り合いの人たちがボランティアで設置してくれたうえ、週2回ほど給水タンクに水を入れに来てくれる」と喜びを語った。その一方で、「家に上水を引く工事も頼んではいるが、少なくとも年内は無理ということだから冬も水汲みをしないといけない。これから寒くなると毎日の水汲みはもっと辛くなると思う。手も腰も痛いし、70歳前で毎日百何十㍑の水を汲みに来ないといけないのは正直キツい」と話していた。

 

 断水が続く地区では、このようにボランティア団体が各家庭の庭や軒先に数百㍑を貯めることのできる給水タンクを設置し、家の水道管に繋いで生活用水として利用できるよう活動している。さらにその給水タンクへの定期的な水の補充作業までおこなっており、市民からはとても喜ばれている。

 

井戸水利用する家多く 井戸再建まで数年も

 

集会所に設置された仮設トイレとシャワー(奥)、洗濯機(八代市)

 松崎町では、第三町内会にある約630世帯のうち6~7割で井戸水が出なくなり、多くの住民が毎日松崎集会所に水を汲みに来ている。能登からのボランティア団体が100軒ほど給水タンクを設置し給水活動をおこなっているものの、タンクが足らなくなったことに加え、資金も枯渇し現在はタンク設置の新規申し込みは停止となっている。

 

 給水活動のボランティアに参加した地元の女性は、「私の家も井戸を使っていて震災後から水が出なくなった。ボランティアの人に給水タンクを設置してもらい水を使えるようになったことでボランティアのありがたさを実感し、自分も何かしないといけないと思い給水活動に参加した」と話した。自宅には500㍑のタンクを設置してもらったものの、1、2日でなくなってしまうため給水作業はかかせないのだという。

 

 給水のボランティアは、松崎公園に設置してある浄水装置から軽トラなどに積んだタンクに水を入れ、給水タンクを設置した家庭を回って水の補充作業をおこなっていくというもの。女性は「タンクを設置するだけでなく、定期的な給水作業がとても大変だ。参加者はアプリで、補充し終わったタンクを共有しつつ何度も松崎公園と各家庭を往復して給水作業をしていく。でもボランティアの人たちもいつまでも遠くから参加できるわけではないと思うし、行政も支援しないのならこれからは住民自身が主体になるしかない。これまで通りに井戸が使えるようになるには数年はこの生活が続くかもしれないため、どの家庭で水が出ないのか、どの家庭に給水タンクが設置できていないのかという地図をつくっていかないといけない。本来はこのような作業こそ行政がやるべき仕事だと思う」と指摘した。

 

 松崎集会所の前にはボランティアによって仮設のトイレとシャワー室も設置され、さらには町内会長によって洗濯機まで手配されている。住民たちが毎日水汲みやシャワー、洗濯機を利用しにひっきりなしに集会所を訪れるため、町内会長の男性が震災翌日から1日も欠かさず給水場所に立ち、利用者の世話をしているという。震災直後は、住民たちが米とぎから皿洗い、水が必要な家事まですべて集会所を訪れて作業をしていたため、24時間集会所を開放していた。そのために集会所の8月の電気代は通常の3・5倍ほどにもなったが、その代金もすべて町内会負担だったという。

 

 町内の男性は「市のトップは、井戸水が出ずいまだに水道が利用できない世帯は10軒のうち1、2軒程度だから、それに公費を使うのは不公平だという考えのようで、まったく予算を出そうとしない。井戸の掘り直しにもかなりの時間がかかるが、市水(市の上水)を利用できるようになるのも3年も5年も後の話だと思う。それまでずっと住民に毎日の水汲みをさせるつもりなのだろうか。高齢者が毎日百数十㍑もの水を運ぶ苦労は並大抵ではない。これが2カ月間ずっと続いているのだ。これから冬になって寒くなれば水汲みはもっと大変になる。能登のボランティアの人たちがおこなっている各家庭への給水タンクの設置を市がやればいいのに、市はまったく動こうとしない。ボランティアの人たちも行政からの支援があれば活動を続けられるが、このままでは引き上げないといけないと話していた。いくらボランティア団体が資金提供を受けていたとしてもできる数には限りがある。何でもかんでもボランティア頼みでは無理だ。これだけの数の市民が困っているのに、なぜ市は動こうとしないのか」と憤りを語った。

 

 2億円あれば井戸水が出ない八代市内4500戸の世帯すべてに給水タンクを設置することができるといわれているにもかかわらず、行政が頑なに動こうとしないことに住民の不満や怒りは高まっている。

 

 仕事をしている家庭などは、朝5時頃に集会所に水を汲みに来て洗濯機を回し、家に帰って朝食をつくり洗濯物を干してから出勤するという毎日を送っているという。また高齢者の家庭では一度に大量の水を運べないため、1日に2回、3回と水汲みに行く人、腱鞘炎になったり腰を痛めた人もいる。汲んで帰った水を2階のトイレに入れようと、水を抱えて階段を上がっていたときに階段から落ちてしまい、意識不明で病院に運ばれた人まで出ているという。

 

近所で助け合えと市 「行政動かそう」の声

 

地震被害がそのままの状態で残っている八代市内の商店街(9月22日)

 住民たちがこれほどの苦難を強いられているにもかかわらず、八代市が水道の代替として公式にアナウンスしたものが「隣近所で水の使える外散水栓からホースなどで水を分けていただく方法」だったため、市民のなかでは「話にならない」と呆れとともに怒りの声が上がっている。八代市からの公式ラインで「断水時の生活用水の確保について」として「ご近所で助け合う方法をご紹介します。地震などで断水したとき、水が使えるお隣の外散水栓から、ホースなどで生活用水を分けていただく方法です」「水道料金やポンプの電気代、維持費などは、双方で事前に話し合ってください」というような内容だ。

 

 自宅が断水し、水を汲みに来ていた高齢の男性は「急に水の使用量が増えたことで散水栓を借りた家の井戸水が涸れたりでもしたらどう責任をとるのか。そんなこと簡単にできるわけがない」と話す。毎日160㍑もの水を汲みに来ているが、一度に運ぶのは厳しいため80㍑ずつにわけ、1日2回水汲みをしているという。男性が住んでいる地区は、18軒ある住宅のうち16軒で井戸水が出なくなっており、「そもそも水を分けてもらえる家もない。これだけ住民が困っているのに、市が出してきた案が“隣の家から分けてもらってください”は話にならない」と話していた。

 

 同じく水汲みに来ていた別の男性は「家の前まで市水は通っているが、ずっと井戸水を使っていた。市水から自宅に水道を引くのに80万円かかるといわれたうえに、工事もいつになるかわからない。井戸の掘り直しは75万円の補助金が出るが、市水を引くのは全部自腹だといわれた」と話した。

 

 80代の女性は「これまでちょろちょろとしか出ない井戸水を使い、2、3時間もかけて風呂をためて入っていた。震災後からずっと親戚がペットボトルの水を届けてくれていたが、それもありがたさからだんだん申し訳なさになってくる。昨日ようやく業者を呼んで井戸を直してもらうことができた。市の対応はまったく頼りにならなかったため個人で手配しての修理だ。幸い、電気は通っていたのでエアコンが使えて熱中症にならなかったのが救いだった。だけどこの猛暑のなか水が使えない不便さと、市に訴えてもなかなか対応してもらえないもどかしさに呆れと疲れが溜まっていた」と市への不信感を話していた。

 

 このようななかで住民のなかでも「住民の側から市に現状を伝え、行政が支援するよう訴えよう」という声が上がり始めているという。

 

住民の流出も始まる 仮設の抽選に外れた人

 

ようやく入居が始まった仮設住宅だが…(9月22日、氷川町)

 震源地で最大震度七を記録した氷川町では、仮設住宅の入居が始まるなど少しずつ復興に向けて動き出しているものの、その一方で住民の流出も始まっている。

 

 地震から2カ月が経過し、夏休みが終わったことで学校の教室を利用していた各地の避難所は縮小されている。そして仮設住宅に入れなかった人々は熊本市内や八代市、鹿児島市など各地に散らばり始めているという。

 

 氷川町の吉本地区では仮設住宅が20戸建設され、入居が始まった。そのうち五戸は吉本地区の住民で、それ以外は他地区の住民が入居しているという。

 

 自宅が全壊し仮設住宅に入居した男性は「今度、仮設住宅のコミュニティ構築について石川県からボランティアの人たちが来てくれることになった。知らない住民同士でどうやって新たな地域コミュニティをつくっていくのかは重要な課題になると思う」と話した。そして「私のように仮設住宅に入れた人はいいが、抽選に外れた人は少しずつ吉本地区を出て行っている。自宅が全壊して公費解体してもらえるのはありがたいが、それもいつになるかわからないし、歳をとっているから解体したとしても一から住宅を再建するのは難しい。仮設住宅に入居するしか地元に残る手段はないが、希望する全員が入れるようになるのはいつになるかわからない。早くしないともっと流出が進む」と語った。

 

 また道路の寸断やスーパーなど店舗の閉鎖も続いているため、新たに高齢者の買い物が課題になっているという。八月中旬までは避難所に行けば弁当や食料の配布を受けることができたが、店舗の再開を理由に避難所以外の住民への食料配布はなくなっている。現在は週に一度コープの移動販売車が回ってくるものの、車を持たない高齢者の買い物難民化は深刻だ。

 

 また、2カ月が経過してもまだ罹災証明が届かず、被災者が身動きがとれないことも大きな課題となっている。

 

 本来9月の中旬には全県で住宅被害認定の調査が終了している予定となっていたが、それが9月末までへと延期になった。住宅被害認定調査の申請数6万5595件のうち、罹災証明が発行されたのは半数の3万2146件にとどまっている。

 

 70代の女性は、「現在も被災当時のまま厳しい状況は変わらない。自宅は全壊して危険認定を受けたが、解体の見通しは立っていない」と話し出した。「仮設住宅は高齢者と子連れが優先されるため数が不足しているし、残っている物件も過去の豪雨による浸水地や浸水想定区域に建てられているため安全面での不安がある」。そのため震災後にプレハブの倉庫を庭に設置し、小屋からとり出した畳を敷いて生活しているという。

 

 「全壊した自宅を解体してプレハブを建てようかと考えているが、なかなか解体が決まらないので前に進まない。解体の相談をしようにも役所に申請に行くには電話予約をしなければならず、申請したうえで県や国の許可をとらなければならない。しかもプレハブを建てるには“全壊し住居がない方”“再利用が難しい方”“生業やその他事情により住み続けないといけない方”など厳しい基準をクリアしないと許可が下りない」と生活再建が進まない現状を訴えた。

 

 現在も飲み水と生活用水はペットボトルに汲んできた水で過ごし、風呂は役場の隣にある無料開放の入浴施設に行っているという。「最近は少しずつ寒くなっているので毛布を引っ張り出して使っている。以前、必要な物資は避難所にとりに行っていたが、時間が決まっていたため、高齢者や移動が困難な人たちは時間内にとりに行くのが難しかった。私は近くに避難所があったが、本当に自分から声を上げないと助けてもらえない。弱い者はより弱くなって切り捨てられていく、そんな状態になっている」と不安を語っていた。

 

 解体作業がおこなわれていた家の男性は、「公費解体は、待っていてもいつになるかわからないので、自費解体に踏み切った。費用償還制度(償還払い)で払い戻される仕組みだが、一部は自己負担になるかもしれないという不安はある。今は日中は倉庫で過ごし、寝るときはインスタントハウスで生活をしているが、解体作業後は小さい家を立てる予定だ。うちは農業を営んでいるためこの土地から離れるわけにはいかず、ここで生計を立てていかないといけない」と語った。

 

 姉妹で高齢の母親の家を片付けていた女性は「3人がかりで市に調査依頼の問い合わせの電話をしたが、繋がったのは3時間後だった。他の被災者も同じ状況なので忙しいのは予想していたが、あまりにも対応が遅い。現在は二次調査待ちの状態だ。調査がおこなわれないと作業もほとんどできないし、ボランティアの要請もできないため、次に進みたいと思っても身動きがとれない。私たちの我慢とやれることにも限界がある。少しでも早く対応を急いで欲しい」と訴えていた。

 

 また上水道の断水が解消したことで、各家庭の配水管や温水器の破損も一気に噴出している。氷川町の高齢女性は「家の基礎が壊れて全壊の認定を受けたが、あと何年生きるかもわからないから保険の範囲内でこの家を修理して住み続けると決めた。でもかなりあちこちを修理しないといけない。断水が解消したことで家の中の配管が地震で壊れ、漏水していることがわかったし、温水器も壊れていた。業者に工事を依頼すると水道管だけで120万円もかかるといわれたが、まだ漏水箇所も判明しておらず、業者も工事の依頼が山のようにきているようでいつ工事ができるかもわからないという。元の生活に戻るにはまだまだ先は長い。私はこの家に戻ることを決めたけど、向かいの家と隣の家は公費解体で家を崩してここを出て行くという。みんな生まれ育った家に住み続けたい気持ちは当然だが、高齢者が一から再建するのは難しい」と話していた。

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