
日本で1200回以上、「ベトナム戦争の戦場体験」を訴え続けた、米海兵隊帰還兵の実話をもとにした映画である。
アレン・ネルソン(1947~2009年)は、ニューヨーク・ブルックリンの貧しい家庭に生まれた。黒人の父親はしばしば母親と口論し、殴りつけ、踏み込んだ警察によってボコボコにされ、それ以来行方不明。ネルソンは、貧乏や差別を振り切ろうと、母親の反対を押し切って18歳で海兵隊に入隊した。
そして沖縄のキャンプ・ハンセンに送られ、人を殺すための実践的訓練を受ける。教え込まれたのは、「何も考えるな」「命令には絶対服従」「敵を殺せ」の三つ。とくに「アジア人は人間じゃない。グークス(野蛮人の意味)だ。グークスを殺して殺して殺しまくれ」と徹底的に叩き込まれた。だから海兵隊員は、沖縄の女性やタクシー運転手に対しても暴力を振るい続けた。
1966年、洗脳と訓練を受けた若いネルソンらは、ベトナム戦争の激戦地ダナンに派兵された。敵であるベトコン(南ベトナム民族解放戦線)は、昼間は農民として働き、夜は武器を持って米軍を襲撃する。恐怖に襲われた米軍は、ベトコンを支援したとみなす村々の女性や子ども、老人たちを次々と射殺し、住居に火を付けて焼き払う。死んだ母親にとりすがる幼い子ども…。
だがあるとき、ネルソンはベトナムの若者から衝撃的な最期の言葉を聞いた。「なぜ、この国に来て私たちを殺すんです? 自由を求めて戦っているのに。あなたたちもアメリカで戦え。黒人の自由のために」。周囲を見ると最前線に送られたのは、黒人か、貧乏な白人やメキシカンだった。
またあるとき、地下壕の中でベトナム人女性の出産の場面に遭遇する。普段なら条件反射的に発砲していたが、この日の彼は違った。羊水に濡れた赤ん坊を抱き、女性に渡すネルソン。この日から彼は人が殺せなくなった。これも実話だ。
そしてニューヨークに戻った彼は、以前の彼ではなくなった。車のエンジンやクラクションの音で、瞬時にジャングルの戦場に連れ戻され、住民を殺した場面がフラッシュバックする。襲ってきたベトコンの幻影を見て、首を締めていたのは自分の妻だった。
こうしてネルソンは家族と別れ、一人廃虚で生活するようになる。そのとき同級生の女性(教師)が訪ねてきて、小学生に戦争体験を語ってくれという。何度も固辞したが断り切れず、教壇に立つネルソン。たわいのない会話の後、ある少女がいった。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」。絞り出すように答えるネルソンを支えるように、子どもたちが彼の周りに集まってハグしていた。
20年続いたPTSDの治療 人間性破壊した戦争
その後、彼は日米両国で自身の戦争体験を語るようになり、日本だけで講演は1200回以上を数えた。語るまでに至る躊躇、自暴自棄、戦場がよみがえることへの恐怖。それは映画で再現されているが、ここでは書き切れない。
とはいえこの映画は、彼が平和運動に携わってからについては多くを語っていない。映画を見る者は、海兵隊員である彼とともに戦場を追体験し、帰還兵の彼とともにPTSD(心的外傷後ストレス障害)を苦しみ、戦争を美化しようとする者たちこそ「お花畑」なのだという事実を突きつけられる。
印象に残る場面。彼のPTSDの治療(まだPTSDという言葉もない時代である)は20年以上も続いた。担当の医師が、彼に執拗に聞く。「なぜあなたは人を殺したのか?」。ネルソンは叫ぶ。「殺さなければ殺されていた!」「命令だから仕方がなかった!」……だが、長い葛藤の後のある日、彼は自分が間違っていたと気づき、深い悲しみに襲われる。実際にはこのとき彼は、2週間泣き続けたという。戦争は、加害者である兵士の人間性をも殺すのだ。
そして日本でも、ネルソン氏の講演を聞き、自分の父親も戦争から帰ってきてPTSDを患(わずら)っていたと確信する人があらわれ、遺族が結びついてその調査が始まっている。それをこの映画では、日本人の「黒井」に代表させている。
福岡県のこの映画の上映館では、入り口に見た人の感想が貼り出されていた。そのなかに、「最近、いとこが大学を卒業して自衛隊に入った。親友の夫も自衛隊だ。アメリカの戦争に巻き込まれるのではないかと不安でたまらない」という一文があった。戦争を始める権力者は、戦場には行かない。戦争の最前線に駆り出されるのは、アメリカでも日本でも、一般庶民の子弟である。
ネルソン氏は、2009年3月、米軍の枯葉剤による多発性骨髄腫のために、61歳で亡くなった。この映画の原作『“ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?” ベトナム帰還兵が語る“ほんとうの戦争”』(アレン・ネルソン著)は、講談社文庫から発行されている。
この映画は、第83回ヴェネツィア国際映画祭で、高校生が選ぶ独立賞「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」を受賞した(日本作品で史上初)。日本では9月11日に封切りされたが、大手興業会社が取り扱っていないため、上映館は全国わずか8館(東京2、横浜、大阪、神戸、福岡、沖縄2)にとどまっている。現在、上映館の拡大を求めるオンライン署名が始まっている。



















