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「胃袋からの属国化」がもたらした令和の米騒動――飢えない未来のため私たちは何をすべきか 東京大学大学院特任教授・鈴木宣弘

(2025年1月1日付掲載)

 

鈴木宣弘氏

生け贄にされてきた食と農

 

 「令和の米騒動」がなぜ起き、なぜ収まらないのか。その理由を考えると、米国による戦後の占領政策に遡る。戦後の日本は、米国の余剰農産物を消費させるため、コメ以外の農産物関税が一気に撤廃させられた。それにより日本の麦やトウモロコシは一度壊滅したが、それでもまだ「日本人がコメを食べていると米国の小麦が胃袋に入れられない」と問題視し、慶應大医学部教授に「コメを食べるとバカになる」という本まで書かせてベストセラーにした。

 

 日本人の食生活を改善するという名目で、その実、日本の農業を弱体化させ、米国の農作物に依存しなければ生きていけないようにする。「胃袋からの属国化」――これは東京大学名誉教授で経済学者の故・宇沢弘文先生がシカゴ大学におられたさい、知人から直接聞いた話だという。

 

 この占領政策によって、日本ではコメの消費が減っていく流れがつくられた。その後、徐々に農業生産が回復し、増産できるようになると当然コメが余る。生産調整せざるを得なくなり、それをやり過ぎたために今回ついにコメが足りないという事態に及んだ。

 

 もう一つの流れは、米国の思惑を利用した経産省中心の経済政策である。米国を喜ばせるために食料・農業を生け贄として差し出し、その代わりに自動車輸出でもうけて、食料は安く輸入すればいい――それが日本の食料安全保障であり、経済発展だと考えた。ところが今回の米騒動とトランプ関税で、この経済政策も最終局面を迎えてしまった。

 

 日本の差し出すリストに残っているのは、コメぐらいしかないという状態になり、米国が突きつけてきた自動車関税25%の脅しに屈してコメ輸入枠を拡大。まさに「盗人に追い銭」交渉である。コメは日本人の生命の要。切ってはならない最後のカードを最初から出して土下座するなら交渉にはならない。これによって、これから毎年60万㌧のコメを米国一国から必ず買わなければならなくなった。日本最大のコメ産地である新潟県の年間生産量(59万㌧)よりも多い量だ。

 

 では、その見返りとして自動車は利益を得たのか? さも頑張ったかのように演出した報道とは裏腹に、現実は25%関税で脅されたものを15%に下げてもらっただけだ。これまでの自動車関税が2・5%だったことを考えると全部とられたに等しい。泥棒にお金を出して許しを請うたのだから当然の結末だ。これに米国は味をしめ、「日本はいつでも自動車で脅せばいくらでもむしり取れる」という構図になってしまった。

 

 今回の米騒動は、この米国の思惑と完全に一致した。「コメが足りないから輸入するしかない」ということで、輸入米を増やすストーリーができてしまった。

 

 さらに米騒動を解決できない大きな要因が、財務省の予算配分だ。米国からいわれたものは何でも買う。ミサイルやオスプレイなど、まともに飛ばない武器の在庫処分のために100兆円規模を出す。トランプ関税で日本が買うことを決めたボーイング社の航空機100機も在庫処分だ。

 

 そのくせ緊縮財政だから、米国への支払いのためにどこかの予算を切らなければいけない。その対象として一番切りやすいのが農水省予算だ。財務省で一番出世するのは主計局で、なかでも最も出世しやすいのは農林担当だという。農水省が一番いうことを聞かせやすく、予算をたくさん削減できるから実績が上がるのだ。最も国民の命にかかわる予算をそのような対象にしか見ていない。

 

 農水予算の推移をみても、1970年代は防衛予算のほぼ倍の約1兆円(総予算に占める割合12%)あったものが、50年以上たった現在(2023年)、総予算は14倍になったにもかかわらず、農水予算はわずか2・3兆円(1・8%)。防衛予算は10兆円規模にも膨れ上がっている。

 

 どう考えても、命を守るのは武器ではない。食料とそれを生み出す農業だ。その予算だけが歪に減らされている。こんなことをしていたら農業は持続できなくなり、食料自給率は下がる。そういう中で私たちは世界情勢の悪化に直面した。

 

世界で最初に飢える国

 

 いわゆる「クワトロ(4つの)ショック」――コロナ禍の物流停止、中国の爆買い(小麦、大豆、トウモロコシ、牧草、魚粉、肉、魚)と日本の買い負け、異常気象の通常化、ウクライナなど大規模戦争の長期化である。これで日本の農業は深刻な事態に陥った。まず穀物が十分買えない。酪農・畜産はエサの値段が高騰し、倒産が止まらない。さらに日本は化学肥料の原料をほぼ100%輸入に頼っているため、主な調達先である中国、ロシア、ベラルーシが売ってくれなくなるとこちらもお手上げだ。肥料の値段も高止まりしている。

 

 日本の農業の99・4%は化学肥料を普通に使う慣行農業であるため、そういう農業自体が持続できるのかということさえ考えなければならない事態になった。今、減化学肥料、減化学農薬、有機、自然栽培の方向性が強まっているが、それらを視野に入れなければ国際情勢に対応できない。

 

 さらに中国は、米国との戦争勃発に備えて人口14億人が1年半食べられるだけの食料を備蓄するため、世界中の穀物を買い占めている。こうなってくると事態改善の見込みは非常に薄い。日本の備蓄は仮に91万㌧あったとしても国内消費量の1・5カ月分だけ。中国とは桁が違いすぎて勝負にならない。しかもコメ以外は全部輸入なのだ。この状態で海外からの物流が止まったら、子どもたちの命をどれだけの期間守れるのだろうか。

 

 農家の皆さんは長年の減反要請に協力して、本来1300万㌧できるコメの生産を700万㌧にまで減らしてきたが、今こそ増産に転換し、備蓄も増すときだ。こんなことをいえば、財務省から「バカたれ。そんなカネがどこにある」といわれて終わりになるが、バカたれはどちらだろうか? 在庫処分品を100兆円規模で買うのなら、いざというときに命を守る安全保障の「1丁目1番地」である食料、そのための農業を支えるために仮に3兆円使ってもその方がよっぽど有効である。

 

 日本ではいまだに「食料は輸入に頼ればよい」という議論が主流だが、お金を出せばいくらでも買える時代は終わった。コスト高のなかで歯を食いしばって頑張っている農家を放置して、外からの物が止まったときのことを考えれば、国産がいくら割高に見えても今頑張っている農家を支えることが一番の国防ではないか。

 

 野菜の自給率は80%といわれるが、その種(たね)の9割が海外からの輸入であることを考えると実質8%である。だからこそ地元の種をしっかり循環させる仕組みを強化しなければならないのに日本の動きは逆だ。グローバル種子・農薬企業が世界中の種会社を買収し、種の権利を独占しようとしたが、世界中の農家や市民の猛反発を受けたため「最後の頼りは日本」ということで、種子法を廃止して公共の種事業をやめさせ、公で守られてきた優良な種を民間企業に譲渡させ(農業競争力強化支援法8条4項)、さらに農家の自家採種を禁止(種苗法改定)して、日本の種を外資に売り渡す流れを作った。福岡県が開発した「あまおう」の知見も、あるところから「よこせ」といわれ、県議会は抵抗したが、法律で決まっているために出さざるを得なくなった。そのようなものがすでに400品種を超える数出てきている。

 

 これらを考えれば、日本の食料自給率は38%といわれているが、肥料や種の自給率、さらに種の権利を海外に握られることを考慮すれば最悪9・2%だ。「日本が世界で最初に飢える」といわれる由縁だ。もはや日本は、いざというときに国民の命を守れる独立国といえるのかということが厳しく問われている。

 

令和の米騒動の本質は何か?

 

コメが消えたスーパーの棚(2024年8月)

 令和の米騒動の本質も、猛暑の影響やインバウンド需要といった「不可抗力」ではない。米価が値上がりして農家にとっては「やっと一息」という状況だが、米価の推移を見ると30年前の価格に戻っただけである。

 

 米価は30年間で半分以下にまで下がり続け、コストは上がって大赤字となり、「これ以上は作れないからやめる」という農家が続出した。そのことが今回の米騒動に大きく影響した。

 

 2023年から猛暑の影響で生産量が減る一方、需要が逆に増えて米騒動が大きくなったわけだが、実はその10年くらい前からすでにコメの生産量が消費量に届かない年が増えていた。2020年以来、単年で見ると生産量は需要量に達していない【グラフ参照】

 

 生産量が減った要因の一つは、生産調整(減反)のやりすぎだ。「毎年10万㌧ずつ消費は減っている」という単純な予測に基づき機械的に毎年10万㌧ずつ減産し続けた。そのため猛暑などの事情が加わると余力がないためすぐに不足に陥る。さらに、コメは余っているのだから田を永久に潰せという財務省からの圧力を受けて、水田を畑地化すれば生産者に一時金を支払うという「手切れ金」制度を導入した。

 

 稲作農家は、種苗費、肥料代、農薬代、光熱費などの生産コストが高騰し、2022年には国からの補助金を含めても所得はわずか1万円となった。時給に換算すれば約10円だ。これほどひどい状況に追い込まれ、いくら赤字が出ても国が補填してくれないためコメ生産から撤退する農家があいついだ。急速に作り手が減っているのが日本のコメ作りの現状である。

 

 一方、消費が増えたのはインバウンド需要が理由といわれるが、外国人の来訪で増えたのはわずかだ。実は日本の消費者が貧しくなり、値上がりした他の食材を減らして相対的に安いコメだけでしのごうとする人が増えたことが大きい。

 

 これら政策の結果としてコメが足りない状況が悪化していることを政府は認めず、「コメは余っている」「足りている」と最近までいい続けた。そして政策の失敗を認めるかわりに「流通業者や農協がコメを隠して値段をつり上げている」などといい始めた。嘘はいけない。農協はコメが集まらずに困っているのだから、隠してつり上げることは絶対にできない。流通業者もコメがないからこそ大騒ぎして現場に高い値段で買いに走ったのであり、「農協悪玉論」も「流通悪玉論」も本末転倒な主張だ。コメが足りなくなった政策の失敗を認めないから事態はどんどん悪くなる。

 

 そこで登場した小泉進次郎前農水大臣は、「5㌔2000円」のコメを演出するために、備蓄米を従来の入札制度から随意契約によって特定の大手小売業者に直接売り渡す方法へ超法規的に変更した。あれほどカネを出し渋る財務省が輸送費まで全部出すことを決め、国費で5㌔2000円のコメを一部だけ演出して、その手腕を印象づけた。コメの値段をなんとかしたい意欲はわかるが、「コメで市場をジャブジャブにする」といい、さらに増産するというから生産現場はたいへんだ。北海道の大規模農家も「そんな価格破壊をして誰がコメを作れるのか」と怒っておられた。

 

 さらに政府は、国内でコメの供給が滞り、主食米の増産に支援が必要なときに、輸出を8倍に伸ばすという。そして、輸出米の生産には10㌃当り4万円(生産量に換算すると60㌔当り5000円)の補助金を出すとした。それができるなら、なぜ国内用のコメ生産に補助を出さないのか? である。

 

 国内で消費する主食米が足りないのだから増産しなければならず、増産によって米価が5㌔2500円くらいまで下がれば消費者は助かる。そして、60㌔当り5000円の補助金によって農家は5㌔3000~3500円で売ったのと同じになる。農家の生産コストに見合った米価と、消費者が買える米価のギャップを政府が埋めればいいだけの話なのだが、それだけは絶対にやらない。

 

 「それには6000億円もかかる」と財務省に猛反対されることが頭をよぎっただけで「ザイム真理教」の信者たちは押し黙り、口では「積極財政」といっても政策は出てこない。輸入を増やすというが、今ただでさえ国産米の値段が高いために国内市場では輸入米が増えており、いくら価格を維持しようとしても輸入米に市場をとられてしまえば国内農家はジリ貧にならざる得ない。

 

高市政府の減産回帰と輸入米拡大

 

 石破前総理はもともと減反見直し派だった。2009年に農水大臣だった彼は、私の著書に赤線を引いて3回も読んで感銘を受けたといい、何度も会って話をした。私のシミュレーションをベースにして、コメを増産して価格をある程度下げ、生産者には所得保障の直接支払いをする仕組みを「石破ビジョン」として発表した。総理になる直前にも同じことを宣言したが、総理になった途端まったく消えてしまった。

 

 結局、増産の方向性は出たものの、価格が下がったときの所得補償政策はなく、そのかわりに出てくるのがスマート農業と輸出拡大だ。たとえば40万㌧のコメを増産して、それをそのまま輸出できるかといえば、おにぎり事業がいくら増えたといっても、単粒種米市場は世界ではわずかであり、まったく現実的でない。だから農家は「増産というが農家は経営が続けられるのか」という話になる。

 

 肝心の稲作ビジョンが出ないまま政権が変わり、鈴木農水大臣は「朝令暮改」で減反に逆戻りし、生産量を減らして価格を上げる方向性を示した。元の木阿弥だ。

 

 生産調整(減反)が限界に来て米騒動になったのに、また生産調整を強化したら米騒動は終わらなくなってしまう。国産の高い米価を維持しても、それにかわって増える輸入米で国内市場が圧迫されると、農家は苦しくなり、コメが作れる人がどんどんいなくなる方向へ行かざるを得ない。

 

 さらに問題なのは、政府は「生産を減らして米価を維持しよう」と生産者にシグナルを送りつつ、米価が高くて困る消費者を一時的にごまかせということで「おこめ券」を配るという。これに4000億円支出するなら同額を農家補填に振り向けた方が間違いなく根本的解決になる。もっとしっかりコメをみんなに作ってもらい、需給も価格も安定させ、生産者が続けられる仕組みを作れば、消費者も生産者もウィンウィンになるのに、そのような政策が出てこない。危機的な状況がまったく改善されないという恐るべき状況だ。

 

郵政に続き狙われるJAマネー

 

 小泉前農相の備蓄米放出は「参議院選対策米」とも「郵政の二の米(二の舞)」とも揶揄された。小泉純一郎元首相と進次郎氏は親子二代で米国の要求を日本で実現する使命を負っているかのようだ。350兆円のゆうちょマネーを握る郵政は完全に乗っ取られた。

 

 次に米国が喉から手が出るほどほしいのが、農林中金に集まっている100兆円とJA全共連の共済55兆円、あわせて155兆円のJAマネーだ。さらに、日本の農産物流通の元締め組織である「全農」を米国の巨大穀物メジャーのカーギルが買収したいが、全農は協同組合だから難しい。だから早く株式会社化させるよう圧力をかけ、進次郎氏が10年前の自民党農林部長時代に「共同販売をやめろ」(独禁法適用)という形で道を開こうとしたが途中で頓挫した経緯がある。

 

 だから彼は農水大臣になったとき「米騒動の元凶は農協だ」と徹底的に攻撃してリベンジマッチをくり広げた。しかし、ゆうちょマネーもJAマネーも地域から貯金や保険や共済に入って集めた大事な国民の資金だ。これを外資に売り飛ばし、全農という日本の食を守る組織まで外資に売り飛ばせばたいへんなことになる。実際にオーストラリアで小麦の輸出を担っていた協同組合的組織が悪者に仕立て上げられ、株式会社化されたあげくカーギルに売り飛ばされた実例もあり、農協叩きの裏には郵政と同じような危険な思惑があることには注意が必要である。

 

貧困も加わり飢餓国に仲間入りした日本

 

 日本はすでに国連FAOの飢餓マップでも、アフリカ諸国と同じ飢餓国の仲間入りを果たし、世界で最も栄養不足人口が多い国になった。先進国でこんな国はない。つまり日本は先進国ではなくなったのだ。昨年、5㌔2000円の備蓄米が売り出されると、東京では何百人もの人々が徹夜で並んだ。この30年間で国民所得(中央値)は150万円も減った。非正規雇用拡大などの政策で低所得者が増えていることも、今回の米騒動を生んだ大きな要因だ。生産者も消費者も両方苦しくなっているのだから双方を救う政策が必要なのだ。

 

 米国からの在庫処分には大盤振る舞いするのに「命の要」である農業予算を削り続ける財務当局中心の状況をいかに改善するかも大事だが、私たちの地域の食料と農業、暮らし、子どもたちの未来を、私たち自身の仕組み作りの強化で守っていく覚悟を持たざるを得ない状況になっている。

 

 農家は高騰する生産コストを農産物価格に転嫁できない構造に置かれているが、それで農家が潰れ、本当に海外から物が止まれば子どもたちをどうやって守るのか。農業問題は生産者の問題をはるかにこえて消費者自身の問題である。「農家はたいへんですね…」と他人事のようにいっている場合ではない。

 

 世界で最初に飢えるのは日本といわれるが、日本で最初に飢えるのは食料自給率ゼロ%の東京だ。都市部の皆さんの命は、誰のおかげで繋がっているのかをよく考えなければいけない。それなのに地方の人口減少や消滅を既成事実化し、それを先取りして農業も居住地域も集約化することこそが効率的な社会であるかのような議論が大手を振っている。だが将来推計は、今の間違った政策の延長線上に起きることであり、そうならないように政策を転換して未来を明るいものにするのが政治の役割だ。議論の出発点が間違っている。

 

ブリュッセルに向けて数千台のトラクターによる抗議活動(2024年1月29日、ベルギー)

 海外では農家の怒りは爆発している。燃料価格高騰に直面したスペインの農家は、トラクターで高速道路を封鎖して中心部への食料供給を止め、「No Farmers,No Food(農家なくして食料なし)」だと訴えた。ドイツでは家畜の糞を国会議事堂にぶちまけて抗議しているが、国民や市民もそれに拍手を送り、「ともにやるんだ」という国民運動になっている。この動きを日本でも強める必要がある。

 

 一方、ダボス会議では、地球温暖化の主犯が水田のメタンガスと牛のゲップであるかのような馬鹿げた論が公然と主張され、代替食料としてコオロギなどの昆虫食や人工培養肉を推奨する機運が醸成されている。水田は何千年も昔からあるし、牛もずっと前からゲップをしている。地球温暖化は過度な工業化が原因であるにもかかわらず、その責任を農業に転嫁して、新たなビジネスを展開しようとする思惑でしかない。

 

 そして日本では、安全保障をめぐって、食料やエネルギー自給率の向上のための抜本的な議論よりも、経済制裁の強化、敵基地攻撃能力強化の議論がおこなわれている。ロシア・中国・アジア・アフリカvs.西欧ブロックの対立構造の中、食料・資源・エネルギー自給率が極端に低い日本が米国に追随して経済制裁を強化したら、それらの自給率が相当に高い欧米諸国と違って、日本はみずからを「兵糧攻め」にさらすことになる。戦ってはいけないが、戦う前に飢え死にして終わりだ。欧米も自国優先で日本を助けてはくれない。そんなことさえも考えられないのかということだ。

 

 いくら在庫処分の兵器を買い増しても、食料と農業をないがしろにすれば、不測の事態に私たちはトマホークとオスプレイとコオロギをかじって一体何日生き延びることができるだろうか?

 

地域と健康を守る「ローカル自給圏」を

 

 鎖国をしていた江戸時代には、日本は地域の資源を徹底的に循環させて食料も経済も回していた。自然の摂理に従ったその循環の仕組みは世界を驚嘆させた。戦後の米国の占領政策で一度壊滅させられたが、われわれはその底力を今こそ発揮するときではないか。

 

 戦後の日本では、大きな貿易協定が一つ決まると、概ね自動車業界が3兆円もうけ、農業が大赤字になることをくり返してきた。トヨタ独り勝ちも誰のおかげなのかを考えなければならない。

 

 彼らは農業を生け贄にしやすくするためにメディアを通じて「農業過保護論」を盛んに流してきたが、日本の農業所得に占める補助金割合はせいぜい3割。スイス、フランスは100%だ。命を守り、環境を守り、地域コミュニティを守り、国土・国境を守っている産業を国民みんなで支えるのが世界の常識だ。

 

 農家の平均年齢でもフランスの51歳に対して日本は69歳を超えており、全国各地で「あと5年もすれば米を作る人はいなくなる」と危機感が語られる。私たちに残された時間はわずかしかない。

 

 そのためには食べる側の意識と行動も変えていかなければいけない。安い輸入品を受け入れたのは政府だが、それを選択するのは消費者だ。安い物には必ず訳がある。日本では食品表示で消費者が選択するための情報さえ与えられなくなった遺伝子組み替え(GM)食品やゲノム編集食品、日本だけ大幅に基準を緩和した残留農薬の問題などによる人体への影響は、子々孫々にわたって続くことが最近の研究で明らかになっている。米国の占領政策の形を変えた継続であり、「日本人を実験台にした新しいビジネスモデル」とさえささやかれているのだ。

 

 そのなかで近年、農業に関心を持ち、関わりたいと考える消費者が増えている。地域での食料自給率100%を目標に、種から消費までの住民ネットワークを強化し、地域循環型経済を確立して食と農と命を守ろうと考える人たちの意欲が結集しつつある。「地元民の力を合わせて耕作放棄地を耕そう」「作った生産品を学校給食やこども食堂に還元し、地産地消で循環させていこう」という前向きで未来志向の動きは、自分たちの力で自分たちの地域を守っていくとりくみでもある。

 

 なかでも給食はその突破口となっている。千葉県いすみ市の例が有名だ。市長が「化学肥料や農薬を原則使わない有機米を1俵2万4000円で買い取る」と宣言し、農家の有機米生産を奨励した。最初はほとんど手をあげる農家はいなかったが、有機農業の技術者を招いて指導を受けるうちに軌道に乗り、4年間で市内の学校給食をすべて地元産の有機米に切り替えたのだ。

 

 私の話に触発された京都府亀岡市の市長も「うちはその2倍で買い取る」と宣言され、その後の交渉をへて1俵3万6000円くらいで買っているという。まず一番身近な給食という出口(需要)をしっかりつくり、高い価格で買い取り、子どもたちの健康を守る。これが皆を幸せにする地域循環のモデルだ。

 

 東京でも世田谷区(人口90万人)が学校給食に有機米を取り入れている。都心で「世田谷米」を大量に作るのは現実的ではない。だから全国各地から有機米を買い取り、学校給食に提供する。「あきたこまち」(秋田県産)、「コシヒカリ」(新潟県十日町産、新潟県南魚沼産、栃木県産、兵庫県産)、「粒すけ」(千葉県産)などが導入され、2025年度から有機米を使用した給食が年間11回供されている。品川区も学校給食の野菜をすべて有機にすると発表した。

 

 大阪府泉大津市でも同様のとりくみがある。必ずしも有機でなくとも特別栽培米などさまざまなレベルの農産物を高値で買い、それを安く地元の消費者に提供している。都市部の自治体が、地方で頑張っている生産地の農家や自治体と連携していく地域間の循環が生まれるのは喜ばしい。たとえ国が主体的に動いてくれなくても、地方からの大きなうねりになる。

 

 また農家が小売大手に買い叩かれる理不尽な構造から脱し、地域の種を使って安心安全な「本物」を作り、それを産直的な流通や直販所などを活用して消費者とつなぐ「ローカル自給圏」を強化することが重要だ。

 

 東京の大田市場は今悲鳴を上げている。コメや酪農だけでなく青果物も出荷が減り、価格が上がっている。猛暑や冷夏のせいではなく、農家が苦しくなって生産量が減っているのが原因だ。「今だけ、カネだけ、自分だけ」(三だけ主義)で買い叩き続ければ、市場もなければ、消費者も食べるものがない。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の仕組みをどう作るかを思考しなければいけない。

 

「飢えるか、植えるか」運動の全国的な広がり

 

生産者による農産物直売所

 そのために私は「飢えるか、植えるか」運動を呼びかけている。消費者と生産者の区別をなくし、住民が地域の農家と一体化して、市民全体で耕作放棄地も分担して耕し、家庭農園、市民農園を拡大することは、国内の農業生産振興と安全・安心な食料の確保、食料危機に耐えられる日本を創る一つの鍵となる。

 

 和歌山県では、「給食に輸入小麦ではなく地元産の小麦を使ってほしい」という要求から、いくつかの母親グループが生まれ、農家の協力を得ながら耕作放棄地で無農薬や自然栽培の小麦づくりをとりくむと、親子づれの参加者も増えて増産できるようになった。これは県の農業農村活性化支援モデル事業にも選ばれている。

 

 九州の生協では、減少する生乳生産に歯止めをかけ、酪農家を守り、組合員の牛乳・乳製品を確保するため、グリーンコープによる「牛乳循環圏」を構築している。800頭規模の牧場を作り、傘下の酪農家だけでなく、組合員や職員も一緒に牛を育て、牛乳を搾り、人口43万人の生乳・乳製品需要をすべて自前で循環させる画期的な仕組みだ。牧草や地域の食品残渣なども活用して飼料も100%自給できるようにとりくんでいる。

 

 「鳴子の米プロジェクト」は、山深い山間地の宮城・鳴子で「農業が廃れたら地域も衰退して観光業も成り立たなくなる」と危機感をもった観光業界(ホテルや旅館)が開始したもので、「作り手」が安心してコメを作れる価格を決め、「食べ手」がその価格で予約購入する仕組みだ。

 

 秋田との県境では、山間地に合ったコメの試験栽培をおこない、「ゆきむすび」という新品種が誕生した。地域の女性がそのコメで100種類のおむすびを試作し、こけし工人や桶・漆の職人が地元材で素敵な器を作るなど地域の力が集まった。全国各地に900人もの「食べ手」といわれる人たちがグループ化され、田植えや稲刈り時に鳴子を訪れて作業を手伝うなど、20戸弱の「作り手」と交流をおこなっている。

 

 同じように福井県あわら市でも旅館の女将さんでつくる「あわら温泉女将の会」がみずから田を借りてコメを作り、酒造りを始めた。田植え、稲刈り、酒造りの全工程に女将さんたちが関わり、老舗蔵元の協力も得てできた「女将の酒」ブランドが好評を博している。

 

 愛知県豊田市では、わずか25世帯の「押井の里」とよばれる山村集落を起点に、コメ農家と消費者を直接つなぐ「自給家族」契約が始まった。いわゆる「地域支援型農業(CSA)」だ。同集落では「ミネアサヒ」という市場に流通しない稀少な古代米を生産しており、山間地の寒暖差や栄養豊かな水が供給される自然条件のもとでおいしいコメができる。それに農薬や化学肥料を慣行栽培の半分以下にまで抑えて安全性を高めている。

 

 このような究極のブランド米を作るために、消費者はその労力とコストをきちんと計算(すべて公開)したうえで適正価格で買い上げる。合意額は60㌔3万9000円という高値だ。自給家族は3~10年の長期栽培契約を結び、「家族」というだけあって繁忙期には農作業を手伝う。これによって生産者は安心してコメ作りに専念できる。

 

 栃木県塩谷町では、企業グループが「有機農家と中小企業を直接繋げる」という理念を掲げ、半農半Xの形で社長や社員が週3日は農村に赴いてコメ作りに参加している。農家と一緒に古代米「神宝米(かむたからまい)」の有機栽培に汗を流し、地元の祭にも参加して絆を深める。収穫した全量を市場価格の4倍の値段で買い取り、社員食堂で活用する。それが今ではふるさと納税の返礼品となった。この神宝米プロジェクトは福井県福井市、鳥取県鹿野町、兵庫県丹波市にも広がっている。

 

 地方の産地と都市部の消費者が連携協定を結び、支え合うとりくみもある。東京・渋谷から始まった「居酒屋自給圏」もその一つだ。渋谷を中心に60店舗を営む居酒屋チェーン(私の後輩でもある)は「渋谷の街に新しい食スタイルを」「渋谷の街から日本を元気に」というスローガンを掲げ、「居酒屋が農業を守るんだ」と全国の産地と連携し、おいしくて安全な食材を生産者から東京の居酒屋にピストン輸送してもらう仕組みをつくっている。

 

 また、直売所の仕組みは、農家が値段を付けられ、農薬不使用で規格外品ができても消費者が買ってくれる良い仕組みではあるが、一店舗頼みでは小遣い稼ぎにしかならないという限界性もある。それを打ち破ったのが和歌山県の直売所「よってって」だ。私は「野田モデル」と呼んでいる。

 

 この直売所は、県内をはじめ関西エリアの広い範囲に直売所をどんどん作って多店舗化した。農家がメインの直売所に農作物を持ち込むと、少しの手数料を上乗せしさえすれば、そこから各地の店舗に転送する仕組みをつくった。登録生産者数は9000人を数え、この直売所の販売だけで1000万円を売り上げる農家が300戸、なんと1億円以上も7戸出ている。すると「もう少しみかんの生産を増やそう」ということで毎年1㌶ずつ農地を拡大する農家が出てきて、耕作放棄地の再生にも繋がっている。

 

 私の講演をきっかけに同様のとりくみが全国各地で生まれていることには勇気づけられる。

 

 食料危機、農業危機はまだまだ深刻化していくだろう。高くておいしいおコメを買いたくても、どうしても手が伸びない消費者がいる。他方で、安売り競争と市場原理主義に巻きこまれ、薄利の農業生産を強いられる生産者がいる。両者が共存共栄していくために、どのような施策が必要なのか。政府は、貧困と格差是正の経済政策を早急に打たなければならない。食料危機が来るのに、減産要請で農家の意欲を削いでいる場合ではない。

 

 そして、われわれも「日本人がコメが食えなくなる時代が訪れる」と悲観してばかりはいられない。自分が今いる場所で、できることをすぐに始める。そこから「食」の未来への希望がきっと見出せるはずだ。

 

稲刈りをする農家(山口県)

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すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授(現在、特任教授)。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業消滅』(平凡社新書)、『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)、『食の属国日本』(三和書籍)、『令和の米騒動』(文春新書)、『もうコメは食えなくなるのか』(講談社+α新書)など著書多数。

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