いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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安倍事務所が君臨する一元代表制 一強の行き着く先を暗示する下関市政・議会の実態 

市議選もいいが、まず二元代表制を取り戻せ

 

 下関市議会議員選挙(来年2月3日投開票)の立候補予定者説明会が10月26日に下関市役所であり、新人16、現職25、元職1の42陣営が顔をそろえた。選挙まで残り3カ月となったなかで、どのような顔ぶれが挑もうとしているのか、さらに前田市政と現議会の実態について、前回に引き続いて記者座談会で論議した。

 

市内で出回り始めた各候補のしおり

  まだ確定ではないが定数34に対して42陣営となると、かなり賑やかな選挙になりそうだ。当選ラインは若干下がるのかもしれない。前回選挙は立候補者が39人でトップ当選の前田晋太郎が4374票、その他に3000票台に乗せたのが6人、あとは2000票台で最下位(当選ライン)の酒本哲也が2083票だった。立候補者数や票の散り方によって変化はあるが、下関市議選で安泰と見られている得票数は2500~3000票。それだけの支持を集められるかが各陣営にとって勝負どころとなる。引退議員の支持基盤が誰に流れるのかや、キーマンとなる組織や団体の動きも観察のしどころで、そこから誰が何を意図しているのかが見えてくる。

 

  前回の座談会では街のなかで話題になっている陣営について見てみたが、それ以外にも新人が3人来ていた。安倍昭恵がつくったウズハウスにかかわっている20代の林昂史、吉見から濱崎伸浩、安岡で自治会長をしていた古江和雄の3陣営だ。「新人16」のなかには県議選によく出馬する佐々木信夫も含まれているので、実際には41陣営か前回並の出馬に収まる可能性もある。

 

  元職としては鈴尾進が来ていた。落選しても落選しても何度でも挑む男として知られ、既に市議選や県議選の顔になりつつある。前田晋太郎が市長に転身したので、新地地区の票が自分に入るのではないかと期待している風なのだともっぱらだ。「また出るのか!」と街のみんなのなかでは驚いたり呆れたりさまざまな評価もあるが、供託金30万円を払えば誰でも出馬できる。そして泡沫のような得票であればそのカネは没収される。出馬するのはあくまで自由なのだ。

 

 「現職25」についていえば、「やっぱり出馬する」といい出している亀田博(80代、元市長)が来なかったことによる。亀田は新人の青木に地盤を譲るという話もあったが、出馬に向けて着着と準備している。青木事務所の隣に亀田事務所を開設し、ガチガチの伊倉戦争を展開している。従って現職は「26」が正確だろう。

 

  8人が引退し、新人が15~16人も出馬する選挙は近年稀だ。そういう意味では新鮮さがある。現職にろくなのがいないから、相当に顔ぶれが入れ替わる可能性も秘めている。とはいえ、新人が後援会を立ち上げて2500~3000票を獲得するのは至難の業だ。下関のような地方都市において、いわゆる都市型のポッと出や風任せの選挙戦など期待できない。既に現職の支持基盤で固められているところに割って入り、開拓していくとなるとなおさらだ。個人戦で太刀打ちできるものではない。

 

 しおりの動き一つとっても、支持基盤がガッチリしていて団体戦を展開しているところほど露出が際立っている。逆に動きの弱いところもある。目立たない陣営は出遅れているか、余程固い組織票を持っているところだ。左団扇で当選できるのはガチガチの宗教票を擁する公明党の5人くらいのもので、あとは自民党議員は自民党議員との競合を勝ち抜かなければならず、革新系は革新系との食い合いになるのが市議選だ。地域代表的な候補であれば同じ地域から出てくる候補者が目の敵になったりする。首長選とは訳が違う。候補者の数だけぶつかりあう。

 

 B 目下、後援会員集めで各陣営が熱を上げ、相当数のしおりが出回っている。支持者から支持者へと輪を広げていくことと、自分たちが押し上げようとしている候補の顔と名前を世間に知ってもらうためだ。企業型選挙を展開している陣営は「入れなくてもいいから書いてくれ」といった調子で山ほど付き合いの名簿が集まるが、実際の得票につながるのは10分の1とか、良くて4分の1が関の山といわれている。候補者や陣営の質によってこの確率は大幅に異なるが、支持基盤を広げていくためには欠かせない作業だ。後援会名簿は県議であれ市議であれ、政治家の一番大切にしなければならない門外不出の財産ともいわれる。ネットに接続しないパソコンで厳重管理している陣営もいるほどだ。この紹介その他で広がった支持者をガッチリと固めていくのが定石だ。しおりを地域に全戸配布する陣営もいる。

 

新鮮さの裏で危惧される「ひよこ」議会の誕生

 

  顔ぶれとしては一新する可能性がある。ただ、候補者や支持基盤をそれぞれ見てみると、「安倍派だらけじゃないか」と思うものがある。残念なことに、何かがどう変わるという期待感が乏しい。新人のなかで安倍事務所の本命としては、秘書をしていた阪本祐季と東京から戻ってきた下村秀樹なのだと安倍派の面面は話題にしている。阪本(28歳)については暴行事件を起こした県議の平岡望(安倍事務所秘書出身)の秘書をしていて、そのつてで安倍事務所に入り私設秘書として働いていたそうだ。下村については安倍事務所の筆頭秘書が「東京からいいのが戻ってくる」とあてにしているそうで、京大出身のやり手という触れ込みが一部で広がっている。あるかぽーとで動き始めているホテル誘致や不動産開発で役回りを期待されているのかもしれない。

 

  市役所のなかでは、場合によっては新人だらけの「ひよこクラブ」のような議会になりはしないかと危惧する向きもある。真面目な職員のなかでは、厳しく突っ込んでくる議員や睨みの効く議員がいなくなると、行政の緊張感がなくなると心配する意見もある。一方で、行政や議会ルールについて疎い素人集団が相手なら「チョロい」と見なす職員もいる。現状でさえ議会の体たらくはひどいのに、新議会はどうなるのだろうかと早くも心配している。

 

  市職員の市議選への関心は、一般のそれと比較して異常なものがある。二元代表制のチェック機能だから当然といえば当然なのだが、どんなタイプの人間たちを相手にしなければならないのだろうか…という興味関心がまず先にくるようだ。横柄な態度で物事を要求してくるような議員については「アイツ、落ちてくれないかな…」とわら人形に杭を打つような気持ちで眺めている人もいる。笑ってはいけないが、それが本音なのだから仕方ない。従っているように見えて、「バッジつけたくらいで威張るなよ!」と心のなかでは思っているのだ。

 

二元代表制とは名ばかりの現実

 

  二元代表制は建前として謳っているが、実際には一元代表制で下関市議会は飼い慣らされているに等しい。しかも、議員のなかに前田晋太郎がこの街のリーダーなのだと見なしている者は1人もおらず、みんなして安倍事務所の顔色ばかりをうかがっている。おかしな光景だ。前田晋太郎も年上の幹部職員を叱るときみたいに怒っていいと思うのだが、自民党議員たちも含めて「安倍事務所の操り人形だ」とか「ただの居眠り晋ちゃんじゃないか…」などと陰ではボロクソにいっている。あの市長選で安倍夫妻がお気に入りを無理矢理ねじこんだだけで、前田晋太郎が立派だから市長になったとか、素晴らしいリーダーなどと見なしている者がほとんどいないのが現状だ。それは、市長のもとで一元代表制になっているのではなく、安倍事務所がトップに君臨した一元代表制が貫かれていることを正直にあらわしている。

 

市長選で安倍昭恵の応援演説を受ける前田晋太郎

 安岡(自民党林派)の例を見てもそうだが、市長選での安倍夫妻の介入について批判したら自民党下関支部で無期限処分をくらい、自由に発言してはならないという力が働く。議員たるものがいいたいことをあからさまにいうことができず、言論が窒息するとは何事かと思う。議会というのは「言論の府」といわれるように、多様な意見や言論を持ち寄る場だ。その多様性を否定することは、民主主義を否定することになる。自由と民主主義が貫かれない議会になっているということだ。この一元代表制状態に風穴を開けないことには、誰が当選しようが下関市議会が議会として機能する方向には向きようがない。

 

  「安倍事務所をトップに頂く一元代表制」であるという指摘について、恐らくこの街で否定する者はいないと思う。まず前田晋太郎自身が否定しないだろうし、議員たちも「本当にその通りだ」と頷く話だ。「いや、下関市議会は二元代表制の片側として立派に機能している!」と反論できる議員がいるなら、ぜひとも膝をつき合わせて話を聞いてみたいものだ。絶対に笑わないと約束はできないが、言論は自由で保障されなければならないし、政党政派や思想信条をこえて対話することは何より大切だ。言論に対して狭隘なのがもっともつまらない。

 

  先ほどの安岡の処分問題もそうだが、安倍事務所や代議士の意向に逆らったら、全国市議会議長会の会長をしていた議長までが首をもがれ、別の人間にすげ替えられる。あからさまだ。それこそ議会の外側から議長処分の力が加わる。「安倍事務所を頂に置く一元代表制」の象徴的な出来事だった。関谷博については調子に乗りすぎたという指摘は確かにある。結局のところ、議長になれたのも安倍事務所の力によるところが大きかったし、降板にあたっても安倍事務所によって叩きつぶされた。誰の目から見てもそうだ。

 

落選が決まった直後の中尾陣営。くっついていた市議たちは制裁をくらうはめに

  34人の議員のなかで形式としては投票によって議長が選出される。しかし、決めるのは安倍事務所というのがよくわかった一件だった。関谷は昨年春の市長選で、前田晋太郎ではなく林派の中尾友昭を応援した。しかも最大会派だった志誠会を率いて流れをつくろうと画策した。中尾の3期目を応援する見返りに、その次は林派を味方につけて自分が市長選に出馬しようという下心があったようだ。誰がどう見ても関谷は母親の関係もあって生粋の安倍派なのだが、一世一代の勝負に出た。若い前田が当選を重ねるような事態になれば市長への芽がなくなるので、林派と野合してでもここで潰しておきたいという考えがあったのだろう。そんな心理を林派や中尾ブレーンたちも上手に利用している。

 

 一方でこれに激怒したのが安倍派や安倍事務所で、志誠会メンバーに「裏切り者」の烙印を押して制裁が始まった。所属議員は安倍事務所の怒りを察知して、「みらい下関」などという別会派を立ち上げて志誠会から飛び出していった。最後まで関谷と行動を共にしたのは、今期で引退する平岡、板谷、小熊坂、安岡だけだった。香川、田中、江村、旧郡部選出の戸澤、木本、松田、林透らは親分を御輿から放り捨てて、かわりに戸澤が新議長ポストをもぎとった。最大会派分裂の仁義なき戦いだ。このクーデターが議会内の力関係だけで起きたものではないことは歴然としている。薄情なもので、それまでの仲間に梯子を外された関谷は一気に議長席から引きずり下ろされたのだ。公明やその他の自民党議員にも手は回り、最後は議長選への出馬すら叶わなかった。

 

  関谷についてとくに可哀想とも思わないが、そのように議場の外側から議会を動かす力が働くわけだ。しかも執行部からではなく、役所の外側からだ。あの一件は「安倍事務所をトップに頂く一元代表制」の姿を正直に暴露した。そして、この市議選でも安岡や関谷、小熊坂、板谷らが潰されようとしている。これらの人間が議会の一般質問で目立ち、「○○議員の質問に市長が答えた」等等で新聞に出たりすると、協力者に対して議長の戸澤が「なぜアイツを目立たせるようなことをするんだ」とケチをつけたりして話題になっている。かくして安倍事務所にとり立てられた側が威張り、かつての仲間であれ攻撃する関係が出来上がっている。他人の不幸は蜜の味で、のし上がっていくチャンスみたいになっている。関谷が前田晋太郎を応援していたら、おそらく戸澤に議長ポストは回ってこなかっただろう。

 

 C こうした最大会派を中心にして自称市民派や連合系、日共が寄生し、賛成マシーンと化した議会が出来上がっている。その外枠にいるのは市民の会の本池くらいだ。年4回ある定例会の度に、最終本会議が終わるとボーリング大会や懇親会、野球大会などで執行部と馴れ合い、日共議員も含めて33人の議員が参加して仲むつまじいのが実態だ。税金に寄生した「特別な俺たち」の世界を作り上げている。

 

下関市議会の名物になっている市長の居眠り

 B そのように緊張感がないから、議会の度にみんなして寝ている。バカではあるまいかと思うが、それが実態だ。新議会棟に移って傍聴席からは議員が見えにくくなった。「さては寝姿を見られないように設計したな!」と真顔で評判になったほどだ。たまにモニター中継を覗いてもすごい顔をして寝ているのがいる。「寝ていても市長ができる」「寝ていても議員ができる」ことを自分たちの行動によって示している。下関市議会の品位も何もあったものではない。もっと真面目に市政に向き合わなければ話にならない。

 

  恥ずかしい話だが自分たちも寝ているから、前田晋太郎に「起きろ!」「議会を冒涜するな!」と叱る者がいないのだ。一度でいいから議員のなかから「居眠りをしてはならない」と問題提起して、議会が紛糾でもすればいいと思う。「居眠り」を肯定する議員がいるなら、新聞で名指しで報道して世間が評価を下せば良いだけだ。首相お膝元の議会はそのような低次元の議会に成り下がっているし、一強体制の行き着く先として緊張感がなくなり、居眠りが問題になっているのだと全国に知ってもらえばいい。緊張が緩和することによって議会の低俗化が進行するのだ。今時は全裸で議員宿舎をピンポンダッシュするようなのが大臣をしているが、国会も似たようなものだ。

 

  以前はもっと気骨のある議員や、保守系でも勉強して是々非々で侃々諤々(かんかんがくがく)の追及をするのがいたが、すでに絶滅危惧種になってしまったような感がある。一元代表制の枠内で胡座をかいていれば、適当に4年間は飯が食えるという世界で満足してしまい、堕落している。これで何がチェック機能か! と思う。笑わせてはいけない。まじめに地方自治にとりくむのが出てこないといけない。この弛緩した状況が市政に体現されている。

 

  良心の呵責から陰でぶつくさいうことはあっても、基本的に安倍派による一元的支配のもとに統率されている。そして自由な発言が封殺され、不自由さのなかで、せいぜいどぶ板の心配程度でお茶を濁している。その間に市政全般は停滞し街の産業振興はおざなりになり、人口減少数や少子高齢化が全国でも5本の指に入るザマなのだ。本気で知恵を振り絞って市政を良くしていこうという気概をどれだけ持ち合わせているだろうか。東京のコンサルタント会社からの受け売りや都市部の真似事をして利権にうつつを抜かしているのでは、従来の延長線で衰退していくしかない。

 

市議会を傍聴する市民

  この20~30年来の街の衰退は目に余るものがある。やはり硬直した脳味噌からは新しい下関を創り出すことなどできないのではないか。安倍派・林派の縦系列のもとでガチガチの支配構造が出来上がっているが、つつがなくポジションをゲットして飯を食っていこうみたいな輩は議員としてふさわしくない。寄生的な者や右向け右のイエスマンではなく、多少癖はあっても大激論を交わして街をこう良くしたいんだという思いのある人間が必要だ。そして誰が当選しようが、一元代表制状態の市議会を本当の意味で二元代表制にしていくこと、民主主義をとり戻すことが課題だろう。

 

  一元代表制について論議してきたが、要するに私物化ということだ。下関市はもうじき基金も底をつきそうな勢いだが、箱物ばかり作った末に財政再建団体に転落するとも限らない事態が迫っている。国政もそうだが、食い散らかして後の祭りというのでは困るのは住民だ。

 

  人口減少も凄まじい勢いを見せている。合併の際に中核市(30万人で実現できる)になったが、市長の任期4年で1万人ずつ減っている。既に26万人台まで落ち込んでいる。このスピードは今後ますます加速する。この街で老若男女が暮らしていくために、地に足の着いた産業をどう盛り立てていくのか、コミュニティを維持するために何をすべきか戦略が不可欠だ。観光一辺倒だけでは週末都市として落ちぶれるほかない。人口が減るとまず第3次産業が尻すぼみになり、「商業の街」にとっても影響は大きい。

 

  「海峡の見える街」から「更地と廃屋ばかりが見える街」へと変貌している。とくに中心市街地は惨憺たるものがある。役所としてこうした下関の変化について全面的に捉え、解決に向かって戦略を練るような部署がないのも弛緩状況をあらわしている。都市一極集中は全国的な流れでもあるし、若者が次から次へと流出していくのは下関に限った話ではないが、各課がバラバラであったり、無策ではどうしようもない。あるかぽーと一帯の開発をして、今後は高級ホテルや国際会議場を作るのだとか開発計画はてんこ盛りだ。それこそ東京からデベロッパーを連れてきて草刈り場にされるのだろう。

 

 B 高級ホテルができたところで何がどうなるというものでもないだろう。衰退に歯止めがかかるものにはなり得ないし、高級ホテルから一歩市街地に足を踏み入れると、そこは廃屋だらけなのだ。魅力のある街というのは、そういうものではないはずだ。見てくれ以上に、まず第一に市民の暮らしの心配をするのが市政の役割だ。産業構造の変化についても研究しなければならないし、その変化に照応した具体的な政策がいる。江島の頃から遊びへの傾斜がひどいが、イベント趣味から脱却しないと見えてこない。

 

  政策について論議し始めるとキリがないが、要するに議会で寝ている場合ではないのだ。寝とぼけた議員をたたき落として、本気で二元代表制をやる気概のある人間を選ぶことが求められている。そして、議員の1人や2人が覚醒したところで、この街のかさぶたになっている一元代表制が変わるような代物ではないのも事実だ。市長や議会もだが、その上部構造やガチガチに出来上がっている構造に目を向けて、市民の要求を下から突き上げていく以外にない。

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