いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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科学的解明せず進める横暴さ  下関・安岡沖の洋上風力発電

 下関市安岡の沖合にゼネコン準大手の前田建設工業が、国内最大規模の洋上風力発電20基(6万㌔㍗)の建設を進めようとしている。これに対して、昨年末から地元住民らが結束して行動を開始し、短期日に3万人をこえる反対署名を集めるなど、運動が盛り上がっている。福島原発事故後、自然エネルギーがもてはやされ、原発再稼働と同時進行で全国各地で風力発電、メガソーラー設置の動きが活発になってきた。安岡沖で進められている計画も、経済産業省が前田建設工業を指図しながら進めている補助金ビジネスで、若松につくろうとしている100基の風力発電とあわせた目玉事業になっている。このなかで、響灘沿いの閑静な住宅地域に突如として計画が持ち込まれ、後から乗り込んできた大企業や監督省庁が、わがもの顔で強行していくことに反発が高まっている。住民たちが不安を抱いているのは、低周波の人体や動物への影響について現段階では科学的な解明が進んでおらず、極めてあやふやな状態にあることだ。既に風力発電が設置されている豊北町や豊浦町で住民の経験を聞いた。
 
 下関市豊北町等の住民の経験

 山口県内でも、先行して風力発電が設置されてきたのが豊北町と豊浦町(計42基)で、他にも長門市油谷町・日置町(計六基)、熊毛郡平生町(計7基)の山に林立している。いずれも農漁業が衰退し、深刻な少子高齢化に見舞われてきた地域だ。
 豊北町では、町内3カ所で稼働している。当初、事業の説明があったのは立地点の自治会のみで、ある日いきなり鉄塔が突き出して知った住民も多かった。稼働し始めて住民が驚いたのは、ブンブンとものすごい音を発することで、風の強い日になると羽が空気を切り裂く音が響き渡り、「ジェット機が飛ぶような音」「夜眠れなくなる」という苦情があいついだ。企業側の負担によって二重サッシにしたり、母屋の横に別の建物を建てたりしている。
 住民たちは「風力発電ができてすぐのころは、シカやイノシシが山からドーっと出てきていた。わが家の周辺にあまりいなかったスズメが急に増えたのにも驚いた。山を切り開いたからなのか、低周波の影響なのかはわからない」など経験を語っている。また、風力発電の下に住んでいた高齢者がめまいや吐き気を訴えていたこと、ブレード(羽)が回転することによって常に視界に光と影が交錯するため、メニエル病のように目が回って気持ち悪くなる症状も出た。こうした経験が一人や二人といった少数ではないのも特徴となっている。
 北浦地域でもっとも早く風力発電の建設が進んだ長門市油谷町では、五基の風力発電が設置されている。当時たるや時代の最先端をいく「クリーンなエネルギー」と宣伝され、良いことずくめの説明しかされなかったが、稼働してしばらくするとお年寄りが吐き気や頭痛を訴え始めたと住民たちはいう。発電施設の近くほど音がひどく、稼働時は二四時間ひっきりなしに騒音が響くので、高齢者が昼も夜も寝られない状態が続いた。おかげで高齢者たちが寝込むようになり、しかも寝込んだ高齢者を世話するのも高齢者で、介護要員も足りない。過疎地域にとってたまらない状態がもたらされた。
 平成20年、油谷町と日置町にさらに風力発電の増設の話が持ち上がったため、放牧農家や住民たちが立ち上がり署名運動を展開して計画を頓挫させた。青森県大間町で原発建設を進めている電源開発が、山の尾根に一九基建設するという内容だった。住民の一人は、「風力発電は原発と同じ人を殺していくものだ。油谷は経験しているから絶対にやらせないと頑張って良かった。下関のような人口の多い街中でやったら大問題になる。絶対につくらせてはいけない」と強く訴えていた。
 豊浦町でも、風が強い日には家のなかの障子までが揺れるといわれ、なかにはいまだに精神安定剤を飲まないと寝られないと語る住民もいる。二重ガラスにしてもまったく意味がなく、耳の奥の不快感やめまい、耳鳴りなどの症状を訴える住民が少なくない。完成する直前までは珍しいのでみんなで見学に行き、「風力発電ができる」と喜んでいたが、身に起こるさまざまな症状の原因がわからず、「年のせいだろうと思っていた。最近になってこの風力と何か関係があるのかもと思い始めていた」と話されている。平生町でも同様で、麓の住民が体調を壊して移住したりして問題になっている。
 人体の異変だけではなく、豊北町や豊浦町の風力発電周辺の民家では、牛舎のインバータ(温度を一定にするためのファン)が狂ったり、民家のファックスから突然異音が鳴りだしたり、夜中に突然電気がつき、何度消しても消えなかった経験、テレビがつかなくなり、風力発電事業者にアンテナを立ててもらったが、地デジ移行をきっかけに再び映らなくなった経験などが語られている。「電波障害じゃないのか?」といわれている。

 深刻な低周波音の被害 転居以外に治らない 

 全国の風力発電立地箇所で住民たちが同様の被害を訴えている。体調不良が起きていることは疑いないが、今のところ医学的・科学的な解明がされておらず、住民のなかでも「風力発電そのものが原因なのか、はっきりはわからない…」といわれているのが特徴だ。放射能を浴びたか浴びていないか自覚できないのと似ていて、低周波や電磁波をどれだけ浴びてきたか知るよしもない。そのことによって人体がどう影響を被るか、といった研究もほとんどなされておらず、判別のしようがない。「臨床実験」なしに薬物投与したような格好で、田舎の山という山に林立してきたのが実態だからだ。
 風力発電の被害のなかでも、その場で即感じるのがブレードが風を切って回るときに聞こえる騒音で、それとは別に耳に聞こえない超低周波音を含む低周波音(100ヘルツ以下)による被害が、この十数年間で深刻な問題となってきた。「低周波症候群」(=外因性自律神経失調症)や、「風車発電症候群」として、外国人研究者をはじめ日本国内でも医師や一部研究者の間で研究が進められている。各地で完成した後になって健康被害が俎上にのぼり、ようやく研究が進み始めるという展開で、順序が逆転したものとなっている。
 低周波音は騒音とは大きく異なっている。騒音のように聴力障害として聞こえるものではなく、不定愁訴(不快感)として振動をともなって「感じる」ものとされている。豊北町や豊浦町の住民たちが語るように、慢性的な不眠、めまい、だるさ、圧迫感、耳鳴りなどを引き起こし、生理的な不安定状態から高血圧を引き起こすとも指摘されている。また、低周波は屋外よりも屋内のほうがきつく、通常の隔壁などではかえって助長されること、窓や戸を閉めきるのではなく開けた方が楽なこと、騒音に比べて低周波音はかなり遠くまで届くこと、個人差が著しく測定がきわめて困難であることから対策も簡単にはできないと研究者たちは指摘し、低周波にさらされる環境から遠く離れると症状も軽くなるため、「“転居”以外に治療法はない」といわれている。未解明ではあるが、逃げたら治るというものだ。
 現状では規制基準がある騒音と違い、低周波音は規制基準が設けられていない。2004年に環境省が作成した手引書のなかの参照値は、「(音が)聞こえるか聞こえないか」という調査にもとづくもので、実質的に無規制状態となっている。そして、低周波音が人体に与える影響について科学的な解明が進んでいないことを逆手にとって、企業側が「因果関係が認められない」といい、自然エネルギーの補助金ビジネスに突き進む構造になっている。
 「電気が勝手につく」等等の電波障害については、米国ニューヨーク・タイムズ紙が米国内でのグリーン・ニューディール政策や風力発電ブームともかかわって、風力発電が軍のレーダー設備に障害をもたらすことから、軍事基地周辺に風力発電を建設することを却下するケースが増えていることを伝えている。安岡沖に場所を決定するさいにも、北九州市の藍島周辺が当初は候補地としてあがっていたが、藍島は、自衛隊のレーダーに反応することが懸念され却下されたのだと関係者のなかでは語られている。基地レーダーには障害をもたらしてはいけないが一般市民には障害をもたらしても構わないのか、黒幕である経済産業省や事業者がしっかり説明しなければならない点となっている。
 安岡沖は漁場としては人工島ができて以後、磯焼けやヘドロの堆積が問題になってきたが、漁民が潜ってウニやサザエをとったり、季節になるとサワラをとったり、さまざまな形態で漁業に従事してきた。この影響について下関水産大学校や長崎大学水産学部の研究者たちにたずねても、あまり研究がなされておらず、「魚はある程度対応能力はあるが、低周波がどのような影響を及ぼすのかはやってみないとわからないのでは?」という意見が多く、未解明な部分が多いようだ。
 なお、「洋上風力を建てると海底を魚礁で固めるため、魚がたくさん寄ってくる」というメリットが宣伝されていることについて、それは洋上風力でなくとも魚礁を設置すれば良いだけで、山口県政が日頃からやらなければならない仕事とごちゃ混ぜにするべきではないと指摘されている。
 全国で風力発電の弊害が問題になっているのを受けて、日本弁護士連合会も昨年12月「低周波音被害について医学的な調査・研究と十分な規制基準を求める意見書」をとりまとめた。同会プロジェクトチームによる愛媛県や和歌山県での実態調査をもって、被害者の実態を踏まえた疫学的調査をおこなうこと、2004年に作成した手引書と参照値を撤回し、諸外国の先進例を参考にして暫定的な基準を設けること、低周波音に関する新しい法的な規制基準を早急に策定し立地基準を策定することを求めている。

 響灘や九州沿岸が標的 環境ビジネスが活況 

 風力発電がエコでCO2を吐き出さないとしても、「地球にやさしくクリーン」だからといって人体が犯されたのではたまらないと安岡地区や綾羅木地区の住民は懸念している。医療機関やその患者の家族が熱心に署名を集めており、健康被害への心配が最大の問題となっている。今回の計画のように住宅地とこれほど至近距離に設置(送電ケーブルを長距離引くとコスト高になるため)される例は世界的になく、人間モルモットのような扱いにも強い怒りが語られている。
 原発もクリーンエネルギーで「絶対安全」を謳っていたが、爆発事故を起こした後に「やっぱり漏れていました…」「30㌔圏内のみなさんは移住してください」といって前代未聞の事態を引き起こした。同じように、大型扇風機のようなものが山や海にあらわれ、後から住民たちが難儀な思いをしなければならないなど本末転倒で、まずは先行事例の地域で起きている現象について徹底的に解明して、人体や動物、魚類にいたるまでどのような影響が及ぶのかはっきりさせなければ、住民たちにとって納得のしようなどない。
 原発を推進してきた経済産業省が、今度はオバマ政府や国際金融資本が提唱するグリーン・ニューディール政策のブームに乗って、安倍首相のお膝元である下関でも世界初の自然エネルギー実験をやりはじめた。響灘の海底に圧縮した炭素を密閉させる構想が持ち込まれたり、若松地区にも原発2機分に匹敵する100基の風力発電を建設するとかで、響灘や九州沿岸が狙い撃ちにされたかのような印象となっている。長崎県では佐世保市の宇久島周辺に2000㌔㍗の洋上風力発電を50基つくる計画が持ち上がり、さらに島の四割の面積をドイツ企業が太陽光パネルで埋め尽くすといって島民の反発が高まっている。
 国が補助金を投入した成長産業に大企業が群がり、事業主に投資銀行や外資が出資したり一つの環境ビジネスとして活況を呈している。彼らが雲の上で勝手に候補地を決めて乗り込み、その地域の海や山をとりあげ、住民生活をオモチャのようにもてあそんでいく構造が暴露されている。
 安岡沖の計画については、経産省が旗を振っていることから県当局や市当局も右に習えで手続き推進係になり下がり、反対する中小企業経営者や個人に不可解な圧力がかかったりしていることも問題になっている。しかし住民全体の結束や行動意欲は抑えることができず、今後さらに市内全域を巻き込んだ運動に広がろうとしている。

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