いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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山口県内を襲った記録的豪雨 山口市、美祢市、下関市豊北町などで河川氾濫 住宅浸水や断水、JR橋梁の崩落や損傷も

美祢市 厚狭川の氾濫で浸水や線路崩落

 

 山口県美祢市では、1日にかけて線状降水帯による記録的大雨が降り、市内を流れる厚狭川の氾濫、住宅の浸水や線路の崩落、水道の断水など複合災害に見舞われた。とくに市の南北に流れる厚狭川の氾濫により、下流域の南大嶺、四郎ヶ原、東厚保などの集落では、田畑や民家に水や土砂が流れ込み、床上浸水は107件、床下浸水57件にのぼった。今も1人が行方不明になっている。高齢者が多い地域でもあり、行政によるサポートが必須となっている。

 

浸水で水につかった家財道具を運び出す住民(美祢市大嶺町)

厚狭川の増水で倒壊したJR美祢線の橋梁(美祢市大嶺町)

 住民の話によると、厚狭川が氾濫したのは1日の午前1~2時ごろ。当時、東厚保地区では降り始めから雨量が380㍉をこえる記録的大雨となっていた。


 南大嶺地区の女性(82歳)は、「息子と2人暮らしだが、深夜1時くらいからゴーという音が聞こえ、玄関からじわじわと水が上がって、家の中のモノが水で浮き始めた。膝上まで水に浸かった状態になり、平屋なので2階もなく、もう終わりかと思った。高台に避難しようにも車が2台とも水に浸かって動かず、膝を水に浸けたまま夜が明けるまで待つしかなかった」と話す。テレビや冷蔵庫、クーラーなどの家電も布団もすべて泥水に浸かったため、近所の人と互いに助けあって、家財道具を家の外に持ち出す作業に追われている。
 「命があっただけ幸いだが、風呂のボイラーも故障したので水浴び生活。この地域はお年寄りが多く、またいつ大雨がくるかわからないので今後が心配だ」と話した。

 

 ホースで家の中の泥を洗い流していた四郎ヶ原地区の男性(60代)は、夜1階の自室で寝ていたときに水の音で目が覚め、玄関口に下りようとしたときに玄関の引き戸1枚が水圧で内側に飛ばされ、水が流れ込んできたという。「避難所に指定された公民館のカギを預かっていたので、開けに行こうとしたが、道路が川になっていたため引き返した。辛うじて母屋の床上浸水は免れたが、敷居が低い部屋にあった冷蔵庫などの家電はすべて水没。納屋もぐちゃぐちゃになった」と話した。

 

 川に面した家裏の畑にも、流れてきた倒木が堆積し、大人の手でも運べないような大木もある。「管理する県土木河川課(美祢支所)に連絡したが“すべて自分でとり除いてくれ”といわれ途方に暮れている。10年前の洪水で護岸が崩落したときには畑をすべて潰して工事車両が入れるように協力したのだが、今回は法面が崩落しているのに“いつ見に行けるかもわからない”という返答だ。せめて一度現場を見に来てほしい」と要望を口にした。

 

氾濫によって厚狭川河畔に堆積した倒木や流木(美祢市東厚保)

 厚狭川は2010年7月にも氾濫し、山陽小野田市などで大規模な浸水被害が発生したが、「今回は前回よりは短時間ではあるが水量は多かった」と語られる。川幅は100㍍前後あり、普段は水位も低いが、美祢市内の下流に行くほど川幅は狭くなり、鋭角に曲がる急カーブがいくつも点在する。「下流ではなく、真っ直ぐな上流から川幅を広げ、護岸を整備したため、大雨が降ると一気に水量が増し、それが急カーブの多い下流域に押し寄せる。だからこの地域では豪雨が降れば必ず氾濫する」「上流からではなく下流から護岸整備や拡幅、浚渫をするべきではないか」という指摘も多く聞かれた。

 

 激流が押し寄せた家の男性(76歳)は、事前に危険を察知して家族で避難したため犠牲者は出なかったものの、家は床上1・4㍍まで水に浸かり、家財道具がすべて流された。「目の前にある橋にガレキや流木が堆積して水の流れを変え、ストレートに水が家の中を走り抜けた。オール電化だったので炊事も風呂も使えなくなった。今からが大変だ。この歳で生活を一から立て直さなければならない」と頭を抱えていた。5日現在、公的支援の通知はまだないという。

 

生活の足・美祢線が寸断 復旧望む声切実

 

 より多くの市民に影響を与えているのが、生活の足であるJR美祢線の寸断だ。美祢線は、蛇行する厚狭川の上を縫うように交差しながら敷設されているため、南大嶺駅~厚保駅間には七本の橋梁がかかっている。1日の豪雨により、そのうちの第六厚狭川橋梁(約70㍍)の橋脚が倒れ、線路が川へ投げ出されるようにして崩落した。

 

 その周辺部でも、氾濫した水が線路の土台部分を押し流し、線路が吊り橋のように垂れ下がっている箇所が複数ある。

 

厚狭川の氾濫によって土台が押し流され、宙づり状態になった美祢線の線路(美祢市大嶺町)

 美祢線は沿線自治体の人口減少にともなって利用者が減っており、13年前の豪雨で橋梁が崩落したさいも、JR西日本は「自社単独では維持は困難」として復旧に難色を示した。それだけに「今度こそ廃線にされるのではないか」という不安が住民のなかに渦巻いている。村岡知事が「被災を契機にした廃線論議は認められない」としてJRに早期復旧を要望したが、JR側は「速やかな調査に全力を挙げる」とはいうものの復旧には言及していない。4日からはJRが代行バスを運行しているものの、復旧の見通しは立っていない。

 

 美祢線は、厚狭駅(山陽小野田市)から、美祢市や温泉街の長門湯本などを経由し、長門市駅(長門市)までを繋ぐ、県央を南北に縦断する路線(46㌔)。炭鉱が栄えていた1905年に開業し、石炭を徳山海軍工廠に運ぶなど産業鉄道として発達したが、戦後の産業構造転換で地域産業が衰退するとともに利用者も減り、現在では多くが無人駅、全車両がワンマン運転となっている。

 

 それでも住民生活には欠かせない足であり、「通学通勤が困難になれば、若い人が住みづらくなり、地域はますます寂れていく」「高齢者にとっても不可欠なインフラだ。免許証を返納する流れのなかで公共交通機関が減れば、日常生活に支障が出る」「この線路の惨状を見て涙を流すお年寄りもいた。一度廃線にしてしまえば、永久に復活させることはできない。そうなれば自治体の存続すら危ぶまれる。行政や住民も一緒になって必ず復旧させないといけない」などの切実な声が聞かれた。

 

ポンプ壊れ 5000戸断水 大嶺地区や伊佐地区

 

 さらに美祢市内では、豪雨で水源から配水池に水を送るためのポンプが壊れたことにより、大嶺地区や伊佐地区など約5000戸(5日現在)で断水となっている。現在、美祢市役所や美祢産業技術センター、農村勤労福祉センターをはじめ各コミュニティセンターなど7カ所で給水車による給水がおこなわれている。

 

 大嶺地区の女性は、「水道局に聞くと、断水はあと1週間続くという。給水に行くにも、ポリタンクも売り切れているので長門まで買いに行ったほどだ。孫が通う大嶺中学校も断水のため休校になっている。高齢者は水を運ぶことも難しいから、隣近所で何㍑か運んであげている。食事も使い捨ての紙製コップや食器を使ってできるだけ節約している。これほど水が大切だと思ったことはない」と痛切に話していた。

 

 トイレや風呂が使えないなど日常生活に支障が出ており、断水の長期化が予想されるなかで高齢者や健康上の問題を抱えた人などへの公的サポートが必須になっている。美祢市(人口2万1000人)は県内でもっとも規模の小さな市であり、財政規模もマンパワーも限られている。県や国の早急なバックアップが必要といえる。

 

■下関市豊北町 1470世帯が断水 JR山陰線も損傷

 

氾濫によって押し流され、橋に乗り上げた巨木(豊北町粟野)

畑に流れてきたゴミを片付ける女性(豊北町粟野)

 下関市豊北町でも、1日未明にかけて記録的な豪雨となった。その影響で町内にある粟野川が氾濫し、川沿いにある小河内水源池の浄水池に泥水が流れ込んだ。この影響で、角島地区と粟野地区の全域、神田地区、阿川地区の一部の計1470世帯で、1日から断水となった。町内5カ所で上下水道局が応急給水をおこなったが、対象地域では風呂やトイレにも水が使えない不便な状況が続いた。その後4日に飲用水以外では使用可能な水として配水が再開された。また、粟野川周辺地域では、断水だけでなく氾濫による被害や、JR山陰線の粟野川橋が損傷し列車が運行停止になるなど、各所に被害が及んでいる。

 

 下関市上下水道局によると、豪雨被害による小河内浄水池の被害や復旧に向けた経過は以下の通りだ。

 

 6月30日夜からの記録的豪雨により、粟野川沿いにある小河内水源池において、川の氾濫による泥水が場内に流れ込んだ。これにより、山の上から民家に水を届ける「配水池」へと水を届ける前の「浄水池」に泥水が浸入して配水池に水が届けられない状況になった。

 

 翌7月1日には、16時から角島地区全域、神田地区島戸地方・島戸、阿川地区土井約940世帯、22時から粟野地区全域約530世帯で断水となった。

 

 浄水池は、コンクリート製の箱のようなつくりになっており、壁面には膝丈を超えるほどの泥がこびりついていたという。氾濫によって浄水池の施設ほぼすべてが水に浸かった。上部には換気設備もあるためこうした場所から浄水池の中へ泥水が浸入した可能性があるという。

 

 その後、浄水池を清掃する必要があるため高圧洗浄機などで清掃し、水をためてみたところ、見た目はきれいだったため1日午後10時に清掃作業を終えた。しかし、あくまで見た目がきれいなだけなので水質検査を実施し、結果が出るまで待機となった。

 

 そして水質検査の結果、2日に大腸菌が検出された。これまでどれだけ大雨が降っても大腸菌が検出されたことはなかったため、「大丈夫」と思われていたというが、場内に泥水が流入したということが、これまでとの大きな違いだ。「水道管が流された」ということであれば工事の目処が立つが、いつになれば大腸菌が検出されなくなるかは誰にもわからない状態が続く。

 

 こうした経緯を経て、水道局として飲み水の供給にこだわるのか、それとも風呂やトイレに困っている状態だけでも早く解消するべきかという問題をめぐって検討が進められた。

 

 その結果、4日から飲用不可の水として配水が再開され、トイレや風呂などの生活用水が確保できるようになった。また、飲用不可の水ではあるが、煮沸させれば飲用も可能だという。また今後、浄水する前の原水で安全が確認された場合、飲用可の水に入れなおすため、再び数日程度の断水をおこなう見込みとなっている。

 

 下関市上下水道局は、断水が開始された1日16時から、応急給水所を開設し、生活用水及び飲用水の供給をおこなっている。断水が解消された4日現在も、豊北町内5カ所に飲用水の確保拠点を設置している。

 

 場所は旧角島中学校、島戸漁港、旧神田小学校、旧粟野小学校、豊北病院。ポリタンクを持参すればそこに給水し、何も持参しなくても6㍑入りの給水袋を渡すようにしている。

 

 今回被災した小河内水源池は、粟野川からの伏流水を井戸で汲み上げて使用している。水質は極めて良好であるため浄水処理を必要とせず、塩素処理のみで水道水を作っている。大腸菌は、塩素が水道水に残存している限り死滅するので、生活用水として使うことは可能だが、原水から大腸菌が検出されている以上、水道局としては万が一のことを考えて安全宣言を出せないというのが現状であり、飲用不可の状況が続く以上、給水拠点はこのまま継続する。ただ、4日にも水質検査を実施しているが、日ごとに検出される数は減っているという。小河内水源池では4日、下関市上下水道局の職員が懸命に場内の泥かきをおこなっていた。

 

泥かきをする水道局職員(小河内水源地)

山陰線も復旧見通し立たず 粟野川鉄橋に歪み

 

 大雨で氾濫した粟野川は、4日には水量も減っていたが、川の周囲のコンクリートの護岸は所々崩れ、川にかかる橋には木が根こそぎ倒れてひっかかったまま田にうち上げられていた。周囲の田も泥だらけになっており、川沿いの道路も所々小さな土砂崩れが起きていた。また、下流にあるJR山陰本線の粟野川鉄橋は、5つの橋脚のうち中央の橋脚一つが傾き線路が歪んだ状態になっている。そのため、長門市駅と小串駅の間では復旧の見通しが立っていない。

 

増水によって橋台が傾き線路が歪んだJR山陰線の粟野川鉄橋

 気温30度に迫る炎天下、川沿いの果樹園で片付けをしていた女性は「長年ここに住み続けているがこんなに高いところまで水が来たのは初めて」と話していた。

 

 氾濫した粟野川の水かさは、果樹園の木が半分以上浸かるほどまで達した。水の流れで獣害防護柵もなぎ倒され、そこから大量の流木やがれきが入り込んで果樹園を埋めた。女性は「もう3日がかりで息子にも手伝ってもらい人力でがれきの撤去をしている。ようやく終わりが見えてきたが、これからいち早く柵を直さないとすぐにシカがやってきて実を食べてしまう。それでも下の方になっている実は水に浸かってしまって売り物にならない」と話していた。

 

 また、この地域では以前から粟野川の水害を懸念する声があったという。女性は「粟野川上流の白滝山に風力発電ができてから、雨の日の水の量が格段に増えた。白滝山から流れ出て粟野川に合流する才ヶ瀬川からの流量がとくに増えていた。山の保水能力がなくなっていることも必ず影響していると思う。今回水害が起きたということは、また起きる可能性もある。川の護岸工事や砂取りなど、しっかりと水害対策をやってほしい」と話していた。

 

 ある養鶏農家では、断水が続いているため鶏に与える飲み水の確保が困難になっている。水が出るようになったとしても、食品なので飲み水で使えない水は使えない。そのため、社長が自宅の水道から1㌧分のタンクに水を汲んで鶏舎まで運搬している。そして給水タンクに水を移すためにポンプまで購入したという。経営者の男性は「鶏はエサが食べられないくらいなら数日生きられるが、水が2日飲めなければ死んでしまう。気温が高いこの時期はとくに水を欲しがるので、水が出ないのはかなり大きなダメージだ。体調を崩すと卵を産むサイクルも狂い、採卵が滞る。今は1日1~2回鶏の飲み水を汲みに行かなければならない。いつ飲用可能な水が配水再開されるかも分からないので、今回の断水は辛い」と語った。

 

 角島も全域で断水した。ただ、島内では元々井戸水を利用している家庭も多いが、それ以外の家庭では、給水所に通わなければならなくなった。ある男性は、「6㌔のポリ袋2つを手に抱えて歩くのはなかなか大変だ。その割に、使うとすぐになくなる。水を出すときもうまく扱えず一度に大量の水を出してしまったりと、最初は大変だった。今は飲用水以外なら水道が使えるのでかなり楽にはなった」という。各地の給水所では断水が解消された4日から水を求める人は減っているものの、料理や飲み水に必要な水を求める人がやって来ている。

 

 また、車がなかったり、一人暮らしで拠点まで行けない高齢者などもいる。豊北町内では自治会内の関係性が強い地域が多く、自治会長を通じて総合支所にも地域の状況が入っているという。そのため上下水道局が2㍑のペットボトル飲料水(関露水)を豊北総合支所に届けている。だが、豊北総合支所によると、「現在配る体制を検討中」とのことで、4日現在では飲み水の個別配給体制は動き出してはいない。

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