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兼業農家もインボイスに憤り “年収50万円でも取り立てるのか?” 税務署から手紙届き困惑広がる 廃業あいつぐ可能性も

 インボイス制度が導入される10月が迫っているが、免税事業者の登録は全体を500万と見込んでも一割程度と、ほとんど進んでいない状況だ。そのなかで、下関市内でも下関税務署からインボイス登録を促すかのようにパンフレットなどが送られてきて農業者のなかで問題になっている。とくに、税理士などを雇う規模ではない小規模農家や兼業農家のなかで「いったいどうすればいいのか」「こんな小規模のところから消費税をとるのか」と憤りの声が上がる。インボイス制度は複雑怪奇。取引相手の判断次第なので、免税事業者のままでいた場合、いったいどのような影響が出るのかはだれも断定することができない。農協も「起こる可能性のある事象」を想定することしかできず、最終的に登録するか否か(=課税事業者になるか否か)の判断は各農家に委ねられている。しかし一農家が判断するのはさらに困難だ。農業分野でどのような影響があるのか聞いてみた。

 

税務署から農家に届けられたインボイスの資料

 下関税務署から農家のもとに届いたのは「消費税 インボイス制度に関する改正について」と題するA4版・二つ折りのパンフレットと、「消費税のインボイス制度について、税制改正により、負担軽減措置が設けられました」と題する国税庁発行の資料だ。「インボイスの発行には準備が必要です」「登録を受けると、消費税の確定申告が必要です」などと書いてある。一番最後の欄外に「インボイス発行事業者の登録を受けるかは、任意です」と記載されているものの、一見すると登録の案内としか受けとれない内容だ。

 

 農協が部会などでインボイス制度の説明会を開催しているが、小規模農家や兼業農家はそうした機会がなかった人も多く、まさかインボイス制度が自分に関係するものだと思っていなかった人が大半だ。そんなところに税務署から資料が届き、「自分たちもインボイス登録しないといけないということなのか?」と話題になっている。もともと専業農家も含め、個人農家の大半が事務負担の少ない白色申告だ。また売上が1000万円に満たない人が多く、これまで消費税の申告とは無縁だったので、突然、消費税の話が出てきて驚いている状態だ。

 

 とくに、兼業農家で売上が年1000万円をこえる人はほとんどいない。というのも、1俵1万3000円程度のコメ代で1000万円を売り上げようと思えば広い面積が必要で、兼業の規模でなくなるからだ。具体的に考えてみると、1反で収穫できるコメは平均して8俵(480㌔)。農協に出荷して1俵1万3000円とすると、1反当たりの収入は約10万円だ。年間1000万円売り上げるには100反(10㌶=10町)規模の面積が必要になる計算だ。「兼業で10町はとても無理」というのが農業者の実感だ。大型機械を購入すれば、昔よりは兼業でも大規模面積を耕作できるようになったとはいえ、そうすると機械代でまた赤字幅が大きくなるので現実的ではないという。

 

 兼業農家は、ひき継がれた農地を守るため、放棄地にして地域の農家に迷惑をかけないために、利益を度外視して農業を続けている人が大半だ。つくったコメは親戚や知人・友人に経費程度の金額で販売するなどし、自分たちやその周囲で食べているという規模で、「農業収入は50万円以下」という人も珍しくない。そして農業の赤字分を給与で補填しているため、「給与所得と合算して確定申告したら所得税が還付されるというのが一般的な兼業農家の形」だと語られている。

 

 こうした年間収入が50万円程度の人たちにまで消費税の申告義務が発生すれば、その事務手続きだけでも大変だ。結論からいえば、ほとんどの人が農協に出荷するか、知人など消費者に直接販売しているので、インボイス登録する必要性はない。税務署側も確定申告した人のうちだれがインボイス登録が必要な事業者なのか判別がつかないから全員に案内を送ったのだということで、「登録が必要かどうかはそれぞれが判断するものであり、強制するものではない」というスタンスだ。

 

 しかし、個人農家で税理士を雇う人はほとんどいないし、インボイス制度の説明を受ける機会もないままだ。「普通、税務署から手紙が来たら驚く。よくわからないまま登録する人も出てくるのではないか。そして、消費税の申告が必要だとか、負担が増えるとなれば、うんざりして農業をやめてしまうことにつながりかねない」「登録すれば消費税の申告義務が発生するが、そこまで理解せずに慌てて登録する人が増えれば消費税の滞納にもつながる。小さな農家からそこまでしてなぜとりたてようとするのか」と憤りの声が上がっている。

 

田植え作業をおこなう農家(下関市)

 農業で生計を立てられなくなっている今、専業農家はわずかになっており、こうした小規模の兼業農家によって農業が支えられ、農地が維持されているといっても過言ではない。

 

 2020年の農林業センサスによれば、山口県内の農業経営体の内訳は以下の通りだ。

 

 ・主業経営体(農業所得が世帯所得の50%「以上」、かつ65歳未満で60日以上農業に従事する者がいる)…1515経営体(9・9%)
 ・準主業経営体(農業所得が世帯所得の50%「未満」、かつ65歳未満で60日以上農業に従事する者がいる)…1820経営体(11・9%)
 ・副業的経営体(65歳未満で60日以上農業に従事する者がいない)…1万2011経営体(78・3%)

 

 つまり、7割以上を副業的経営体が占めている(もとは「専業農家」「兼業農家」でカウントされていたが、機械化により大規模農業を営む「兼業農家」がいたり、年金収入で生計を立てている高齢世帯の「専業農家」がいるなど、かつてのイメージと実態が乖離してきたことから、2020年農林業センサスより上記の区分が新設された)。税制のおかげでこうした兼業農家が嫌気がさしてやめていけば、全国に先んじて農家の減少が進んでいる山口県の農業の衰退を加速させることになる。

 

 ある農家は「個人農家の経営は、農機具の償還があるから、本当はそれではいけないが、ほとんどが赤字の状態だ。農協との取引のみの場合は登録する必要はないが、たとえば福祉施設などが個人農家から“減農薬でおいしいから”“つくる人の顔が見えて安心”という理由で直接購入しているようなケースが困るのではないかと思う。本当は個人的に顔の見える農家のコメを購入した方が安心だ。しかし、インボイス制度が始まると、農家が登録して煩雑な申告手続きと消費税をかぶるか、施設が消費税分をかぶるか、どちらかをしないといけなくなる。だいたい、めんどくさい経理を高齢の個人農家ができるはずもない。なんとひどいことをすると思う」と憤りを語った。

 

 すでに直接取引している業者から「インボイス登録しなければ10%分、コメ代を引き下げないといけなくなる」といわれる事例も発生していることが語られており、このまま10月に制度が始まると、予測できていなかった影響がさまざまな場面で出てくることが指摘されている。

 

農業法人 組合員に還元で負担増

 

 農事組合法人でもインボイスへの対応が問題になっている。法人のほとんどが農協を通じた取引をおこなっているので、その部分での影響は少ない。問題になっているのは、法人の利益を組合員に再配分する「従事分量配当」や、組合員が田植え、草刈りといった作業に出た分を支払う「圃場管理委託料」などの役務手当(法人によって形態は異なるようだ)の部分だ。これまで、この二つに含まれている消費税は仕入税額控除することができた。しかし、組合員である個人農家はほとんどが免税事業者のため、インボイス制度が始まると仕入税額控除ができなくなり、法人の消費税負担が増すことになる。地域のみなで立ち上げた法人なのに、地域住民に消費税負担を課さなければ法人の負担が増すという歪な構造だ。

 

 ある法人関係者に聞くと、「農業法人は、肥料や農薬など消費税がかかる仕入が多いので、うちの場合は市民税や法人税を払っても、消費税の還付金が上回っていた。しかし、今後は組合員に支払う配当や委託料などの消費税が認められなくなり、その分、還付額が減少することになる」という。還付があるとはいえ、農事組合法人の経営が楽なわけではない。経営状況は法人によって異なり、消費税負担の増加によって経営が困難になる法人も出かねないことが指摘されている。

 

 関係者は「インボイス制度は相当に勉強を重ねて研究しなければ、どう対応したらいいかわからない。法人は税理士がついているからまだアドバイスを受けることができるが、普通の個人農家は年間数十万円も顧問料を払って税理士を雇うことなどできない。赤字の農業経営でそんなことをしていたら、もっと赤字。インボイスはとんでもない制度だと思う」と話した。

 

 また、ある法人関係者は「うちの農業法人は、事務用品などの必要な備品を町内の商店から買って地域を支えるようにしてきたが、町の商店はみんな免税事業者だ。6年間は“1万円未満の仕入はインボイスが不要”という特例(少額特例)があるが、町の商店から購入すれば消費税負担が増えるようになると、ホームセンターなど大手事業者から購入するようになりかねない。農村の地域経済も破壊してしまう」と懸念を語った。

 

繁殖農家 免税ならセリで不利?

 

 畜産分野では、5月に農協から繁殖農家に対して説明会が開催された。

 

 市内に繁殖農家は58軒あるが、そのなかには母牛を1、2頭飼って、年間に1頭程度、子牛を出荷するという零細な繁殖農家もいる。農協の説明によると、こうした小規模な繁殖農家が免税事業者のままでいた場合、家畜市場でおこなわれるセリで、買い付け人(肥育農家など)が消費税分を減額した価格で入札する可能性があるということだった【図参照】。

 

 セリ価格は消費税抜きの金額で入札され、落札後に10%の消費税を加算した額が買い付け人の支払額になる。現行では、60万円で入札すると、66万円を支払い、6万円が仕入税額控除の対象になるが、インボイスが始まると免税事業者の繁殖農家が出荷した子牛を60万円で落札し66万円を支払うと、消費税分の6万円が買い付け人の負担になってしまう。そこで54万円で落札されるなど、安値がつく可能性があるという。

 

 かりにそうなった場合、手取り額がどのようになるのかの想定では、
 ・免税事業者のままの場合(54万円で入札されたと仮定)…手取り額は59万4000円(入札額54万円+消費税相当額5万4000円)
 ・インボイス発行事業者になり簡易課税を選択した場合…手取り額は64万2000円(入札額60万円+消費税相当額6万円―消費税納税額1万8000円)
 と示されており、それぞれの農家で課税事業者になるかどうか判断してほしいという内容だ。

 

 小規模の繁殖農家の一人は、「免税事業者のままだったらセリで不利になるかもしれないとなると、どうするか迷う。年間に出荷する頭数はわずかなので、その他の農業収入なども考えて、どちらにしたらいいか考えるほかない」と話した。ただでさえ、子牛価格は通常60万円台なのが、最近30万円台が出るなど、下落しているところだという。ただ、説明会でも「実際に入札額が引き下げられるか否かは買い手によってケースバイケース」と強調されていて、実際にどうなるかはだれも見定めることができない。農協関係者も「インボイス制度が始まり、3年間の激変緩和措置の期間中に、買い手がどのような流れになっていくかを見るしかなく、今の段階では、“もしかしたらセリ値が下がるかもしれない”という可能性を説明することしかできない」と話していた。

 

 農業分野ではこのほかにも、各所にある農産物直売所でどう対応するかという問題もあるが、現在のところ「慌てて登録せずに様子を見る」と判断し、出荷する農家にもそのように伝えているグループも多く見られ、「本当は制度の導入を止めるか、5年でも10年でも延期してほしい」との思いが語られている。

 

 農家のなかでは、「課税業者になれば、消費税の申告作業が入るので、今以上に大変になる。農家は田畑に出て農作業をするのがおもな仕事なのに、そんなめんどくさい作業ばかり増えたら生産に集中できない」「だいたい意味がわからない」と制度の中止を求める声が各所であがっている。

 

 インボイス制度は下関市内の農業だけを見ても、各方面に多大な影響を与えるものであり、こうした実態について市議会なり県議会が国に意見するのが責務といえる。

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