いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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上関町長選告示 売町勢力解体のたたかい

 福島第1原発の事故をうけて全国が行方を注目している上関町長選挙が20日に告示を迎えた。9度目の町長選となる今回選挙には、推進派から現職の柏原重海、反対派から山戸貞夫の両氏が立候補を届け出た。29年を経て原発計画の終焉が現実になっているなかで、選挙戦そのものは原発にぶら下がって町を売り飛ばしてきた“過去の遺物”の対立構造となり、町民の冷ややかな視線にさらされている。上関町長選をめぐる情勢と、選挙の現実の争点はなにか、記者座談会をもって論議した。
 
 争点のずれた選挙構図 町民から逃げる空中戦
 
  両陣営の出陣式の様子や選挙戦の特徴から出してもらいたい。
  告示の朝、推進派・柏原陣営は雨の降りしきるなか、県漁協上関支店前で出陣式を開いた。発表は500人だったが実際に集まっている人数は300人いるかいないかぐらいだった。以前の町長選挙なら広場が埋まって道路側にも溢れていたのに、敷地内はがら空きで、後ろの方から遠巻きに見ている人がほとんどだった。動員力が極端に落ちている。漁止めをかけている割に漁師の参加が少なかった。町外の土建業者もまばらで、中電職員たちの姿が目立っていた。
  出陣式で柏原は原発について「逆風が吹いている。政府の方からも一つもいい話が聞こえてこない。国の方針を見守るしかないが、この30年の重みを、国はしっかり受け止めてほしい」と叫んでいた。あとは「生きるとはなにか」を説いたり、自主財源が2億円足らずで町財政はパンク寸前なのに、「県下でもっとも行財政改革にとりくんできた」から財源に余裕はあるのだと力説したり、的の定まらないことをいっていた。今回は中電の指導が入ってないのだろうか? という声も聞かれた。内容がちぐはぐで空っぽだからだ。
  あと、衆院選2区で2度落選している山本繁太郎(自民党)が「国は上関を見殺しにするのか! そんなことはあってはならない!」と絶叫していたのが印象的だった。西哲夫(町議)は室津の立ち会い演説で「上関原発がどうなるのかはまったく不透明で国の判断がはっきりしないが、あのような事故があっても上関としての揺るぎない意志を示そうではないか!」と原発絶対推進を訴えていた。
  反対派は今回、選対本部を祝島に置いており、室津でこれまでやっていた出陣式はやめて、マスコミ対策用の出発式に変更した。ポスター貼り要員として動員された自治労(30人)を含めて60人程度が集まっていた。長島側の反対派住民の姿がほとんどなかった。挨拶をすませると選挙カーで少しだけ室津を走り回って、山戸本人は祝島で出陣式を開くのだと船に乗り込んで消えていった。主張としては、上関原発計画に決着をつける声を上げるために出たのだというものだった。町づくりには触れなかった。
  推進派陣営は原発がない場合の町づくりも考えるというが、どう町づくりをするかがない。なにをやるにしても上から下りてくる金頼みが体質だ。一方の反対派陣営もあくまで原発反対というが町づくりは祝島を自然エネルギーにするというだけで、町の立て直しには関係がない。また交付金に頼らない町づくりというが、それは中電の無責任逃亡を有利にすることになる。要するに両陣営とも町をどうするかはないというものだ。なにもする当てがないのに選挙に出ているわけで、町民から見たらしらける。

 締め付けが効かぬ町内 顔色悪い売町勢力

  奇奇怪怪な選挙戦構図になっている。出陣式が終わると町内は平常に戻って、選挙をやっている雰囲気がまるでない。室津の婦人が「福島の事故が起きて、今回の選挙ほど盛り上がらなければならない選挙はないのに、こんなに静かなのは異常だ」と気味悪がっていた。推進派は明らかに運動員が激減している。以前のように動かない。だから隅隅に動員をかける力がない。ものがいえないような締め付けも今度は効いていない。だから町民の多くが解放されて、自由にいいたいことをいっている状況だ。
  先日の町議会で推進派が2人しか発言しなかった。西とか右田とか原発一本派が発言しなかった。中電に養われて自分だけいいことをし、町民を痛めつけてきた推進派の柱になってきた連中の顔色が悪い。本紙が声をかけても逃げたりする。町民の恨みを買っており、風当たりが相当に強いようだ。
  室津では「立ち会い演説に出てきてくれ」と呼びかけがあったが、行かなかったという住民がかなりいた。今度は相手にされていない。無数の抵抗もはじまっている。先日の敬老会で長周号外が話題になっていたという。「あることないこと書く新聞」ではなく「あることあることを書く新聞」と年寄りが喜んでいたという。
  反対派陣営も町民のところに訴えに行かない。町民に頼みに歩かない、選挙運動はしないのが毎度のことだった。自分たちの選挙で町民のための選挙ではない。しかし「この時期に勝つ選挙をやらなくていつやるのか!」「負けるために出ている」と話題になっている。選対本部を祝島に置いて祝島に引きこもる算段のようだ。推進派が多い長島側でとりくまなくてどこで選挙をやるのかだ。またもアリバイ出馬の選挙放棄だ。推進派にせよ反対派にせよ、町民から逃げ回っている感じだ。二種類の日和見主義が町民を恐れてさまよっている感じだ。
  両陣営とも告示日はさっさと選挙カーでの訴えを切り上げていた。町民のなかでは争点ズレを指摘する声が多い。訴えとしても両陣営に中身がない。「原発がない場合の町づくりも考える」と柏原が主張しているのについても、“考える”というだけで具体的には空っぽだ。それ以上に、原発は終わっているのに30年来の推進政治へのケジメもなく、支配構造を温存させようとしていることに「ごめんなさいの一言もなく、反省もせずになんだ!」という怒りは強烈なものがある。

 町立直しの世論が圧倒 古い構造温存に辟易

  今回の選挙について「原発抜きの町長選」「原発の是非よりも、原発ができない場合の町づくりが争点」などとマスメディアが書き立てている。祝島のソーラーパネルをことさら持ち上げて、「原発か自然エネルギーか」という構図にしたいようだ。ソーラーパネルがどっちを向こうが上関町民にとってはなんの関係もない。争点はなにかを鮮明にすることが重要だ。
 新規立地である上関原発は終わったし、これに終止符を打って町の立て直しに進むことを要求する世論が圧倒している。世の中は変わったのに、古ぼけた推進・反対勢力が30年そのままの姿で出てきて、これまで通りの終わった構造の選挙をやっているから、みなが辟易している。
  福島原発の事故が起きて全国的にも「原発など言語道断」という世論が席巻している。しかし上関原発計画が終わっている要因はそれだけではない。漁業権問題が未解決で用地買収も完了していない。ごまかしながら手続きをごり押しして、二井知事も埋立許可を先走って出したが、祝島が補償金受けとりを拒否して、集まっていた全国の業者はみな引きあげ、推進策動は見事な振り出しに戻っていた。そのうえに、東日本大震災と福島事故が起きて、全国的な脱原発世論の席巻で振り出し以上に戻ってしまった。国や中電がこれを挽回することは不可能だ。
  終わったということだ。問題は戦後処理に移っている。終止符を打って町を立て直すこと、そのためには30年来でできあがった原発推進の売町政治勢力を一掃することが課題だ。この選挙において、票数の結果以上に重要なことは、売町勢力の力をなくさせ、町民が主人公になって町を立て直すパワーをどれだけ大きなものにするかだ。そして早いうちに町長も議員も辞めさせて総入れ替えする力を準備することだ。そういう新しい郷土愛に燃え、町の立て直しに情熱を燃やす新しいリーダーをつくっていくことだ。これが選挙の最大課題だ。
 
  中電は逃げる動き 立地事務所内は大異動 

  震災後、中電社員たちは「中電は上関原発をつくります」「やります」と町民宅を訪れて意志表示をしてきた。ところが、口の先とは裏腹に選挙を目前に控えた6月、立地事務所のメンバーが大幅に入れ替わった。引っ越しのサカイがひっきりなしに往来するのを見て、町民はなにごとかと驚いていたくらいだ。推進派の幹部にいわせれば「単純な異動ではなく“大異動”だった」と衝撃の大きさを語っていた。
  岩畔所長だけでなく3~4人いた副所長たち、渉外部長やその部下にいたるまでゴッソリ異動し、本店の上関部門からも経験者がほとんどいなくなったことが話題になっていた。これまでなら上関事務所の所長は本店や山口支店で上関とのかかわりを持ってきた人物が充てられてきた。ところが新たに送り込まれた所長は本店で人事を統括する労務畑で、「上関立地事務所(70人体制)を整理するための配置ではないか」「一人一人の職員を見極めて新たな配属先を決めるために来たのだろう」と話になっていた。
  出陣式には、かつて上関事務所に所属していたベテラン職員たちも応援で駆けつけていた。「○○さん、お久しぶりです」と声をかけて挨拶回りしていたが、推進派漁民が「オマエは上関を置いてどこに逃げたのか」となじっている光景を目にした。中電が「原発はやります」といって回ることは、中電はやる気があるが、国や地元がやらないから仕方がないという形で、「責任をとらない形で逃げるためだ」とみんなが受け止めている。「難しい」というならまだ正直だが、「できます」ではしらけると推進派の人がいっていた。
  30年上関をメチャクチャにしてきた中電だ。建設するのも難しくてとん挫したが、引きあげるのも難しい。離婚騒動も同じで分かれ際がもっともやっかいだ。逃げようと思ったら自分から逃げるとはいわない。逃げるためには中電は「原発はやる」という。責任を問われたくないからだ。推進派幹部が柏原町長を筆頭に元気がないのはそんな雰囲気を知っているからだ。
  豊北原発では70年代末に決着はついているのに、国のエネルギー基本計画から「候補地」として外されたのは20年後の90年代末だった。政府も「やめた」とはいわない。中電も同じだ。それが国が「新規立地は困難」とまでいうのは、まったくできないという意味だ。山戸は国が中止というまで終わらないといっていたが、このまま20年反対だけしていたら上関町は消滅してしまう。ここで勝負をつけて新しい道に進むしかない。
  平岡(法務大臣、衆院山口2区)が山口市で会見をして、新規立地が困難になった上関について国の補償対応を問われ、「まず地元から将来ビジョンを示していただきたい」と言及していたが、現役閣僚が上関の救済策を口にするということは、30年たってまったくメドがないことを示している。
 B 「これほど投資してきたのだから、いまさら引き下がるわけがない」という者もいるが、ばらまいてきた金はどうせ電気代だ。経費に利益を上乗せして電気料金を決めているから損はしていない。電力会社の商売は普通の商売と違う。なにをやっても損がない。
  
 原発政治との対決 売町勢力を一掃し 町作りに決起へ

 A 原発は終わりだというのが次第に全町世論になっている。中電や国、推進派の動きを見ていて町民の実感になっている。東京の6万人集会を見て、全国が変わってしまったと語られている。好むと好まざると白紙撤回して町の立て直しに進まなければ上関町は本当に潰れてしまう。もうタイムリミットだ。敵は売町政治の構図を残して、収束する手伝いをさせたいというのが狙いだ。中電にすっかり飼われた売町勢力なら文句はいわない。「原発からソーラーに」というのも、主導権がすべて外部勢力、外部大手資本依存であり、今の売町勢力体制を温存することになる。中電利権から今度は自然エネルギーのソフトバンク利権になったのでは町の立て直しにはならない。
  この前、安倍元首相の昭恵夫人が自然エネルギーの飯田哲也と一緒に祝島に行った。先日は小泉純一郎が脱原発をやって再生エネルギーに転換すると講演していた。自民党のなかでも財界のなかでも自然エネルギー派が台頭している。光の新日鐵などもそうではないか。原発をやめて自然エネルギーの利権に変えるという動きも出ている。
  町議会は推進派も反対派も共同で、10月に高知県の風力発電を視察に行くという。選挙後には「原発がない場合の町づくりも考える」といって協議会を立ち上げる予定で、東京のコンサルタント会社に業務を発注している。「東京の外来種に上関のなにがわかるか。上関町民に聞けばよいのに」と町民の多くが語っている。
  選挙には東京のメディアもやってきているが、町民はバカにしている。はねつけられて取材に往生しているようだ。幹部たちのところに行っては「人を紹介してください」と懇願している様子が語られている。町民は東京にへりくだっていないし、上層部のような都会コンプレックスなどない。田舎ものの誇りで対応しているようだ。
  関心は町づくりをどうするかに移っている。基幹産業の漁業についても、漁師に聞くと瀬戸内海、とりわけ上関海域の豊かさを熱を込めて語る。現状では魚が買いたたかれてバカみたいな値段にしかならないが、出荷や販売、加工を工夫したり研究するなら可能性はあることが語られている。現状の個別バラバラの出荷で仲買に食い物にされているような状態ではまったく展望がないこと、とくに漁協が中電の子会社のようになって機能しないことが激しい矛盾になっている。
 室津の漁師がいっていたが、魚の絞め方や冷やし方一つとっても、まったく身がかわってくるという。老舗だった永八(室津地区の仲買)の大将が魚の扱いはプロで、鯛でも絞めたら30分はギンギンの氷水につけて、それから氷を敷いた箱に詰めて出荷していたという。「一〇分ではダメ。そうすることで京都や大阪に出荷しても身が生きているのだ」と教えてくれた。みんなが共通の方法で出荷すればブランド価値も違ってくるし、漁場管理にしても、なにをするにも集団で挑むことだと。町づくりになると町民自身のパワーがいるし、連携がいる。加工して付加価値をつけるにしても地域ぐるみのパワーが動き始めれば違う。今ある上関の海と山に依拠するほかに、空から産業が降ってくるわけではないことが論議になる。
  商店にしても老人が多いなかで宅配ビジネスの可能性や、その他高齢者が多い実情に照応した町づくりが必要だとワイワイ論議になっている。室津のつくしの会が月に一度80歳以上の高齢者に弁当を作っているが、100食を超えているという。以前は75歳以上を対象にして喜ばれていたが、あまりに高齢者が多いので、やむなく80歳に対象年齢を引き上げたようだ。
  下から町民自身の力が炸裂しなければ町の再建にはならない。そのためにも30年原発にぶら下がって町をガチャガチャにした連中に責任をとらせないといけない。これら町民を犠牲にして自分だけいいことをしてきた売町勢力に大きな顔をさせないようにしなければならない。上関を立て直すには当然資金がいる。30年の打撃について、国なり二井県政、中電に相応の償いをさせることは当然だ。ただ、金のまえに下からの町民の復興に向けた立ち上がりがいるし共同体回復がいる。
  阻害物になっている売町勢力を一掃して、町づくりに決起しないといけない。そのために中電の下で出来上がった支配構造を取っ払うことがいる。今の売町勢力を温存していこうとする流れと、町民主導で進もうとする流れは真っ向から対立する。町民を抑えつけてきた構造が崩壊していることを選挙を通じて見せつけ、思い切って立ち上がる状況をつくるのがもっとも重要なことだ。それがまさに原発政治との対決だ。
 A 両陣営がちりちりして町民から逃げ回っている。亡霊選挙の様相だ。選挙を機会に売町勢力と全町的なたたかいをして、瓦解させる町民運動がいる。町立て直しに向けた町民決起をどうつくるか。売町政治にダメージを与え、解体する力を見せつける選挙にすることだ。これをやらなければ町の立て直しは手遅れになる。空疎な選挙戦構図であるが、この選挙のなかで町民論議を発展させ、町を復興させる町民の力をいかに強くするかが最大の課題だ。選挙後にはいずれ町長、町議会も解散させて一掃させるような状態、威張り腐ってきた連中が青ざめるような状態をつくることが上関町民の展望を切り開くことになる。

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