いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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震災に便乗した漁業権剥奪 財界震源地の東北復興サボタージュ

 東日本大震災から半年もたっているのに、壊滅に追い込まれた東北沿岸地域の復興が放置され続け、人人は難民のように離散状態におかれている。がれき除去すら進まず、生活再建に欠かせない産業、とりわけ基幹産業である三陸漁業の復活に「待った」がかかっているからである。震災後、政府・財界は「創造的復興」といい、資本力を失った現地から土地や農地、漁業権をとり上げて企業化し、大資本やファンドの投機市場にして、外来資本のビジネスチャンスに転換する願望を抱いてきた。とくに水産業をめぐっては「水産業復興特区」といって、「漁業権の民間開放」が叫ばれてきた。被災地の多くは漁村や水産都市であるが、この地域の復興は水産業の復興なしにはできない。「水産業復興特区」の方向が、地域の復興をつぶし、人人が再び故郷で働き、家族とともに暮らしていく足がかりを奪っている。東北復興の障害となっている「水産業復興特区」問題を中心に見てみた。
 
 国内有数の三陸漁業突破口に

 東北現地では、もうじき失業保険も切れることから、さらなる生活破綻者が続出し、人口が流出する状況がある。仮設住宅に住むことはできても、仕事がなければ光熱費や食費すら重荷になること、働いて収入を得る仕組みがないままでは離散し、地域を立て直す力がなくなってしまうことが、どこでも深刻な問題になっている。
 広大な被災地には建築規制がかかって、水産加工場を再建しようにも手がつけられない。かといって陸側に土地が空いていても、市街化調整区域などの煩雑な手続きが足かせとなって許可が下りない。船や資材を流された漁業生産者は、操業しようにも生産手段がなく、二重ローンなど個人の努力ではどうしようもない難題を抱えながら、展望を求めている状態が続いている。

 漁協組織の解体も画策 財界が緊急提言

 この間、被災地が放置されている一方で顕在化してきたのは、震災を突破口にして、TPP体制・新自由主義施策をごり押ししようとする財界の意図だった。津波で押し流された地域を「オールクリアでいこう」といって更地にし、建築規制をかけてわざとでも人人が戻らないようにしてきた。そして、復興構想会議が農地集約やアグリビジネス化、漁業面では村井宮城県知事を筆頭に「漁業権の民間開放」を中心とした企業参入を打ち出している。石巻市を州都とした道州制を先行実施して、被災地に参入した企業には優遇税制を施すといった一連の復興ビジネスが、被災民そっちのけで盛り上がっている。遠く離れた東京で色めき立っている連中がいるのだ。そうした政府・財界の意図が意図的な棄民政治となってあらわれ、被災現地と激しく衝突してきた。
 水産業をめぐっては、震災後チャンス到来として「漁業権開放」「民間資本参入」を提言しているのが、経団連のシンクタンクである日本経済調査協議会だ。その傘下にある水産業改革・高木緊急委員会が、六月には「東日本大震災を新たな水産業の創造と新生に」と題した緊急提言を出し、事細かに注文をつけている。だれが水産業の復興を阻害しているのか、端的に物語るものとなっている。
 提言の論旨は、①漁業権を開放して企業参入を自由にし、なおかつ企業が経営できるように操業や漁場利用の規制(水協法、漁業法)を取り払う。②TAC制度(総漁獲可能量の設定)をもうけて水揚量を従来の半分程度に抑える。IQ(個別漁獲割当)、ITQ(譲渡性IQ)制度も同時に導入し、割当量を売買できる仕組みにするという内容で構成されている。漁協組織も「障害」になるとして見直しを求めたものだ。
 「漁場、漁業施設、加工場、水揚施設、都市・漁村のコミュニティーが完璧に破壊され、ハード・ソフトの両面にわたって破壊されたことは、戦後導入された法制度や仕組みの新しいあり方を考える上でも、大きな転機である」と大災害を歓迎。「現行の漁業法、水産業協同組合法は漁業地域と漁業を閉鎖的にしており、この状況を他産業並に、原則としてだれもが参入可能とすることが、当該地域の歯止めとなる有効な方法である」と、災害のショックを利用して新自由主義市場拡大の大変革をやろうとしている。

 小さな市場や漁港集約 漁業権は証券化

 具体的な内容を見ると、「三陸漁業を震災以前の状況に復旧することは財政上、経済活動上、能力上も不適切」として、第三種、特定第三種漁港の水産都市についても、ピーク時のニーズに合わせて建設されている従来の規模よりも二分の一程度に縮小すること、第一種、第二種といった小さな沿岸の漁港については、三~五港を一港に集約することを提言。
 地理的、歴史的なつながりや操業範囲の近さから「まとめるべき拠点グループ」の例として、①気仙沼、陸前高田、大船渡、住田町、②宮古、山田町、③大槌町、釜石、④石巻、女川、松島、塩釜などを一つのエリアとみなし、「中核となる都市に施設機能を集中させる」ことを求めている。「卸売業者が二社存在する塩釜などを中心に市場の機能を縮小統合し、近代化し、スリム化をはかりつつ、価格形成面において競争原理をもっと導入すべきである」という踏み込んだ記述もある。
 宮城県では岩手県境の気仙沼を除いた市場機能をまとめて塩釜に統合する方向性もうかがわせている。石巻などが放置されているゆえんである。「過大な漁港・港湾、産地市場、加工団地の適正規模をはかるべき」という指摘では、岩手県の大船渡が名指しで「過大な産地市場」として記されている。
 また、水揚量を一定程度までに限定することを義務化し、その総量は一九八〇年代のピーク時から半減している現状の水揚げから、さらに半分以下まで大幅に漁獲量を落として管理すること、ITQ導入にともなって、漁船許可数も削減することを提言。大量の沿岸漁民を放逐するということである。
 さらに、港湾や漁港、産地市場、加工団地の整備とかかわって、漁船から加工場へ直接水揚げするノルウェーやアイスランド型の水揚げ加工場を整備し、洋上で電子取引IT化して入札にかける方式を導入するなど、「衛生化、システム化、IT化した高付加価値型の漁業、流通業、食品産業、医療産業の世界的先進地としての基地建設」を目指し、そうした漁業近代化を実施するにあたって、外国も含めた民間投資・資金の誘致をうたっている。
 漁業権については、そのような企業化を実現するために「障害」と見なし、従来の漁業法、水協法を根底から覆す内容となっている。「この際、県が直接、企業または漁業者に漁業権を許可すること」「従前にとらわれず、投資者、漁業者、加工業者、小売業者、大手漁業会社、またはそれらの共同体に許可する」ことを求め、特定区画漁業権(養殖)は従来のように県が漁協に対して許可するのではなく、各個人に発給し、漁業者が漁協を介せずに譲渡可能(ITQ)にすること、大型定置網漁業も地元優先の基準を廃止し、漁業者と企業を並列において、どちらに許可を発給するかは知事の判断に委ねるというものになっている。
 高木緊急委員会は、農林水産事務次官だった高木勇樹を筆頭に、水産庁幹部職員だった小松正之、大洋エーアンドエフ、日本水産、中央魚類、ニチレイといった水産大手企業の役員、さらに震災後「漁業権開放」を唱えた読売新聞、毎日新聞の論説委員、東大の教授、日本政策金融公庫などのメンバーで構成されている。以前から農産物貿易の自由化や企業参入、農地法「改正」を求めてきた組織で、漁業についても震災前から規制緩和を求め続けてきた組織として知られている。
 経団連だけではない。経済同友会も六月、「新しい東北、新しい日本創世のための五つの視点」といって提言を発表。漁業権制度改定の具体策として、「国、自治体、漁業協同組合、民間企業が共同出資するなど協力して法人を設立し、そこに漁業権を現物出資する。あるいは、各漁業組合を再編し、漁業権は証券化し、過去の実績に応じて証券交付する」という主張を打ち出した。漁業権証券を売買可能な有価証券にして、大規模経営体、すなわち企業に集中して零細漁民を退場させる意図が明らかになった。
 
 漁業とは別の目的 知識人が反駁の動き

 政府の復興構想会議が、こうした財界の主張に基づいて「復興」の青写真を描き、被災地の漁場と水産業を奪い取っていこうとするのに対して、全漁連や現地の漁協を中心に猛烈な反発が強まっている。知識人のなかから反駁する動きも起きている。
 東京大学の加瀬和俊教授(近代日本経済史・水産経済)は月刊誌『世界』10月号に「漁業権“開放”は日本漁業をどう変えるか 沿岸漁業秩序の戦前復帰に反対する」と題した文章を寄せ、経団連が主導している一連の水産業復興特区構想について、彼らが具体的になにを意図し実行しようとしているのかを解明し、反駁を加えている。
 そのなかで、「特区」構想で掲げられている企業参入が、もっぱら「漁業権」漁場(沖合三㌔以内の沿岸)にこだわったものになっており、面積的には圧倒的に広く、被災地漁業のなかでもっとも企業的漁業が操業している沖合・遠洋漁業については、なんらの制度改定も提起していない不可解さに触れ、「家族経営漁業者が操業している沿岸漁場のなかに、それとは異質な企業経営(雇用労働者が作業者になる)を導入しようとしている」ことにあると指摘している。
 漁業権開放という市場原理主義的な主張が歴史的に存在し、震災後は復興とかかわって、改めて財界から押し出された経緯について触れ、今回の漁業権開放は「漁村の資産家層が優良漁場を独占し、地元漁業者にはその利益が及ぶことがなかった戦前の状態への復帰の要望に過ぎない」と批判。優良な漁業権が企業の手に集中すれば、沿岸開発のさいには価格次第で容易に手放すことになり、「同一の企業自身が開発=埋立部門と漁業部門をもっていれば、自分が保有している漁業権を自分で消滅させれば、何らのコストもタイムロスもかけずに開発の利益を入手することができる」と、漁業とは別目的で漁場を剥奪する狙いが実行される可能性についても特筆している。
 
 意図的な追いだし ショックドクトリンを実行 「特区」の正体

 「沿岸の漁業権を開放しろ」というのは、歴史的に大企業・財界が要求してきたもので、沿岸開発にとって漁業権が障害になってきたことと深くかかわっている。山口県で中国電力がすすめている原発建設計画を見ても、祝島の漁民が漁業権を手放さず、補償金の受け取りを拒否していることから工事がストップするなど、強い権限で海を守り、漁場を管理しながら漁業を営んできた。これを覆して、火事場泥棒的に大企業や財界の都合の良い制度に変えてしまおうという意図が、震災を期にあらわれている。
 菅政府が震災以前から推進してきたTPP(環太平洋経済連携協定)とかかわって、政府の行政刷新会議が一月末に出した「規制・制度改革に関する分科会の中間とりまとめ」でも、同じように漁業権に売り買いのできるITQ制度を導入するとしていた。そのために「漁業法・水産業協同組合法を科学的根拠にもとづく近代化へ早期に改正する」「不必要となる規制の廃止、旧態の条文を削除するなど全面改正をおこなう」と明示。公有水面埋立法にある漁業権者への補償条項を削除することや、「公有水面埋立法は成立から90年を経過し、時代にそぐわなくなった」といって、漁業権者の同意条項を削除することまで盛り込んでいた。こうした動きに対して、全漁連が「漁村社会が崩壊する重大問題」として声明を発表し、内容見直しを迫るなどの動きを見せてきた。
 もともとの要求が漁業権制度や漁協の解体であり、江戸時代から培ってきた漁業秩序の解体を東北を突破口にして全国に広げようというものにほかならない。この方向は、津波で流されたのをチャンスにして、既存の沿岸漁業者、漁村地域の共同体を解体するものであり、住民を意図的にその地から追い出すものにほかならない。
 復興を遅らせている震源地は経団連であり、政府がその代理人になってやっている。「創造的復興」などといって「ショックドクトリン」(惨事便乗型資本主義)を実行し、住民追い出しをやっている犯罪的なもくろみが実行されている。とくに松下政経塾・自衛隊出身の村井知事がいる宮城県の放置ぶりが顕著にあらわれ、岩手県とも鮮明な違いになっている。
 三陸漁業が国内漁業のなかで占めている位置は大きいものがある。水産加工の重要な生産地帯で、東日本太平洋岸六県(千葉県も含む)には平成20年段階で冷凍・冷蔵工場が青森県に157工場、岩手県に176、宮城県に268、福島県に111、茨城県に242、千葉県に323。全国の2割強が集中して立地していた。生鮮冷凍水産物の全国生産量に占める6県の全国シェアは48%を占めるなど、水産物の保管処理能力としてもきわめて大きいものがある。
 東北で人人が暮らしていくために、真っ先に生活を立て直さなければならず、産業の復活が要になっている。そのなかで資本力勝負で放置するなら、すべてを失った東北現地の企業や生産者は大資本によってなぎ倒されることが目に見えている。
 義援金が届かない、宅地規制をかけて住む場所すら与えない残酷さの背景に、震災をきっかけにして規制緩和・新自由主義政治のモデル地域にしようとする狙いがある。16兆~25兆円ともいわれる復興需要に外来資本が目の色を変え、その資金を増税によって国民生活から巻き上げようとしていることとあわせて、復興路線の正体を問題にしないわけにはいかない。先駆けとなる東北地方だけでなく、また漁業だけに限ったことではなく、日本社会全体の行方とかかわった重大問題になっている。
 日本の漁業生産を守り、漁業を中心とした地域共同体の人人の生活を守り、その地の歴史と文化を守るには、「水産業特区構想」などの強欲な金融資本の論理をうち砕かなければならない。そして漁船や市場、加工場、製氷、運送その他の設備、施設を国が予算を投じてつくって貸し付けたり、補助したりさせなければならず、元元その地で生産し、生活していた人人が立ち上がるようにしなければならない。それは日本の進路をめぐる鋭いたたかいとなっている。

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