いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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海洋国家なのに船員がいない… 国内養成機関は縮小続きで外国人依存に 大島大橋事故の背景にあるもの

 ドイツの海運会社が所有する貨物船「エルナ・オルデンドルフ」(2万5431㌧)が10月22日、山口県の周防大島町と大畠町を結ぶ大島大橋の橋梁に衝突して広域水道の送水管を切断し、1万5000人が暮らす周防大島町はいまだに全島断水に見舞われている。その後、44歳のインドネシア人船長、26歳のインドネシア人二等航海士、28歳のフィリピン人甲板手の3人が業務上過失往来危険(刑法第129条第2項)の容疑で山口地方検察庁岩国支部に送致された。今回の事故について、海事関係者は一様に「常識では考えられない事故」と指摘するとともに、四方を海に囲まれた日本の国民生活にとって不可欠な内航・外航海運の現場で、日本人船員や水先人(パイロット)の不足がきわめて深刻で、日日の安全航行にも支障をきたす事態になっていること、国内の船員養成機関も縮小の一途をたどっていることに警鐘を鳴らしている。この事故の背景にある深刻な船員不足について見ないわけにはいかない。

 

 下関市にある水産大学校の教員たちは、「事故の起こった大畠瀬戸は狭いし、潮の流れが早い。うちの耕洋丸(2352㌧)でも通らない。日本の外航船の場合、一定のトン数以上の船にはイグジス(ECDIS、電子海図情報表示装置)の搭載が義務づけられている。それで航路を設定し船の高さを入力すると、今回のような場合はダメ出しの警報がなる。あの船はイグジスを搭載していなかったのだろうか。いずれにしろあり得ない事故だ」「マストが見事に曲がるほどの事故をして、そのまま逃げているが、それもありえない。普通はそばにアンカーを打って、すぐに海上保安庁に通報するところだ」と一様に驚いていた。

 

 また、事故を起こした船が水先人を乗せていなかったことも話題になった。外航船が多く出入りする港、湾、内海には水先区(35カ所)が設定され、事故を防ぐために、その海域特有の事情を熟知する水先人が船長を補佐して操船する。とくに船舶が混雑し、地形や水路が複雑で、気象や海流の条件が厳しいところは強制水先区(10カ所)に指定され、水先人の乗船が義務づけられている。瀬戸内海は水先区に指定されており、関門海峡は強制水先区である。

 

 そして、今回事故を起こしたのはドイツの海運会社所有の船だが、日々国内外の物流を担っている日本の内航・外航船舶で、経験のある日本人船員が減り、水先人も減り、外国人の乗組員ばかり増えていることが、日本の海の安全にとって重大な問題だと指摘する声は多い。

 

外国人船員96%の外航

 

 四方を海に囲まれた島国・日本は、世界各国から原油や天然ガスなどのエネルギー資源や工業製品の原材料、衣食住のための物資を輸入し、工業製品などを輸出して成り立っている。その量は食料自給率が4割を切るなかで、ますます増えている。

 

 海をこえて運ぶ手段は飛行機か船しかない。飛行機は速いが、一度に運べる量は圧倒的に船が勝っている。たとえば横浜からサンフランシスコまで、飛行機なら約10時間で行けるところを船なら約2週間かかる。だが、飛行機が一度に運べる貨物量はトレーラーのコンテナ換算で1個にすぎず、船は一度に約2万個も運べる。実際、日本は輸出入量の99・6%を外航船による海上輸送に頼っている。

 

 また、約6800の離島を含む国内の物流も、内航海運が44・3%を担っている。とくに石油製品、鉄鋼、セメントなど大量に運ぶものは、8割を内航船が運んでいる。

 

 このように国民生活を成り立たせるうえで不可欠な内航・外航海運において、日本人船員の不足が深刻な事態になっている。内航の日本人船員は、ピークの1974年には約7万5000人いたのが約3万人に減り、外航の日本人船員にいたっては同じく約5万7000人から約2200人にまで減っている。

 

 内航船の場合、「内航海運は自国船に限る」というカボタージュ制があり、基本的に外国人船員はいない。それが日本の安全保障と生活物資の安定輸送にとって重要であることは、東日本大震災と福島原発事故のさいに明らかになった。放射能汚染を危惧して多くの外国人船員が帰国するなか、被災地の港に燃料や物資を運んだのは日本人船員が乗り組んだ内航船だったからだ。

 

 だが、内航船員全体の平均年齢は50歳以上で、60歳以上が3割近くを占めるなど高齢化が進んでおり、それによって約6000隻の毎日の運航が何とか回っている状態だ。「船員不足で船を走らせることができないXデーが来るのはそう遠くない」との声さえ聞かれるようになった。

 

 外航船はさらに深刻で、日本の船会社が運航する船の総乗組員約6万人のうち、96%がフィリピン人など外国人船員で、日本人船員は2200人しかいない。それでも海の安全のためには、船長や航海士、機関士という船舶運航の核には、経験豊富で優秀な技術を持つ日本人船員がなくてはならない存在だ。

 

79歳の船長がかり出される現場 

 

 元外航船の船長をしていた79歳の男性は、一等航海士が足りないと呼び出しがかかり、オーストラリアまで飛行機で行って現地で貨物船に乗り組み、20日かけて日本に帰ってきた。積み荷を降ろしてしばらくすると、今度は50日かけてヨーロッパに行く船に乗船した。いつ呼び出しがかかってもいいように、日日の体力づくりに余念がないが、年齢には勝てないという。

 

 日本人船員が足りないことから、60~70代の退職者に頼らざるをえない状況が増えている。しかし連絡をとっても、その人が病気で動けない場合があり、出勤しても現場で倒れて代わりもいない場合もあるという。後継者を求める声は切実だ。

 

 ところがこうした人手不足の状況にたいして、船員養成機関は縮小の一途をたどっており、養成施設が足りないのが現実だ。船員養成機関には、水産系の大学や水産大学校、海技大学校、商船高専、水産・海洋高校などがある。

 

 この間、神戸商船大学が神戸大学と統合して神戸大学海事科学部になり、東京商船大学も東京水産大学と統合して東京海洋大学になった。長崎大学や鹿児島大学、北海道大学は、以前は独自に海技士を養成する専攻科を設置していたが、今では専攻科を廃止。船員をめざす学生は、長崎大学水産学部や鹿児島大学水産学部を卒業後、東京海洋大学の水産専攻科(定員40人)に編入して学んでいる。

 

 大学では、専攻科を持っているのは東京海洋大学、神戸大学、下関水産大学校の三つのみになった。専攻科はいったんなくしてしまえば船員を養成するための技術力が低下するし、教える人材もいなくなる。運営費交付金が毎年減額されるなか、文科省が「船員養成は東京海洋大だけでよい」といっていることも、日本人船員を増やすことと逆行すると話題になっている。

 

 内航船分野でも、これまで国が計画的に若年内航船員を雇用・育成した事業者などに助成金を支給していたが、この助成金を含む国土交通省海事局「船員の確保・育成強化」にかかわる予算が、2016年度の2億2100万円から、今年度は1億2400万円へと半減している。他方で、日本郵船がフィリピンに商船大学を設立するなど、外国人船員の養成には熱心な姿勢を見せている。

 

 また、日本人船員が減る一方、日本列島周辺に外国船籍の船が増えているため、水先人が不足している。これまで水先人になるためには、海技士試験に合格したのち乗船して経験を積み、3000㌧以上の外航船の船長として3年以上(乗船してから10年以上)の経験が必要だったが、平成18(2006)年の法改定で船長経験がなくても水先人養成課程を卒業すればなれるようになった。しかし養成課程の卒業生が海難事故を起こしたこともあり、経験を軽視してはならないと語られている。

 

経験の蓄積を次世代へ引き継ぐ重要さ

 

 船員になるための養成課程では何を学んでいるのか。

 

 下関市の水産大学校は、耕洋丸と天鷹丸という2隻の練習船をもつ海技士養成施設だ。海技士の試験を受けるには、水産大の海洋生産管理学科か海洋機械工学科に入学して4年間、海技士になるための学科目を履修するとともに、卒業後は専攻科(定員50人、修業年限1年)に進み、乗船実習と学科の授業を受ける。そして海技士の国家試験を受け、合格すれば三級海技士(航海か機関)の資格を得て外航船に乗り組むことができる。水産大の場合、水産関連船舶の海技士を養成するのが目的だが、タンカーや商船に乗る者もいる。

 

 合計5年間中、乗船実習は1年間(3年生1カ月、4年生5カ月、専攻科6カ月)に及ぶ。学ぶ分野に応じて、漁業・海洋調査・航海・機関などの実習をおこなう。漁業では東シナ海で曳き網によってマダイやカニ、イカなどを獲ったり、南太平洋でマグロを獲ったりする。とくに4年生は、マーシャル諸島やオーストラリア、パラオに寄港しつつ帰ってくる遠洋航海となる。

 

 航海中、当直制といって、一等・二等・三等航海士の3人が4時間交替で船橋に立って操船し、24時間切れ目のない航海を続けるが、専攻科の学生も航海当直の日は航海士について1日8時間(4時間×2回)実習する。午前0時から午前4時まで当直し、朝飯を食べ洗濯もして、5~6時間程度寝たらまた起きて当直の準備をするなど、細切れの睡眠になるという。当直でない「非直舷」の日は、朝6時30分に起きてラジオ体操をし、午前中は授業、午後は甲板作業などをする。

 

 こうして船員になると、給料は比較的高いものの、いったん航海に出たらずっと仕事になる。外航船の場合、6カ月乗船して3カ月休みや、タンカーなら8カ月乗船して4カ月休みなどで、乗船中は航海士でも、操船だけでなく、整備・点検から貨物の上げ下ろし(荷役)もやる。フェリーなら3日出て2日休みなどだが、目的地に到着する時間が決められており、夜間でもスピードを落とせず、内航船や漁船を避けながら緊張続きの航海となる。

 

 それでも、事故を起こすことなく、乗客や貨物を安全に目的地に届けたときの達成感は何物にもかえがたいという。日本人船員の場合、国民生活を支えるため、国益を守るために貨物を確実に運ぶ。そのことに対する責任感が違うのだと、ある教員は指摘した。

 

 別の教員は、「船員の免許はIMO(国際海事機関)で決められた基準をもとに、各国が具体化してやっている。ただ日本の場合、免許取得に向けた訓練をしっかりやる。日本は海洋国家として世界の船腹量の1割を占めるほどたくさんの船を持ち、海運に貢献してきた長い歴史がある。そして各養成機関がそれぞれ船を持ち、長年の経験を法則化したカリキュラムとそれを教えることができる人材を持って、乗船経験のまったくない学生を一人前に育てている。そこが船も人材も持たない国と違うところで、日本はそうした国に対して援助する役割も持っていると思う」とのべた。

 

 海洋国家日本で、輸出入量の99・6%、国内物流の44・3%を運んでいる外航・内航海運は、日本人の生命線を握っているといっても過言ではない。もし船舶が事故を起こしたりして物流がストップすると、国民生活に甚大な影響が及ぶ。ところが政府や財界は、グローバル化の旗を振りながら、目先のもうけやコストを優先させて外国人船員ばかり増やし、日本人船員の養成は縮小し、長年月にわたる先人の努力による技術の蓄積を投げ捨てて、この生命線がいつ切断されるかわからない本末転倒した事態をもたらしている。日本の将来を見据える長期的な視野に立ち、事態を抜本的に転換することが求められている。

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