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生産者潰しが招いたバター不足 最盛期の20分の1まで減った酪農家

追い打ちかけた円安政策

 

 バターがスーパーの店頭から消えている。かわりに「バター風味のマーガリン」などが並び、全国チェーンの大手スーパー各社も「お客様へのお詫びとお知らせ」の紙をはっている。「生乳原料の不足」によって国内市場においてバターが品切れになり、入荷の見通しがつかないという趣旨で、これまでバターが並んでいた商品棚はすっぽり空いている。さらに、パン屋やケーキ屋も卸業者からバターの仕入れが困難になっている。年末に向けてクリスマスケーキづくりの最盛期を迎えるなかで味を落とすわけにはいかず、関係する人人は頭をかかえている。なぜバターがスーパーの店頭から消えるほど不足状態にいたったのか、その原因になった日本の酪農の現状はどうなっているのか、背後でなにが動いているのかを見てみた。


 
 食料自給を放棄する愚かさ

 下関市内の全国チェーンの大手スーパーでは、普段バターが売られている場所だけがぽっかりと空き、「お詫びとお知らせ」として「現在、生乳原料の不足によりバターが品薄の状態になっております。また、安定供給の目途が立たないため現在欠品状態でございます。誠に申し訳ございませんがご理解・ご協力お願い申し上げます」と表示され、バターのかわりにバター風味のマーガリンが並んでいる。別のスーパーではバターの販売を「お1人様1個まで」と制限をかけるなどの対応がされている。


 市内の主婦は「スーパーで今までバターを置いていた棚にバター風味のマーガリンが置かれていた。バターを買ったつもりで帰ってきたら、マーガリンだったのでびっくりした」と話す。


 パン屋の店主は「うちは卸業者との付き合いが長いから優先的に卸してもらえるが、バターの絶対量が減っているから、なかなか卸してもらえない店も出ている」と話す。ケーキ屋でもこれからクリスマスケーキの販売に向けてバターが大量に必要となるため、卸業者にストックしてもらってぎりぎりの状態だという。


 バターを扱っている食品卸業者は「売ろうにも売る商品がないのが現状だ」と話す。2年前に自民党に政府が変わってから円安が進み、ただでさえ小麦粉など輸入物の値段が上がって会社の経営を圧迫していたところに今回の乳製品の品薄が追い打ちをかけているという。「今まで入荷していたバターの量を100とすると今はどんなに頑張っても70しか入ってこない。入ってこない3割分はバター風味のマーガリンなど代用品で回すしかない」と語っていた。


 今年度、農水省はカレント・アクセス輸入(毎年度生乳換算13・7万㌧)の他にバター7000㌧(生乳換算8・6万㌧)の緊急輸入を5月におこなった。しかしそれでもまだ足りず、9月にバター3000㌧(生乳換算3・7万㌧)と脱脂粉乳1万㌧(生乳換算6・5万㌧)を再び緊急輸入している。しかし、卸業者いわく「今年に入ってからバターの品薄の状況がひどくなり、政府が緊急輸入したが全然足りていない。2008年にも同じような乳製品の品薄が問題になった。乳製品の原料となる生乳はほぼ100%国内でまかなっている。乳製品が品薄になっている一番の原因は酪農家の減少だ。これが解決されない限りはどうしようもない」という。


 バターが品薄になったのは、国内で酪農家が急激に減っていることが大きな要因としてあげられている。なぜ酪農家が減っているのか、どのような実情に置かれているのかを抜きにして「足りないから輸入を!」だけでは事は解決しない。



 生産費に見合わぬ乳価 加工向は更に安く


 下関市内の酪農家は「安倍政府になってからの円安のせいで、この2年間で輸入飼料の値段が大幅に上がった。1㌔㌘当り45円だった輸入飼料が60円と15円ほど上がったのに比べて、生乳は1㌔㌘当り5円しか上がっていない。今までは餌代だけで生産費の5~6割だったのが、今では7割~8割ほどを占めるまでになっている」と話す。年間25万~30万㌔㌘の生乳を出荷する酪農家では約100万円の減収となるという。


 市内の別の酪農家は子牛と乳牛合わせて40頭を飼っている。「乳価が5円上がった以上にアベノミクスで輸入飼料がかなり上がり、この最近の金融緩和でさらに上がった。焼け石に水どころか赤字が膨らむばかりだ。大きな農場だと牧草を育てられるが、うちのように小さな所では牧草を育ててもシカに食べられるだけだからすべて輸入飼料に頼っている。そのため円安になるとその影響をもろに受ける」と話す。シカから牧草を守ろうとすれば柵をつくるだけで膨大なコストがかかる。それだけでなく牧草の自家生産となればロールをつくる施設が必要になるが、今どきそのような設備投資ができる零細の酪農家はどこにもない。


 下関市内だけでも1昨年に豊北町の酪農家が1軒やめ、去年菊川町でも1軒廃業した。どこの酪農家も後継者がいないという問題を抱えている。40代の酪農家の男性は「農業大学などを出て酪農家になりたいという人がいても、そこから本当に酪農家になれるかは別問題だ。相当のコストがかかる。トラクターが壊れたというだけでも500万~600万円はかかる。それだけもうけがあるのならいいが、今の状態で自分も息子に後を継いでほしいとはいえない」と胸の内を話した。


 乳価は、「飲用向(飲用牛乳に仕向けられる生乳)」や「加工向(特定乳製品に仕向けられる生乳)」など取引される生乳の仕向け用途別に異なる。そのため用途別に価格が定められて取引がされており、酪農家が出荷し、工場に搬入され、処理した結果で価格が決定することが特徴となる。いくら経費が高騰していてもその分を酪農家が値段に換算することができない。とくに飲用向が1㌔㌘100円で取引されている場合、加工向は60円ほどにしかならない。同じように生乳を生産しても、処理された結果で大幅に変わってくるのだ。


 酪農家の経営が苦しくなるなかで、山口県は酪農支援をうち切っている。その一つに育成牧場の廃止がある。育成牧場は「酪農支援」を掲げて発足し、45年間にわたって維持、発展させられてきたが、県は施設の老朽化と赤字を理由に廃止した。旧山口県育成牧場は13~14年前には160頭しかいなかった子牛が今では260頭に増えており、子牛の数も年年増え続けていた。山口県下で育成牧場に子牛を預けている酪農家は40軒。県の育成牧場の廃止に対して、「後継牛の確保が困難となり、生産基盤の弱体化を加速する」として酪農家は一貫して反対してきたが県は強行した。この育成牧場の廃止も酪農の衰退に拍車をかけている。


 来年3月で廃止となることから、去年の8月までに生まれた子牛は育成牧場で育てられるが(子牛が成育して妊娠するまで20カ月かかる)、それ以後に生まれた牛は6カ月過ぎて北海道の牧場に預けられることになる。県は子牛を北海道まで運ぶ運賃のみを補填するという条件で育成牧場の廃止を強行したが、すでに子牛を北海道に預けている酪農家からは、育成牧場に預けていたときにはかからなかった経費が負担増として重くのしかかってきていることが指摘されている。


 1頭につき、預けて帰って来るまで(20カ月)の初妊牛価格は40万円で同じだが、全酪連手数料6000円、その他経費1万300円、輸送保険1万800円などあわせて最低でも消費税込みで約3万円が負担増となる。30頭から40頭預けている酪農家ではもろもろあわせて100万~200万円の経費増となる。



 輸入義務づけが契機に TPPの犯罪性歴然


 こうした酪農業の直面する困難のなかで、国内の生乳生産量は1993年度の855万㌧をピークに減少しており、2013年度は99万㌧減の756万㌧、さらに2014年度は735万㌧となる見通しで10年前と比べても1割強もの減少となる。


 生乳生産量が1993年度を境に減少する契機となったのは、ガットウルグアイラウンドで、乳製品を国際約束にもとづき、1995年度以降毎年度生乳換算で13・7万㌧輸入することを義務づけられたことである。これがカレント・アクセス輸入と称されている。バターの不足は原料となる生乳の不足が原因である。現在、日本の牛乳乳製品市場において、生乳換算にすると年間約763万㌧が消費されている。そのうち、牛乳は生乳換算で約400万㌧で、すべて国産生乳からつくられている。


 しかし、チーズやバターなどの乳製品は半分以上が輸入されている。乳製品の自給率は1960年代は約90%であったが、今日では60%台に落ちており生乳不足、バター不足は突発的、一時的な問題ではなく、構造的な原因がある。


 しかも、カレント・アクセス輸入が義務づけられてからでも約20年、それ以前からの輸入拡大のための国内生産調整(減産)などのなかで、酪農家の廃業・倒産の規模が年年拡大しており日本の酪農業は存亡の危機に直面している。スーパーの店頭からバターが消えてしまうような事態は、国内生産がいかに深刻な破壊状況におかれているかを物語っている。


 農水省が7月1日に発表した2014年2月1日現在の畜産統計では、全国の酪農家戸数は廃業等により1万8600戸となり前年に比べて800戸、4・1%減少した。前年(3・5%減)より減少幅が拡大した。乳牛飼養頭数は139万5000頭で前年より2万8000頭、2%減少した。10年前の酪農家戸数2万8800戸、飼養頭数169万頭と比べると、全国の酪農家戸数は35%減、飼養頭数は17・5%減と大幅に減少している。酪農家戸数はここ10年間は1年間に約1000戸減少していることになる。


 さらに遡れば、1963年のピーク時には約41・8万戸あったものが、1975年には約16万戸に、10年後の1985年には約8・2万戸にまで急減した。それ以後も年平均で約4~5%の酪農家が離農し、今では2万戸を切るまでに大規模に淘汰されてきた。他方で飼育頭数は100万~150万頭の水準で推移しており、数百頭から数千頭を飼育するアメリカ式の「メガファーム」が登場している。1戸当りの飼育頭数は1960年代には3・4頭だったものが、1980年代には25・6頭に増え、昨年は73・4頭に増えている。


 日本の酪農は戦後まもなくは、農家が庭先で1~2頭の乳牛を副業的に飼うのが一般的であった。それを政府は1961年に農業基本法をうち出し、「選択的規模拡大」をあおった。すなわち、それまでのコメを中心にして果樹も野菜もつくり、鶏も豚も牛も飼うという多角的な農業経営から、ミカンや酪農、畜産、野菜などどれか一つにしぼって規模を拡大していく方向を促進した。水田をつぶしてミカン畑にしたり、牛舎を建てて酪農や畜産に転換した。その狙いは、水田をつぶし基幹作物であるコメ生産をつぶすことに重点があった。


 その後政府は米国産オレンジや牛肉の輸入自由化を強行し、コメから転換したミカン農家や酪農・畜産農家をなぎ倒しにかかった。酪農では、生乳以外のバターやチーズ、脱脂粉乳などの乳製品の輸入を拡大し、生乳価格を低く抑えてきた。他方では、乳脂肪率を高めるためと称して輸入のトウモロコシなど配合飼料に頼らざるをえない仕掛けをつくってきた。飼料の自給率は1970年には約50%であったが、今では20%台に落ちている。


 生乳の生産にかかる費用(生乳生産費)の内訳を見ると、飼料費が5割を占め、その中の輸入飼料費は約4割で大部分を占めている。トウモロコシの輸入価格は、2004年と比べると、2013年で約3倍となっている。安倍政府の円安政策により、酪農家の輸入飼料費増大での打撃は甚大である。


 さらに政府は、牛の糞尿を野積みすることを禁止し、糞尿処理場の建設を義務づけ、膨大な設備投資のために廃業する農家があいついだ。そうして最盛期の20分の1にまで酪農家を激減させたなかでの生乳不足・バター不足である。



 貿易量の少ない乳製品 輸入できる保証なし


 安倍政府は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、重要5品目としてきたコメや牛・豚肉、砂糖、乳製品の関税撤廃をアメリカから迫られ、ずるずると譲歩のかまえを見せている。現行ではコメの関税率は778%、牛肉は38・5%、豚肉136%、乳製品ではバターが360%、牛乳240%、脱脂粉乳218%、チーズ29・8%の関税をかけている。乳製品の関税を撤廃すれば、より安い外国産が大量に流入し、国内の酪農を壊滅的に破壊することは必至であるが、日本人の胃袋を売り渡す方向へ舵を切ろうとしている。しかし乳製品の世界的な貿易量はきわめて限られており、日本が確実に輸入できる保証はない。


 全世界で生産されている生乳は約7億㌧といわれ、そのうち輸出向けとして貿易している乳製品は約4200万㌧で、その貿易率は約6%に過ぎない。穀物や肉類に比べて極端に低く、主要農畜産物では最低である。今後、中国やインドなど新興国での需要の増加も見込まれ、日本が確実に輸入できるとは限らない。


 おもな牛乳・乳製品の輸出国は、オーストラリアやニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパなど限られている。もしこれらの国で、異常気象や突発的な事件などで生産量が減少すると、世界的な乳製品不足になる可能性も高い。国内の酪農を存亡の危機に立たせることは、「乳製品は輸入すればいい」では済まず、国民への安定的な食料供給の責任を放棄する危険な道といわなければならない。


 10年来、20年来にわたって真綿で首を絞めるように酪農家には困難が強いられてきた。口蹄疫などで国内産地が壊滅的な打撃を被ったりする度に、生産者が苦しんでいるのとは裏腹に輸入商社が喜び、BSEなど狂牛病肉を売りつける側が調子づいてきた。終いには生産費すら出ないような構造のもとでアベノミクスによる円安で飼料高騰に見舞われ、産業として存亡の淵に立たされている。


 問題は酪農家が食べていけないだけにとどまらない。日本人全体がバターや乳製品を満足に食べることができず、たちまちにして店頭から品物が消えるほど脆い生産体制であることを浮き彫りにしている。これが乳製品にとどまらないのがさらに大きな問題で、しかもアベノミクスがあべこべな状態にあるなかでさらに急激な円安に見舞われることが予想されている。そうなれば輸入食材はいっせいに2倍、3倍に跳ね上がる事態になってもおかしくない。輸入依存の危険性と同時に、国内生産を破壊することがいかに愚かな行為であるかを浮き彫りにしている。

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