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戦争する時はいつも大本営 イラク派遣の日報も隠蔽が発覚

2016年7月に南スーダンに派遣された陸自の日報

 防衛省がこれまで「不存在」と明言していた陸上自衛隊イラク派遣部隊の活動報告(日報)をめぐり、実際はずっと存在していたことが明るみになっている。「見つかった」とされる日報は、2004年~2006年の延べ408日分で、イラク・サマワに米軍の下請任務で投入された陸自部隊の詳細な記録である。小野寺防衛大臣は文書発見の経緯を縷縷説明し、今後は公文書管理の不備を改善していく方針を示した。だが国内における情報隠蔽は特定秘密保護法や共謀罪法などの施行で、ますます拍車がかかっている。陸自の日報問題は、負け戦を「勝った! 勝った!」と煽って国民を戦争に駆り立てた「大本営」発表へ直結していく危険性をはらんでいる。

 

 小野寺防衛相は2日、過去の国会答弁で「ない」としていたイラク派遣部隊の日報について「1月に見つかった」と発表した。だがその直後の4日には「昨年3月に陸自内で見つかっていた」とのべ、陸自が防衛相や内部部局などに報告していなかったことも公表した。

 

 文書の内訳はイラク復興支援群、イラク復興業務支援隊、後送業務隊などが作成したもので、約1万4000ページに及ぶ。ただ小野寺防衛相が陳謝しても、これだけ膨大な資料、とりわけ自衛隊員の生命がかかった活動記録がなぜ見つからなかったのかは不明だ。まして数数の機密情報ばかり扱うトップシークレットの塊のような防衛省が、「公文書の扱いがずさんだった」と説明するだけで国民が納得するわけがない。だが防衛省は今後、調査チームを作って全貌解明を進め、日報の保存期間を10年(現行は1年未満)に延長し、その後は国立公文書館に保管する方針を示しただけだ。「なぜ国民が必要とする時期に適切な情報を一切開示せず隠し続けるのか?」「なぜ何年も後になって黒塗りの“公開文書”ばかり出すのか?」との疑問については、不問に付す姿勢を見せている。

 

 今回の日報問題は昨年2月、南スーダンの日報隠蔽問題に関連し、民進党議員がイラク派遣部隊の日報が存在するか質問したことが発端となった。当時の稲田防衛相は「見つけることはできなかった」と答弁している。

 

 昨年2月といえば、トランプ大統領が初めて訪日し、米韓合同軍事演習(昨年3月)やシリアへの爆撃(昨年4月)など他国への軍事挑発をエスカレートさせていく直前の時期と重なる。日本では集団的自衛権を認める安保関連法の施行で「駆けつけ警護」や「他国軍の宿営地防護」などの任務を自衛隊に付与し、いよいよ戦時立法の総仕上げとして共謀罪法成立へ動き出す時期である。

 

 しかも当時の国会ではすでに、南スーダンに派遣された自衛隊の日報隠蔽問題への批判が噴出しており、もしこのときイラク派遣隊員の日報の中身が表面化すれば、安倍政府が加速する米軍支援体制の強化を牽制する要因になるのは必至だった。さらに国会審議が長引き、共謀罪法の審議が圧迫されれば、共謀罪法が再び「時間切れ」で廃案に追い込まれる可能性もあった。イラク派遣部隊の日報隠蔽問題はこうした安倍政府が進める戦争策動と無関係とはいえない。

 

 南スーダンPKOの日報隠蔽問題も、国会でちょうど「駆けつけ警護」やジュバの戦闘が論議になり、安倍政府が「南スーダンは永田町より危険」「状況は落ち着いている」と苦しい弁明を続けている時期を前後して、ジャーナリストが情報公開を請求している。それは安保法制施行(16年3月)後の2016年7月、陸上自衛隊がPKOで派遣された南スーダンの首都ジュバで大規模な戦闘が発生したときの詳細な状況を公表するよう求めたものだった。ところが政府は、日報を2カ月にわたって公開せず、そのあいだに自衛隊に「駆けつけ警護」の新任務を付与する閣議決定を強行し、「駆けつけ警護」の運用も開始した。

 

 一方、ジャーナリストには情報公開請求から約2カ月後に「廃棄した」と通知して情報を隠蔽し、その後、一部黒塗りの日報などを公表したのは4カ月後の昨年2月だった。

 

 開示された2016年7月の自衛隊派遣部隊の日報と、上級部隊の中央即応集団司令部が作成した「モーニングレポート」には、黒塗り部分が多いなか「戦車砲を射撃」「対戦車ヘリが大統領府上空を旋回」「えい光弾50発の射撃」などの記載があり、「宿営地南方向距離200(㍍)、トルコビル付近に砲弾落下」「直射火気の着弾を確認」「戦車や迫撃砲を使用した激しい戦闘がUN(国連)ハウス・UNトンピン周辺で確認される等、緊張は継続」など緊迫状態が続いていたことが明記されていた。政府軍と反政府軍の衝突激化による「流れ弾への巻き込まれ、市内での突発的な戦闘への巻き込まれに注意が必要」との指摘もあった。南スーダンのPKO派遣が「落ち着いている状況」にないことは一目瞭然だった。だがこれらの内容が明らかになったのはすでに「駆けつけ警護」の運用が開始された後だった。

 

当時の小泉内閣 「非戦闘地域」と答弁

 

 イラク派遣の日報問題は「昨年3月から1年間隠蔽していた」ことが問題視されている。しかしイラク派遣の日報作成は2004年であり、それから十数年にわたって事実を隠蔽し続けてきたのが実態だろう。「昨年3月に見つかった」ということ自体が常識的に考えてあり得ないのである。

 

 そもそもイラク戦争は、フセイン政府が国連による大量破壊兵器査察に非協力的だという理由で、2003年3月に米英が一方的に開始した戦争である。米英軍は約15万人の兵力(うち英国軍は1万数千人)を投入して国家を崩壊させ、5月1日に戦争終結宣言を出したが、その後、大量破壊兵器など存在しなかったことが判明している。正当な理由もなく、住居を破壊され、肉親を奪われた住民が、侵略者に徹底抗戦するのは当然である。このもっとも憤りを買うときに「地上部隊を出せ」「金だけでなく血を流せ」と日本に号令をかけたのがアメリカであり、その要求を丸呑みして、大急ぎでイラク復興支援特別措置法を作って陸上自衛隊を派遣したのが当時の小泉政府だった。名目は「復興支援」であるが、その実態は米英軍が破壊しつくしたあとの治安維持任務にほかならない。それはアメリカの原爆投下から復興してきた日本人に敬意を持ち、親日的だったアラブの国民感情を一変させた。

 

 そのなかで03年11月にはバグダッドで日本人外交官2人が射殺され、2004年4月にはイラク支援ボランティアを含む3人と、ジャーナリスト2人が人質となる事件も起きた。拘束した武装勢力は「自衛隊撤退」を要求し、このときは全員解放した。だが04年10月にはイラクに入国していた24歳の若者が拉致された。武装勢力が「48時間以内に自衛隊を撤退させなければ殺害する」と声明を出したが、小泉政府は「テロに屈しない。自衛隊は撤退しない」と米軍の下請任務を継続した。若者は無惨な斬首遺体となって発見された。

 

 当時の小泉政府の主張は「非戦闘地域への派遣は合憲」というが、「どこが戦闘地域でどこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」といい、あげくは「自衛隊が活動している所は非戦闘地域だ」と国会で答弁する有様だった。どこが戦闘地域かを独自調査で判断することもなく、ただアメリカの指図通りに自衛隊を派遣するのみだった。

 

 その結果、自衛隊員は死と隣り合わせの戦闘地域に有無をいわさず投入されたことが浮き彫りになっている。部隊の宿営地やその周辺には13回にわたって迫撃砲弾やロケット弾が撃ち込まれた。隊員の目につかないように約10人分の棺を準備していた。帰国後に二十数人がみずから命を絶っている。若い隊員はジープの上で銃を構えて警備にあたり、いつ撃たれるかわからないなかで何日も過ごしたこと、夜もいつ攻撃されるかわからず眠れなくなったこと、すぐ側にロケット弾が撃ち込まれ恐怖を覚えた経験などを、母親や家族に明かしている。若くして未亡人となった40代の妻たちは、現在も精神障害で苦しむ自衛隊員や家族が多数いることに言及し、イラク派遣の現実を知らせていく重要さを指摘している。

 

 イラク派遣の日報も「あった」といい、見つかった経緯を検証するとはいうが、未だに肝心の中身は開示していない。自衛隊の戦地派遣など、国民がギリギリの判断を迫られるときに、事実に即した情報を出さず、事情をよく知らない閣僚の方便やいい加減な説明で国民を愚弄し、為政者に都合良く誘導していく危険な体質が浮き彫りになっている。

 

秘密保護法や共謀罪 隠蔽体質は段階を画す

 

 こうした隠蔽体質は2013年の特定秘密保護法成立、2017年の共謀罪法成立で段階を画した。特定秘密保護法は日本版NSCが米NSCから情報や命令を受ける過程で「テロリストに秘密を漏らさないためだ」という理由で作られ、各省庁の大臣が隠したい情報はすべて「特定秘密」に指定できるようにした。

 

 「特定秘密」の対象は「防衛」「外交」「外国の利益を図る目的の安全脅威活動の防止」「テロ活動の防止」などと既定されるが、一体なにが「特定秘密」に指定されているのか一般人にはわからない。仮に地域全体を軍事要塞として特定秘密に指定していたら、住民が写真撮影やスケッチをしても処罰対象になり、友人に近所の人のことを話したり、道を聞くのさえ処罰対象にできる法律だ。すでに「特定秘密」を扱う公務員には「適正評価」を実施し、負債や経済状況や犯罪歴、精神にかかわる通院歴の有無、家族や同居人の国籍、住所などの調査が始まっている。「特定秘密」を漏らした公務員の罰則は懲役10年か罰金1000万円である。そして共謀罪法では、実際の行動がともなわなくても会話をしただけで処罰できるようにした。

 

 自衛隊の活動内容や日報が「特定秘密」に指定されていれば、それを集団で出すよう要求することも犯罪とみなし、「自衛隊派遣地域は安全だ」という政府見解について自衛隊員が「本当のことを知らせよう」と仲間内で論議すれば、「秘密漏洩につながる」と処罰に直結するような制度である。すでに自衛隊内部、公務員にとどまらず、軍事機密にかかわる製造現場では自由に話もさせない監視体制が強まりつつある。

 

 先月、政府による特定秘密の指定が適切かチェックする衆院情報監視審査会(会長=額賀福志郎・自民党衆院議員)が、2017年の年次報告書で特定秘密文書が1年間で44万5000件廃棄されていることを明らかにした。各省庁は原本で確認できるため廃棄は問題ないとしているが、いったいなにが特定秘密かも知らされないまま、膨大な公的資料が闇から闇に葬られている現実を示している。

 

 自衛隊の日報隠蔽問題は決して「偶然見つからなかった」とか「後でよく探すと見つかった」というような代物ではない。国民が必要とする時期に意図的に情報を隠し、国を破滅させる戦争へと誘導したかつての「大本営発表」の体質がいまだに変わっていないことを示している。さらに今度はアメリカの指揮棒のもとで、新しい戦争に誘導しようとするものであり、この動きを決して見過ごすことはできない。

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