いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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図書館の役割否定した民営化 直営にもどした下関の教訓 やらせで急増した貸出冊数

 全国で図書館の民営化が進むなかで、武雄市や海老名市のツタヤ図書館の惨状をはじめとして次次に問題が露呈している。山口県内でも周南市でツタヤ図書館の建設をめぐって議論が起こっており、防府市も今年4月から指定管理者制度を導入するなど、図書館民営化は依然として進められている。こうしたなかで2010年に全国に先駆けて指定管理者制度を導入してオープンした下関市立中央図書館は、民間企業と交わした五年の契約期間を待たずして破綻し、今年度から市直営に戻った。指定管理者制度導入の五年間で図書館がどのように変わったのかは、自治体でアウトソーシング(外部委託)が推進されるなかでおおいに教訓にすべき内容となっている。
 
 司書は抗議の辞職残ったのは非正規 経費は以前より増大

 文化会館、婦人会館、中央公民館をとり壊し新たな社会教育複合施設を建設する計画は、第1次安倍政府の誕生間もない2006年に慌ただしく決まった。総額155億円(20年)にのぼるこの事業は、建設から運営(年間約4億円ほどの委託料)までを民間企業に丸ごと投げるというもので、入札のときから地元企業を排除して安倍首相の兄・安倍寛信氏が中国支社長をつとめる三菱商事グループに落札させて地元企業が訴訟を起こすなど、不透明さが問題になってきた曰く付きの箱物事業だった。


 揉めた末に三菱商事グループは火の粉が及ぶのを避けて辞退し、再入札で合人社計画研究所(本社・広島市)を代表企業とする九社で構成する特別目的会社・ドリームシップが落札。グループ内には図書総合プロデュース業のリブネットや紀伊國屋書店(広島営業所)が入り、購入図書はすべて紀伊國屋書店が納入するという形で運営されてきた。


 2010年3月20日、「従来の公共施設とは異なり、PPP手法という民間資金やノウハウを活用する新しい手法」など鳴り物入りでオープンした下関市立中央図書館は、旧下関図書館と比べると二倍の床面積となり蔵書数も大幅にアップ。自動書庫や自動貸出機、予約ロッカー、読書通帳機(全国初導入)など最新式の設備が導入され、カフェも併設した。開館日数・開館時間も延長となった。


 1人10冊まで借りることができるが、カウンターに並ばなくても10冊まとめて自動貸出機に載せると、すぐに手続きが済むし、返却するときも1階のポストに放り込めばよい。また登録すればインターネットで自宅から予約して1階ポストで受けとることができるようになり、司書などの手を通らずに簡単に本を借り、返却することができるようになって一面便利になった。


 中央図書館の貸出件数は、前年の6万6173件(09年度)からわずか1年で23万465件へと3・5倍に跳ね上がり、貸出冊数は29万4424冊(09年度)から95万7425冊(13年度)へと3倍化した。そのうち56万1318冊(約6割)が自動貸出機での貸出だ。全国的にもこの「貸出冊数の大幅増」は注目を集めるものとなった。短期間でおよそ3倍もの貸出冊数になったからだ。


 貸出冊数はなぜこれほど大幅に伸びたのか? 関係者に取材を進めたところ、これこそまさに「民営化」の産物だったことがわかった。市民の読書熱が燃え上がったという印象など乏しいのに、どうしてこれほど貸出冊数は倍加したのか? そこにカラクリがあった。


 市民が最初に驚いたのが、2011年に「夏休み100冊チャレンジ!」のかけ声で、子どもたちに本の貸し出しを勧め始めたことだった。「中央図書館の読書通帳を利用して、夏休み期間中に100冊読んだ人」に記念品を贈呈するというキャンペーンだった。


 夏休みに入ると、自動貸出機で本を借りた子どもたちが、読書通帳を持って記載機の前に列をなす姿が見られるようになった。読書通帳は中学生以下には無料で配布されており、当初は「子どもたちが読書に愛着を持つようになった」と喜んでいた利用者たちも、ここまできて眉をひそめた。通帳を持って館内を走り回る子どもたちの姿は、じっくり読書をするというものではなく、明らかに記念品が目的だったからだ。「5冊でも10冊でも、あるいは98冊でも、それを読んだ子どもが心の成長の肥やしにしたかどうかが問題だ。40日の期間中に100冊を求めるのは図書館側の都合を子どもに押しつけるものでしかない」と、利用者や教育に携わる各方面から批判が続出したが、ドリームシップは夏休みや冬休みに照準を合わせた同様の企画をやめることはなかった。


 途中からは大人にも通帳を無料で配布するようになり、「見開きページが埋まったらカフェラメール(併設カフェ)の半額券を二枚差し上げます」という特典をつけたり、予約ロッカーを利用したら図書袋(本が大量に入る布袋)がもらえるなど、大人たちもターゲットにしたキャンペーンを展開していった。


 さらに関連企業の社員たちに「本を借りるように」とハッパをかけ社員たちが4階、5階の自動貸出機で読みもしない本を大量に借りて、そのまま1階の返却ポストに放り込んでいたという。貸出冊数を劇的に増大させるための裏技であり、1人10冊読まない本を借りては放り込んでいく行為を毎日くり返し、しかも集団的・組織的にやれば、おのずと貸出冊数は膨れあがるというシカケである。


 また、新規の図書購入費用の大半はベストセラーの購入に回り、同じ新刊を10冊近く購入することもあった。注目度の高いベストセラーを大量に購入すれば、当然にも貸出や予約は増加する。一方で「目立たなくても図書館として所蔵しておくべき図書や資料」は、ないがしろにされていった。まるでスーパーの特売のような、図書館の常識とはかけ離れた手法で貸出冊数が上積みされていった。


 今年度、市直営に戻って1割超、貸出冊数が減少したといわれている。仮に1割と仮定しても年間に約10万冊が架空の貸出冊数であったと考えられる。


 なぜこれほど「ドリームシップ」が貸出冊数の増加にこだわったのか? 契約時に「業者のモチベーションを上げるため」に、四半期ごとの貸出冊数の実績によって委託料が増減する変動単価の形式をとっており、貸出冊数を伸ばせば収入が増える関係だったことがある。「合人社にとっては本の貸出冊数だけが唯一小銭を稼げるポイントだった。それに一生懸命で、図書館がどっちを向こうと関係なかった」と関係者は話す。また合人社にとってはこの5年間で上げた実績が、次の指定管理を受けるときや他の自治体に売り込むときの実績になることもあって、死活の利害をかけて貸出冊数なりの数字にこだわったようだ。

 知識の蓄積と人材失う 市民の相談も困難に 

 図書館が「無料貸本屋」のようになっていくなかで、現場の司書たちには「効率的」な動きが要求され、最小限の人数で現場を回すために調べものなどの相談に応じる(レファレンス担当)司書まで1階のカフェに巡回配置するなど、役割などお構いなしの人員配置が横行していった。他の仕事に忙殺されて司書の仕事をまっとうできず、休みもとれない状態に、契約期間が終わる直前の2014年11月末、ベテランの司書8人のうち、アシスタントマネージャー2人とリーダー2人の計4人が抗議を込めて一斉に退職する事態となった。そのなかにはレファレンスを担当していた3人のうち2人が含まれていた。


 もっとも多いときには35人いた職員が、契約期間終了時には館長以下27人、指定管理導入の当初から残っているのは10人となり、司書の資格は持っていても基礎的な知識のない非正規雇用の社員ばかりが残された。社員の回転も速く、図書館として長年蓄積されてきた郷土の歴史や文化の資料などについての知識が断絶し、市民が相談してもなかなか対応できない、図書を「返した」「返していない」といったトラブルもあいつぐようになった。


 現場を知る人たちは、合人社に図書について意見をあげても通じないこと、指定管理になってから市役所が「それはいえない」「いうことができない」というばかりで責任をとらなくなり、市として図書館運営をどうするのかという姿勢がなくなったことに、みなぎりぎりした思いを持っていたと語っている。


 民間委託の最大のメリットであるはずの経費削減はどうだったのだろうか。2014年度の生涯学習プラザの指定管理料は3億8800万円。直営に戻した今年度の予算額は、中央図書館分が1億5100万円、文化振興財団の指定管理料が1億8300万円の計3億3400万円。生涯学習プラザ全体で5400万円の減となった。施設のメインである中央図書館分の経費を半分と仮定すると(合人社がどんな内訳で委託料を回していたかはわからない)、単純計算でも約2700万円安くなった計算になる。


 現在も現場の窓口業務を担っているのは全員が非正規雇用の嘱託職員のままであり、正規職員を配置すれば経費は上がる。しかし、同じように非正規だらけの民間委託時代の方がはるかに潤沢な委託料を与えられていたこと、「民営化による経費節減」など大嘘だったことを物語っている。公営に戻して5000万円も維持費が浮いたのである。

 知性を育む重要な役割 民営化と相容れぬ 

 下関市の図書館にとって、この5年間に失われた知識の蓄積と人材は、「1、2年ではとり戻せない」といわれるほどの困難を残している。経験者は、「一人前の司書といえるようになるまでには5年、10年の歳月がかかる」と話す。指定管理導入と同時に正規職員の司書は現場から離れており、図書館政策課に数人は残ったが、別部署に移った職員もいる。多くが退職間近だ。指定管理の期間、正規職員は図書館現場を経験できない。職員が現場を知らないということは、民間業者に対しても強く意見をいうこともできないし、市として図書館運営のノウハウを失うことになる。


 文化関係者の一人は、「図書館は地域の文化のよりどころ、知識や歴史を集積する場だ。営利企業が運営すれば絶対に問題になるのはわかっていた。直営に戻ってよかったが、今後も課題はたくさんある。情熱を持った司書をどう育てていくかが一番の課題」と話す。


 また別の関係者は「公務員は“だれのため、なんのために仕事をしているのか”というのを問われている。少なくとも現場を持っている職員は、市民の方を向いて仕事をしてきたと思う。しかし、民間業者は“成績を上げろ”という会社の上層部や市役所の方を向いて仕事をするから、本当にいい仕事ができるはずがない。ツタヤやTRCが入った他県の図書館もひどい状態になっている。なぜ公共が仕事をしているのかを考えないといけない」と話した。


 人件費削減のために公共部門の民営化が推進され、下関でも図書館やゴミ収集、学校給食調理など、現場を持っている部門が真っ先に民営化されてきた。しかし、中央図書館の顛末は、民営化が正規職員を非正規雇用のワーキングプアに置き換え、図書館なりが持つ機能を破壊するものだということ、公共性を否定して合人社や紀伊國屋の利害ばかり追い求めるものだったことを浮き彫りにしている。


 貸出冊数が伸びること、すなわち下関の地で読書熱が高まり、住民がその読書量に裏付けされた知性を育むことは望むべきことだ。しかし読む行為を二の次にして、プレゼント欲しさで本を手にするという浅ましい心を子どもに植え付けたり、読まずして貸出冊数増大に貢献するような品性のない行為を奨励して、何が「知の財産」かといわなければならない。図書とは何か、読書とは何か。それはツタヤや紀伊國屋、合人社のような企業が利益をあげるためのものではない。みなが本によって自然科学にせよ社会科学にせよ、文学にせよ、自己の経験することのできない広い世界から間接的知識を得たり、感性や知性を育むことに最大の役割がある。そのために図書館が有効に機能することが地域全体の人材育成、人間形成にとっても欠かせない。民営化が相容れないことは、直営に戻した下関の事例が歴然と示している。

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