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国策が脅かす島の生活―基地建設工事が進む馬毛島から 西之表市議・長野広美

 12月の、星屑がまだ残っている夜明け前。少しの湿り気が肌寒さを一層感じさせる。風は北西。島の西側に位置する住吉漁港は、冬になると北西の強風が吹きつける。そのため大きな堤防が沖に突き出ている。ここは、古くからの漁村。朝日が昇る前の静かなひと時のはずが、今は一変した。馬毛島の基地建設工事の関係者が、大型バス2台のピストンで運ばれてくる。乗用車も40台ほどが岸壁周辺に駐車され、推定で毎朝150人以上が、この、漁港から馬毛島へ運ばれている。そのため、4隻の運搬船が出港するまで、そのエンジンから響く唸るような低周波音が途絶えない。周辺住民からは、騒音の苦情が聞こえてくる。島民は、これまで経験したことがないからだ。

 

 種子島の2023年は、馬毛島基地(仮称)建設の本格着工で始まった。環境アセスの評価書を完了させた1月12日のことである。工事が始まっておよそ1年で島内の生活環境は大きく様変わりしている。その原因は、防衛省から湯水のように吐き出されている工事費と再編交付金、さらに漁業補償金などの、巨額の基地マネーの流入である。さらに防衛省の整備計画が性急すぎる。巨大国家プロジェクトを5年間の工期で突き進めようとしており、人口3万人弱の種子島の脆弱な離島経済は、これによってさまざまなしわ寄せを受けざるを得ない。

 

 政府は「自衛隊整備費」として、22年度当初に3183億円、追加補正2179億円、23年度に3030億円と補正分2684億円を計上し、整備予算はすでに1兆1億円をこえている。この巨額予算がさらに膨らむことは容易に想像できる。馬毛島は極端に平坦な地形にある。強風や時化などの悪天候に左右されるから、工期の遅れはすでに見てとれる。自衛隊基地としての整備としながらも、米軍再編の巨額予算が投じられている。米軍FCLPの早期開始を目指すために、防衛省は湯水のように工事費を積み増ししている。ブレーキが壊れた大型ダンプのようだ。

 

 その一端を見たのが昨年7月頃の官製談合を追及したマスコミ報道だ。大手ゼネコン数社に限定した巨額入札の実態、随意契約発注が多数を占め、さらに22年度分の係留施設、仮設桟橋、滑走路等工事費だけで当初1680億円から少なくとも3508億円になるなど、極めて不透明な運用実態を暴露した。

 

 さらに、漁業補償額22億円も地元に分配される。馬毛島の東海岸は種子島近海で最高の漁場であったが、全面的に漁業制限区域に指定され、総延長4㌔もの巨大な防波堤の中は漁業権放棄がすでに同意されている。通常自衛隊法もしくは米軍に関係する法律は農林水産省、鹿児島県、西之表市などが意見することができる手続きを定めている。しかし、馬毛島では漁協との賠償金合意は『民法』上の手続きとしており、漁協幹部と密室的に事前調整しているとしか思えない。

 

 環境アセスの手続きがまだ完了していないにも関わらず、防衛省は「飴」部分を早々にあてがった。種子島の西之表市、中種子町、南種子町に10億円余の再編交付金が地元に示されたのは、一昨年10月。昨年度分はさらに総額28億円余が交付され、地元西之表市は約20億円を福祉、産業支援、教育や文化など多岐にわたる事業費の財源に配分した。1円たりとも防衛省からの許可無くして活用できない交付金は、あからさまに依存体質を生む制度である。交付金を財源とする事業のほとんどは長期振興計画に充当されているが、そもそも持続的、かつ自立性を基本とする市独自の振興計画に時限的な再編交付金が不適切なのである。

 

 巨大な国家プロジェクトの中でも、特に防衛省に関係する事業予算は限りなく不透明である。辺野古基地建設においても予算も工期も膨らむばかりであるが、馬毛島においてもすでに22年度分は当初予算が168%に、23年度分でも追加されているため当初予算の188%に、それぞれ予算が膨らんでいる。環境アセスで示された保全対策や工事計画に沿った工事が進んでいるのか、不信感が高まるばかりである。具体的な工事計画の変更を、地元行政が知るすべもなく、国民はさらに蚊帳の外。工事内容の可視化が極めて悪い。

 

 2023年1月から工事が本格着工してからの島民生活への影響は著しい。まさに、鉄砲伝来以来の出来事になる。工事関係者数だけでも、6000人を想定しており、人口1万4000人の西之表市でその大多数を受け入れることになる。市内にはプレハブ住宅やコンテナハウスの設置工事があちこちで続いている。賃貸物件は築年数に関係せず大都市並みに家賃が急騰し、今でも家賃の値上げもしくは退去を求められるケースが聞こえてくる。県外ナンバーの車両や大型トラック、重機が増えて、交通事故の発生リスクも明らかに増加している。医療分野においても、外来診療の混雑がひどく、未払い金の増加が問題視されている。6000人規模の工事関係者を見込むのであれば、そもそも防衛省は独自の医療体制をまず整え、地元へのしわ寄せを回避するべきである。

 

最も深刻な影響は人手不足

 

馬毛島工事のため港に接岸された巨大な台船(2023年10月29日、西之表港)

 最も深刻な地域社会への影響は人手不足である。今や全国で慢性的な人手不足のため、地方自治体間の競争時代にある。そんななかで、馬毛島工事関係の日当は2万~3万円、海上タクシーは1日10万円などを含め馬毛島工事費は天井知らずといわれている。

 

 種子島は温暖な気候と平坦な地形から農業が盛んであったが、人口減少とともに農業人口の減少に歯止めがかからない。このため、近年は農地の集積化と機械化が進んできた。特にサトウキビ栽培は作物の中でもっとも広い耕作面積を誇る。毎年12月から翌年4月までは、あちこちのサトウキビ畑で大型ハーベスターが稼働し、大型トラックが早朝から夕方までサトウキビを満載して、島の真ん中に位置する製糖工場に向かって走る。

 

 しかし、昨年は深刻な事態に陥った。季節労働者が例年の半分も集まらない。特に、大型の重機オペレーター不足に対応して製糖工場は例年より1週間も早く操業を開始したが、今シーズンの操業体制が見通せない。さらに、高齢化している農家が依存している農業公社でも人手不足のため、次期シーズンの植え付け作業が見通せない。

 

 第一次産業だけではない。介護や福祉分野の人手不足がより一層深刻になっている。ヘルパー不足によって宅配弁当の数の増加は、介護サービスの劣化を意味する。街中に出れば、スーパー、病院、葬儀場、介護施設など、いたるところで人材募集の告知が目に入る。このような深刻な人手不足は、仕事をなんとかこなしている各事業所の現スタッフに過重な負担を増やし続け、しかも改善の見通しがたたない。このまま著しい賃金格差が続き正直者がバカをみるような不平等感が長引けば、この島の将来に深刻な禍根を残す。

 

 種子島では、これまで一度も軍事施設が存在してこなかった。これまで防衛省は、地元に対し「丁寧な説明と理解を」とくり返してきた。しかし、その丁寧な説明には日米地位協定によって憲法が保障する国民の権利すら保障していない実態は含まれていない。環境影響評価法は環境の保全について適正な配慮がなされることを確保すると法律で定めているにもかかわらず、馬毛島の場合の防衛省は「実行可能な範囲内で環境影響をできる限り回避・低減する」と保全対策に対する具体的な目標値を示していない。無意味な中身には事業主体としての責任感が欠けている。馬毛島基地(仮称)の利活用については、米軍FCLP恒久施設に加え、国内で初めての、陸海空自衛隊の総合訓練が予想されている。ただし、防衛省説明には担保がない。「有事の際」の利活用という表記程恐いものはない。

 

 今後島民にどのような基地負担が押し付けられるのか。「国防」という名目だけで、防衛省は工事の進捗状況、費用や計画変更など具体的な説明は一切おこなわない。国民の血税の妥当性、さらには防衛戦略そのものの議論すら、国民的議論にもなっていない。有事のさいに地元には捨て石となれと、そのような軍事戦略がいつこの国の選択となったのか。地方自治体が問われているのではないか。

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