いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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復興の足止め食らう被災地 色めき立つビジネス界隈

 東日本大震災から2カ月半が経過しているのに、いまだに10万人以上もの避難民が生活再建のメドもなく、義援金も届かずにそのままの状態に置かれている。国民の生命と安全を守るべき政府の対応があまりに遅いことについて、異様さを感じずにはいられない事態となっている。この機に乗じて「復興」ビジネスに色めき立っているのが国内金融資本や外資であり、東北地方で道州制を導入することや規制緩和のモデル地域にするよう求め、資本力が奪われた被災地に大資本が参入し、農漁業をはじめとした産業の企業化、公立病院や公共施設の民営化など、全国に先駆けた大収奪地域にしようとしている。

 曳航されぬまま漂流する船舶

 今回の震災では津波で壊滅した沿岸部にとりわけ被害が集中している。国内漁業生産の2割を担ってきた三陸の漁業生産機能がまひし、集荷施設や加工施設などが軒並みやられている。この復旧にメドが立たないこと、いつまでも放置されていることが、地域の再建にとっても大きな痛手になっている。現金収入の源として、地域経済を牽引してきた基幹産業をどう蘇らせるかが、復興の要になっていることは疑いない。
 漁船は岩手、宮城、福島の3県で計約2万9000隻あったうちの、9割にあたる2万6000隻が、陸に打ち上げられたり流されたりして使用不能になっている。宮城県では1万3500隻のうち使用可能と見られているのは1000隻程度。岩手県も1万4300隻のうち9割が使用不能と見られている。
 海上保安庁が地震発生以降に実施してきた海上捜査では、4月下旬までに沖合1000㌔範囲で381隻の船舶が漂流しているのを確認し、港に曳航したのは50隻余りにとどまっている。多くはその後もさまよい続けている。使える漁船は保安庁なり自衛艦なりが出動して引っ張ってくるなりすればよいのに、そのままになっている。
 船がなければ生活を立て直そうにも操業のしようがない。また、沖に出てとってきたスケソウダラも加工場が操業停止しているために半値で買い叩かれるなど、困難な状況が連日伝えられている。漁業者一人一人の経済力で「自力復興しなさい」といっても展望がないのは歴然としている。失った家屋や漁船のローンなど抱え、さらに上乗せで二重ローンを背負うことなど不可能である。全国の漁業団体、水産学者たちのなかでも、債務免除はもちろんのこと、全国で中古船をかき集めて現地に与えるなり、「対応しうる方策なら山ほどあるのに、なぜ政府が機能しないのか」と問題意識が語られている。

 過去にも復興前例 急がれる汚染魚買取り

 これまでの国内の経験を見ただけでも、津波災害から立ち上がり、あるいは漁場汚染から復興していった経験はいくつもある。
 1993年7月に起きた北海道奥尻島の津波災害のさいには、高台移転案が浮上したものの、漁師町としての特質を認めて一部に“漁師まちゾーン”を認めて復興にあたった。その年の12月には地元と協議を重ねたうえで「奥尻町に係る水産業振興対策」が策定された。奥尻漁協が漁船252隻(5㌧以下)を一括購入し、その船を組合員に有料で貸し出し、北海道と国が購入額の8割補助を実施するなどした。養殖施設や漁港の作業・保管施設などもほぼ国(9割負担)と道(1割負担)の負担によって復旧を遂げている。水揚げは翌年こそ落ち込んだものの、2年目からはしだいに持ち直し、98年には当初の計画を上回るスピードで「復興宣言」をするに至った。
 奥尻町では、住民に対して国からの見舞い金が300万円、全国から寄せられた義援金の約190億円から1戸550万~700万円の合計約1000万円の住宅再建資金が与えられ、宅地も自治体による一括買取・一括売渡の形式で住民の理解を求め、わずか4年で復興が完了した。
 放射能汚染の経験では、99年に東海村で起きたJCO臨界事故では「原子力損害賠償法」が適応され、避難指示が出た350㍍圏内の住民40世帯や、風評被害に見舞われた農家に対する農産物補償(主要作物だった芋などの買いとり)で合計約700件の補償対象に約150億円(保険から10億円、JCOが140億円負担)が支払われている。
 水質汚染の前例では、かつて熊本県で起きた水俣汚染のさいには、チッソが魚を買いとる形で補償していた。熊本県は水俣湾を網で仕切り、たまった水銀を含んだヘドロをとり除き、湾内でとれる魚の水銀値を調査し続けた。九九年には汚染もほぼ消え、水俣湾を隔離していた仕切り網が撤去され、24年ぶりに市場への出荷が再開されている。山口県でも徳山湾で水銀汚染が起きたさいには、企業が魚を買いとって補償する形をとった。
 問題を起こした企業が汚染魚を買いとるのが通常の補償形態になっている。福島原発から放射性物質が海洋に拡散されているなかで、とくにコウナゴなどの小魚ほど食物連鎖が広がる前にとって、東電に買いとらせることが求められているが、農作物の被害にしてもそのような補償対策が動き出していない。メドもなく出荷禁止など命令だけをかけて、農漁業者を困惑させている。
 今回の場合、前代未聞の原発事故を抱え、津波による被害規模が大きすぎるとはいえ、2カ月たってもなんら事態が動き出さず、従来とは明らかに対応が異なっている。住宅再建にしても規制をかけて住まいをつくらせず、農漁業の生産復興にしても、被災地が希望を見い出せるどころか生殺しのような状態に置かれたままになっている。こうした状況を招いている要因として、震災を利用して大資本がビジネスチャンスに転換しようと別目的を優先させていること、三陸沿岸はじめ東北地方に乗り込んで、これまで考えられなかったような「復興特区」をつくりあげようとしていることがある。

 復興会議の別目的 大資本参入で草刈場に

 政府の「復興構想会議」(五百旗頭真会長)が震災から1カ月後に立ち上がっている。このなかで論議されているのが、水産業の分野では「漁港の集約」「漁業権の民間開放」で、大手御用新聞は「競争力がないと復興できない」と大資本参入を煽っている。日本全国に2916カ所ある指定漁港のうち、宮城県には142カ所(全国4位)、岩手県には111カ所(同6位)も漁港がある。福島県はわずか10カ所(最下位)。漁港の多さは、三陸沿岸の漁業資源の豊富さや、いかに地域に根ざした産業であるかを物語っている。これを「三分の一から五分の一に集約せよ」(日経新聞)といったり、露骨な主張が飛び出している。
 漁業権は農業で例えるなら土地と同じで、漁業者の財産権として強い権限が与えられ、漁場を犯す者に対して排除する力を持ってきた。沿岸開発を押しとどめ、海を守る力を発揮してきた。これを大資本がとり上げて、いまある漁村や漁業者を廃業させ、三陸沿岸の歴史や成り立ちから切り離し、水産加工の拠点まで資本力で奪う動きになっている。あるいはリゾート開発といった展開にもなりかねない。現地の被災した中小企業が融資を受けるような体力などないなかで、また漁業者も船そのものを失ったなかで、中国人研修生、インドネシア人研修生並の大量の下層労働者をつくり出して資本管理のもとで働かせることを意図している。
 「高台移住」についても、住民を追い出した漁港周囲の平地に、こうした企業が加工場をつくって占有することが想像に難くない。農業も、被災農民から農地を借上げ、集約化して株式会社に利用を委ねる構想になっている。そのために必要な規制緩和を大胆におこなうといっている。将来的には「借上げ」から「売買」につながっていくことが懸念されている。また、道州制のモデル地域として、公共機関の集約化すなわち行政機能の縮小をおこない、さらに民間開放路線を促すというもの。地方自治体の在り方を変え、規制をとっ払って、大資本によるビジネスの草刈り場にすることを志向している。
 そして復興に金がかかるといって「復興増税」を唱えはじめた。21日に開催した復興構想会議の第6回会合では、「いかなる手法も排除しない」として財源の検討を下部組織に指示。復興債の償還財源として消費税、所得税、法人税などを増税させることでまかなうことを検討しはじめている。
 日米の金融機関が「官民ファンド」立ち上げの動きをみせ、「復興」を利用して投機の具にしようとしていること、東北地方を食い物にするだけでなく、これが全国の先駆けであることから重大な関心が高まっている。かつてない金融危機の深まりのなかで、金がないなら「トモダチ作戦」以前に数百兆円も抱えた米国債を売り払って資産をとり戻せばよいのにそれはせず、国民からの大収奪を実行しようとしていること、新自由主義政策の徹底した導入に動いていることが、復興をめぐって鋭い衝突になっている。

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