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国の出生前検査を全妊婦に周知する施策を問う! 茨城県ダウン症協会有志が緊急学習会 百溪英一氏が基調講演

 厚生労働省がダウン症など三つの染色体疾患を見つけ出す新型出生前診断(NIPT)について全妊婦向けに宣伝する方向に舵を切った。これまで「マススクリーニング検査としておこなわれる懸念があることから勧めるべきでない」としてきた立場を転換するものだ。4月から、これまで35歳以上に限っていた対象年齢を全年齢に拡大し、保健師などを通じて全妊婦にパンフレットなどで周知するなど新指針の運用が始まる。3月21日の世界ダウン症の日を前にした同17日、茨城県ダウン症協会の有志は緊急学習会を開催した。営利目的で出生前診断が拡大すれば、障害を持つ人・持たない人が住む日本社会はどうなっていくのか、同協会事務局長であり、ダウン症の娘を持つ百溪英一氏が基調講演をおこない、議論を深めた。

 

NIPT(新型出生前診断)の問題点

 

 妊婦の血液でお腹の赤ちゃんの障害を調べるNIPTは、2013年に日本産科婦人科学会が指針を策定し、臨床研究として開始されて以降、手軽さを背景に広がっている。妊婦の不安につけ込んで検査を売り込む無認定施設も増加しており、技術の質が不透明なケースや適切なカウンセリングがおこなわれていないケースの増加など、無規制な「不安ビジネス」の拡大も懸念されている。そして、検査で障害の可能性がわかり、確定した人の97%が中絶の道を選択しているという現状にある。ほとんどの妊婦が経験する超音波(エコー)検査や胎児心拍数モニタリングなども広い意味では出生前診断に含まれるが、NIPTは染色体異常などを検査するもので、中絶の入口となっているのが実際だ。

 

 日本では1948年に制定された旧優生保護法のもとで遺伝性疾患や精神疾患、知的障害のある人を対象に強制的な不妊手術がおこなわれ、全国的に「不幸な子供を生まない運動」が展開された歴史的経緯を踏まえ、命の選別につながる出生前診断について推奨しない立場をとってきた。だが、2020年10月に厚労省は「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」を設置。その下に昨秋にもうけられた日本医学会などによる運営委員会はわずか2回の会合で、新方針をとりまとめた。

 

 これまで、検査の対象は出産予定日に35歳以上であることや、過去に染色体疾患の子を妊娠した、胎児の血清マーカーで異常が示唆された、などの条件に該当する人に限られていた。検査の目的や限界、出産後の支援制度などを事前に説明する「遺伝カウンセリング」も原則として対象の妊婦に限ってきた。

 

 しかし、新指針ではカウンセリング対象を全年齢に拡大し、カウンセリング後も不安が解消されない場合は35歳未満でも検査を受けることを認めた。また、従来は常勤の産婦人科医と小児科医がいる大規模病院が実施してきたが、それらの病院と連携することで、研修を受けた産科医のみの小規模クリニックでも実施することを可能とした。さらにこれまで検査について「積極的に知らせる必要はない」としてきた立場を180度転換し、「医師が妊婦に積極的に知らせるべき」とし、具体的に、全妊婦を対象に市区町村の窓口での母子健康手帳の交付や初回の妊婦健診のタイミングで妊娠出産に関する情報の一つとして保健師らが対面で説明する、内容について書いたパンフレットを配布する、などが盛り込まれている。

 

 これらの議論はダウン症本人や家族など当事者の意見を聞かないまま実施された。
 ダウン症は21番目の染色体が偶然に1本多くなることが原因で、妊婦が高齢になると発症率が高まるとされている。百溪氏は38歳のダウン症の娘を持つ。1歳ごろまでてんかんがあり、言葉がなかなか出なかったため心配したが、元気に成長し家族で楽しく過ごし、むしろ娘から優しさや力をもらってきたという。

 

 冒頭、そうしたダウン症を持つ人、障害を持つ人、その人たちを愛する家族や友人たちを否定し、政府主導でダウン症の胎児を見つけ出して中絶させる=淘汰する施策を進めていくことに反対していることを語り、「妊婦を脅かしてネガティブなことしかいわず、“親御さん、あなたの判断で受けたんですから”といい放つのが国だ。これは許されない。ダウン症の人は生まれる前に見つけて殺していいとされたら、どういう未来があるのか」と強調した。

 

 3歳でダウン症と診断され、9歳からピアノを始め、現在国内外のコンサートで活躍する越智章仁氏のコンサートの模様や、海外のダウン症の人たちが俳優として出演する番組を紹介。「ダウン症の人たちは老人ホームなどで働いている人も多い。ふつうは高齢者に早く食事を食べさせてしまうが、ダウン症の人は優しく、相手のペースに合わせて動くため、高齢者の状態が良くなったり、人が見ていないところでも掃除など手抜きをしないため評価が高いなど、さまざまな面で活躍している人たちが数多くいることを知ってほしい」と話した。

 

■百溪栄一氏の基調講演

 

講演する百溪栄一氏

 百溪氏は「35歳以上で心配のある人が検査を受けるのは、医学的な援助を受けるということであり違法でもなんでもない。しかし、私は障害において人を淘汰することはいけないと思っている」とのべた。そのうえで、出生前診断をめぐっては「生む・生まない」の個人的判断の是非が問われがちであり、厚労省もすべて「親の判断だ」と責任を放棄しているが、マススクリーニングの視点、医療産業と政治家の癒着の視点から見ると浮かび上がる問題点があること、さらに「ダウン症は淘汰してよい」とするこれらの施策がおし進められることで、ダウン症の人の命を尊ぶことや、支援していくさまざまな社会資源が後退していくことへの懸念を語った。これまでの検討委員会のなかで「施策によってダウン症という属性を持った人がどういう状況になるかという洞察はどこにもない」と指摘した。

 

新型出生前診断問題の経過

 

 「ダウン症の胎児を99%の精度で発見できる」とした新型出生前診断についての報道が目立つようになってきたのは2012年ごろからだ。そして2013年4月に運用が始まり、「簡単な血液検査でお腹の赤ちゃんにダウン症の障害があるかどうかがわかる」と、コンビニ感覚での宣伝が目立つようになったという。この当時から「命の選別が進むのではないか」と、障害者の団体や心ある小児科医師などから声が上がっていた。

 

 現在、インターネット上に広告が溢れており、新指針が出ることで新たに開業したという女性向けの医院が増加しているという。血液を採取して検査会社に送るだけで、7万~8万円という医院もあれば、15万円ほどもする検査機関もあるなど価格にも差がある。百溪氏は「出生前診断はドル箱であり、リスクの高い産婦人科医のなり手が減少しているうえ、少子化で出生数も減少している状況のなか、検査利権を求めて学会承認施設に加え皮膚科や整形外科、医院ではない検査機関も乱立して利権を奪い合っている。中国の企業なども多く進出している」と指摘した。

 

 出生前診断を受ける前にまず遺伝カウンセリングがある。百溪氏は「カウンセリングが充実していれば、検査を受けて陽性の人の97%が中絶する結果にはならない」と、ダウン症の人となりをまったく知らないカウンセラーが対応している問題をあげた。本来、NIPTで陽性の場合、羊水検査が必要だ。しかし現状では羊水検査をする前に中絶する人も少なくないといい、「それくらい追い詰めるカウンセリングをしているということだ」と指摘した。

 

 ダウン症で可能性のある合併症が羅列している資料などを見ると不安ばかりが煽られるが、例えばてんかんは予後がいいことがわかっているほか、心臓病はほとんど手術で治るようになっているなど、医療で解決できることも増えてきている。合併症に関する正しい医学の知識をカウンセラー自身が知らない状態で、検査陽性の人の97%が中絶を選択する状況が生まれており、「医学的な対応を十分におこないながらでも成長していけると告げることが大事だ。ポジティブな情報を説明することによって親は救われる」と自身の経験も踏まえて話した。

 

 1999年に母体血清マーカー検査が導入された当時、厚労省は「①母体血清マーカー検査には十分な説明がおこなわれていない傾向があること、②胎児に疾患がある可能性を確率で示すものに過ぎないこと、③胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査としておこなわれる懸念があること、といった特質と問題があることなどから、医師は妊婦に対し、本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきでもない」とする通達(日本医師会会長、日本産科婦人科学会会長、日本母性保護産婦人科医会会長宛て)を発している。このさいの③に記載されている「検査が人権侵害を助長する」という問題については、このたびまったく議論されないままだが、「リスクの少ない良い検査ができた」という印象がマスコミ報道によっても広がっている。

 

 百溪氏は、NIPTをめぐる報道の問題点としてNHKディレクターだった故坂井律子氏が、①99%という報道が実は不正確なもので、遺伝子診断後に羊水検査などの侵襲性の検査を受けて確認しなければならないことを情報不足とマスコミの理解不足で聞き手に誤った印象を与えた、②当時の新聞が掲載した「97%の妊婦が賛成」という情報も、昭和大学病院などでのアンケートで67人が回答をし、賛成は38名、反対1名、残りの28名は無回答だったのを、39名の回答中38名だから97%が賛成だというトリックであることが判明した、など医療側とマスコミ側の不備を総括した内容を紹介した。

 

胎児条項につながる危険性

 

 現在、中絶は頻繁におこなわれているが、実際には刑法に堕胎罪が存在し、基本的に人工妊娠中絶は禁じられている。しかし、母体保護法で中絶をおこなってよい条件を定めており、該当する場合は罪とならない取り扱いとなっている。これまで、日本母性保護産婦人科医会(現日本産婦人科医会)などが、母体保護法を改正し、障害のある胎児の中絶の容認(胎児条項の導入)を求めてきた。百溪氏は、今回の出生前診断の拡大は胎児条項の一歩手前であるとのべ、「胎児条項ができると障害を持つ人は完全否定だ。戦前の徴兵制度があったときは障害を持つ人はみんな“お前はお国のためにたたかえないんだから今すぐ死ね”と徴兵検査のときにいわれたそうだ」と危機感を示した。さらにこうした大がかりな報道がはらむ問題点として、

 

1、障害者に出生前に検査されて殺されても良い人間だというレッテルが張られる可能性
2、ダウン症を持つ子どもや大人へのイジメの正当化・激化
3、殺されてもよいような人への医療・教育・社会福祉が無駄ではないかという論が台頭する
4、必要な医療や教育、社会福祉の後退
5、障害を持つ人一般に対する差別の普遍化
6、老人や病気を持つ人に対する差別の高度化
7、障害を持たない人も含めた基本的人権の崩壊

 

 をあげ、津久井やまゆり園事件を起こした犯人のような「不要な人を殺して何が悪い」といった思考につながる政策を厚労省が率先してやろうとしていることへの憤りを語った。

 歴史的に見るとナチス・ドイツによる優生政策・T4作戦では20万人以上の障害を持つ人が「安楽死」させられた。それは新生児・幼児に始まり青少年、成人障害者、高齢者にまで拡大され、さらには治癒不能な病人や身体障害者(極度の近視を含む)、労働能力の欠如、労働忌避者、ジプシー(シンティ・ロマ人)、精神病患者、ソ連領から徴用された東方労働者などへと対象が拡大されていった。

 

 日本国内でみると、1972年に兵庫県に端を発した「不幸な子供が生まれない運動」が展開された歴史がある。当時の兵庫県の貝原俊民知事は、この構想の目的について「普通の人なら一生に2億円ぐらい収入がある。ところが異常児は、はじめからプラスはなく、使うことばかりだ。だから私は、なるべくそういう人を出さないことが、本人にとっても社会にとっても幸せだと思う」とのべた。この運動は全国的におこなわれ、テレビ等でもおおいに宣伝された。北海道ではとくに経済的に厳しい地域もあったため、優生思想が啓発され、「異常児は一生の悲劇」と断じ、この運動が大きく報じられた。

 

 こうした歴史をへて障害者の権利保障や社会保障などが確立してきた経緯があるにもかかわらず、出生前診断がはらむ問題点について、当事者を含めた十分な議論がなされないまま、今回の方針転換となっている。

 

障害者に優しかった日本

 

 しかし、歴史的に見ると優生思想発祥の地であるイギリスなどヨーロッパに比べ、日本では「ヒルコ伝説」(奇形児で親に捨てられたヒルコが流れ着いた西宮市で漁師に大切に育てられ、七福神の恵比寿と呼ばれるようになった)や、各地に残る「福子伝説」(障害児が生まれるとその家は栄えるという言い伝え)などがあり、むしろ障害者を温かく尊重してきた風土を持つという。

 

活躍するダウン症の人たち。世界ダウン症の日キャンペーンビデオより。

 百溪氏は、2015年に厚労省が実施した初の大規模アンケート調査で、ダウン症の人の9割以上が「幸福だ」と回答しており、アメリカの幸福度調査でも99%が「幸せ」と回答していること、親や兄弟への調査でも「愛情がある」「誇りに思う」といった回答が多数を占めていることを紹介した。この調査結果を受け「ダウン症のある人が楽しく前向きに生活している実態を知ってほしい」(お茶の水女子大学カウンセリングコース三宅秀彦教授)や「予想外だったが、とてもうれしく感じた。19歳以上の人の7割以上が、一般企業や作業所などで働いているが、これほど多くの人が働きながら、満足を感じているというのはすばらしいものだ。医師として、ダウン症のある人と向き合うことが多いけれど、みんな元気で明るく、一人いるだけで周囲の空気を良い方向へ変える力を感じる」(諏訪中央病院・鎌田實名誉院長)など、関係する専門家の声も紹介したうえで、「G7で若い世代の死因のトップが自殺なのは日本だけ。未成年自殺率が過去最悪を更新するという社会状況を考えた場合、ダウン症の人の90%が幸福だと答えたこと、社会が彼らを必要とする意味をもっと考察するべきだ。営利目的で生命のふるい分けをする社会は温かみにかけ、だれにとっても決して暮らしやすくないだろう」と語った。

 

 全妊婦を対象にダウン症の出生前検査を徹底的に周知することは、実質的なマススクリーニングを実施するということであり、政府は福祉や医療費の削減、産婦人科医会は減少した売上をカバーしたいという意図が見え隠れすることを指摘。

 

 改めて当事者であるダウン症の人や親をまじえ、社会的な議論を深める必要性とともに、障害は環境が整備されれば不都合がなくなり解消されるものであり、そうした社会的な環境整備ではなく、診断試薬の販売拡大や遺伝子検査受託拡大を図る米国企業の思惑により、ダウン症の人と社会の関係性を悪化させていることを指摘した。

 

 学習会に参加したれいわ新選組の舩後靖彦参議院議員は自身の経験にもふれつつ「ダウン症などの先天性の病気を持つ人が社会のなかで自分らしく暮らしている姿を見ていたら、出生前診断で染色体に異変があるかどうかだけを調べたいと思う人も減るのではないかと思う。望まれて生まれる命とそうでない命を妊婦とそのパートナー個人の選択に任せるのではなく、どんな命も尊厳を持って生きていける社会にしていくことこそ、私たち政治家に課せられた責任だと思っている」とのべた。新型コロナをめぐり人工呼吸器やエクモなどの不足からトリアージが議論の俎上にのぼったことにふれ、「年齢など特性によって生存可能性を放棄されることは、コロナ以外の状況においても社会的に弱い者を選別して排除することにつながりかねない。そうならないよう医療体制をしっかり準備することこそ必要だと声明を出した。障害や病を持ちながら生きている当事者とその家族が多様な生き方、自分らしく豊かに生きていくことを社会に発信していくことで命の選別に抗っていくことになると思う」と挨拶した。

 

 木村英子参議院議員も、差別や虐待のなかで自身で切り開いてきたことを語り、「幸せかどうかは本人が決めることだ」「出生前診断は命の選別でしかなく、どんな障害があっても生まれてくる権利が保障される社会でなければ人として大切なともに生きるという希望は実現していかないと思っている。障害を持って生まれてきても差別されることなく権利が十分に保障される社会をつくっていくようとりくんでいく」とのべた。

 

 議論のなかでは、中絶に至る背景には否定的な障害者観があり、それは半世紀に及ぶらい予防法や優生保護法のなかでつくられてきたものであること、国はその責任を認めた判決に上告する対応をとっており、偏見を払拭する情報提供をせず出生前診断の情報を拡大するという問題なども議論され、「いきいきと生きているダウン症の人たちがたくさんいる。その人たちを抜きにこの問題を進めるのは、ハンセン病回復者の声も優生保護法の当事者の声も聞かなかったことと同じ」との意見も出された。

 

 議論を受けた厚労省は「われわれも出生前診断を積極的に進める立場ではない」と弁明した。
 学習会の様子はDSIJ PRESSのホームページで見ることができる(URL:dsij.jp

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