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輸入牛肉の価格高騰 脆弱な食料安全保障の現実映し出す コロナ禍で工場閉鎖 各国の争奪戦に拍車

 「ミートショック」と呼ばれる輸入牛肉の高騰が大きな問題になっている。最大の要因は、牛肉の輸出大国アメリカで昨年春から夏にかけての新型コロナ感染拡大で複数の大手食肉加工場が閉鎖され、市場に混乱を来しアメリカ国内の牛肉価格が高騰していることだ。加えて新型コロナ禍からいち早く経済活動を再開させている中国で牛肉需要が急激に増加しており、牛肉の争奪戦の激化が価格高騰に拍車をかけている。コロナ禍のもとで牛肉以外でも輸入に頼る食品の値上げがあいついでいる。これまで歴代政府は「食料は安い国から買えばいい」というスタンスで、農産物市場を次々に明け渡し、国内生産を破壊してきた。その結果、2019年の食料自給率は38%にまで落ち込み、輸入がストップするという有事のさいには国民は飢餓状態におかれ、餓死をもよぎなくされる危険水域にある。昨年来の新型コロナ禍はまさに有事の事態を想起させ、日本の食料安全保障の危機に警鐘を鳴らした。輸入牛肉の高騰は日本の食料生産、食料供給体制そのものに問題を投げかけている。

 

 国産牛肉と比べて「安い」ことを売りにしてきたアメリカ産牛肉が高騰している。東京のスーパーでは、6月に100㌘20~100円値上げした。4月に比べて仕入れ価格が40%近く値上がりしたことが大きいが、客離れを恐れて仕入れ価格の上昇分をそのまま店頭価格に上乗せすることはできず、約20%の値上げにとどめた。

 

 農畜産振興機構の調べでは、最新の5月のアメリカ産牛肉の日本国内での卸売価格は、1㌔当り冷凍のバラ肉で1087円で昨年同月比で67%高、冷凍の肩ロースも1㌔1266円で昨年同月比で10%高くなっている。また、取引業者から7月の仕入れ価格を1㌔当り200円値上げすると連絡があった店舗もある。

 

 アメリカ産牛肉の高騰でオーストラリア産牛肉肩ロースも昨年5月比で17%高の1㌔1123円に上昇している。オーストラリア産バラ肉の小売価格は前年比14%高の100㌘254円となっている。

 

 なかでも通常の市場価格が1㌔約1000円だった牛タンが6月には1㌔1500円に値上がり、7月以降はアメリカ産牛タンは1㌔2800円から1㌔3300円へと通常価格の3倍以上に値上がりし、さらに秋以降の値上がりも予想されている。

 

 輸入牛肉高騰の背景にはアメリカを襲った新型コロナ禍の影響がある。

 

 アメリカの牛肉業界は、と畜頭数の約7割を四大パッカー(JBS USA社、タイソンフーズ社、カーギル社、ナショナルビーフ社)が占める寡占状態にあるが、四大パッカーのいずれも新型コロナ感染拡大で処理場の一時閉鎖、操業停止がおこなわれ、昨年4~5月にかけて、と畜・加工処理能力は一時的に4割程度となるなど著しく低下し、牛肉を含めた畜産物の供給不足が深刻化した。そのためアメリカ国内での牛肉価格が高騰した。今年4月の牛肉価格は前月比で5%、前年比で約10%上昇した。

 

量販店に並ぶ米国産牛肉

 

 アメリカは牛肉の生産量、消費量で世界の首位を占め、世界第4位の牛肉輸出国で、世界第2位の牛肉輸入国でもあり、アメリカの動向が世界の牛肉需給に与える影響は大きい。

 

 国連食糧農業機関(FAO)は今年5月、牛肉価格が世界的に高騰しているとし、牛肉価格の上昇が一因となって世界の食品価格は2014年以来でもっとも高騰しているとした。

 

 牛肉高騰の要因には、中国での需要増加がある。中国では2018年のアフリカ豚コレラ蔓延以来牛肉の輸入を増やしている。また、中国は新型コロナ禍から経済活動をいち早く再開させており牛肉需要が増大している。アメリカから中国への牛肉輸出は今年3月に1万4552㌧にのぼり、月間の過去最高を記録した。これは2019年全体の輸出量を大幅に上回る量だ。また、昨年1年間の牛肉輸入量は前年の271%増で、3・7倍に達している。

 

 世界の牛肉市場において争奪戦が激化しており、日本は中国などに買い負けしている実態が浮かび上がっている。

 

貿易自由化で米や豪に市場明け渡す

 

 日本の輸入牛肉はアメリカ産とオーストラリア産が約9割を占める。日本の牛肉輸入の歴史を振り返ると、かつては国産牛肉が供給量の95%を占めていたが、「1991年4月からの完全自由化」で決着した日米牛肉交渉を契機に輸入牛肉のシェアが大きく拡大した。

 

 第1回の日米牛肉交渉時の1975年には国内生産量が供給量の79%を占めていたが、自由化前年の90年には50%、自由化後の94年には42%、2000年には33%と国内シェアは激減した。

 

 

 また、輸入牛肉はそれまでオーストラリア産が90%を占めていたが、自由化前年の90年にはオーストラリア52%、アメリカ43%になり、02年には49%、45%とアメリカ産がシェアを拡大した。

 

 日本は戦後アメリカ主導でつくったGATTに1955年に加盟して以来、貿易自由化を進め、72年までに多くの農産物の輸入を自由化した。ちなみに豚肉は牛肉より早く71年に輸入自由化している。

 

 だが73年の石油ショックで経営危機に陥った農家の救済のために政府は74年度は牛肉の輸入はしないことを公表した。アメリカはこの措置をGATT違反として提訴し、日米牛肉交渉が始まる。当時他方では鉄鋼、自動車、カラーテレビの対米輸出増をめぐって日米貿易摩擦が激化しており、アメリカは日本に対して牛肉・オレンジの輸入自由化を迫っていた。日本政府は自動車やカラーテレビの輸出拡大のために、農業を犠牲にし、牛肉やオレンジの輸入自由化を認めた。

 

 その後はTPP、日欧EPA、日米FTAと次から次に農産物の関税撤廃枠を拡大し、国内生産を壊滅的なまでに破壊する方向だ。

 

 

水産物や穀物でも緊急時には品薄の恐れ

 

 コロナ禍での値上げは輸入牛肉だけではない。植物油や砂糖、パスタ、即席麺、穀物やトウモロコシなどが値上がりしている。国内での一時的な値上げであれば、いずれ沈静化し、大きな問題にはならないが、これらの原材料はすべて海外産であり、世界的規模での食料価格の高騰と結びついている。

 

 トウモロコシの価格高騰は中国の輸入量急増やアメリカなど生産地の生産減少が原因となっている。植物油は生産地であるマレーシアでのコロナ禍での労働力不足が原因。さらに行き場を失った投機資金の流入が商品先物相場の高騰に拍車をかけている。

 

 食料の多くを輸入に頼っている日本にとっては一過性の問題ではなく、構造的な問題が問われている。2020年の農水産物輸入は7兆6918億円にのぼる。ちなみに輸出は8842億円。

 

 農産物の輸入元の順位は①アメリカ=1兆3628億円、②中国=6735億円、③カナダ=4115億円がトップ3。水産物は①中国=2633億円、②チリ=1487億円、③アメリカ=1165億円と、いずれも海外に依存している。

 

 しかも約400品目ある農林水産物のうち、中国からの輸入がシェアトップとなっている品目が100ほどある。中国産は「安い」ということで依存を深めているが、中国国内でも食の変化があり、需要も増大している。人口が増え続け、食生活の水準が上がっている中国は近い将来食料輸入大国になるとみられている。いつまでも中国産食材輸入に依存する体質にはリスクがともなう。

 

 中国ばかりではなく、近年健康志向の高まりで人気が過熱しているサバを見ると、スーパーで出回っている塩サバの半数はノルウェー産だ。2020年のサバの輸入量は5万2751㌧で輸入元はノルウェーが4万5751㌧で全体の約87%を占めた。2020年のノルウェーのサバの総輸出量は30万㌧で、全体の5分の1が日本向けとなっている。このほかノルウェーから中国やベトナム、タイなどに輸出されて、現地で加工されたサバも輸入されている。

 

 だが、漁獲量が制限されたり、悪天候による不漁が続けば輸入量にも影響が出てくることは必至で、輸入ばかりに頼っていれば、いずれ不漁など不測の事態に直面し、価格高騰や品不足も避けられない。

 

先進国最低の自給率 食の安全性基準も緩和

 

 コロナ禍は日本の食料自給率の低さに警鐘を鳴らしている。日本の食料自給率は38%で、先進国のなかで最低だ。諸外国の食料自給率(2019年)を見ると、カナダ255%、オーストラリア233%、アメリカ131%、フランス130%、ドイツ95%、イギリス68%、イタリア59%、スイス52%となっている。

 

 

 6割以上の食料を輸入に頼っている日本は、今回のコロナ禍のように海外の生産地やその周辺で天候や労働環境、流通環境に大きな変化が起これば、野菜、魚、肉、果物、穀物などすべての食料供給がひっ迫する危険な状況にある。

 

 日本の食料自給率は敗戦直後の1946年度は88%だった。ところが1965年度に73%に落ち込んだ以降下がり始め、2000年度以降は40%前後に落ち、2010年代は40%を割っている。

 

 主食のコメの自給率は戦後は100%をこえていたが、アメリカからの市場開放に屈服してウルグアイラウンドが決着した1995年以降は90%台に落ちている。アメリカはさらなるコメ市場の開放を要求してきている。しかも食料供給にとって重要な穀物自給率は1965年に62%あったものが2019年にはわずか28%しかない。

 

 肉類は牛肉でも見たとおり1965年時の自給率90%だったが、輸入自由化で減少の一途をたどり、2019年には52%にまで落ちている。

 

 牛肉は1965年には自給率95%であったものが2019年には35%に落ちた。豚肉は1965年時は100%自給していたが、2019年には49%と半減している。鶏肉は1965年には97%の自給率であったものが、2019年には64%に落ちている。

 

 しかも肉類の自給率を見る場合、飼料自給率を考慮すると牛肉は9%、豚肉は6%、鶏肉は8%しかない。

 

 魚介類の自給率も1965年には100%あったが、2019年には52%と半分に落ちている。

 

 果物全体の自給率は1965年に90%だったものが、2019年には38%に落ちている。リンゴは102%あったものが56%に落ちている。

 

 ここまで自給率を引き下げてきたのは、「工業製品の輸出拡大のためには、農業を犠牲にして安い食料を買えばいい」とする歴代政府の考え方だ。だが、近年中国の台頭などで「買い負ける」ケースもあいついでいる。新型コロナ禍のもとでの輸入牛肉高騰は歴代政府の「食料は買えばいい」という政策の破たんを浮き彫りにした。今後も食料の争奪戦は激化するすう勢にあり、価格高騰や品不足など国民生活に犠牲が転嫁されることは必至だ。

 

 また、食料の輸入依存が深まるなかで近年とくに問題になっているのは、輸入食料の安全性だ。アメリカ産牛肉に使用されている「肥育ホルモン」=エストロゲンは発がん性がある。日本の研究者が前立腺がんや乳がんなどホルモン依存性がんが急増していることに疑問を持ち、アメリカ産牛肉を調べたところ、国産牛と比較してエストロゲンの数値が赤身で600倍、脂肪で140倍高かったと報告している。

 

 牛肉から高濃度のエストロゲンが検出されるのは、ホルモン剤を牛の耳から注入しているからで、肥育期間が短くなって利益が10%アップするとされる。アメリカ、カナダ、オーストラリアなど主要な牛肉輸出国では「肥育ホルモン」としてエストロゲンの使用を認めている。

 

 だが、エストロゲンががん発症に密接にかかわっていることが明らかになり、EUは1988年にホルモン剤を家畜に使用することを禁止し、翌年にはアメリカ産牛肉の輸入を禁止した。EUとアメリカのあいだで牛肉戦争が起こり、今も続いている。

 

 日本の厚労省は「アメリカ産牛肉の残留エストロゲンは国産牛の2~3倍程度で危険とはいえない」として輸入を認めている。

 

 エストロゲンは発がん性だけでなく、精子の減少にも関係しているといわれ、アメリカでは前立腺がんによる死者は2万9000人余で肺がんに次いで多い。日本での前立腺がんによる死者は2020年には1995年の6倍に増加している。専門家はエストロゲンの高い物を食べないように警告している。

 

 このほか米国産牛肉ではBSEの問題もあったが、TPP参加にあたり安倍政府がBSEに関する牛肉輸入の規制を撤廃した。TPPでは、遺伝子組換え食品やGM食品への規制も緩和した。こうした政府の政策は毒入り食品でもなんでも食べよ、さもなくば餓死せよといっているのと同じだ。

 

 新型コロナ禍は日本がいかに食料を輸入に頼っているか、しかも輸入依存度は危険水域をはるかにこえたものであることを明らかにした。こうした事態に直面して、「国消国産」の考え方が注目されるようになっている。「地産地消」と同じく、国民が必要とするものはその国で生産するというもので、とりわけ食料を国内で自給することの重要性が強調されている。

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