いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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公共財産守る力を束ね――食と農の転換を地方から 日本の種子を守る会アドバイザー・印鑰智哉

 いんやく・ともや アジア太平洋資料センター(PARC)、ブラジル社会経済分析研究所(IBASE)、Greenpeace、オルター・トレード・ジャパン政策室室長を経て、現在はフリーの立場で世界の食と農の問題を追う。ドキュメンタリー映画『遺伝子組み換えルーレット』『種子―みんなのもの?それとも企業の所有物?』の日本語版企画・監訳。共著で『抵抗と創造のアマゾン―持続的な開発と民衆の運動』(現代企画室刊)で「アグロエコロジーがアマゾンを救う」等を執筆。その他記事多数。

 

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 2021年はさまざまな意味で決定的な年になるだろう。変革の鍵となるのは地方であり、しかも食が大きな転換をもたらすきっかけを作るだろう。

 日本という国家の壊れ方はもはや多くの人の目にも明らかになった。世界と真逆の方向に、民主主義国家の体裁すら振り捨て暴走している。国会は完全に単なる形式的な儀式となり、質問にすら政府はまともに答えない。マスメディアはその実態を伝えず政権の支持率は高止まり。そのさまは恐ろしいの一言に尽きる。

 

世界で進む方向転換

 

 その間に危機は進行しつつある。気候変動は毎年予想を超えるスピードで激化し、人びとの命を脅かす。新型コロナウイルスに加え、さらに致死的なウイルスの出現も危惧される。ハチは大量に姿を消しつつあり、あと30年で100万種の生物が絶滅し、生命を支える土も9割がダメージを受けると世界の科学者たちが警告している。人類の生存も刻々と危うくなっている。もう後がない。このシナリオを変えるために残された時間はわずかしかない。

 

 しかし、この現象を生んでいる原因が何かを理解できれば変えることは可能になる。危機をもたらしているのは人類の活動に他ならず、その基軸に工業化された食・農業がある。気候変動ガスのほぼ半分は食のセクターから出されており、世界の農地にばらまかれる化学肥料や農薬が微生物やハチを死に追いやり、土壌を破壊している。膨大な抗生物質が農場や畜産場に撒かれ、薬の効かない耐性菌を生み出し、さまざまな生物の免疫を損ない、感染症が蔓延する事態を生み出している。この破壊の連鎖によって、人びとの健康と命も蝕まれている。

 

 この工業的農業、企業的食のシステムを止めなければ世界は確実に崩壊する。この20年の間に国連機関もこのモデルの危険を認識するに至り、政策が大きく方向転換された。工業・企業的農業から小規模家族農業へ。化学肥料・農薬の農業からアグロエコロジーへ。


 世界の有機市場はこの20年間に約5・5倍に拡大した。世界最大の有機市場を持つ米国や世界第3位の有機農場を持つまでに至った中国をはじめ、アジア各国も日本を除けば軒並み進んでいる。生態系を守る農業、アグロエコロジーに変え、農薬などを減らすことで生物多様性も回復し、気候変動も収まっていく。今年11月に英国グラスゴーで開かれる第26回気候変動枠組条約締約国会議に向けて、食こそが気候変動を防ぐ鍵であるとして、食の変革を求めるグラスゴー宣言が出されている。破滅のシナリオを変えるのは食なのだ。

 

真逆に進む日本―種苗法改正がもたらすもの

 

 しかし、問題はこの世界の流れに日本が完全に外れたばかりか逆方向に暴走していることだ。有機農場が占める面積では日本は世界の100位前後に落ちた。日本は有機農業・自然栽培のパイオニアの一つであるにも関わらず。

 

 さらに日本政府は世界が問題視する工業・企業的農業をどんどん推し進める政策を次々と打ち出してきている。主要農作物種子法を廃止し、農業競争力強化支援法を制定した。これまで地方自治体が担ってきた公的種苗事業を民間企業に渡せという動きである。

 

 これまで日本の農業の基幹をなす作物の品種は地方自治体が開発してきた。コシヒカリもササニシキもゆめぴりかも作り出したのは地方自治体である。地方自治体がその地域での農業のために創り出した優良な品種が安く農家に提供されてきた。今、この公共財産とも言える公的種苗事業が民営化されようとしている。

 

 公的種苗事業が民営化されたら何が問題なのか? 民間種苗の中には同時に化学肥料や農薬がセットで売られ、それらを使うことが前提条件となるものがある。世界で年々強まる農薬規制に対して、化学企業は種苗を握ることで、その農薬や化学肥料の安定市場を確保できる。種苗にライセンス契約を課して、化学肥料や農薬の使用を義務化させる。農家は工業的農業から抜けられなくなる。

 

 日本は世界の食のあり方の範となる産直・提携という活動を生んだ国だが、それは農家と消費者が顔の見える関係を作り出し、より安全で安心できる食を作りだしてきた。しかし、ひとたび、こうした企業的食のシステムに囲い込まれると、この生産者と消費者の直接的な関係はもはや維持することができない。農家は企業との間のライセンス契約に縛られた委託労働者になる。消費者が無農薬を望んだとしても、無農薬で栽培すれば生産者は契約違反となってしまう。食の決定権が奪われてしまうことになる。


 それでは種子法廃止後、米の種籾の生産は民間企業に移ったのだろうか? 住友化学などは2015年に5年で生産量を60倍以上に上げる計画を立てていたが、それは当初の計画よりもはるかに低い成績しか得られていない。なぜか? 今なお、地方自治体は農家にとても優良な品種を安い金額で提供している。民間企業の品種は多様性がない上、種籾の値段が5倍から10倍と高く、業務米として安い価格でしか売ることができず、農家には魅力がない。優良なうえ、多様で安価な種苗を提供する公的種苗事業が健在である限り、民間企業は思うように利益を上げることができないのが現状だ。

 

 そこで第2弾として出されたのが種苗法改正である。2020年12月に成立した改正種苗法は、登録品種の自家増殖を例外なく許諾制に変えた。その目的は、種子法廃止と同じで地方自治体の種苗事業の民営化だ。つまり、公共投資による種苗事業を農家の負担による独立採算に移行させる。今後、地方自治体では地域のための多様な種苗を作ることは困難になるだろう。民間企業と対等な条件の下で競争することが求められれば、市場の小さな山間部向けの種苗などは競争力が弱く、採算が採れないとして消えてゆく。売れ筋の種苗しか作れなくなれば、公的種苗事業の強みは生かせなくなる。公的種苗事業が弱っていけば後は民間企業の天下となってしまう。

 

 規制改革推進会議は昨年4月にお米の農産物検査規格の見直しを提言し、それは7月17日に閣議決定された。確かに農産物検査規格は古くなっており、問題のあるものなのだが、都道府県ごとの米生産の基盤となる制度の一つでもある。それがこの見直しで実質廃止になってしまう可能性が高い。種子法廃止と種苗法改正で、地方の食の生産基盤の外堀は埋まった。そして今後、農産物検査法が変えられれば、内堀も埋められてしまうかもしれない。こうなれば、地方の米の生産流通体制はその基盤が崩れてしまう。

 

 このままでは日本の食と農が民間の大企業に種苗から流通まで握られてしまうだろう。家族農家の多くは離農し、企業農園ばかりが残るかもしれない。新たな遺伝子組み換え技術「ゲノム編集」を使った食がその中心になっていくかもしれない。民間企業はもうからなければ廃業もありうる。食料保障、食の安全はもはや絵空事になる。ポストコロナの時代は食は輸入に頼ることは危険が高い。食料自給率の低い日本で地域の農家がいなくなることは致命的である。

 

コモンを取り戻す自治体の連合を!

 

 この流れを変える道はないのか? それは存在する。それは公共調達の再構築だ。公共調達、つまり学校給食などでの調達のことだ。先に世界で有機市場が急速に拡大している様を見た。その拡大のエンジンとして機能しているのは実は学校給食だ。多くの国で学校給食のために調達する食材の一定割合を地産の有機にする目標が掲げられている。その目標が掲げられることで地域の農家を後押しすることができる。地域外で作られた安い食材ではなく、地域で安全に作られた食材を地方自治体が優先して確保することによって、地域の農家を守ることができる。学校給食で成功すると、それが児童生徒たちの家庭に波及する。そして、それが地域のスーパーも変えている。

 

 実はこれは日本でも経験がある。愛媛県今治市だ。学校給食は地域の食と農を守るための推進力となれることが世界でも日本でもすでに実証されているのだ。学校給食の地産化・有機化には現在深刻化しつつある子どもの貧困や、急速に悪化する子どもの健康問題に対しても有効な施策となりうる。

 

 今、世界各地で格差が広がり、共有財産〈コモン〉であった水道も多国籍企業に握られ、高い水道料金に苦しむ自治体が増えている。しかし、市民運動と地方議会が連携することで多国籍企業に奪われた共有財産〈コモン〉を取り戻そうという運動が世界に広がり、少なからぬ自治体が民営化された水道を再公営化することに成功している。市民が声を上げ、自治体の中に参加型のスペースが作られ、公共財産が多国籍企業に奪われないように市民が監視し、市民参加の下で水道の維持運営政策・計画が作られる「恐れぬ自治体」(フィアレス・シティ)が生まれ、国境を越えて自治体間の連携が広がりつつある。わたしたちのもう一つの共有財産である種子、食が多国籍企業に奪われようとする今、この動きを食にまで拡げる必要がある。

 

ローカルフード条例を!

 

 民間企業の独占に道を開いた種子法廃止、農業競争力強化支援法、種苗法改正、そして今後、来ることが予想される農産物検査法改正という政府の動きに対抗して、農家が伝統的に守ってきた地域の在来種と地方自治体の公的種苗事業を守り、地域の農家や消費者を守るために、ローカルフード条例が必要だ。学校給食を地産で可能な限り化学肥料や農薬を使わない栽培で作られた素材を生かしていく、そうした条例を市町村で作り、さらに都道府県でも在来種や公的種苗事業を守る条例を作ることで、地域の食のシステムを守る基盤を作ることができる。そして、国会でも各地域でのローカルフードを支援する法の制定が必要となってくるだろう。

 

 地域の食を守る自治体が連携していくことで、多国籍企業が利益を貪ることはより困難になっていく。恐れぬ自治体と恐れぬ市民の連合を作り出すことで、この破滅に向かう流れを食い止め、反転させ、生物多様性に富んだ豊穣な世界を創り出すことで、気候変動激化と生物大量絶滅という命の危機から抜け出すことが可能になるはずだ。こうした動きはいずれ国政をも変えるだろう。しかし、日々、気候破壊は進み、生物は絶滅しつつある。さらに遅れればもはや絶滅のシナリオを変更できなくなる。今、動き出す必要がある。地方・地域を拠点とした種子・食・水・森・海などの公共財産を取り戻す人びとの動きからすべてが変わる。そして2021年はそのスタートの年となる。

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この記事へのコメント

  1. 全国の人と一緒に有機食材を学校給食にとり入れるとりくみに参加して進めていきたいと思います

  2. 藤田 義治 says:

    私の村でも学校給食の地産地消をうたっていますが、自給率は30パーセント位で況してや有機農産物は殆ど無いと思います。私は農業をしたことがないので偉そうなことは言えませんが、いち消費者として食の安全には大変感心があります。私の同級生も鶏を放し飼いにして餌も自分で作って、卵を直接消費者に販売しています。ただし値段は一般の物より割高です。私の村の給食の有機農作物の自給率が上がらないのは、給食の無償化で予算を抑える為農家から農作物を高くで買ってあげられないからだと思います。方法は村が給食の予算を増やすか、以前の様に保護者にいくらかの給食費を負担して貰うかだと思います。先生が言われます様に気候変動や人類の生存にも係わる問題だと思いますので、真剣に考えて行かなければと思います。

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