いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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命の源の食料とその源の種を守る取り組みを強化しよう 東京大学教授・鈴木宣弘

 すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学教授に就任。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)、『だれもが豊かに暮らせる社会を編み直す 「鍵」は無理しない農業にある』(同)など著書多数。

 

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方向性が間違っていた

 

 大手人材派遣会社のT会長はK県で「なぜ、こんなところに人が住むのか。早く引っ越せ。こんなところに無理して住んで農業をするから行政もやらなければならない。これを非効率というのだ。原野に戻せ」と言い、そうした発言を繰り返してきた。


 コロナ・ショックは、この方向性、すなわち、地域での暮らしを非効率として放棄し、東京や拠点都市に人口を集中させることを「効率的な社会のあり方」として推進する方向性が間違っていたことを改めて認識させた。都市部の過密な暮らしは人々を蝕む。

 

GoToトラベルをどう評価するか

 

 GoToトラベル事業を続けるべきかどうかが議論されているが、この議論には、経済社会の構造そのものをどう転換するか、という視点が欠如している。GoToトラベルは都市部の「三密」構造をそのままにして、感染を全国に広げて帰ってくるだけで、都市部の「三密」構造を転換するという視点がない。

 

危うい観光・外需頼み

 

 さらに根本的には、地域経済が観光や外需に過度に依存しないで回っていく循環構造を生み出すことが望まれるが、GoToトラベルは単なる観光であり、観光に依存した地域振興はそのままである。つまり、本質的には、都市人口集中という「三密」構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域の中で経済が回る仕組みづくりを進めていく必要がある。


 地域の農林水産業が元気で地域の環境や文化が守られなくては、観光も成り立たない。ましてや、輸出5兆円が実現できるわけがない。足元を見ずに、観光だ、インバウンドだ、輸出だ、と騒ぐのは本末転倒だ。

 

核は農林漁業のはずだが~命を守る食・農でなく儲けの道具としての食・農へ

 

 地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結びつけて循環的な地域経済をつくるには、農林水産業が核になるはずである。政府が何に力を入れていくべきかは明らかだ。ところが、家族農業を「淘汰」して、オトモダチの流通大手企業などが虫食い的に儲けられることを意図したような制度改革が推し進められてきた。

 

 特に、中小農家については「つぶれても構わない」「むしろ農地が空けば大企業の農業参入に好都合」と考えてきたかのように思われる。結局は、政権を支えてくれる経済界のため、金儲けを手助けすることしか頭にないのではないか、と疑いたくなる。

 

 「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、コメ麦大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限して、企業に渡った種を買わざるを得ない方向性がつくられてしまった。農家の権利を奪って企業利益の増大につなげようとするのは、他人の山を勝手に切ってバイオマス発電をして儲けは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電で儲ける道具にするという農林漁業の一連の法律改定と同根である。

 

農林漁業を犠牲にして国民の命は守れない

 

 畜産などでもメガ・ギガファームと言われる超大規模経営はそれなりに増えているが、それ以外の農家で廃業・規模縮小が増え、全体の平均規模は拡大しても、やめた農家の減産をカバーしきれず、総生産の減少と地域の限界集落化が止まらない段階に入っている。

 

    

 特に、【表①】のとおり、飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉の自給率は現状でも11%、このままだと2035年には2%、種の海外依存度を考慮すると、野菜の自給率は8%、2035年には3%と、驚くべき低水準に陥る可能性がある。このままでは地域コミュニティが維持できるわけがないし、地域の住民や国民に安全安心な食料を量的に確保することも到底できない。

 

 そもそも、農家の所得を1時間あたりに換算した時給【表②】は、コロナ・ショック以前の問題として、平均961円しかない。

 

   

 これは、自動車などの輸出のために農と食を差し出す貿易自由化が進められた結果でもある。【表③】のとおり、貿易自由化の進展と食料自給率の低下には明瞭な関係がある。農林漁業は貿易自由化も通じた一部企業の利益の犠牲とされ続けている。

 

  

 食料は国民の命を守る安全保障の要(かなめ)なのに、日本には、そのための国家戦略が欠如しており、自動車などの輸出を伸ばすために、農業を犠牲にするという短絡的な政策が採られてきた。農業を過保護だと国民に刷り込み、農業政策の議論をしようとすると、「農業保護はやめろ」という議論に矮小化して批判されてきた。

 

 農業を生贄にする展開を進めやすくするには、農業は過保護に守られて弱くなったのだから、規制改革や貿易自由化というショック療法が必要だ、という印象を国民に刷り込むのが都合がよい。この取組みは長年メディアを総動員して続けられ、残念ながら成功してしまっている。しかし、実態は、日本農業は世界的にも最も保護されていない。

 

 【表④】のとおり、欧州諸国では、農業所得の90~100%が政府からの直接支払いの国もある。日本は30%前後で、オセアニアを除く先進国では最低水準だ。米国・カナダ・EUは最低価格を支えるために穀物や乳製品を政府が買い入れる仕組みを維持している。支持価格による政府買い入れを廃止したのは日本だけだ。

 

    

 近年は、農業犠牲の構図が強まった。官邸における各省のパワー・バランスが完全に崩れ、農水省の力が削がれ、経産省が官邸を「掌握」していた。筆者は「今は“経産省政権”ですから自分たちが所管する自動車(天下り先)の25%の追加関税や輸出数量制限は絶対に阻止したい。代わりに農業が犠牲になるのです」と2018年9月27日に某紙で日米交渉の構図を指摘した。

 

 新内閣では、経産省の影響力が低下したとも言われているが、残念ながら、大企業利益の徹底した追求の構造は内閣の交代でむしろ強化されようとしている。

 

 「地方は原野に戻せ」と連呼した先述のT氏と、中小企業社長の名目で、中小経営淘汰を進めているA氏が、内閣の参謀の2トップになっている。(「新モノプソニー論」という怪しげな理論が出されているが、まず、モノプソニー〈買手独占〉はオリゴプソニー〈買手寡占〉に変えるべきだし、企業による労働の買い叩き〈買手寡占〉が問題と言いながら、処方箋は大企業への一層の生産集中〈中小企業の優秀な労働力を低賃金で雇える構造の強化〉という完全な論理矛盾が展開されている。)

 

命の源の食料とその源の種を守る取組みを強化しよう

 

 日本の消費者は命の源の食料を、その源の種も含めて、量的にも質的にも確保するために、安全・安心な食料を提供してくれる国内の生産者との連携を強化すべきである。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を強化しよう。それらを支援し、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが必要である。

 

 多様な農業経営が共存して地域が発展できるように、欧米のように、再生産に必要な価格・所得水準が確保できる差額補填を充実し、支持価格による政府の買入れの仕組みも復活させよう。「日本=過保護で衰退、欧米=競争で発展」は逆だったのだ。命、環境、地域、国土・国境を守る産業は、安全保障の要であり、国民全体で支えるのが世界の常識である。それを非常識とする日本が非常識だということに気づき、一人一人が行動を起こそう。

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