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9・13命の水を守る全国のつどいin浜松 世界で広がる再公営化の動き 逆行する国内の民営化路線

 水道事業へのコンセッション方式の導入を盛り込んだ水道法改定(2018年12月)以降、全国の各自治体で水道民営化に反対する運動が広がっている。13日午後1時から、「9・13命の水を守る全国のつどいin浜松」がオンラインで開催された。アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表の内田聖子氏、トランスナショナル研究所の岸本聡子氏が、水道をめぐる国内の動き、世界的な動きをそれぞれ講演し、各地域で水道民営化に反対する運動をしている市民団体からの報告を通じて国内外の状況を共有し、運動の方向性や広げていく道筋が論議された。主催者によると、六つのサテライト会場がもうけられたほか、オンラインで全国から普段参加しない人も視聴するなどしており、この問題に対する関心の広がりを感じているという。

 

 内田聖子氏は「日本の水道をどうするか? ~人権・自治の原点としての『水』~」と題し、2018年12月の水道法改定以降の全国の動きや政府の動きを中心に講演した。

 

 内田氏はまず、民営化が公共サービスにまで及んできた経緯を確認した。

 

 80年代以降、「投資の自由化」「資本移動の自由化」「貿易の自由化」をエンジンにして経済のグローバリゼーションが世界に広がり、そのもとで各国の水道や医療など生きるために不可欠な公共サービスが市場化・民営化されてきた。その結果、貧困・格差の拡大が先進国も含め世界各国で顕著になり、グローバル企業が世界中でビジネスを展開することになって地域経済の衰退が起こるなど、多くの問題がもたらされた。そのなかで「とくに問題だと思うのが、民主主義的な意志決定がどんどん後退し、一部の利害関係者による利益誘導の仕組みが固定化してきたことだ」と指摘した。

 

 途上国の場合、IMFや世界銀行などが融資をするさい「非効率な公共部門の民営化」を条件に加え、財源のない途上国は条件をのんで民営化を進めるというパターンで進められてきたが、民営化されたとたん水道料金が3倍、4倍に跳ね上がる、水道の供給人口を増やすなど約束した投資がなされないまま放置されるなどの問題が起こり、各国で民営化反対の運動や、公営に戻すとりくみがおこなわれている。

 

 日本国内でも80年代以降、国鉄民営化、郵政民営化をはじめ公的部門の市場化・民営化が起こってきた。内田氏は、水道民営化と直接かかわるものとして、99年に制定されたPFI法をあげた。同法は改定のたびに、より企業が公的分野に市場参入しやすいようになっており、この流れのなかでとくに安倍政権になって以降、種子法廃止、卸売市場法の改定など、公共的なものの市場化が加速してきたと指摘。都市を丸ごとデジタル化するスーパーシティも根底では水道民営化など公共サービスの市場化とつながっているとのべた。

 

 一方、水道に関してみると、世界で民営化が進むなか、日本は明治以降、今でもほぼ100%自治体が責任を持って運営する体制を守ってきたことを強調。これがいよいよ2015年以降、市場化の波に飲み込まれようとしてきたが、浜松市をはじめ市民の運動がこれを食い止めているとのべた。

 

 国内に約1300ある各自治体の水道事業体は多くの問題を抱えている。内田氏は、①人口減少のもとで独立採算の水道事業は料金を払う住民が減り、コストの割合が高くなっているが、料金値上げは難しく、すでに3割ほどの自治体が赤字経営に陥っていると指摘されている。②インフラが老朽化しており、更新事業に人もコストもかかる問題が指摘されている。③90年代以降の行財政改革で自治体職員は削減されており、水道職員は他部署と比較しても減少率が非常に高く、人口10万~20万人の小規模自治体になると、職員は3人程度であとは民間委託のような形になっている、の3点をあげ、財政面でも物理的にも人的にも非常に厳しい状況に置かれていることを指摘した。

 

 水道法改定ではこれらの解決方法として、施設や所有権を自治体に残したまま、運営権を民間企業に売却するコンセッション方式の導入を盛り込んだ。事実上の完全民営化の一歩手前の方式であり、運営権を売り渡すと多くの権限が民間企業に移るため、これまでの民間委託とは次元の違うものになる。改定に反対する声が広がるなか、短時間の審議で可決した。内田氏は「官民連携(PPP)は、自治体ではもう運営できないから民間活力をどんどん入れていくしかないんだ、ということで、一見いいじゃないかと思ってしまうが、じつは落とし穴があると思っている」とのべ、すでに公民館や図書館、空港、道路など、さまざまな分野にPFIのスキームが入ってきていることを紹介した。

 

 水道のコンセッション方式のおもな問題点として①料金の値上げ、②競争相手がいないことによるサービスの悪化、③災害・非常時の対応がおろそかになる、④職員・技術が自治体から失われる、⑤地域経済への貢献、⑥自治体、住民に対する財務情報等の開示、⑦自治体によるモニタリングは可能か、⑧契約内容の不履行時の紛争の8点をあげた。

 

 そして内田氏は「料金の値上げに注目されがちだが、大きな問題は所有者が違う点だ。企業の情報がきちんと主権者である住民に開示されるか、意志決定に参加できるかというと、もちろん遠ざかっていく」と指摘した。こういったさまざまな問題点が議論の俎上にのぼるなか、政府がインセンティブをつけるなどして導入の推進をしているものの、地方議会、地方の首長のあいだで「コンセッションはおこなわない」との表明があいついでいることを紹介した。

 

市民の四割水道未接続 民営化のジャカルタ

 

 オランダのアムステルダムを拠点とする政策シンクタンクNGOトランスナショナル研究所の研究員である岸本聡子氏は、「なぜ、日本は水道を売ろうとするのか? ~海外の実情から見えてきたもの~」と題して最近の世界の動きを報告した。

 

 水道民営化にかんしては警戒感が高まっており、90年代から2000年代の最盛期のような状況になく、むしろコンセッションという完全民営化に近い契約は企業にとってもリスクが高いことから、企業側も敬遠する傾向にあることを指摘した。そのうえで、まず、企業との契約解除が困難な状況に陥っている二つの事例を紹介した。

 

 イギリス、マレーシアとともに水道を完全民営化したチリでは2019年7月、オソノー市の浄水場に2000㍑のオイルが流入し、水が汚染される事故が起きた。14万人以上の住民が影響を受け、10日間給水がストップした。それは医療やケア施設、透析患者などの命にもかかわる問題となり、公衆衛生の非常事態宣言となった。オソノー市の水供給をしていたのは、スエズ社の子会社・エッセル社だ。この事件の以前から、投資不足による水道サービスの悪さが指摘されていた。

 

 非常事態宣言のあと、規制当局は契約を解除すべきだと勧告し、住民側は今年1月に、エッセル社との契約を解除する住民投票を組織し、成功した。だが、スエズ社は、契約解除のために損害を受けるとし、ISDS訴訟を起こすとチリ政府を脅しているという。まだ脅しの段階だが、220億円をチリ政府に要求すると発表した。こうなると水道の契約解除は非常に難しくなる。

 

 ジャカルタは1998年からスエズなどグローバル水企業が東西にわけて世界最大規模のコンセッション契約を続けており、根強い住民運動が続いている。2013年に「コンセッション契約は水の人権に反する」として起こした住民訴訟では、地方裁判所が住民の主張を認め、最高裁も2017年に「水は人権である」という国際的な合意と、インドネシアの憲法に反するとして、民営化の無効を命じた。しかし、これに対し政府や企業が違憲立法審査権を要求し、最高裁の判決は覆った。そうしたなか知事は2023年に満期を迎える25年のコンセッション契約の後は契約を再更新せず公営に戻す方向をとっていたが、最近の記者会見で2023年のあと、新たに25年間の民間契約を続けると発表したという。

 

 岸本氏は、「20年の民営化の結果、ジャカルタ市民の40%が水道接続していない。コロナ危機のときに、東京に次ぐような巨大都市で衛生が保てなければどうなるか、想像できるのではないか。20年たって水を届けることができなかった民営化はすでに失敗であることが証明されているにもかかわらず、この契約が続く。一度利益を得られるものを手にした企業の執着がいかに強いかをあらわしている」と話し、これらの事例から公共を手放すことの危険性を指摘した。

 

 また一方で、国際的に水道民営化を押しとどめる世論と運動も広がっていることを紹介した。国連の「水は人権決議」から10年に当たる今年10月、「飲料水と衛生の人権に関する国連特別報告官」のレオ・ヘラー氏(ブラジル)が最後のレポートとして「人権と水道民営化」というテーマで報告する。国連や人権にかかわるNGOのなかで「民営か公営か」という議論は避けられているのに対し、レオ・ヘラー氏は「上下水道の所有者は民であるか公であるかで違いがある」と報告。理由として、民営化の特徴である利益の最大化、自然独占、力関係の不均衡(企業と自治体の力関係)をあげており、結論として「民営化はリスクがあり、民営化による効率性の向上は学術的に証明されていない。リスクがあり、効率化できる証拠がないのであれば、なぜ民営化するのか」という問題提起をおこなっていると紹介した。

 

 また、ボルティモア市(アメリカ)では、スエズ社を中心とした企業コンソーシアムが行政に水道民営化の圧力をかけるなか、2017年に市議会が水道施設の売却やリースを禁止する決議を満場一致でおこなった。自治憲章改定のためにおこなわれた住民投票で、大多数が水道民営化を禁止し、水道施設に関して譲渡もリースもしてはならないという決議をおこない、自治憲章に反映された事例を紹介。これは地方自治体として水道民営化を禁止することも可能であることを示したと話し、カナダのグループが始めたブルーコミュニティ運動がスペインやブラジル、フランス、ドイツなどに広がっていることも紹介した。

 

 岸本氏は、民営化の失敗を踏まえての再公営化だけでなく、新たな公共サービスをつくりあげるため積極的に公営化する動きも出てきていることを紹介した。2020年に発表した最新の調査で、(再)公営化の成功事例は1408件となっている。共通した動機として、とくに水道では、民間企業の経営の不透明性、議会のサービスや監視能力の低下、民間企業による不適切な経営や労働者の権利侵害といったものが最も多い理由となっており、民営化の失敗を映す鏡として再公営化が進んでいる側面は強い。

 

 一方で、地域資源のコントロールの回復(水道、交通、電力、学校給食など)や、気候変動に対応する横断的な政策を実行するために公営化する積極的な動きも電力、交通、ごみ回収などの分野で起こっている。また、電力や水道料金を払えない層が先進国でも広がっており(コロナ前でスペインやイギリスで10~15%といわれていた)、それらの人々に良質な公共サービスを安価に提供する目的のために再公営化するなど、積極的に公共サービスを築くための公営化も広がっているとした。

 

 

 岸本氏らが1408件を分析したところ、再公営化は「地域資産を生み出す地元の力を育てることに貢献」「質の高いサービスのために公共投資を増やす」「コスト削減や労働者の条件を強化する」などの効果をもたらしている。岸本氏はなかでも「公的所有や統治の民主化」にスポットを当て、「水道再公営化は、所有を民から公に移すというテクニカルな話題に思われがちだが、運動はそれをこえて、公に戻すにあたり、新しい時代の公をつくる運動に発展しているのが特徴だ」とのべ、スペイン・カタロニア地方のタラサで、再公営化の運動から、市民参加型の運営形態を築いてきた事例を紹介した。

 

 岸本氏は、「世界全体を覆っているコロナ危機のなかで、健康の危機、経済の危機、気候の危機、民主主義の危機が同時多発的に起こっている。このなかで公共政策、公の役割、公衆衛生とそのために働く人たち、それを支えるシステムといった社会になくてはならない制度、仕組み、仕事、仕事をする人たちをこれほど深く考える機会は私たちの世代で初めてだったのではないか」とのべ、公的機構や機能をひとたび市場や資本に手放したとき、これから必ず起こる危機に対して社会的に対応する力が弱まっていくことを指摘、この方向を転換させる必要性を強調した。そして、水を守る運動が、公共財をどのように民主的に運営するかという運動に発展していることが、民主主義を地域から底上げしていく力になるのではないかと期待を寄せた。

 

新自由主義政策を転換 誰のための国なのか

 

 その後おこなわれた2人の対談では、各地から届いた質問等に答えながら、各国を覆っている新自由主義的な流れを変化させていくうえで、地方から水道をはじめ具体的な事例を通じて国を動かしていくことの重要性や運動を広げていく方向性について議論がなされた。

 

 内田氏は、首相が交代しても産業界の要求は変わらず、むしろ公的部門を企業に開放していく流れが強まる危険性もあることを指摘した。7月に内閣府PFI推進室が公表したアクションプラン改定版では、コロナだからこそPFI、コンセッションを推進すると記載していることを紹介。「水道、下水道も今後3、4年のあいだに6件ずつほど自治体を決め、契約金額を伸ばすとしている。地域の実情ではなく、件数と目標年限を決め、やる自治体をあてはめて行こうとしている」とのべ、その重点的な自治体として浜松市が位置づけられていることを指摘した。

 

 岸本氏も、「新自由主義をどうするかは世界的なチャレンジだ」とのべた。国が多国籍企業や国際資本の代弁をして、国民の方を向いていない状況は、程度の差はあれ各国同じだが、「今回のコロナ危機で明確になったのは、国に重要な役割があるということだ。どのような国に住んでいるかで命が守られるか、守られないか、支援にここまでの差が出ることがわかったのも事実だ」とし、ヨーロッパの運動も例にあげながら、地方政治のなかで具体的な問題を掲げて勝っていき、国に圧力をかけていく形が見えてきていることを強調した。

 

 新自由主義の浸透のなかで格差が拡大し、疎外感、孤独、恐れといったものが外国人や移民、障がい者、女性など弱者に向く傾向も各国で共通しており、民営化に反対するだけでなく、それをこえた希望を持てるビジョンを紡いでいくこと、具体的な問題で一つずつ変化をもたらす経験を積み重ね、仲間を広げていくことなどが議論された。

宮城と大阪が焦点に コンセッション方式

 

 その後、宮城県、大阪市、岡崎市、四日市市、岐阜市、浜松市の代表者からそれぞれ各地の運動の報告があった。

 

 現在、下水道は浜松市が2018年4月からコンセッションを導入し、ヴェオリア社を中心とするグループに運営権を売却したほか、須崎市がコンセッションを導入している。

 

 上水道については、浜松市が導入を検討していたが、市民の運動が広がるなか2019年の市長選を前に当面延期することを発表している。現在進行しているのが、宮城県の上工下水を一括でコンセッション契約する計画だ。

 

 宮城県の代表は、昨年12月に実施方針の条例が制定され、事業者選定の手続きに入っているという進行状況とともに、条例改正のパブリックコメントに600をこえるコメントが寄せられたり、公開質問状を提出するなど県民のあいだで議論が広がってきたことを報告した。また、政府があげている六つの自治体について調査すると、大阪と宮城以外はコンセッションはしないなどの結論を出していたことにふれ、「宮城でコンセッションを止めることは大きな意味を持っていると思う」とし、今後も県民の議論を広げていきたいとのべた。

 

 大阪市の代表は、2017年に市民運動で水道民営化を止めたが、水道法改正で分割して運営権を設定できるようになり、大阪市では管路の更新事業のコンセッションなど、切り売りの民営化が始まっていることを報告した。現在は市議会が都構想に振り回されているが、都構想は水道事業も含め、大阪市の事業を府に移管するものであり、府議会で民営化などが進められていくことに懸念を示し、まず都構想を止める運動をおこなっていると語った。

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