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PARCより コロナ時代を生きるビジョン グリーン・リカバリーの最前線 ジャーナリスト・井田徹治

 アジア太平洋資料センター(PARC)が主催するパルク自由学校では5月以降、オンラインオープン講座をおこない、コロナ禍が問うグローバリゼーションの課題などを議論してきた。これまでの講座の積み重ねをさらに一歩進める内容として19日、オンライン・シンポジウムを開催した。コロナ禍を受けてどのような社会を構想し、具体化していくか、その鍵は「気候危機への対応」と「地域・自治体の力」にあると考え、国際的なとりくみと地域での実践の両面から第一部、第二部に分けて議論した。第一部は「これが世界の潮流だ! コロナ禍からの再生をめざして」をテーマに、ジャーナリストの井田徹治氏が、「コロナ時代を生きるビジョン グリーン・リカバリーの最前線」、トランスナショナル研究所(TNI)研究員の岸本聡子氏が、「公共の力を取り戻す! 世界の自治体で進む再公営化」と題する基調報告をおこなった。今回は、井田氏の基調報告と論議の内容を紹介する。司会はPARC共同代表の内田聖子氏。

 

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 まず感染症がなぜ増えているのか。一つは動物由来感染症の増加が背景にある。エボラ出血熱、SARS、MERS、新型インフル、新型コロナなどすべて動物由来である。動物が持っていたウイルスが人間に感染するようになった。動物由来の感染症はWHOが把握しているだけでも200種類あり、人間の感染症の7割は動物由来だといわれる。

 

 なぜ動物由来感染症が増えているのか。野生生物と人間の接触の機会が非常に増えている。最大の理由は、熱帯林の破壊が世界中で進んでいることだ。アフリカや東南アジアなどの熱帯林開発で木材を伐採したり地下資源を掘ったりすることが盛んにおこなわれている。熱帯林開発をすると、今までまったく人が入らなかった森に巨大な伐採道路ができる。その先に巨大なキャンプがつくられ、何百人という労働者が送り込まれる。彼らの給食システムなどはないので、森の中の野生動物をとって食べるしかない。これをブッシュミート(野生動物から得る食肉のこと)という。毎日大量の生き物が食料としてとられている。

 

 このブッシュミートが都市部や海外に売られたりする。日本でもエキゾチックペットが人気になっているが、野生動物が生体として売られる。それで人間と野生動物の接触の機会が増えてくる。このようにして熱帯林の破壊と野生生物のとり引きが非常に増えていることが原因としてある。

 

 コウモリやゴリラなどの野生動物が森の中で共生しているが、そのなかに人間が入り込むことによって人間に感染力を持つようになる【コンゴの写真参照】。これは先住民が森の中に入っていた様相とは明らかに違う。熱帯林のど真ん中にブッシュミートの市場があり、子どもが肉を運んでいたり、生肉や燻製にしたものが大量に並び最終的には人間の口におさまる。これも伐採道路ができることで実現してしまった。毎日のようにこんなことをしていたら、動物はいなくなるし感染症は拡大する。

 

コンゴ共和国のブッシュミート市場。子どもが野生動物をさばいている

 

 もう一つ、研究者がいうのが、人間と家畜の数が非常に増えたということだ。これも動物由来感染症の拡大の原因の一つといわれる。グローバル化が背景にあり、途上国も豊かになり人口は急増している。この50年で人間の数だけでなく家畜の数もそれ以上のペースで増えている。

 

 地球上の哺乳類の生物量は、家畜が全体の6割ぐらいを占める。その次が人間だ。ほ乳類のなかで野生生物が占める割合はたった4%(重量比)しかいないぐらいになっている。それはなにを示しているか。

 

 家畜や人間というのは種が単純なもので、人間はホモサピエンスという一種類だけだ。もともとウイルスとか寄生虫は、生物多様性の一翼を担っている。彼らは生き物が増えすぎたときに調節してバランスを保つという、生態系のなかでの役割を持ってきた。そのように暮らしてきたものが、急激に家畜や人間が増えたのでそれをかっこうの餌場として急拡大した。牛、鶏、豚、羊の数がものすごい勢いで増えている。

 

アマゾンの開発

 

感染症増大の背景 世界で進む熱帯林破壊

 

 さらに感染症が増えている背景を見ていきたい。

 

 一つには気候変動と気候危機がある。地球上で一番危険な動物は、ライオンでもサメでもなく蚊だ。蚊はマラリアを媒介し、デング熱を媒介し、いろんな感染症を媒介する。年間83万人ぐらいが蚊によって命を落としている。その次に危険な哺乳類は人間だ。殺人で年間60万人ぐらいが世界で死んでいる。

 

 気候変動によって温かくなり、昔だったら熱帯地域にいて感染症を媒介していた蚊の分布域が広がっている。数年前に日本でデング熱が定着して大騒ぎになったのは記憶に新しい。

 

 もう一つは、温暖化によって新型コロナの自然の宿主だといわれているコウモリのような哺乳類の分布域が広がっていることだ。コウモリは飛ぶので行動範囲が広く、気候変動によって分布域も増えて感染症の原因になっている。

 

 もう一つは人とモノの行き来が急拡大していることだ。例えばエボラ出血熱であれば、以前はコンゴ民主共和国だけで感染が抑えられていたが、今はどんどん広がっている。私が注目すべきだと思うのは、気候変動の影響もあってこの数十年、人口増によって社会構造が大きく変わってきた。今、途上国に行くと、雨の降り方が変わったことによって農業ができなくなり、農村がボロボロになっている。農業で生活できなくなると、都市へ人口が流れ込む。その結果、都市で大量の人間が貧困化し都市スラムが出現した。多くの国で、人口の半分以上が都市に出て、非常に不衛生で不健康な食事をとって密集して暮らしている。そうすれば感染症が増えないわけはない。有害な排気ガスを出す車がどっと増えて大気汚染がひどくなる。これも感染症の犠牲者が増えている背景の一つである。

 

 アフリカでは感染症を比較的抑え込んでいる。だが例外として、南アフリカ最大の都市ヨハネスブルグで増えている。大都市で増えているのが特徴だ。ブラジルはアメリカにつぐ感染者増の国だ。サンパウロやリオデジャネイロなどの大都市にはファベーラといわれる貧民街があり、そこで非常にコロナ犠牲者が増えている。なかには感染率が3割というファベーラもある。そこの人々は、手を洗うことなどは贅沢という状況にあり、感染症が広がらないわけがない。

 

 一番感染者数が増えているアメリカでも、都市部の貧困層が犠牲になっている。ニューヨークには五つのエリアがあるが、ブロンクスというのはもっとも貧困でもっとも危ないところといわれている。そこの100万人あたりの感染者数を見ると、一番豊かなマンハッタンの2倍以上だ。大都市の貧困層で感染症が広がっており、広がり方の特徴を見ていくことは重要なことだと思う。

 

コロナ感染者が集中 米国食肉処理場の実態

 

 アメリカでは食肉産業というのがある。それは巨大な産業で、政治的には非常に強いパワーを持っている。徹底的に効率を優先した食肉処理がおこなわれ、流れ作業で鶏の首を切って解体していく。びっしりと労働者が並んでいて、そこにものすごいスピードで鶏が運ばれてくる。一番早いところは1分に175羽を処理しなければいけない。あの広いアメリカに、主な食肉処理場はたった50カ所しかなく、そこで98%の処理をする。そこで処理された安いチキン、ポーク、ビーフを世界中に供給するのがアメリカの姿だ。

 

 今回、コロナ禍で明らかになった一つが、ここが非常に危ないという問題だ。働いている人は、不法移民などの多数の低賃金労働者で、劣悪な環境におかれている。自分が咳が出るからといってラインを止めることができず、咳を押さえるために手で口を覆うこともできない。トイレも許可を得たうえで行かなければならない。アメリカの食肉処理場がもっとも多くの犠牲者を出した産業の一つになってしまった。

 

 『ニューヨークタイムズ』が、ある一つの食肉工場で多くの感染者が出たことや、そのなかで「食肉処理場で働いていてコロナを発病しているのがわかったけれど、働きに来いといわれて亡くなってしまった」というストーリーを載せている。この食肉工場で働く人は、スーダンから不法移民で働きに来ているという実情も紹介している。コロナ禍であぶり出された現状として、今後大きくとりあげられて考えるべき典型例かなと思う。

 

アメリカの食肉工場の現場

 

市民の側のビジョン 自然と共生する農業を

 

 ここまで感染症が広がる背景についてのべた。では、われわれはなにをしなければいけないかについて考えたいと思う。「コロナからの復興」がいわれている。考えなければならないのは、元あった世界に戻っていいのかということだ。元の世界とはどんな世界かを考えてみたい。

 

 化石燃料に依存して気候危機と大気汚染を加速させている。われわれが生態系を破壊し、森を破壊しながら便利な暮らし、豊かな暮らしをしてきたが、それは動物由来感染症の危機を内在したものだった。都市に人が集まり、家畜が増えていること自体が、ウイルスのかっこうの餌場になる。どう考えても元の世界に戻っていいはずはない。では、どうすればいいのか。

 

 最近、『共同通信』が「新型コロナと文明」という特集で識者の寄稿を掲載している。アフリカ日本協議会の稲葉雅紀氏が「慢性的な危機というのを解決しなければ、また同じことが起こってしまう。社会の姿を根本的に変えて、持続可能なものにすることが重要である。これこそがSDGsが求めるものだ」と書いている。別の識者は「そのうち社会や経済は動き始めるだろう。最も危険なのは、これが元に戻ることだ。元の世界はろくでもない世界だ。ここに戻ってはいけない。政府は社会的、経済的復興に予算を投入するのを決めるときに、元に戻るのか新しいものをつくるのかの岐路に立っている。今こそ物事を正すための一世一代のチャンスだ」とのべている。

 

 そのなかでキーワードになるのが、今回のシンポのテーマである「グリーン・リカバリー」である。日本では「GoToキャンペーン」ばかりが報じられ、全然グリーン・リカバリーの話が出てこないが、実は海外ではこれを目指して動き出している。一番目立った動きは四月の欧州連合、欧州委員会だ。欧州はコロナ禍の前から「グリーン・ディール」という、持続可能な経済をつくるというプログラムを持っていた。

 

 欧州グリーン・ディールとは、欧州委員会が2019年に発表した気候変動対策のことだ。2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指している。目標達成のためにビジネス界、地方自治体、市民社会、学校、家庭など、すべてのセクターにおける行動を変えていくというものだ。今回、コロナからの経済復興の中心に、このグリーン・ディールを据えるべきだという大臣声明が出され、賛同した大臣が署名する仕組みになっている。現在、20カ国ほどのいろんな大臣が署名をしている。フォンデアライエン欧州委員会委員長は、「欧州中期予算のなかにグリーン・ディールを中心に据えて、最初にやるべきは2050年に温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指した成長戦略をつくることだ」といい始めている。

 

 各国政府もさまざまなプランや経済復興策を検討している。個別に動き始めている国は多い。気候変動対策が中心だが、フランスでは高速鉄道と競合する路線を廃止しないのなら補助をしないと表明した。国内の排出量を半減させることが条件だ。カナダ政府も、企業に対して政府の支援を受ける以上は排出量やコストなどの情報開示をすることを支援条件にしている。

 

 グリーン・リカバリーが動き出したといっても道半ばである。気をつけなければいけないのが、昔に戻ろうという勢力、政治家、企業が多く、惰性で元の世界に流れてしまうという力も働いており、その動きを軽く見ることはできないということだ。日本ではグリーン・リカバリーがほとんど議論されていない。復興投資は巨額なのだが、GoToキャンペーンが典型的であるように、そういうものに投資される。

 

 日本のあるべきグリーン・ディール、グリーン・リカバリーの要素とはなにかを私なりにまとめた。アメリカの食肉産業がいい例だが、効率ばかり考えるのではなく、協調性や強靭さを重視する、集中から分散型の社会にしなければいけない。食料生産や農の世界でその転換が必要だ。なによりも必要なのは、いい古された言葉ではあるが、新たな農林水産業の世界でも、家畜も野生生物も人間も、その三つのすべての健康が実現するような投資を実現する。それが持続可能な社会であり、自然と人が共生する社会だと思う。国に任せていてもこの大転換は進まない。地方自治体やNGOの動きを活発にして、地方を中心としてボトムアップ型で議論し、実現していかなければならないと考える。

 

 岸本 井田さんがいうようにヨーロッパではグリーン・リカバリーが大きな議論になっている。ここで強調したいのは、なにをもってグリーンとするかということだ。というのは、グリーンの概念は誰が見るかによって全然違う。ヨーロッパではすでに巨大な企業、とくにガス産業、バイオ産業、原発、大規模農業、アグリビジネス、製薬会社など、みながこのグリーン・ディールのお金を自分たちの研究やマーケティングなどに持ってこようと必死にロビー活動をしている。今後、グリーン・ディールといったときに、その中身を見ていかないといけない。自治体が中心となって市民と一緒になっておこなっていく改革が必要だ。地味に見えるかもしれないが、住宅の改善や地元産の野菜を地元で供給させること、地元の自然再生エネルギーをつくっていくという効果のある民主的で、公正な移行が必要だと思う。それを考えたときには、市民と自治体が一緒になって国(EU)の政策を監視しながら、地方から市民から提案していく姿勢が必要になってくる。

 

 内田(司会) ヨーロッパの動きを受けて、日本経団連が「グリーン」を柱に掲げてコロナ経済政策の提言を始めている。経団連がいう「グリーン」というのは、原発までが書いてある。そうやって一部の人たちにしか利益が流れていかないような動きがすでに出ている。そして市民の側のビジョンや準備が充分に固まっていない間に、財界が国際的なアジェンダ(行動計画)を横どりするような動きも出ている。今日、われわれが目指しているようなグリーン・ディールや、グリーン・リカバリーは、地域に根ざした市民ベースのビジョンであり、大企業や一部の政治家、国際機関がいっている「グリーン」とは違うんだということを明確にしていきたい。

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