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「ゲノム編集」と種苗法改訂問題 日本の種子を守る会アドバイザー・印鑰智哉

 日本の種子(たね)を守る会が東京で種子条例制定にかかわるイベントを開催し、14日の交流会(既報)に続き、15日は来年春の通常国会に提出される予定の種苗法改定案とゲノム編集についての報告会が企画された。報告会では、TPP交渉差し止め違憲訴訟と種子法廃止違憲訴訟に携わっている2人の弁護士から、種子法廃止と種苗法改定の問題の本質が明らかにされた。また日本政府は今年10月からゲノム編集作物の受付を開始しており、それらの流入と種苗法改定によって日本の農と食の現場になにが起きるのかを、『「ゲノム編集」と種苗法改訂問題』と題して同会アドバイザーの印鑰(いんやく)智哉氏が講演した。今回はこの講演内容を紹介する。

 

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 種子法廃止問題のとりくみは2017年2月11日、この場所から始まった。この会場で遺伝子組み換えについての学習会があり、私は遺伝子組み換えがどんなにひどいものなのかを話した。実はモンサントや住友化学のようなバイオテクノロジー企業のロビー団体である「バイオ」が、TPPにさいしアメリカの通商代表部に「農民に必ずタネを買わなければならないような体制にしてほしい」という要求をつきつけており、日本でも種子法が廃止されようとしているのだとこの学習会で初めていった。この話をした前日の2月11日に種子法廃止は閣議決定されていた。これを契機に参加されたみなさんと種子法を守る活動をすることになった。

 

ゲノム編集とは何か?

 

     

 「ゲノム編集」をひとことでいうなら「センサーつきの遺伝子破壊技術」だ。「ゲノム編集」をマスメディアが説明するときには常に【図1】の「はさみできれいに切りとれます」というイメージが使われる。これはウソだといっている研究者がいる。なぜかというと、「ゲノム編集」に一番よく使う「クリスパーキャスナイン(CRISPR―Cas9)」は細菌がウイルスを撃退するための武器だ。例えていうなら、特定の遺伝子の箇所をはさみで切り刻むというより、手榴弾やミサイルで破壊するようなものだ。ウイルスの感染に生き残った細菌は、襲われたウイルスの遺伝子の一部をクリスパーというゲノムの一領域に保存する仕組みをつくり出した。そしてもう一度同じウイルスがやってきたらクリスパーに保存された遺伝情報を使ってそのウイルスを検知し破壊する。はさみできれいに切りとれるようなおとなしいものではない。「編集」という言葉は切り刻んだ後にきれいに整える作業を意味するが、「ゲノム編集」はそれもせずに遺伝子を破壊するだけ。その後どのように生物が修復するかについては運任せ、生物任せ。「編集」という言葉は人を惑わすだけだ。


 もっともこの技術は必ずしも無意味なものではない。このクリスパーキャスナインによる「ゲノム編集」によって遺伝子がどのように機能しているかを研究室のなかで調べることができるようになった。研究ツールとしては大事なものだと思う。しかしこれで遺伝子を操作したものを外に出してしまうと、とんでもないことが起こりうる。「ゲノム編集」は遺伝子の特定の部分を破壊するだけでなく、新しい遺伝子を組み込むこともできる。ただ、そうすると遺伝子組み換えと変わらなくなってしまうので、今はこれは禁じ手として隠している。まずは遺伝子組み換えとは違うものとして、規制をかわして従来の作物と同じように流通させることを最優先させている。


 よく「ゲノム編集はこれまでの遺伝子組み換えと違って外部の遺伝子を入れないから安全だ」といっているが、これはウソだ。「ゲノム編集」をするためには外部の遺伝子を入れなければできない。実際に「ゲノム編集」も「遺伝子組み換え」も細胞に遺伝子操作をするものだが、このときに使われる方法が遺伝子銃だ。遺伝子銃とは、例えば大豆のなかに大腸菌の遺伝子をピストルで撃ちこむ。この方法(パーティクルガン法)は「ゲノム編集」でも使われている。またアグロバクテリウム法もあり、銃のかわりにバクテリアを使って遺伝子を運ばせる。しかしこれらの方法では遺伝子は簡単に変わるものではない。旧来の遺伝子組み換えは銃でやみくもにやってしまうので挿入した遺伝子がどこに入るかわからないが、どこに入れてもその遺伝子が機能しさえすればいいというのが従来の遺伝子組み換えだった。


 これに対して「ゲノム編集」はセンサーつき。センサーがあるので特定の遺伝子を操作できる。旧来の遺伝子組み換えと同じ方法が使われる。パーティクルガン法かアグロバクテリウム法によって、イネや小麦などのゲノム編集はやられている。同じ方法なのだ。植物以外にも豚や魚が出てきたが、動物の「ゲノム編集」の場合は受精卵に差し込むマイクロインジェクション法などが使われる。こうした方法で外部の遺伝子を入れているのだが、それは「ゲノム編集」のためだけに使われ、それが終わったあとはその遺伝子は発現せずに消えていくだろうとしている。しかし、本当に消えていっているのかは疑問がある。


 実際に農研機構がつくった「ゲノム編集」されたコメの例で見てみよう。


 クリスパーキャスナインは化膿レンサ球菌という人の体にある常在菌で、これ自身が危険とはいわないが、増殖して優性になってしまうと「人食いバクテリア」というあだ名がつくくらい人を殺す力を発揮することもある。これからつくったのがクリスパーキャスナインだが、まずこれを入れる。そしてこの遺伝子を活性化させるためにカリフラワーモザイクウイルスが使われる。「ゲノム編集」は遺伝子組み換えと違って成功率がとても高いといっているが、失敗する可能性も十分ある。成功と失敗を見分けるためには「抗生物質耐性マーカー」を入れている。これは「ゲノム編集」されたコメにも入れられており、大きな問題がある。これが消えていなければ抗生物質耐性タンパクが入ったお米になってしまう。

 

ゲノム編集された作物

 

 今、どんな「ゲノム編集」の作物がつくられているか。実は現在の「ゲノム編集」の技術によって画期的な作物はつくれない。なぜかというと遺伝子破壊技術なので、今ある機能をつぶすことしかできないからだ。


 最初にあげたいのは成長が早くなる「ゲノム編集」。生物では成長を促進する遺伝子と、成長を抑制する遺伝子の二つが対になっている。私たちがある程度まで成長すると成長しすぎないように抑制してくれているものだ。しかし「ゲノム編集」で成長を抑制する遺伝子をつぶせば、ぐんぐん延びていき、収量の高いイネや小麦がつくれる。あるいはギャバだらけのトマトをつくることができる。こうやってバランスを失わせて量を増やそうとする。これが一つの例だ。


 次は、特定のタンパク質をつくれなくするもの。たとえばジャガイモは芽に毒がある。毒をつくる遺伝子を壊すと毒のないジャガイモができる。でもこれはいいことなのか? 一つの遺伝子は有機的に結びついているので、これで別の問題が生まれる可能性がある。


 うどんこ病の病原菌は特定のタンパク質にしかつかないことがわかっている。特定のたんぱく質を壊せば病原菌がとりつかなくなる。こうしてうどんこ病の耐性の品種がつくられるが、それは別の病気にはとても弱いなどの副次的な効果が出るかもしれない。病気を避ける方法は他にもあるのに、そのためだけに遺伝子を破壊することが賢い選択といえるかどうか疑問だ。


 遺伝子はとてもシンプルな構造を持ち、似たような配列が多くあるため、クリスパーのセンサーが間違って狙ったところではないところを壊してしまうことがある。これをオフターゲットというが、そのために想定外のものができる可能性がある。しかし狙ったところを壊したオンターゲットの場合でも、遺伝子が破壊された後、どう修復されるかわからない。

 

ゲノム編集は安全か?

 

 「ゲノム編集」が安全かどうかだが、オフターゲット、オンターゲット、どちらも問題があるといわざるをえない。アレルギーをもたらすとか、ガンのもとになるという指摘もある。


 長期的にこういうものを動物に与えたらどんな影響が出るかは、実は実験されていない。つまり安全性は確かめられていない。注目していただきたいのは、クリスパーキャスナインを開発した研究者が今年3月に「この技術は人の生殖細胞に使ってはいけない。5年間は国際的に禁止しよう」という非常に大事な声明を発表した。開発した人が禁止にしてくれといっている技術だ。医療ではまだそれなりに慎重な議論があるが、農業分野ではそれがなく、米国や日本政府は無規制でやってもいいとなっている。しかし、人間の赤ちゃんは悪くてイネの赤ちゃんはいいのか。さらにイネの場合は環境中に出て行くので、他のイネと交配してしまうかもしれない。そうなれば人間以上に大きな影響を与える可能性があるにも関わらず。


 そして、食品表示に関して政府は「ゲノム編集は検出できない。だから表示しなくていい」といっている。この言葉は既視感が強い。遺伝子組み換えでもこれと同じことをくり返していた。たとえば日本では酢とか醤油とかでは遺伝子組み換えのDNAは検出できないから、「遺伝子組み換え」と表示しなくていいことになっている。でも日本では遺伝子組み換えと書いていない酢でも、同じ製品をヨーロッパに売るときには「この酢は遺伝子組み換えトウモロコシでつくりました」と書いてある。つまりEUでは厳密な食品表示制度があるからだ。「検出できない」などとあたかも科学的のように装うが、実際には米国や企業の意向を受けた日本政府の政策でそうなっているだけだ。


 実際に「ゲノム編集」は検出できないのかというと、検出可能だと研究者はいう。「ゲノム編集」されたものは痕跡が必ず残るので調べればわかる。トレーサビリティのしっかりした制度をつくれば、表示は難しい問題ではない。つまり、そういう制度をつくる意志があるかどうかが問われているといえる。


 さらに問題なのがタネで、10月9日から農水省は「ゲノム編集」作物の受付を始めてしまった。一番の問題は「この大豆はゲノム編集しています」と表示しなくてもいいことだ。従来の大豆と思ったら「ゲノム編集」された大豆だったということが起こりうる。気がついたら周りはすべて「ゲノム編集」で、遺伝子操作された畑に囲まれていたということになりかねない。

 

ゲノム食品は有機か?

 

 そしてさらに9月30日に、政府は「ゲノム編集」したものを農薬を使わず有機でつくったら、これをこっそり有機と認めてしまおうとした。この計画は米国政府発なのだが、アメリカで散散叩かれてほとんどその目処が消えた。すると日本政府は、「ゲノム編集」は有機では認めないという逆さまの方針に豹変した。そのため、今のところは有機認証からは「ゲノム編集」作物は排除されなければならないが、表示も規制もされないものをどうやって排除できるのだろうか? 有機認定したけれども、実は「ゲノム編集」されていた、ということになってしまえば、有機認定することがリスクになってしまう可能性もある。規制させなければ有機のシステムが壊されてしまう可能性も否定できない。だから、「ゲノム編集」されたものはかならず表示させなければならない。ところが日本政府は、「ゲノム編集」は有機には認めないけれど表示はしなくていい、という矛盾した政策をやろうとしている。


 今後どんなゲノム編集食品が日本に出てくるか。すでにアメリカ政府は昨年、ゲノム編集大豆の商業栽培を認めて、2万㌶で栽培されてしまい、カリノという名前でしかも「NON―GMO(遺伝子組み換えではありません)」の油としてアメリカでは売られ、レストランなどで使われている。これが日本でも流通する可能性がある。そして今年には「ゲノム編集」された菜種の商業栽培がアメリカで始まった。この菜種油も日本で流通する可能性が非常に高い。日本の研究機関(大学や農研機構など)でさまざまな作物がつくられている。

 

 恐ろしいのが今の種子条例の仕組みを使って県が「ゲノム編集」のタネをつくってしまうことだ。農家はそれを知らずに買ってしまうということが起こりうる。ではどうやって止めなければいけないのかを私たちは考えないといけない。

 

抗生物質耐性菌の脅威

 

 抗生物質の問題を強調しておきたいが、遺伝子組み換えが成功するかしないかは、耐性タンパクの遺伝子を撃ち込んでわかるようにしている。これは旧来の遺伝子組み換えでも「ゲノム編集」でも多くが使われている。この遺伝子が私たちの腸のなかで腸内細菌を耐性菌にかえていると考えられる。そうなれば、抗生物質が効かない体になってしまうという危険がある。実際にアメリカの排水処理場の汚泥や水のなかからその耐性菌の遺伝子が発見されている。つまり牛や私たち人間の糞尿からそこに流れ込んでしまっている。そして「ゲノム編集」された牛からもこの耐性遺伝子が発見されている。


 耐性菌の問題は世界最大・人類最大の脅威になろうとしている。今は世界で年間70万人が耐性菌で死んでいるといわれる(実際はこれの数倍になっている可能性あり)が、これが2050年には世界で1000万人をこえ、ガンをこえる人類最大の脅威になろうとしている。


 微生物は私たちの命を支えている源だ。それが壊されているということは、人類どころか生態系そのものが危機に陥っているということになる。国連の科学者たちは2050年までに100万種の生命が絶滅すると警告している。遺伝子組み換えなどのバイオテクノロジーを使った農業を今以上に進めるのか、それとも有機農業や自然栽培にもとづくアグロエコロジーを進めるのか、今私たちはそのどちらかを選ばなければならない岐路にいる。


 今、農民の種子の権利を奪う動きが世界中で動いている。インドネシアでは九月に自家増殖を規制する法案が通ってしまった。そしてインドでは種苗法を大幅に変えてしまう改定案がでている。RCEP(東アジア地域包括的経済連携)やTPP、二国間自由貿易協定によって、その法制度が押しつけられている。メキシコやチリでは、TPPの関係やアメリカとの自由貿易協定のなかでそのような法案が押し付けられて、今大問題になっている。

 

ゲノム操作種苗に注意

 

 今、種苗法改悪によってなにが起ころうとしているのか。自家採種の問題ももちろんだが、自治体の公的種苗事業が民営化、縮小化されることになるのではないか。これまでのタネというのは、地域を保つために都道府県が安く農家に提供していた。ところがこれを農家に買わせて、全部自主採算にし、多国籍企業と競争しろという時代になってくれば、タネは高くなって農家の負担は大きくなる。地域の農業を支える種苗がなくなってしまえば、地域そのものがつぶされてしまう。グローバルなタネや苗ばかりになってしまって、地域のタネがなくなってしまえば地域の食文化も衰えるし、地域自体が衰退するところも出てくるだろう。


 これまでの種苗法では農家の権利と育成者権のバランスをとらなければいけないとされてきたが、農水省は改定案ではこれを一切いわなくなり、在来種があるからバランスがとれていいではないかといっている。しかし在来種に関しては法律が現在なにもない。これでは本当の意味のバランスをとることはできない。


 このようなままでは在来種を守ることも難しい。守る法的手立てを私たちは今なにも持っていないからだ。種子条例制定に関する話のなかで、広い範囲で種子を守り、自家採種の権利や、コメ・ムギ・大豆に限らずさまざまな在来種を含む品種の権利を守る「種子基本法」をつくろうという話があったが、大賛成だ。この権利を守ることをしなかったら私たちのタネが奪われてしまう。


 そして、都道府県に対し、「ゲノム編集」の種はつくるなと働きかける必要がある。最低でも「ゲノム編集」した場合は表示は必須として、それは種苗会社に対しても要求していかないといけない。

 

地方自治が命の防波堤

 

 「ゲノム編集」は10月から始まってしまったが、「もうおしまいだ」と思わないでほしい。遺伝子組み換えのときもそうだったが、現在の遺伝子組み換えの食品表示というのも後から生まれたものだ。日本の表示はとてもルーズだが、表示があることで遺伝子組み換えは食べてはいけないものだという気持ちが生まれ、反対運動の力になっている。これからでもつくれるはずだ。そのうえでまず、地方自治が命の防波堤となるのではないか。


 今はまだ日本国内でも部分的にしかないが、遺伝子組み換えの作物の栽培をすることを規制した条例をつくっている地域がある。これを「ゲノム編集」にも拡大し、「ゲノム編集」を栽培させないとりくみが求められる。


 また日本の食品表示制度はひどいが、政府を待っている必要はない。私たちの側で民間認証団体をつくり、タネからスーパーマーケットまで使えるような民間認証ラベルができれば守ることができる。アメリカではそういうものがつくられていて、市民は選ぶことができるようになっている。だからアメリカ人は「ゲノム編集」は食べない。このままでは日本人が食べることになってしまう。だから日本でもそうした制度をつくろうという話だ。


 このような変化を起こしていくために学校給食から変えていくことが有効だと思う。学校給食で地域の農家がつくった有機作物を買い上げるシステムをつくっていくことができれば、危険な輸入食品を避け、しかも地域の農家を守り、あるいは新規就農者を増やすことができる。


 ただ、そのためには地方自治体で補助金など予算を付ける必要がある。自治体をどう巻きこんでいくか、みんなで議論をしていきたい。

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