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横暴な勝つまでジャンケン方式 米軍再編めぐり地元の反対意志を圧殺 辺野古、馬毛島もみな一緒 

 在日米軍再編計画をめぐって、名護市(辺野古への新基地建設)でも西之表市(馬毛島への米軍空母艦載機訓練場整備)でも佐賀県(佐賀空港へのオスプレイ配備)でも、地元住民や自治体の意志を無視した日米政府の強権手法が露骨になっている。住民が「戦争につながる装備はいらない」と受け入れを拒んでも無理やり基地工事を進め、抵抗する自治体があれば力ずくで従わせる姿勢をむき出しにしている。在日米軍再編計画決定時に日米政府は「国の安全と国民を守る」と主張した。だが実際に進行したのは暴力的に土地を奪って攻撃拠点をつくり、日本を米本土防衛の捨て石にする戦争プランだった。それは「安全保障」と真逆の方向であり、無差別爆撃で日本を占領した米軍の軍事支配がいまだに終わっていない現実を突きつけている。

 

 日米政府が合意した在日米軍再編計画は、主に次のような内容だった。

 


【司令部移転】
▽キャンプ座間への米陸軍司令部移転
▽在日米軍司令部と第五空軍司令部のある横田基地(東京)に空自航空総隊司令部移転

 

【軍事施設配備】
▽首都圏に日米共同統合運用調整所(ミサイル防衛拠点)を設置
▽横須賀への原子力空母配備
▽空自車力分屯基地(青森)に米軍のミサイル防衛用「Xバンドレーダー」配備

 

【岩国基地増強】
▽岩国基地への厚木基地所属の空母艦載機部隊移転(57機、米兵1600人)
▽岩国基地への普天間基地所属の空中給油機12機(米兵300人)移転
▽岩国周辺にNLP(空母艦載機夜間離着陸訓練)基地整備

 

【米軍機の訓練移転】
▽米軍嘉手納基地、米軍三沢基地、米軍岩国基地でおこなっていた戦闘機の訓練を築城(福岡)、新田原(宮崎)、百里(茨城)、小松(石川)、三沢(青森)、千歳(北海道)の六空自基地に移転する

 

【沖縄】
▽普天間代替施設(V字型に1800㍍の滑走路二本を有する施設)を名護市辺野古に建設する

 

【米軍再編費】
▽在日米軍再編費として少なくとも約3兆円日本側が拠出する

 

 これは日本に米陸軍司令部や原子力空母、ミサイル関連装備を配備したうえ、「移転」と称して、軍事基地機能を数倍化することが目的だった。岩国への厚木基地機能移転では岩国基地を空母艦載機受け入れ可能な施設に増強したうえ、厚木基地も残す。それは空母艦載機施設機能を有する基地をもう一つ増やす大増強である。さらに米軍基地で実施していた訓練の分散・移転も3カ所だけだった訓練場に加えて、6カ所の自衛隊基地を米軍訓練場として提供し、訓練場を九カ所に増やす計画だ。そのうえ辺野古には「普天間基地返還」の代わりに新基地まで米国にプレゼントし、その経費として日本国民が収めた税金から約3兆円も米国側に貢ぐ内容である。

 

 したがってこの計画自体が「沖縄の負担軽減」や「国民の安全を守るための基地整備」でないことは歴然としている。それは「日本側が金を出して、米軍司令部用の基地、空母艦載機用の基地、原子力空母用岸壁、ミサイル防衛システム、米軍戦闘機訓練場をさっさとつくれ!」という米国の要求を日本政府が丸呑みしたもので、まともな独立国同士では「政府間合意」等あり得ない内容である。

 

賛成した自治体はほぼ皆無  北海道から沖縄まで

 

 こうした横柄な要求に基地周辺住民や全国の自治体で批判世論が噴出するのは当然だった。政府は2005年に再編計画対象となる米軍・自衛隊基地に隣接する55自治体に説明したが、このとき賛意を示したのは東京都知事の石原慎太郎(当時)だけだった。その後、基地隣接自治体以外でも反対の声が広がり、在日米軍再編計画に反対する自治体の数(首長の表明と議会の意見書・決議等)は2005年末で100カ所をこえた。

 

 具体的には北海道、青森、茨城、東京、神奈川、石川、広島、山口、福岡、宮崎、鹿児島、沖縄等十道県の約90市町村が反対姿勢を示し、6道県の約70市町村は議会が米軍再編計画反対の意見書や決議を可決した。横須賀基地への原子力空母配備計画には神奈川県や横須賀市等九自治体が反対を表明し、在日米軍基地が集中する沖縄県では全自治体の約半数となる22自治体が米軍再編反対の意見書や決議を可決した。岩国市では市長発議で2006年3月に米軍再編の賛否を問う住民投票を実施し、反対4万3433票、賛成5369票、無効879票(投票率58・68%)で反対が圧倒した。沖縄、座間、築城、鹿屋(鹿児島)などでも全市的な抗議集会がもたれる動きとなった。

 

アメとムチで民意封じ 地元に露骨な経済制裁

 

 ところが安倍政府(当時)が2007年5月、米軍再編を強行するために米軍再編特措法を成立させ、同年8月に施行した。同法は米軍再編を受け入れ、計画に従順に従う自治体だけに米軍再編交付金を支給する制度だ。自治体の厳しい財政事情を熟知したうえで「米軍再編に賛成しないなら交付金は出さない」と全国の自治体に屈服を迫る兵糧攻めが狙いだ。

 

 防衛省は米軍再編特措法施行とあわせて「再編交付金の概要について」という文書で再編交付金の指定対象になる40自治体を公表し、米軍再編計画を受け入れるのかどうか、関連自治体首長に「踏み絵」を踏ませた。

 

 同年10月末の官報で在日米軍再編への協力度に応じて市町村に分配する「再編交付金」の交付対象となる33市町を告示した。そして米軍再編計画に異議を唱える座間市、岩国市、名護市、鹿屋市、金武町、宜野座村、恩納村を対象から除外すると発表した。

 

艦載機部隊移駐に反対する岩国1万人集会(2007年、山口県岩国市)

 岩国市では米軍再編計画に反対した井原市政(当時)に米軍再編交付金を支給しないだけでなく、すでに決まっていた市庁舎新築工事への補助金35億円まで凍結した。さらに市議会にも背後から手を回し井原市長が提出した07年度予算案を5度にわたって否決させ予算執行もできないようにした。
 このなかで井原市長は「市民に信を問う」と辞任する事態になり、2008年2月の市長選で移転容認を掲げる現福田市長が当選した。その結果、08年3月から米軍再編交付金対象自治体となり、それを財源にして給食費や医療費の無償化事業を進めた。だがそれは岩国市の財政を米軍再編交付金依存体質に変え、今後も米軍が押し付けてくる基地増強計画も含めて一切拒絶できないようがんじがらめに縛りつけていく意味合いを持っていた。

 

 名護市の島袋吉和市長(当時)は辺野古への新基地建設容認の立場だったが、建設方法をめぐって政府と対立(沿岸部の埋め立てに反対し沖合への建設を主張)していたため対象外となった。しかし翌年、交付金対象となっている。だが2010年に新基地反対を掲げる稲嶺進市長が誕生すると民主党政府(当時)は米軍再編交付金を全額ストップした。前市長が再編交付金で開始していた道路整備や公民館事業がまだ途中だったが、継続事業への支給も認めなかった。そのため名護市の財政はひっ迫し、交付金で実施予定だった12事業のうち2事業が休止となり1事業は中止に追い込まれた。
 そして2018年に自公が推薦する渡具知市長が当選すると米軍再編交付金の交付を再開した。それ以後は毎年約15億円を交付し、それを財源にして保育料、医療費、給食費などの無償化策を続けている。

 

 表向きは「民主主義」を装いながら、実際は基地建設を認めない首長が当選すれば、市民もろとも兵糧攻めで苦難に陥れ、力ずくで基地建設容認を迫る前時代的な強権支配が横行していることを見せつけている。

 

 こうした金力・権力を総動員した陰湿な圧力が加わるなか、2007年11月には「陸自のキャンプハンセン共同使用反対」を表明していた金武町、宜野座村、恩納村が受け入れを表明。キャンプ座間の返還を要求し「基地恒久化解消策」を求めてきた座間市長が次の選挙で出馬をとりやめ、座間への米軍司令部移転計画も進行する動きとなった。

 

米軍空母艦載機訓練場建設計画が動く馬毛島(鹿児島県西之表市)

 だが、その後浮上した馬毛島(鹿児島県西之表市)への米空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)基地建設や佐賀へのオスプレイ配備計画ではもっと露骨になった。馬毛島への基地建設をめぐっては、地元の西之表市が中止を求めていたボーリング調査を勝手に実行した。
 基地整備の影響を調べる環境影響評価(アセス)がまだ終わってもいないのに本体工事を発注した。さらに地元自治体の同意もないまま日米間で「馬毛島は候補地ではない。整備地だ」と決定した。地元自治体や地元住民の意見を聞く姿勢は皆無で、批判意見はすべて無視し問答無用で突っ走る態度をあらわにしている。しかも馬毛島基地には自衛隊員が約200人常駐する予定で、西之表市に隣接する中種子、南種子両町にも物流倉庫や自衛隊へリポート、自衛隊宿舎を設置する予定だ。これは馬毛島にとどまらず種子島を丸ごと自衛隊基地につくり変え、それを米軍が臨時攻撃拠点として活用する計画にほかならない。

 

 佐賀空港への陸自オスプレイ配備計画についても佐賀空港建設時に県と漁協が結んだ「自衛隊と共用しない」という公害防止協定が存在している。だがそうした協定すらも無視して防衛省は、環境現況調査や土質調査、測量調査の入札公告に踏み切っている。

 

殺戮と暴力で基地強奪  第二次大戦から継続

 

 しかし、米軍の暴力的な動きは最近始まったことではなく、むしろ暴力が本質である。現実に米軍は日露戦争後から沖縄、さらには日本を単独占領する計画を持っており、基地を奪いとるために横暴極まりない大量殺りくをくり返してきたからだ。

 

 米軍による沖縄侵攻作戦は「アイスバーグ作戦」と呼ばれ、その任務は「沖縄を解放し、基地として整備し、沖縄諸島における制空、制海権の確保」と規定していた。ここでは沖縄を奪いとって日本を単独占領し、中国侵攻の拠点にすることが最大の目的だった。米軍による沖縄侵攻を指揮したバックナー司令官は沖縄戦を開始した1945年4月、「中国大陸への道筋とした、ロシアの拡張主義に対抗する拠点として沖縄を保護領その他の名目で排他的に支配することが不可欠」と主張。マーシャル陸軍参謀長も同年7月、「戦後に予想される紛争地域のなかには黄海周辺が含まれる。したがって琉球に基地を置き、残りの地域を非軍事化して友好国にゆだねることが望ましい」と主張した。

 

 こうした意図に基づいて米軍は沖縄に空母16隻、戦艦8隻、巡洋艦16隻、駆逐艦数十隻、輸送艦等合計1500隻に及ぶ軍艦と約55万人の兵力を投入し3カ月にわたって艦砲射撃を続けた。民家も含めて沖縄の地形が変わるほど破壊しつくし、日本側の戦死者は18万7000人(本土出身兵=6万5000人、沖縄出身軍人・軍属=2万8000人、一般=9万4000人)に及んだ。戦争に直接関係のない民間人の犠牲がもっとも大きかった。そのなかで生き残った住民をみな収用所に閉じ込めている隙に、土地を没収して金網を張り巡らし、力ずくで奪いとったのが現在の在沖米軍基地である。

 

故翁長知事の遺志を継いで辺野古埋め立て中止を求めた沖縄県民大会(2018年8月)

 しかもこうした基地を奪うための殺りくは日本全国で共通していた。米軍による無差別爆撃の死者数を見ると、集計されているだけでも、東京空襲=10万人、全国空襲(東京は除く)=8万人、広島・原爆投下=24・7万人、長崎・原爆投下=15万人で沖縄戦の死者を加えると76万人以上に達している。この日本全土への無差別空襲を指揮したカーチス・ルメイ少将は「私は日本の民間人を殺したのではない。日本の軍需工場を破壊していたのだ。日本の都市の民家はすべて軍需工場だった。ある家がボルトをつくり、隣の家がナットをつくり、向かいの家がワッシャーをつくっていた。木と紙でできた民家の一軒一軒が、すべて我々を攻撃する武器の工場になっていた。これをやっつけてなにが悪いのか」「核兵器を使って人々を殺傷することは岩で頭を割るより“邪悪”だというわけではない」「われわれは…広島と長崎で蒸発した人々をあわせたより多くの東京住民を焼焦がし、熱湯につけ、焼死させた」と開き直った。こうした血なまぐさい大量殺りくを経て設置されたのが首都圏や全国の米軍基地である。

 

 このような大量殺りくを実行し、一度も謝罪したこともない米軍が日本の国民を守ることはあり得ない。それどころか今度は日本を中国侵攻の拠点につくり変える在日米軍再編計画を強権的におし進め、日米共同作戦計画(有事の初動段階で、米海兵隊が鹿児島県から沖縄の南西諸島に攻撃用臨時拠点を約40カ所設置し、そこから対艦ミサイルで洋上の中国艦隊を攻撃する実戦シナリオ)まで具体化している。米国は日本を占領したときから日本列島を「米本土防衛の捨て石」「対アジア侵攻の拠点」とする軍事戦略をおし進めており、力ずくで奪った基地を米軍側が平和的に返すことはあり得ない。日本列島がミサイル攻撃の標的として晒される危険が現実問題として迫っているなかで、どれだけ強権的な圧力がかかってきても決して諦めるわけにはいかず、体を張った行動が迫られている。

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